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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第二章 再会のまれびとたち
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20.冒険者の平穏ならざる日常 その3

 タリアがパン造りに励んでいたのと同じ朝。ラエルガスの街は未明から秋雨に見舞われていた。さほど激しくもないわりに決して弱くもない雨音が、まどろむ街の人々をいつもよりわずかばかり早くに目覚めさせた。

 その早朝のことである。まだ暗い頃に公都よりラエルガス監視団としての出動命令を受けたカラグ公子は、慌しい仕度のいとまに、またしても単独で監視団駐屯地を抜け出していた。

 銀糸の如く降り注ぐ雨に煙る街並みの中を、跳ね上げる泥水も気に留めずカラグ公子は足早に街路を辿る。訪う(おとな )先は、三ツ首狼を倒した冒険者らの逗留する宿。駐屯地からは、雨具をすっかり濡らしてしまう距離である。

 濡れそぼった姿の公国貴人。早朝からのその訪問に、件の冒険者たちのリーダーと思しき人物――ヒト族の戦士も、流石に驚きを隠せない様子であった。



 まだ開店前の薄暗い宿屋の一階、酒場を兼ねる食堂には三人の人物の姿があった。宿屋の亭主にカラグ公子、戦士のジャックである。

 恐縮することしきりな亭主が差し出すタオルを礼を言って受け取り、カラグは「長居はするつもりはないから」と笑顔で付け加えた。

 老境に差し掛かろうかというこの亭主には、実に気の毒なことをしているという自覚もあった。いとまを置かず自国のやんごとない身たる自分の急な訪問を受けた上、我ながら頓着なさ過ぎる振る舞いでハラハラさせてしまっている。

 彼にはすまなく思いつつも、カラグは意識的にそれを無視して亭主に告げる。少々席を外してくれと。

 亭主はカラグ公子に深々と頭を下げると、ジャックの方に終わったら声を掛けてくれと言い残して厨房の方へと姿を消した。


「起きていてくれて助かったよ」


 亭主が離れるのを何となく見届けた後、カラグはジャックに気安い表情を向ける。戦士は当初の驚きからもすっかり立ち直った様子だった。慎重な面持ちでカラグの用向きを訊ねてくる。


「何か急を要するお話でも?」

「ああ、これからすぐに、しばらくラエルガスを離れることになってね」


 カラグの返事にジャックは訝しげに眉根を寄せる。それが自分たちに何か関係あるのか、とでも言いたそうな表情だった。


「それでこの間の頼みごとについて、重ねてお願い(、、、)しにきたんだよ」

「その件ですか」

「君らから話を聞けるのを、私は本当に楽しみにしていたんだよ」


 美貌の公子は実に残念そうなため息を吐く。


「今度の用事(、、)が片付くまで、どれくらいラエルガスを留守にするかわからない。でだ。前にも言ったとおり、この地を離れる折りには行き先を伝えておいて欲しい」


 そうすれば私の方で追いかけることができるからと、笑顔を作って念を押す。


「それは構いません。ですがもうしばらくは、このラエルガスでやっかいになる予定です」


 カラグはジャックの返事とその表情に、公都からの急使より伝わった状況報告を耳にしてからの焦燥感が遠のくのを感じた。そして今度は安堵のため息を吐く。


「――そうか。しばらく動く予定はないのか、そうか」


 繰り返し頷く公子の様子に、ジャックはやはり純然たる戸惑いの色を浮かべている。その様子からも、この者らが今回の件には関係していないだろうと、カラグ公子はそう確信を得た。

 彼らに贔屓目の思い入れをしているとは思う。しかしラエルガス迷宮でほんのわずかばかり行動を共にしただけの彼らに、カラグはどうしても悪感情を持ち得なかった。

 ある種の暴力を生業とする冒険者という身でありながら、目の前のジャックをはじめとした彼らは妙に殺伐としたものを感じさせない。どころか、その戦いぶりからはおよそかけ離れたのどかさが窺える。

 そういった平和さとでも呼ぶべきモノを想起させる彼らの雰囲気に、カラグは知らず惹かれていたのだ。


「ではジャック。私が帰ったら是非とも話を聞かせてくれ。そしてその時こそ、私も君たちに土産話ができると思う」


 一人納得すると、カラグは借りていたタオルをジャックに預けた。いとまを告げ、食堂を去り際、ふと公子はジャックを振り返る。


「そういえば、君たちは公都ボリアを訪れたことはあるのかい?」

「――ええ、何度かは(、、、、)

「では知人が住まっていたりは?」

「いえ、知人縁者共に根無し草なもので」


 突然の公子の問いに、ジャックは今度は戸惑う素振りも見せずにすらすらと答えた。


「そうか。ならばしばらく、かの地には足を運ばないことをおすすめするよ」


 そう締めくくって再び出口へと向かうカラグの背に、ジャックからの声が掛かった。


「よろしかったのですか?」


 何がとは告げずに問うジャックに、カラグは背を向けたまま肩を竦めてみせることで返事とした。



 宿屋をあとにした公国最精鋭の特務部隊――ラエルガス監視団の長は、降り続く雨の中を駆けながら頭の中を挑むべき異常事態への対応に切り替えていく。

 公都ボリアで密かに群発する流民(、、)の死亡事件。どうやら裏がありそうだと内偵が続けられていたこの件は、公国民にも少なくない被害が出ていることが明らかになってきている。

 ことを憂えたカラグの兄である第一公子は、このような事態に対し公国で最も力を発揮する最強の手札を切る決定を下したのだった。



         ◇         ◇         ◇



 部屋の中は重苦しい沈黙に包まれていた。

 沈黙が重苦しい――などというシリアスな場面には、こちらの世界に来るまで遭遇することのなかったアーサーである。だが今となっては、口を噤んでいても隠し切れない苦悩苦悶はあるものだと、そう痛切に理解していた。


「ネトゲってほんと、中途半端に普及したものよね」


 この場に集った面々――いずれも《|偽神》《プレイヤー》だ――が一様に押し黙っている中、ようやく口を開いた龍人族女性のその台詞。張り詰めていた空気が弛緩するが如く、方々でため息が漏れる。


「正直、日本のプレイヤーにガチで犯罪に走るような人種がいるとは思わんかった」


 次いで苦々しく吐き出したのは、犬科を思わせる耳を頭部に頂いた、マッチョ体型の男性である。周囲の《偽神》たちも、力なく頷き交わす。


「有体に申しまして。自分が痛い目を見ない、損をしないという認識さえあれば、易々と一線を越えられる人たちは、まぁ少なからず存在します」


 自分が発した言葉に苦々しい呻き声が返るのを、その鉄面皮で受け流したアーサーは続ける。


「それに私たちも承知しているはずですよ。責任を棚上げ出来れば(、、、、、、、、、、)、殺人に対するハードルがさほど高くないってことを」


 今度の言葉には、明確な反意がざわめきとなって返ってきた。


「――アレは正当防衛(、、、、)だった」


 先ほど発言した狼人族男性が握った拳を震わせる。


「そう。彼らが死ぬ(、、)のは彼らに非があったからだと、しょうがないことだと。人倫にもとる行為に手を染めた彼らにこそ責任がある――我々はまるっと彼らに押し付けて。己が良心を宥めすかして。そして実行しました。明確な殺意の元に同族狩り(、、、、)を」

「アーサー先生(、、)。べつにわたしたちはそれ(、、)を忘れたワケじゃない。もちろんわたしたちの手だって汚れている。でも、それにしたっても――」


 女性龍人は厳つい面に(おもて )苦悩を浮かべ――《偽神》たちにはその爬虫類を思わせる容貌から十分に表情が読みとれる――かぶりを振る。


「転移だか転生だかの、あの混乱の時とは話が違う。錯乱した(、、、、)馬鹿が P K (プレイヤーキル)に走った、なんてのとは話が全然違う」


 女性龍人は痛ましげに傍らへと視線を向けた。そこには、硬い表情で押し黙っているヒト族の少女――《偽神》が一人、何かを堪えるようにして立ち尽くしている。

 この部屋には現在、エルクーン在留プレイヤーの代表格らが集められていた。その面々に公都ボリアで発生している非常事態の推移と現況を話し終えて以来、少女はずっとそうしている。


「殺人に略取、婦女暴行の挙句に監禁とは。タガが外れたとはまさにこのことですね」


 アーサーの言葉に、少女は無表情なまま、しかし激しくその身を震わせる。


「公国にこと(、、)が知られる前に対処できれば良かったのですが、おそらくそれは望み薄でしょう。私たちがエルクーンで停滞していた間に、状況が推移しているのはタリアが報せてくれた通りです」

「いずれにしろ動かなければならない。責任の一端は我々にもある――そうだろう、みんな?」


 美貌を苦悩に歪め、銀髪も麗しいエルフの青年が周囲を見回す。


「だけど、こんなことになるなんて想像はできても、まさかホントにそんな真似が出来るなんて、思えるワケないよ……」


 真っ白なネコミミの少女が、普段は愛嬌で溢れるその顔を今は歪ませて、弱々しく答える。


「根絶やしにするべきだった――我々が日和ひよったツケが、初心者ビギナーさんたちに回るハメになってしまった……」


 青褪めた顔が今にも泣き崩れんばかりな、恰幅の良いドワーフ男性が苦しそうに呻いた。それっきり、一同はまたも重苦しい静寂の内に沈み込む。


「それにしてもジェシカ。呼び出されてみればこのような大事だったとは。うちの面子は――今頃『魔の山』ですよ。夕方までは戻りません」


 アーサーが視線を向けると、女性龍人――ジェシカは力なく頭を垂れた。

「ごめんよ。この子の消耗が酷くてね。わたしもことの仔細を聞けたのは皆が集まるちょっと前くらいだったんだ」


 他の《偽神》らも、各々の仲間たちが夕刻まではそれぞれの活動に散っていることに頭を悩ませる。こんな時、ゲーム時代に人々を繋いでいたチャットの機能が喪われていることが惜しい。

 龍人の偉丈夫と龍人の麗人。神話の挿画の如く並び立つアーサーとジェシカを中心にエルクーン在留組の首脳部は苦い表情で角突き合わせる。

 誤魔化し誤魔化し続けてきた仮初めの日常。それが唐突に終わりを迎える時がきた、並ぶ誰もがその予感に表情を歪めた。



         ◇         ◇         ◇



 その日の朝食時から言葉も少なく精彩を欠いていたチョコの様子が、訓練の引き上げ時になっていよいよすぐれなくなっていた。

 タリアはここに至るまでもそれとなく気に留めていたのだが、本人が音を上げることがないならと黙って見守るにとどめていた。

 しかしそれもそろそろ限界だろうと、チョコに声を掛けようとした矢先である。どこかぎこちない動きで鞍に上ろうとした彼女の肩に、意外な人物が手を掛けた。


「今朝から調子悪い?」


 そう無表情に問いかけるナヴィガトリアに、肩を掴まれた本人はおろか周囲の仲間も驚きの目を向ける。


「え? はい、実はちょっと身体の調子が良くなかったんです」


 驚いたあと、バツが悪そうに苦笑を浮かべたチョコだったが、剣聖の無表情な凝視に怯むとやや俯き気味になる。

 リアル(、、、)では帰宅部兼インドア趣味で半ば引き篭もり気味だったチョコの対人スキルは決して高くない。そんな彼女の反応にも頓着せず、ナヴィガトリアはさらに踏み込む。


「どんな風に?」

「えっと。何となくだるい感じがしていまいちスッキリしないなーとか」

「お腹をかばってたみたいだけどそっちは痛かったりしない?」


 指摘するナヴィガトリアに、キョトンとした表情のチョコが顔を上げる。


「はい。痛い、のかな? ちょっと今までに感じたことのないすわりの悪さがありますね。実はこっそり用も足してたんですけど、お腹壊してるっぽい訳でもないみたいで」


 そこは元男子の無神経さ故か、チョコは明け透けに事情を語る。


「なんだよ下痢ピーじゃなきゃ便秘か?」


 こちらも歯に衣着せず、意地の悪そうな笑みを浮かべるアイン。先ほどまで、ナヴィガトリアの淡々としていながらそれでいて反復動作が厳しいスパルタ訓練に音を上げていた小柄な少女も、すっかり元気を取り戻していた。

 そんな金髪ツインテールの頭頂部に、ゴツリと黒い手甲に覆われた拳が落ちる。


「女の子はもっと言葉を選ぶように」


 半日あまりの付き合いで、すっかり師匠風を吹かせているナヴィガトリアの鉄拳制裁にアインは涙目で返す。


「い、いえっさー」


 その様子を傍目にクロネがウサミミを揺らして首を傾げる。


「身体がだるいってのが心配だね。なんか感染症?」

「怖いこと言わないで下さいよー」


 大して調子悪いワケじゃないですからと、チョコは不安げな表情ながらも半ば自分に言い聞かせるかのように手を振る。


「〈浄化〉(ピュリファイ)はみなさん朝夕あさゆうに掛けてますし。それで排除できない『状態異常』なら〈病気治療〉を試してみますか」


 ゲーム時代、ある種のモンスターの攻撃によって引き起こされる《感染》と名付けられたペナルティ状態を解除するために用いられたのが、〈病気治療〉という直球なネーミングの回復スキルである。

 タリアは《偽神》の状態異常を直す(、、)のであればこれでことが足りるはずだと目星をつける。《Decisive War World》での《感染》状態はキャラクターの各種能力を引き下げて性能を劣化させると言う、直面した状況によっては極悪なペナルティとなっていた。

 だがそれだけだったとも言える訳で、あたりまえながらキャラクターが性能劣化を起こす要因――罹患りかんによる身体のだるさや体調不良、より直接的な痛み――はプレイヤーが感知するところではなかった。


「これからは無理せず多少の調子悪さでも言って下さいね。今回の病気は大した強度じゃないみたいですけど」


 柔らかく釘を刺しながら、タリアは〈病気治療〉をチョコに施す。神妙に施術を受けたチョコだったが、その表情はどこかもどかしげに見える。


「あれ? 効いてません?」


 遅ればせながら結構ヤバイんじゃないかという空気が仲間たちに伝播する。ほぼ万能を誇った魔法による治療がこの世界ではその限りではない――

 四人の少女が青褪める中、一人黒衣の青年がぽつりと呟く。


「多分病気や他の状態異常バッドステータスじゃないから」


 その言葉にタリアが振り向くと同時に、チョコから控えめな悲鳴が上がる。慌てて振り向くとそこには涙を浮かべたチョコの気弱な笑みがあった。


「なんかチビちゃったみたいです。いきなりお漏らしとか、コレかなりまずいかな?」


 にわかに失禁――神経系にまで悪影響が出るほどの病気かと皆が騒然となる中、ナヴィガトリアはタリアの肩を叩いて注意を引く。


「多分、チョコにとっては大したことかもしれないけど、大したことじゃない。衣類の生産系にパーツとして綿を作る段階があったハズ。在庫あったりする?」


 のん気且つ意味不明なナヴィガトリアの言葉に、それでも冷静さを損なっていなかったタリアは頷いた。


「綿ならあるけど、大したことないってナヴィは何かわかるの? ひょっとして上位マップだと珍しくないこととか?」


 ナヴィガトリアは首を横に振ると「それより綿を出して」とタリアを急かす。いつの間にか武骨な手甲を(ガントレット)外した彼は、タリアから薄っすら黄金色を帯びた綿を受け取ると一つ頷く。


「一応〈浄化〉掛けて」


 綿に〈浄化〉――この段になってくると、ナヴィガトリアの素性を知るタリアには思い当たることがあった。と同時に、自分にもその(、、、、、、)時がくるのだろうと(、、、、、、、、、)暗澹たる気持ちになる。

 今までどうしてそれに気づかなかったのか、この身体を得てから、そろそろ一月に届こうとしている。

 タリアが物思いに沈んでいる内に、ナヴィガトリアはチョコを連れて一行よりしばし距離をとっていた。いつのまにか重みを増した帽子から、剣聖の肩という定位置を離れたバーテニクスがこちらへと引っ越してきているのがわかる。

 残されたクロネとアインは、心配そうな表情でこちらとあちらを交互に窺っている。


「ナヴィさん何だって? チョコをどうにかできるの?」

「わたしも何も教えてもらえなかったので。まぁもうちょっと待ちましょう」


 もどかしげに訊ねるクロネにも、チョコの不調の原因が思い当たったタリアはしかし生返事しか返せない。

 何事か話し込んでいたチョコとナヴィガトリアだったが、やがて二人に動きが見られた。巨大なマントを遮蔽物にしてチョコの姿を隠しつつ、ナヴィガトリアも彼女に背を向けている。

 何が行われているのか、チョコの情けなさそうな悲鳴が散発的に響いた。それにそっぽを向いたままのナヴィガトリアが答えている様子が見て取れる。

 しばし後、ナヴィガトリアがタリアを呼んだ。想定する事態に備え、バーテニクスには遠慮してもらう。


『悪趣味は持ち合わせていないからね。おおせに従うよ』


 面白がる風の彼の返事に、この子も感づいてるなぁと苦笑を浮かべて、タリアはチョコたちの元へと駆けつける。

 思ったとおりの血の匂いに、タリアは自分の血の気も引く思いを受ける。


「やっぱり月の物だったんですね」


 マントという仕切りの向こうとこちらで異口同音の返事が返る。


「一応処置は終わったから。〈浄化〉で汚れを取ってあげて」


 いつもより硬さが抜けたナヴィガトリアの声音に頷き「失礼します」と断って仕切りの向こうに周る。

 赤黒く汚れたチョコの下腹部や太ももの内側といった、そのショッキングな眺めをあまり意識しないようにしながら〈浄化〉を掛ける。チョコの身体と、やや不恰好に股間部分が盛り上がった彼女の下穿きからも血の汚れが霧散したのを確認し、密偵職のキャラクターたちが好んで用いている革製のレギンスも綺麗に処置する。


「まだ生理も始まったばかりみたいだし、今日のところはもうそれほど出血しないと思うけど、しばらくは続くから覚悟して? 痛いのは純粋に損傷だから回復魔法が効くと思う。おまけに〈浄化〉なんて便利な魔法がある世界だし、面倒さなんてあちらと比べて段違いだから我慢するように」


 身綺麗になりレギンスもはき直してほっと一息つくチョコに、いつになく饒舌なナヴィガトリアがまくしたてた。気圧されて頷くチョコ。

 彼女とナヴィガトリアのそんなやりとりを、タリアはぼんやりと眺めていた。なかなか思考がまとまらない。

 そこにじれっそうに呼ぶアインの声が届く。三人は顔を見合わせると二人と各々の騎馬が待つ方へと戻った。


「――ああ、生理。生理ね」

「そろそろこの身体になって一ヶ月近いんだもんね。来てもおかしくないってことか」


 それぞれ呆然とコメントするアインとクロネに、ナヴィガトリアが頷く。


「クロネは異種族だからわからないけど。アインとタリア、二人も発育具合から見て十分初潮の時期が過ぎてる可能性があるからそのつもりで。この世界での生理用品とか調べる時は年少組がやった方がいいかな。チョコかクロネだとちょっと目立つかも」


 セクシャルでありながらも嫌らしさを微塵も感じさせない青年の言葉に、少女四人は青い顔で頷く。


「それにしてもナヴィさんみたいに気の利く人が居てくれて良かったです」


 ありがとうございましたと続ける素直な様子のチョコを余所に、「そこよ」とクロネが声を上げる。


「何がよ?」


 この話題はもうやめたいと言った様子を隠そうともしないアインが面倒臭そうに聞き返すと、クロネはナヴィガトリアを指差した。


「なんで剣聖さまはチョコが生理だって気づけたのよ。思い返せば帰り際に声を掛けたころにはもう見当がついてたっぽいし」


 傍で聞きながら、クロネの中ではもう答えが出てるんだろうな思いつつタリアは成り行きを、いやナヴィガトリアの返事を黙って見守る。

 果たして。意外とも、あるいはここ数日の仲間たちのやりとりから当然とも言える答えが、ナヴィガトリアの口から明かされる。


「私も経験者だからだよ。向こうでは一応女子高生(JK)の肩書きを持ってたし」


 ほとんど出席しないでネトゲにかまけてたけどね、と悪びれた様子もなく続けるナヴィガトリア。


「いわゆるネナベでしたコンゴトモヨロシク」


 ある程度その素性を予想していたであろうクロネも、彼――彼女の言い様に目を剥いたのだった。


08/01:本分前半部の一部及び後半部分全編を加筆致しました。

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