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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第二章 再会のまれびとたち
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21.討伐隊集結

 その世界の深淵とでも呼ぶべき場所で、彼女は己が特別な知覚から、幾つもの輝きが喪われたのを感じた。彼女が騙し討ちと言っても過言ではない手管でこの世界へと招聘し(しょうへい )た数多の輝き――まれびとたちの魂が、また消え失せたのだ。

 当初70万余りを数えたその輝きも、この一月と満たないわずかな時の中で既に65万足らずに減じている。特に大陸部での損耗が著しい。

 今は(、、)比較的平穏な地である西方の島におしこめられた者たちは、《合の時》にこそ多くの犠牲者を出したものの上手く馴染んでいるように見えた。まれびとたちの減耗も緩やかなもので、選りすぐりの(、、、、、、)者たち(、、、)を振り分けた甲斐があったと彼女も(やす)んじていた。


 彼らには一つ、大きな仕事をこなしてもらわなければならない――


 だがしかし、島の東部において急速にまれびとたちの輝きが喪われつつあった。いまし方もまた一つ、その輝きが儚く消え失せる。

 彼女はことを憂いつつも、深淵にその身を浸らせたまま、自ら何かを為そうとはしなかった。



         ◇         ◇         ◇



 タリアたちがそれぞれに複雑な思いを抱いて夕刻のエルクーンに戻ってみれば、それもささいなことと吹き飛んでしまうような恐るべき事態が待ち構えていた。

 リアル女性(ナヴィガトリア)の前で無防備に女の子の振り(ネカマプレイ)を続けていたという居た堪れなさに口数も減っていたクロネだったが、馬貸し業者で一行を待っていたアーサーの一報を耳にしたとたん、その可愛らしい顔に酷く怖い表情を浮かべた。


「あのバカども、そんな禄でもないことになってたのか」

「低レベルエリアに行ってまで P K (プレイヤーキル)だなんて――」

「弱いもの苛めこそ、そういったクズの本分だから」


 青褪めた様子のチョコに、すっかり普段通りと言ったナヴィガトリアが相槌を打つ。


「『王都』で同じように爪弾きにされた連中と合流したようです。どうやらこのゲームのPKKプレイヤーキラーキラーはどこも詰めが甘いようで」


 皮肉とも自嘲ともつかない笑みを浮かべつつ「我々も同様ですが」と付け加えたアーサーは更に言葉を継いだ。


「そこで話し合いのすえ討伐隊を送り込むことになりました。有志で今日中に公都へ飛びます。無論我々も」


 そのために待ち構えていたのですよというアーサーに、クロネが驚いて口を挟む。


「今日中だって?」

「はい。宿の女将さんには適当を言って部屋はキープしておいて貰ってます。アイン、今回も貴方は留守番です。それとラエルガスの皆に連絡を」


 当然と言った調子で指示を続ける彼を、怒りの表情を引っ込めたクロネがちょっと待てと身振りも交えて遮る。


「そんなに慌ててことを進めなきゃならないわけ?」

「はい。説明が後になりましたが、『転移妨害』がいつ発動してもおかしくない状況です。この世界の住民にも被害が出ているという話で」


 しばし絶句したあと、クロネはウサミミを逆立てて口汚く吐き捨てた。


「どこまで馬鹿なの!?」

「そりゃもうどこまでも、なんじゃないでしょうか?」


 交ぜっ返す様なアーサーの返事に、クロネは彼を軽く睨みつけ、しかし次には苦悩の色濃いため息をこぼした。


「こっちからもちょっとした報告。チョコにお月さまが来たの」

「お月さま?」


 クロネの隠語に珍しく首を捻るアーサー。こういった所に勘が鈍いのは所詮オタクかと自分のことは棚に上げ、内心で再びため息をこぼしたウサミミの少女は龍人の賢者にヤケクソ気味に喚いた。


「生理よ、生理!」


 さらに珍しく目を見開くアーサーと顔を赤らめて抗議の雰囲気を漂わせるチョコを諸とも無視して、クロネはナヴィガトリアへと振り向いた。


「えーとナヴィ、生理中の女の子って戦っても大丈夫なわけ?」


 毒を食らわば皿までといった気分で、もはや彼に対しても遠慮はない。クロネのそんな調子にも動じず、いつもの黒騎士がいつもの口ぶりでコメントする。


「生理による体調不良は個人差もあるから何ともいえないけど、おすすめできない。体調面でのハンデがわずかでも、メンタル面からヤラれる子もいる」


 要約すると「止めておけ」になる彼の返事に、ありがとうと短く返す。なぜナヴィガトリアにソレについての意見を求めるのかと、事情がわからず戸惑い気味のアーサーにクロネは面倒臭そうに告げる。


「ナヴィガトリアはネナベだったんだって。チョコが今朝から不調だったの、アーサー先生(センセ)も気づいてなかったでしょ? でも剣聖さまはしっかり気づいてた。そんな人の意見てことよ」


 自分に向いたアーサーの視線に、ナヴィガトリアは気負いなく頷き返す。


「生理中でも運動できる子もいる。私も軽い方だったしそれで体育の授業を休むなんて()、やつらに見せなかったけど。あくまで現代の生理用品があっての話だったし、チョコは初めてで不慣れだから、どんな症状が出るかわからないし対処スキルもない。《偽神》は肉体的にも丈夫みたいだから、酷く重くなったりはしないと思うけど流石にPKはない」


 スイッチが入ったかのように饒舌なナヴィガトリアに少々怯みながらも、アーサーは理解を示した。


「――でもそうなると、他の三人だって近日中に使い物にならなくなる可能性があるってことじゃ?」


 自分たちに女性陣(、、、)に胡乱げな視線を投げかけてくるアーサーに「コレってセクハラじゃね?」とアインが唇を尖らせる。


「まったく。女キャラでなんか作るからですよ」


 冗談めかしてぼやくアーサーに、ナヴィガトリアが大げさに頷いて賛意を示す。


「同意。生理から開放されただけでも男キャラで作って良かったと満足してる」


 男たちの散々な言い草に、四人の少女は流石に非難の声を上げた。これから立ち向かわなければならない酷くシリアスな難題を前にしての、それは空元気じみたやりとりだった。



 ラエルガス在留組と渡りを付けるのは、一週間後を目処としてゴーリキに言づけてあった。その期限を根拠に、回復職との合流を果たしたジャックたちが何らかの活動で定宿を留守にしていることも考えられたため、土地に不慣れなアインとチョコ二人による夕刻のラエルガス行きは見送られた。

 時間も時間であり、最悪むこうのパーティーとの合流が適わない挙句に泊まり先も確保できない恐れもあった。

 二人には明日の朝にラエルガスへ飛ぶように指示し、アーサーは残る三人を率いて討伐隊の集合場所へと急ぐ。その道すがら、彼は己が懸念を払拭すべく剣聖に訊ねる。


「ナヴィガトリア、こちらでのPKの経験は?」

「ない。でも問題ない。《偽神( プレイヤー)》以外の人ならもう斬ってる」

『――西でちょっと厄介ごとに巻き込まれてね、殺された方の自業自得ってやつさ』


 タリアが息を飲んだナヴィガトリアの衝撃的な告白を、空気を読むチビドラゴンが補足した。


「――了解しました。当てにさせてもらいます」


 アーサーからの返事にナヴィガトリアはきっぱりと頷く。


「さてタリア。我々の回復役たるあなたには覚悟してもらうしかありません」


 アーサーの宣言に藤崎は答える言葉が浮かばず、タリアは黙って頷くしかない。すでにアーサーと共に対人戦闘をこなしているクロネに対しては、彼も殊更掛ける言葉はなかった。

 集合場所は貸し馬業者からも程近いエルクーン外郭部に設けられた放牧地の一画だった。すでに陽も沈み、あたりは紫色の帳に(とばり )覆われている。街灯のないこの辺りでは、じきにそれも漆黒の闇へと変わるはずだった。

 タリアたちがその場に姿を見せると、わずかばかりのざわめきが漏れた。隠れた有名人であるタリアの登場に、彼女の名を呼ぶ声も混じっている。如才なく笑顔か会釈を向けるタリアの傍らに、場が騒然となったもう一方の原因が立っていた。

 数日前まで、しばし《ゲート広場》を騒がせた噂の黒騎士の登場に、この場に集った《偽神》たちから好奇の視線が注がれる。ナヴィガトリアはその視線に殊更臆するでもなく、相変わらずの鉄面皮を貫いている。

 そんなタリアたち四人の元へ、武骨な鎖帷子に(くさりかたびら )僧衣を纏った龍人が歩み寄った。高レベル装備で完全武装したジェシカである。ゴーリキと同じ《|高 僧》《ハイプリースト 》の職に就いている彼女は、似たような装備構成となっている。

 今はインベントリにでも引っ込めているのかその身に帯びていないが、戦斧とシールドを得物としたジェシカは攻守のバランスの良い中衛としたスタイルを得意としておりその辺りが魔法による支援以外は攻撃一辺倒なゴーリキとは異なっている。


「遅かったね、アーサー先生」

「思いのほかパーティーの皆が修行好きでしてね。時を過ごしてしまいました」


 ナヴィガトリアにチラと視線をやりながら、しかし自分に声を掛けてきたジェシカにアーサーはわざとらしく三本角の生えた額を撫でるフリをしながら、悪びれもせず答える。お返しに他の面子の集まり具合を訊ねると、ジェシカはわずかに首を振った。


「ハクちゃんとテッカイさんのパーティーがまだね。ところでチョコちゃんは?」


 事情を話すとジェシカは「あちゃー」と呻いて物騒な造りの手のひらで目を覆う。こちらの会話に耳を傾けていたものか、周囲からも女性陣の嘆きの声が上がる。


「《偽神(プレイヤーキャラ)》になってあの苦役からは開放されたと思ったんだけどねぇ」


 心底残念そうなジェシカに(そんなにか)と内心目を瞠るものの、女性の身に在らぬ自分には窺い知れない苦労だろうと面に(おもて )は出さない。

 ため息を吐いたジェシカは「チョコちゃん、そんなに重いの?」とアーサーには少々答え難いことを訊いてくる。


「生理中の対人戦闘なんて、未知数もいいところなので残ってもらったんです」


 アーサーの巨躯の傍らからした少女の声に振り向くジェシカ。数日前に自分らへともう一つの重要な情報をもたらしてくれた、小柄なベテランプレイヤーの姿を目にしたジェシカはリラックスしたように吐息をこぼす。


「タリアねぇの判断は慎重だね」

「今ここにいるみなさんには申し訳ないんですけど」


 可愛らしく首を竦めるタリアを「それはタリア姉も一緒じゃない」と笑い飛ばす。まだ起こってもいない問題を案じてもしようがない。それに、アタリを引いたチョコには悪いが事前に覚悟を決めることも出来た。ことの最中に発覚しなかっただけマシとも言える。


「これは短期決戦といかなきゃね」


 龍人の女傑はニヤリと物騒な笑みを浮かべた。



 しばらくすると夜の帳があたりを覆い尽くし、各々魔術士たちが〈光明〉で明かりを灯した。そうこうしている内にジェシカの張りのある声が皆に注意を促す。


「さて面子がそろったみたいだから話を始めるよ」


 私語が止み、《偽神》たちの集結場所はにわかに静まり返った。彼らの視線は人混みの中にあって十分自己主張する威容の持ち主――発言者たる女性龍人のジェシカに集まる。

「ここに集まってもらった皆で公都ボリアで悪さしてるPKを今度こそ殲滅センメツする。前回みたいな手加減はナシ、遺恨を残さないよう今回は根絶やしにするってのが私ら代表格の決定なんだけど異存はある?」


 彼女の投げかけに、緊張した気配が返るも否の声は上がらない。タリアから公国側が《偽神》たちを怪しんでいるという情報が伝えられて以来、日常の中にあって彼らなりに考えるところもある。異物を排除せねば自分たちすら危うくなる――そんな果断なる決意が、各々の内から思いつめた表情となって顕わになっていた。ジェシカは大仰に一つ頷く。


「相手の数は前回の戦いで減ってるけど、王都を(メイクロファ)追い出されたPKが合流してある程度回復してしまっている。元王都組は手強いと予想されるよ。十分気をつけて」


 その後二百人からなる《偽神》の集団は、各々が連携するパーティーを相談して決めていった。()の数はおよそ百人弱。倍の戦力を揃えての攻勢だが折角の頭数もばらけていては意味がない。

 公都の《ゲート広場》を混雑させないよう、また不審がらせないように転移は何波かに分けて試みることになった。この世界において二百人からなる武装集団がどれほどの脅威とみなされるかはいまだ計り知れないが、ここは用心することとなった。もっともその用心に如何ほどの意味があるかもわからない。この世界の人々は、こちらに都合の良い未開明さとはほど遠くある。

 転移後は《偽神》の誰もが知る、《|始まりの丘》《ゲームスタートポイント》にて再集合という手はずを取る。無事全員が転移できなかった場合、転移できた人数によりその後のプランは考えられていた。

 主に低レベルな《偽神》らが持ち合わせていたものを譲り受けた公都行きの転移スクロール――使い切りの魔法アイテムだ。襲撃部隊は皆、帰還魔法、帰還転移スキル共にエルクーンに設定してある――が配られる。

「では手はず通りに。みんな無事に戻ってこようね!」

 ジェシカの号令に鬨の声は返らない。しかし《偽神》たちは力強く頷くと、決められた順に戦場への転移スクロールを行使していった。


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