表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第二章 再会のまれびとたち
36/57

24.公都の長い夜 その3

 先鋒の会敵は討伐隊本隊にも知らされるところとなり、すぐにジェシカ他数名の代表格が姿を見せた。敵の行動を吟味するためでる。

 討伐隊といっても明確に指示系統や統率の仕組みが確立された集団ではない一行は、このように余計とも言えるやりとりを以降も繰り返すこととなる。


「〈看破〉使ってたけど、あれは互いの位置把握のためだったみたいで。こっちに気づいたときはびっくりしてましたよ」


 偵察員の青年エルフのコメントにアーサーが頷く。


「ふむ、とても偵察や哨戒だったと思えません」

「偶発的な遭遇だった、って判断で良いのかね」


 ジェシカがそう断ずると、否を唱えるものはいなかった。


「やはり警戒はされてないようです。自分たちがしでかしてることに自覚がないのか。ゲート広場に監視も置いてないというのも、お粗末がすぎるというかまるで危機感がないというか」


 苦笑するアーサーにヒゲ面のドワーフが苦り切った唸り声を上げる。


「想像力が欠如してなきゃこんな真似はできんだろうよ。むしろ真っ当に頭を働かせてなおコレだったらとか、人として考えたくもないわ」


 PK(プレイヤーキラー)の彼らが手を掛けたという、この世界の住人はNPCではない。殺してしまえばそれまで、ゲームのそれのように再び出現(リスポーン)することなどあるはずもない。その死を嘆き悲しむ、あるいはより直接的に不利益を被るあまたの人々との繋がりもあったはずだ。

 この世界の人々を殺めるということは、ある種《偽神》の誰を殺すよりこの世に大きな損失を与えることに他ならない。


「女神さまのオシオキが無ければいいがな」

「どうにも放任っぽいですね、アルテミエルは」


 首脳部が無駄に議論ともつかない会話を重ねる合間、タリアは先の戦闘での気分を紛らわすべくナヴィガトリアに訊ねかけた。昼間から気になっていた、彼が手にする得物の件である。


「ナヴィの最近の武器ってその剣なんだ? わたしが今使ってるのと似てるんだけど、ひょっとしてこっちの世界でのドロップ?」


 唐突なタリアの問いにも表情一つ変えず、剣聖は頷く。タリアは己が愛剣を抜くと、彼にその刀身を見せた。クロネも気になっていたのか、あるいはアーサーたちの話し合いに興味を失くしたのか顔を覗かせる。


「暗くて分かり難いかな。一応この剣も青白い金属? で出来てる。ちなみに《ダークライダー》産」


 ああ、と頷いてナヴィガトリアも愛剣を抜いた。二振りの剣を見比べると、サイズに若干の差はあれどその意匠から同じ品であることは明白だった。


「どこかで見たデザインだと思ってたけど、言われてみれば《ダークライダー》の得物にソックリ」


 ようやく納得いったという素振りを見せる彼の様子に、タリアは面白そうに口元を緩める。《ダークライダー》との対戦など、ナヴィガトリアにとっては随分前のことなのだろう。


「うん。ドロップ品て言ったけど、手に入れた時の状況があんまりでさ。投擲されたコレをちゃっかり回収したというか」


 ゲームじゃない戦いならではだよね、とタリアは苦笑してみせる。


「リアたんの剣てそんな入手経緯だったんだ。それってジャックさんの脳天がカチ割られたって時の話?」


 わずかに驚いた風のクロエにこくこくと頷き返す。


「クララさんが面白がって《Jス(ジェイ )レイヤー》って名前を付けようとしたんですが賛成一名反対多数で否決されました」


 ひど! っと笑うクロネに対して、事情がわからないせいかこちらは表情一つ変えないナヴィガトリアがぽつりと口にする。


「一応この剣には名前がある。《ナーズユーブ》、『変成する蒼』って意味」

『そうそう。《世界の敵(アウターズ)》のうち、上位の不死者たちが用いてる武器だね』


 ナヴィガトリアの知識はバーテニクスからもたらされたものか、剣聖の台詞をチビドラゴンが補足する。


「私は《ペイルナーガ》から手に入れた」


 タリアとクロネには聞き慣れない名前のモンスターだった。おそらく相当高位な敵なのだろう。名前から察するにわりとありがちな、半人半蛇な容姿に青い肌の怪物といったところか。


「それにしてもなんかいわくありげな名前ね」


 訝しむような表情を浮かべるクロネに頷いて、ナヴィガトリアは片手で扱うべきその剣を両手で構えてみせる。


「名は体を表す。切れ味(、、、)には物足りなさがあるんだけど、こういう便利機能があるから愛用してる」


 ナヴィガトリアのその言葉と同時に、彼の握った長剣がみるみる巨大化して細身の両手剣へと変じた。タリアとクロネは驚きに目を瞠る。


「なるほど、『変成』ね」

「うっわー、インチキくさー」


 驚く二人の少女の目の前で、今度は短剣サイズにした《ナーズユーブ》をジャグリングしてみせる。


「《三ツ首狼(トライダルフ)》の頭を貫いた時、なんか刃渡りが伸びてる? って感じたのは錯覚じゃなかったんだ」

「それはタリアの望みに剣が反応したんだと思う。これを上手く操るコツは、明確にイメージすること――らしい」


 可愛らしく眉をしかめながら青白い刀身を見詰めるタリア。先ほどのナヴィガトリアに倣って剣を両手で構える。すると確かに、タリアの《ナーズユーブ》も彼女が思い描いた通りの大剣へとその姿を変えた。


「確かに便利かも」

「武器タイプを変更するだけじゃなく、イメージの仕方次第で刀身だけちょっと伸ばすとかのコントロールも可能。さっきのタリアの話みたいに」


 ナヴィガトリアは長剣に戻したそれの切っ先を、器用に伸び縮みさせる。「シュールすぎ」と突っ込むタリアに続いて「というかちょっと卑猥?」とクロネが乙女にあるまじき下ネタ混じりに小首を傾げてみせる。

 少女二人の微妙且つあんまりな反応に、自慢げな様子から一変、わずかに動揺した剣聖は「失礼」と呟いて愛剣を納めた。

 たしかに奇妙な眺めだったが、変幻する剣撃のリーチはかなりの優位性を得られるだろうと、剣聖の仕草に苦笑しながらもタリアの中の剣士としての眼はそう評価を下していた。



 偵察をさらに密に、というさほど建設的とも言えない案しか捻り出せなかった『小会議』を終え、討伐隊は再び前進に移った。ボリアDへの道のりは他の場所でもそうだったように、ゲーム時代より体感スケールが増していたが、どちらにしろそう長い行程ではなかった。

 ダンジョンへの入り口にも、やはり警戒に当たっているPKはおらず、討伐隊はもはや拍子抜けすら覚えずに展開を終える。

 ほどなくして、アーサーに率いられた先鋒三個パーティーが、ボリアDへと進入を開始。ここからは携行ランタンは使わず、開き直って《導く灯り》が投入された。

 これまでの灯火規制はどちらかと言うとPKに対しての配慮ではなく、こちらの世界の目を気にしてのことだった。ダンジョン内に潜り込んでしまえば、もはや遠慮する必要もない。

 暗所での視認性を考えて選ばれた、黄色の布を識別標としてその身のいずこかに帯びた先発隊は、ダンジョン構内のその奥へと歩を進める。


「この先、トラップが仕掛けられてます。さすがにそこまで間抜けじゃなかったみたいですね」


 ほどなくして、いつのまにかタリアたち専任といった形になったエルフの偵察員が警告してくれる。解除は可能かと問うアーサーに、彼は頷く。


「アラーム系以外は排除しました。構造上、そっちの解除は困難なので回避ルートに誘導しますのでそれらは避けて下さい」

「了解しました。それにしてもさすがPKプレイヤーといったところですか。アラームトラップの『触媒』なんて用意してるとは」


 他者の接近を察知して警告を発するアラームトラップは《Decisive WarWorld》のゲーム時代はさほど重宝がられていなかった。遠隔地で何者かの接近を警戒しなければならない場面などそうそうなく、大規模な対人戦闘を自主的に楽しんでいたPvPプレイヤーでもなければなかなか使い道のないトラップだったからだ。


「これはそこそこデキるPKも混じってると見方を変えた方が良さそうですね。王都組はやはり厄介だ」


 先に遭遇した密偵系二人は圧倒的な戦力差で鏖殺おうさつできたが、エルクーンにはいなかったレベル100越え(オーバード)と思しきPKだった。

 王都に屯していたオーバードたち。中でもPvPに注力していた者たちの姿を思い浮かべる。アーサーの脳裏を、馴染みの面影が二重映しにぎる。

 彼女――いやこちらでは彼になるのか。悪びれずにオタク丸出しだった自分とさえごく普通に接してくれたゼミ仲間のあのお嬢さんは、果たしてどうしているだろう。

 予感はある。彼女――ゲームではさほど接点がなかった自分には、どうしてもリアルでの魅力的な容姿とその印象が先に来る――がよく漏らしていた愚痴、『ネトゲはリア友とつるんでやるもんじゃない』というフレーズが、アーサーに楽観を許さない。

 悪い予感ほど的中するのは、たまたまなんて運が左右する話ではなくそう予感するに足るだけの情報を得ているからに他ならない。

 この世界で『先生』扱いされるアーサーが、リアルの冴えない学生時代から持ち続ける、それが持論だった。



         ◇         ◇         ◇



 遠眼鏡(とおめがね)による件の集団の監視は、気づかれることなく順調に続いていた。彼らはその集結場所から公国側が予想した通りに公都の地下遺構へと進み、途中に何者かと交戦の上これを撃破している。

 殲滅された何者かは、その風体から地下遺構に住み着いた今回の件の容疑者らだと判断された。

 その後も集団は歩を進め、果たして郊外に空いた地下遺構への入り口に辿り着くと、そこで待機を始めたという報がホーケンにもたらされた。


「下手にスカウトを近づかせなかったのは大正解だったね。責任者はアマトの坊やだったっけ? 今度顔を会わせたら褒めてやらなきゃ」


 第一軍団偵察隊の長たる五十過ぎの強面親父をして『坊や』扱いする、先の報告を携えて現れた目の前の女性に、ホーケンはいかめしい眉をしかめてみせる。


「おや、気に触ったようだね。縁が薄い者には配慮も利くんだけど、親しくした()にはどうしても、ね」


 この麗しき長命種エルフにそう言って微笑まれてしまえば、ため息と共に許してしまうしかない。これは『坊や』扱いされた本人がここに居ても同じだったに違いないだろう。

 彼の偵察隊責任者の武張った顔を思い浮かべる。彼もこのエルフの直弟子だったはずだ。


「衆人の前では気をつけてくれよ。フラニタ卿はもう孫もいる身だ」


 艶然とした笑みを浮かべて頷く彼女に、もう一つため息を返す。


「それにしても貴女あなたまで出てくるとはな」

「そっちこそ武神カラグまで引っ張り出しておいて良く言う。カナンだって心配するってものだろう?」


 己が父親たるライルネス公の愛称を口にした彼女に「父上の差し金か」と呟く。どこか面白くなさそうなホーケンに、ライルネス公付き特別顧問のエルフは頷く。


「あんな顔して子煩悩だからね。おっと失礼、そっくりな顔の貴方を前にして言う台詞じゃなかった」


 父親が情に厚い人間なのは、息子たる自分は百も承知だ。しかしその発露がこういった形で為されると、独り立ちしたつもりの男にとってはいい加減面白くもないことだった。だがそんなことをわざわざ口にしたら、それこそ男が廃るというものだ。ホーケンは助力を助力として、ありがたく受け入れることにした。


「話を戻そう。それでファランセ・リケリス上級顧問殿の見立てではどうなんだ?」


 わざとらしくフルネームに敬称を付けて、言外に仕切り直しを要求するとファランセは表情を改めた。


「先ほどフラニタ卿の対応に敬意を表した通り。〈隠行〉で隠れた哨戒をばんばん放って移動してたからね。下手な接近はあっという間に見つかってたと思うよ。逆に遠方からの監視には無頓着だったけど」


 ふむと頷いて、ホーケンは先をうながす。


「遭遇時に交渉の余地なく殲滅した様子から考えても、彼らの目的は地下遺構に対する襲撃と見て間違いないと思う。私が現場を離れる時、丁度第一陣といった感じで一個小隊規模の人数が突入を開始してた」

「思い切りがいいな。それとも、容疑者らと同様、中の構造を把握しているのか」


 その瞳に剣呑な色を濃くするホーケンに、ファランセは頷く。


「郊外側の入り口に、迷わずに達した連中だからね。そうと見ておいた方が間違いないだろう」


 地下遺構の情報など殊更秘密にしてはこなかったが、それはその必要を認めてこなかったからとも言える。今回の如くに悪用されるようであれば、その認識も改めねばなるまい。

 考え込むホーケンに、ファランセは手を叩いてみせる。


「今後地下遺構をどうするかは別の機会に議論するとして。今もラエルガスの連中は潜ってるんだろう? 鉢合わせしてもいいのかい?」


 自分の脱線した思考を正しく察せられた挙句に注意を促されて、強面の第一公子はわずかばかりの動揺を浮かべた。わざとらしく咳払いして鷹揚に頷く。


「問題ない。やつらなら、そろそろ一旦引き上げの頃合だ。市街側の入り口とでは場所も離れている」

「なるほどね。やけに落ち着いていると思ったらそういうこと……」


 そんな二人のやりとりを、ホーケンの執務室に響くノックの音が遮った。入室の許可に応えてすぐさま室内へと入ってきたのは、まさにラエルガス分遣隊の兵だった。



 兵がもたらした忌むべき報せに、公国の要人二人はその表情を強張らせた。地下遺構には現在相当な数の婦女子が監禁され、既知のそれに倍する死傷者が出ている可能性アリという、それは悪夢のような報告だった。


09/16:文字の誤用と脱字を修正致しました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ