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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第二章 再会のまれびとたち
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25.公都の長い夜 その4

 男女の言い争う声で目が覚めた。ということは、自分はまたしても気を失っていたらしい。二百年近い人生の中で気絶の経験などなかった自分が、このわずかな期間で三度も人事不省に陥ったわけである。

 エルフの身体とは良く出来ていると、場違いにもしみじみと実感する。

 それはそれとして、薄目で状況を窺う。猫耳の僧侶が裸の男を睨みつけていた。対する男はニヤニヤといやらしい笑みを口元に浮かべている。

 端整とさえ言っていいその容貌も、まるで台無しになっていた。あの日の帰り道に自分を襲った剣士と、どこか似たものを感じさせる。

「だからぁ、原住民にも雑魚プレイヤーの子にも飽きちゃったんだよね。久々にヤらせてよネコちゃん」

「やめて。あと、あんたなんかにネコなんて呼ばれる筋合いない」

「だってキトンて、仔猫ちゃんて意味なんだろ? ネコちゃんでいいじゃない」

 あろうことか僧侶相手に悪びれもせず姦淫を迫る男。それに対して少女らしい嫌悪も顕わな僧侶。

 どうやら強姦魔の男たちと獣人の娘は、単純に仲間と言うわけではなさそうだと認識を改める。「久々にヤらせて」という先ほどの男の言葉から察するに、僧侶の彼女もあるいは被害者の一人なのかもしれない。

「あんたなんかに馴れ馴れしく呼ばれたくないって言ってるの」

 僧侶の突き放すような物言いに、ついに男が声を荒げる。

「ウゼぇな。いい加減言うこと聞かねぇとコロすぞ」

高僧ハイプリのわたしをあんたの一存で殺せるの? アヘッドが許さないと思うけど」

 僧侶の昏く意地の悪い笑みを伴った揶揄に、男は汚く舌打ちする。

「それに、約束を破ってアルさんを殺したあんたたちの脅しなんて、今更どれだけの意味があるって言うのよ」

「あの盾野タンク 郎なら殺してねぇっつーの。半殺しにして置き去りにしただけろ。運が良ければ生きてるんじゃね? 何しろ俺らって死んでもなかなか死なないらしいし?」

「モンスターがうろついてる場所に捨て置かれて、生きてられるわけないじゃない!」

 眦を決する少女。男が再び面倒臭そうに舌打ちすると、冷やかすような声が他方から響いた。

「いい加減ネコちゃん構うのヤメとけよー。女共のメンテしてくれてるんだし。それにもう散々突っ込んだろ?」

 下品な笑い声と共に届いた聞くに耐えない言葉が、僧侶の少女の表情を微かに強張らせる。

「そうは言ってもすーぐ反応なくなるマグロちゃんには飽きたしなぁ。どこか他所で高レベルの子を拉致ってくるしかねーか?」

「オメーはヤり方が乱暴すぎるンだよ。リアルで童貞だったヤツは加減てものを知らないから困る」

 からかう声にうるせぇと吠えて返した男は、まだ諦めがつかない様子で僧侶を睨みつけている。

「じゃあ、ネコちゃんがヤらせてくれないならその辺の女ブチ殺すわ」

 男の言葉に思わず息を呑んだ。僧侶の少女も驚きに目を瞠る。その表情に余裕を取り戻したものか、男はあの浅薄で嫌らしい笑みを取り戻す。

「あんた、何言ってるの?」

「ん? 脅迫ってところかな」

 おいおいここでは殺すなよという、恐ろしい言葉が耳に届いて血の気が引く。その声色には殺人に対する忌避感といったものが微塵も感じられなかった。

 言葉の額面通り、たんに自分たちの居るこの部屋では殺すなという程度の、それは言い草だった。

「そんなのが脅迫になると思うの?」

「え? なるでしょ、ネコちゃん相手なら。まずは――狸寝入りのエルフおねーさんから逝ってみようか!」

 男の声が意外に近くから響いたと感じた瞬間、手首を掴まれ引きずり起こされた。自分の口から漏れる盛大な悲鳴を止めることができない。その口元を男が乱暴に塞ぐ。

「おねーさん、エッチの時は静かだったのに随分と元気いいじゃない? でもちょっとうるさいかな、思わず息の根を止めたくなっちゃうかも」

 抱きすくめられて素肌同士が接触しているにも拘らず、性的興奮はおろか嫌悪すら感じ得ない。ただひたすら、死の恐怖だけがこの身を粟立たせる。

 この異常な男たちなら、先の言葉通り自分を殺すことに何ら躊躇しないのだろうと察せられた。

 自分の思考の埒外で身体が上げた悲鳴は、同様の理屈でもって直ちに止むこととなった。

「おねーさんやっぱ抱き心地いいなぁ。これでもうちょっとタフで反応良かったら言うことないんだけど。パワーレベリングしてあげよっかぁ?」

 男の言っていることは半分も理解できないが、あっさり機嫌を直す短絡的な性向が恐ろしい。それは酷く浅薄であるが、かえって危うさを感じさせる。

「まぁそれもネコちゃんがヤらせてくれて、おねーさんが生き延びることができたらの話なんだけど」

 自分にとって恐るべき沈黙の時間が過ぎた。それはとても長い間であった気もするし実際にはそうでもなかったのかもしれない。しかし結局のところ、僧侶の少女の返事によって自分の命脈は繋がれることになる。

 ほんの一時でも彼女を恨んだことを恥じた。「恨んでくれてもいい」とさえ言った獣人の少女に、自分たちはそれと知らず助けられていたのだから。


 呆然自失としながらも、目と耳は僧侶が蹂躙されるさまを捉え続けた。

 自分にはその義務があると感じたのは単なる自己満足に過ぎなかったとしても、目も耳も背けるわけには行かなかった。

 いつまでこんなことが続くのかと恐怖と居た堪れなさに気が遠くなりかけた頃、新たに部屋を訪れた男により、この蛮行は唐突に終わりを告げられた。

「おまえら、お楽しみの時間は終わりだ。手の空いてるヤツは全員集合――」

 そう言ってこの魔窟に新たに入ってきた男は、女一人に群がった男たちの醜態に眉をひそめた。

「プリさんにはもう手を出すなって言ったと思うんだがなぁ。このが壊れたらその後どーすんの? おまえらのキッタナい後始末や拉致ってきた女の子たちの世話とか自分たちでやるの?」

 黒髪を短くまとめた男の顔立ちは、他の連中より造作で随分と劣っていた。しかしその体格はまさに偉丈夫といった趣きで、抗し難い迫力を感じさせる。

 そのせいか並み居る軽薄でかたちばかりな美形たちより、男の野生的とも評せる武骨な顔立ちの方が随分と魅力的に見えた。しかしこの男も、この部屋の連中とは仲間であることに変わりないのだろう。

「マジになるなよアヘッド。ネコちゃんとは改めて親交を深めてただけだって」

 言い訳を口にしながらも、男たちは僧侶から離れた。バツが悪そうな男たちに一瞥をくれた後、アヘッドと呼ばれた巨漢は部屋の奥にも仕度しろと吠える。

「プリさん、疲れてるかもしれないけどバカ共をさっぱりさせてくれ」

 アヘッドのそこはかとなく気まずさをにじませた要請の言葉に応え、僧侶は気だるげにその身を起こすと、身繕いもせぬまま魔法の力を発現させた。

 男たちはぶつぶつと言いながらも、浄められた身体にそれぞれの装具をまとう。

「集合場所は『作戦室』だ」

 アヘッドのその言葉に、不承不承といった態度も顕わな男たちはそれでも次々と部屋を出て行った。やがて残されたのは、女たちとアヘッドという男だけ。

「何か言いたいことでもあるの……」

 衣擦れの音が幽かに響く中、僧侶の少女が呟いた。その声は疲労に塗れている。

「さっきのアレ、サービス過剰(、、、、、、)だったんじゃないか?」

 ことの最中、仕舞いの方では僧侶も楽しんでいるかのような媚態が演技だったと気づいていたのか、アヘッドはそんな台詞を口にする。すっかり騙されていた他の男たちと違い、この巨漢だけは真実を見抜いていた。

「その方がこっちも楽だったの。貴方にはもう、そんなコツを知る機会もこないで済むでしょうけど」

「ああ。流石にこのナリで、男の腰の上で媚びを売る羽目にはならんだろうさ」

 少女の皮肉を湛えた言葉に、男は肩をすくめる。

 ため息をこぼして、少女は悲しげに男を見詰めた。

「アーサーが悲しむわ。自分の友人が、ろくでなし共の片棒担いでるなんて知ったら」

「ああ、私のネナベバレってそっち経由だったのね。貴女の女の勘ってことじゃなかったんだ?」

 男の口調がどこか柔らかくなる。そのさまは妙なことこの上なかったが、意外にしっくりしているとも感じられた。

アサイ君(、、、、)はどうかな。リアルでもゲームでも、そんなに親しかったワケじゃないし。一方的に愚痴を吐かせてもらったことは多いけど。わりと迷惑そうだったわよ?」

 アヘッドの表情がほろ苦く綻ぶ。

「それにね、エルクーンから合流してきた人たちの話だと、龍人ドラコ魔導師ウィズはそれはもう容赦なかったって。随分と怖がられてるみたいね」

 知り合いだからってお目こぼしは難しいかもと、また肩をすくめてみせる。

「どっちにしろ、こんな異常な状況だけど、だからこそ昔からの友だちとは縁が切れない。切れるわけないじゃない? 今の私は見てくれこそご大層だけど、中身は小娘だった頃とさほど変わってない。この身一つ、自分一人じゃ、足が竦んで何もできないに違いないわ」

 こんな勇壮な体躯を持っていながら、自分はまるで小娘のような臆病者だという告白なのだろうか。アヘッドという、今となっては酷く奇妙さを覚える男の言いざまには、とても理解が及ばない。

「貴女だってそうでしょ。こんな世界で一人放り出されたら右も左も分からない。犯されても汚れ仕事押し付けられても、ここの連中に従ってるのはつまりそういう――」

 大きな音を立てて男の頬が鳴った。身長差を物ともせず、精一杯伸ばされた僧侶の繊手は見事な平手をアヘッドに見舞っていた。

 怒りか羞恥かに燃える僧侶の眼差しと、アヘッドの掴みどころのない色を湛えた視線とが絡み合う。

 ほどなくして、たれたことに微塵も拘った様子を見せず、アヘッドは口を開いた。

「こんな話をするために残ったんじゃなかった。いいかな? ここでの悪事もそろそろ年貢の納め時かもしれない。積極的に手助けはできないけど、注意して逃げ出す機会を窺うといい」

「――どういうこと?」

 訝しむ僧侶に、アヘッドは真面目な表情で答えた。

「そろそろ騎兵隊キヘイタイ到着のお時間ってことだ」



         ◇         ◇         ◇



 颶風ぐふうが逆巻き、タリアの長い髪をさらう。初撃を避けられたのは全くの僥倖だった。PKプレイヤーキラーが『軸ずらし』のテクを用いて放った〈弾幕バラージ〉は、そのほとんどをナヴィガトリアの〈閃空剣せんくうけん〉が撃墜したが、わずかに足りなかった。

 凶々しい赤光と目が合った(、、、、、)と見た瞬間、タリアは上半身を捻っていた。神懸りな勘働きで凶弾を回避してのけた代償が数条の頭髪だったのだから安いものだろう。

 後方の遠距離職PKたちはナヴィガトリアとタリアの見せた妙技に自失の体だった。しかし、援護射撃を背に突っ込んできた近接職PKはそれと気づく余裕がない。あるいは立ち塞がる剣士――ナヴィガトリアを単騎と侮っての強行だったのかもしれない。

 彼一人を突破すれば、その背後には柔らかい(、、、、)魔法使い二人と僧侶一人である。後続は居るようだが狭いダンジョン構内では効果的な戦力投入はできまい。やっかいなのは回復魔法による支援くらいか。

 タリアから見て格上のPK三人が下した判断はさほど非常識なものではなかった。だがこの場合、相手が余りにも非常識だった。

 鎧袖一触と(がいしゅういっしょく)はまさにこのことなのだろう。三者三様に放たれた攻撃スキルを一刀の下に退けたナヴィガトリアは、返す太刀筋で諸共痛打を浴びせかけた。

 その衝撃に大きく後退し、姿勢を崩されたPKのその隙を見逃すほど二人の魔導師は甘くない。詠唱を終えた〈氷爆〉がそれぞれ一人ずつのPKを襲う。

 水属性を表す青い魔法光を輝かせて、極低温の衝撃波がPKの体内を中心点として発振、鼓膜にクる高周波を撒き散らしつつ破壊エネルギーを外側(、、)へと解き放つ。

 四肢の随所を切り開かれた挙句、噴き出す血潮まで瞬時に凍りつかされて転倒する仲間二人の姿に、そのさまをまざまざと見せつけられた後方のPKが大いに怯む。聞くに堪えない絶叫を上げのた打ち回る仲間の姿など最早眼中になく腰が退けている。

 もう一人の近接職は喉下をタリアの《ナーズユーブ》に貫かれていた。出の早い(、、、、)刺突攻撃スキル〈貫通ペネトレイト〉によって己が首に潜り込んだ、寝かされた刀身が照り返す蒼い光に歳若い風貌のPKが恐怖の表情を浮かべる。

 それを見てしまったタリアだが、何ら頓着しない思考によって命令が為される。果たしてアンバランスなほどに幅広の剣へと姿を変えた《ナーズユーブ》により、タリアが対峙したPKは首なし死体となってダンジョンの床へと転がった。


 ボリア(ダンジョン )突入より体感ですでに二時間余りが経過している。ナヴィガトリアのおかげで苦戦せずに済んでいるものの、タリアたちが遭遇するPK集団の抵抗は次第に強くなってきていた。分岐より別方向へと進出した討伐隊のパーティーからは既に犠牲者も出ているとの報告ももたらされている。

 PvP巧者として知られるプレイヤー、『アローヘッド』の巨躯を目撃したとの情報もあり、討伐隊に小さくない動揺が広がっていた。

「彼がここのPK集団に収まっているとは残念です」

 偵察員のエルフ青年は心底惜しむような表情を浮かべている。

アヘッド(、、、、)はその仲間が性質たち悪いですからね。おそらくその絡みでしょう」

 自らが倒したPKの遺体を始末するついでに取られた小休止。アーサーが率いる三個パーティーは現状最も進攻度合いが進んでいるらしいが、これといった発見がないことから転進するかどうかを話し合っていた。

「拉致された人たちの監禁場所をつかめないうちは、成果が上がったことにはなりません。PKをシラミ潰しにするのも仕事のうちですが」

「こっちのルートの奥には玄室がいくつかと隠し通路があったはずです。そこまでは行ってみるべきだと思うけど」

 首を捻るアーサーに、他パーティーのリーダー格の戦士が提案する。

「そうでしたか。ご指摘ありがとうございます。正直ボリアDの情報は拙い(つたな )我が高揮発性メモリから当の昔に霧散しておりまして」

 アーサーのとぼけたような台詞に、周囲から小さく笑いの声が漏れる。

「では今しばらく先へ進みましょう。立ち塞がるPKたちの出所は、その辺かもしれませんし――」

『奥からまた来るよ。数が多い、こっちと同数だと思う』

 のんびりとした口調で告げるアーサーを遮ったバーテニクスの《交感テレパシー》に、タリア

たち四人は即座に身構えた。他のパーティーのメンバーらも、慌てることなくそれに倣う。偵察員のエルフも速やかにその姿を隠した。

 やがて彼我双方の用いる明かりが交わる距離に近づいてみると、両者は異なる反応を示した。討伐隊は相手の見慣れぬ姿に面くらい、相手の集団はその警戒を強める。

 しかし幸いなことに、双方にはわずかながらお互いを知る者たちが存在していた。

「――殿下」

「これはタリア殿。逃した蝶にこんな地の底で手が届くとは。思いがけないところでお目にかかると言った方がいいのか、それとも案の定と言った方がいいのか。さて、どちらかな?」

 美貌の貴公子カラグの、そんな場違いに洒落た挨拶を目にしたナヴィガトリアが、珍しくはっきりと眉をしかめた。


09/29:誤字を修正、本文の一部を変更致しました。話の大筋に変更はございません。

04/29/2017:運営からの指摘に基づき、性的描写を削除、修正しました。


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