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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第二章 再会のまれびとたち
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19.冒険者の平穏ならざる日常 その2

 早朝。陽もまだ明け切らない内からタリアは起きだした。

 藤崎英臣だった頃から寝起きは悪くない質である。寝惚けることもなく、薄暗がりの中で普段着用とした衣服に着替え、その上に飾り気のないエプロンを締める。

 愛用の背嚢を背負い、「よし」と小声で気合を入れると、いまだ夢の中のクロネに囁く。

 クロネは絶賛寝惚け中だったが何とか動いてくれた。自分が外出したあとの施錠を頼むと、ウサミミ娘は眠りまなこを擦りながらムニャムニャと頷いた。部屋を後にすると常夜灯も燃え尽きた薄暗い廊下を渡って厨房へ向かう。

 女将おかみさんに話を持ちかけ、厨房を借りられた時間は未明から早朝の一刻。ぐずぐずとしていられるほど、時間に余裕があるわけでもない。

 エルクーンに戻って四日目。タリアはようやくナヴィガトリアから受けた依頼に取り掛かれることとなった。すなわち食料の作り貯めである。リクエストはサンドイッチにミルクティー、他に適当な何か。

 ナヴィガトリアに確認したところ、ゲーム内アイテムだったサンドイッチはこちら(、、、)でもあちら(、、、)と同じ姿をしていたと言う。食パンに具材を挟んだポピュラーなタイプ。

 ゲーム時代のアイコンからして知るべきところだったが、陶製の瓶にコルク栓という、携行に優れた体を成していたミルクティーの件もある。あれはゲームのアイコンでは薄茶褐色の液体が普通のカップを満たした絵柄であった。

 街のパン屋への取材もしてみた。こちらでは食パンに似た品は見かけず、調理パンの姿もなかった。サンドイッチの概念もないのかと思い、夕食の席で供された丸パンに切れ目を入れて具材を挟んで食べてもみた。

 タリアのその様子に馴染みの女給も特に反応は無く、珍しくもなければマナー違反ということでもないのだろうと察することができた。

 しかし元の世界、とりわけ日本で御馴染みだったサンドイッチを作ってみせるのは無為に目立つこととなるだろうと想像に難くない。

 取り敢えず玉子ロールあたりでナヴィには納得してもらうかとタリアはそのあたりを試作してみることに決める。

 人目がないことを確認して、背嚢ではなくインベントリから直接一通りの材料と道具を取り出す。ナヴィガトリアがメモ通り過不足無く揃えて来た品々だ。背嚢を持ってきたのはあくまでポーズ、カモフラージュでしかない。

 さて調理である。ゲームの時のように材料をセットし、マウスのクリック一つで万事完了とはならない。

 自身の(、、、)料理職人としての知識と技術に従い、タリアは作業に取り掛かる。野外活動でボルトがその技術を発揮したのと同様、タリアも手際良くことをこなす。それは自身も『男の手料理』くらいはしていた藤崎をして驚かせるほどの腕前になっていた。



「おや、良い匂いさせてるね」


 朝を告げる鐘をほんの少し過ぎた頃、仕込みもあってかロードスター亭の女将さんが厨房に姿を見せた。


「おはようございます。有難く厨房をお借りしてました」


 丁寧に挨拶を返すタリアに、朝から溌剌とした雰囲気も好ましい女将さんは笑顔で片手を振る。


「貰うモノも貰ってるし礼はよしてくれ」


 彼女は表情を仕事人のそれに改めると、後片付けが済んだ厨房にざっと目を通して一つ頷き、また表情を緩める。それから調理台に並んだ玉子ロールをしげしげと眺めて、なるほどねぇと頷いた。


「これは冒険用の弁当ってところかい? この季節ならつか」

「他のみなさんがどうしてるかはわかりませんけど」


 自分の常識に従って勘違いしてくれた女将さんに、思わず言い訳じみた返事を返す。そんなタリアの言い種に、女将さんは可笑しそうに笑み崩れる。


「まぁ厨房貸してくれなんて言った冒険者はタリア()が初めてだよ」


 彼女は僧侶のタリアに対して一応敬称を付けるが、そこに尊崇そんすうの念は感じられない。これは多分に慣習によるものだろうと踏んでいる。

 ゴーリキも同様に『様』付けで呼ばれていたが、一見強面の彼すら若造であることは見抜かれていたようで、さほど敬われている様子はなかった。流石に宿屋の女将ともなると、人物に対する観察眼も自ずと磨かれるものなのかもしれない。

 この世界では僧侶と言う身ではあるものの、タリアにしろゴーリキにしろ、実際に僧籍を得ていたことなどない紛い物である。それくらい軽く扱ってもらった方が却って気楽ではあった。

 風変わりにも弁当を自作する冒険者という、微妙になりそうな話題の流れを変えるため、タリアは並べた玉子ロールから一つを手に取る。


「朝ご飯にどうですか。一応味見はしてみたのですが久しぶりなもので。ご意見いただけると嬉しいです」


 用意していた紙に半ばまで包んだそれを女将さんに差し出す。彼女は器用に片眉だけ上げてみせると、礼を言ってそれを受け取る。

 女将さんは気取らない仕草で豪快にかぶりつくと瞬く間に平らげた。タリアのささやかな計略は図に当たり、寸前までのやりとりを忘れた彼女はタリアの腕前を褒めると、話は自身の娘である女給に対しての愚痴へと流れていった。



 仲間内の朝食の席。タリアは作りたての玉子ロールを供した。サンドイッチにしなかった理由を説明するとナヴィガトリアも頷く。


「それならしょうがない。でも玉子ロールばかりだと飽きる。ホットドッグも欲しい」

「良いけど。ピクルスは買ってきてもらってないなぁ」

「ピクルス抜きで」

「子供か!」

「いつまでも少年の精神こころは忘れたくない」


 そんな馬鹿なやり取りを交わしつつ朝食を摂っていると、朝から珍しい客が訪れた。同じくエルクーンに在留している他の《偽神》パーティーのメンバーである。


「おはよう、皆の衆。あ、なんか良いの食べてる」


 そう気安い挨拶で一行の朝食の場に乱入してきたのは、ゲーム時代のエルクーンで四方山話に花を咲かせたプレイヤーの一人、ヒト族の青年戦士イゾウだった。

 金髪碧眼の偉丈夫も、今は目立たない衣装を身にまとっている。端整さからやや外した容貌は、タレ目もあって愛嬌を感じさせる。


「おはようございます、イゾウさん。ご無沙汰してました」

「タリアさん、お久しぶり。ほんとに戻って来てたんですね。ご無事で何より」


 タリアとイゾウは笑顔で握手して、再会の言葉を交わす。互いに伝聞では無事と知っていたが、こうして目の当たりにすれば胸の辺りに小さくこみ上げてくるものがある。


「おっと。こちらの御仁とはお初だったかな? 戦士イゾウと言います。パーティーの皆とは話仲間といった感じで」


 アーサーたちの集団に見慣れない顔、ナヴィガトリアを認めてイゾウが挨拶した。ナヴィガトリアは無表情なまま頬張っていた玉子ロールをそのままに、イゾウへ振り向くと無言で会釈を返す。


「――剣匠の(、、、)ナヴィ、わたしの友だちなんです」


 何てことない風を装ってフォローを入れたタリアに、イゾウは訝しむ様子もなく頷いた。相変わらず空気を読んでくれるなぁと有難く思いつつ、タリアは席を立つとイゾウにも紙で包んだ玉子ロールを渡した。


「試作品なんですけど良かったら食べて下さい」

「わ、厚かましくアピールした甲斐があった。ありがとう」


 嬉しそうに玉子ロールを受け取りつつ、イゾウはアーサーが示した空席にはしかし首を振った。


「いや、ちょいと連絡に来ただけなんで。アーサー先生(、、)には今日一日時間を貰いたいってのがウチのリーダーの言伝ことづてです」

「ジェシカ女史のご指名ですか」


 ふむ、と考え込むアーサーにクロネがお気軽に手を振る。


「アインもうっかり死ぬようなレベルじゃなくなったし、そろそろこのフルメンバーでお守りも必要ないでしょ」

「ああ、俺もそれで良いと思う。ジェシカさんもつまらん話でわざわざ呼びつけないだろうしそっちに行ってくれ」


 口の端に玉子のくずをくっつけたアインが真面目な表情でアーサーに頷く。


「なら買出しの予定もないし私が付き合う。噂の騎竜は借りても?」


 十分に咀嚼した玉子ロールを飲み込んだナヴィガトリアがそう提案すると、アーサーも意を決したように頷いた。


「わかりました。それじゃイゾウさん、ジェシカ女史には後ほど伺うとお伝え下さい」



         ◇         ◇         ◇



『魔の山』中腹。鬱蒼とした木々の中にぽっかりと空いた間隙。球技場にでも出来そうなその開けた場所に、黒衣の剣士と仲間たちは立っていた。


「――アイン。〈閃空剣せんくうけん〉の習得にレベル制限がなかったのは憶えてる?」

「レアスキルゲットだぜー、って舞い上がっちまって詳細確認なんてしなかった!」


 兄弟子――ナヴィガトリアの問いに、妹弟子たるアインは毅然と言い切る。

 その返事に、他の仲間たちがやれやれと苦笑を漏らす中、一人ナヴィガトリアだけは「男らしい」と感心したように頷く。


「兎に角。今のあなたでも習得は可能だろうってこと」


 剣聖は腰に佩いた剣を抜き放つ。青褪めた刀身を持つその剣を見て、タリアとクロネは思わずと言った風に声を上げる。

 他の面子が訝しげに彼女らへと顔を向けるも、二人は何でもないと誤魔化した。説明すれば長くなる。今はナヴィガトリアの邪魔をすまいと、タリアとクロネはアイコンタクトを交わす。


「とりあえず〈閃空剣〉を実演してみせるから」


「押忍」と体育会系なノリで返すアインに頷いて、ナヴィガトリアは一行より幾分か距離をとった。空気を読んだバーテニクスは剣聖の肩を離れると、タリアの帽子の上に着地する。


「――参る」


 存外ノリノリな剣聖の合図が放たれた次の瞬間――

 およそ百メートル先、視程を塞ぐ木々のうち何本かがいきなりぜた。衝撃の光景からほんのわずか遅れて、壮絶な破壊音がタリアたちの耳に届く。

 弾け飛んだ樹木の破片が、騒々しい音を立てて地面に降り注ぐ。吹き飛んだ木の上端が落下して転がるさまを、呆然と眺める仲間たち。皆の頭に、のん気なバーテニクスの《交感テレパシー》が届く。


『なんだ、〈閃空剣〉て火竜の(セルティネカ)〈炎槍〉を撃ち落とした技のことだったんだ』


 当時の自分が今のタリアたちと同様に驚いたことも忘れて、何てことなさそうにバーテニクス。しかしクロネが恐々と問いただした。


「剣聖殿は、魔法攻撃を剣で迎撃したわけ?」

『うん。手負いのセルティネカを追っかけてた時にね。彼女の放ってくる牽制攻撃を避けてたら、あの御仁は避けるなって言うんだ。そしてアレ』


 タリアの頭の上で、チビドラゴンは先の破壊がもたらした惨状を指差す。


「そりゃゲームの時と違って『当たり判定』っていう枠に縛られることはないだろうけどさ。それにしたって炎の塊を斬るってどんだけ」


 途方に暮れながらも口角を上げるクロネ。ナヴィガトリアは無表情なまま一行に振り返る。


「パニック映画あたりで爆風で消火するとかってシーンがある。あれをイメージ。試したら上手くいった」


『ええっ、アレってぶっつけ本番だったの?!』


 悲鳴を上げるバーテニクスを無視して、剣聖は金髪の剣士を手招きする。


「さ。特訓」


 流石に怯んだ様子のアインに、仲間たちは同情の眼差しを向けた。


06/30:誤用を修正しました。

07/03:推敲ミス、誤字を修正しました。

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