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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第二章 再会のまれびとたち
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18.冒険者の平穏ならざる日常 その1

「りっきー、来た早々に洗濯なんか頼んじゃってゴメンにゃー」

「すみません」

「助かります」

「なんのなんの。こっちにきてからは通常業務だ」


 言葉とは裏腹にさほど悪びれていないクララ、こちらは心底申し訳なさそうなサーラとカッコに、ゴーリキは笑顔を返した。

 今はいかにもファンタジーめいた、武骨なドワーフといった姿をしているゴーリキだが、元は彼女らと同じくどっぷりと文明の利器が溢れる生活に浸かっていた身である。

 洗濯機役を自ら任じ、恥ずかしそうに差し出された布袋に〈浄化〉の魔法を施す。布袋には、彼女たちが見られたくない肌着の類が納められているであろうと察したゴーリキは、何も問わずに仕事をこなす。


「洗濯物って油断するとすぐに溜まっちゃうからなぁ」


 器用に自分の洗濯物を畳むボルトの台詞に、ゴーリキが笑みをこぼす。


「まったくだ。その点こちらの女性陣は流石だな。ウチの連中は俺が言わなきゃろくに洗濯物も出さん。いくら見てくれが可愛いといっても、アレでは興も殺がれるさ」


 ガハハと笑うゴーリキに、サーラとカッコは苦笑を返す。


「ま、その点はリアたんが教育するでしょ」


 クララが請合うと、ゴーリキは大いに頷いた。


「夕べの飯時や今朝の様子を見ても、タリアちゃんの母ちゃん(チャンカー)振りは実に板に付いてたしね」


 愉快そうな彼の話しぶりに、皆から笑い声が上がる。

 宿屋の裏手。長期逗留の客に解放された洗い場に、ジャックを始めとしたパーティーの面子が集合している。

 タリアが経った翌日。回復職たる彼女と交替にエルクーン在留の仲間たちから一人、ゴーリキが早速の合流を果たしていた。

 ひとしきり笑いあったあと、ジャックが今日の予定を口にする。


「ゴーリキ、洗濯が済んだら早速ラエルガスの街を案内したい。そのあと昼食を済ませて『迷宮』に挑戦と行こう」


 その言葉に頷きあう一同。彼らの頭上、今日のラエルガスもおあつらえ向きに秋晴れの空が青く広がっていた。



         ◇         ◇         ◇



 エルクーンから北へ、馬上に揺られることおよそ二時間の距離に、平野部にぽつんとそそりたつ山があった。現地の人々には『魔の山』と恐れられ、敢えて寄り付く者もいなかったその地に、最近は少なくない人影を見ることが出来る。

 ゲーム時代においてはレベル50相当の狩り場であったこの山に、現在幾つかの《偽神》パーティーが挑んでいた――



 木々の合間から、時折り鋼が陽光を反射するギラギラとした閃きが垣間見える。そして打ち鳴らされる金属音。


「〈障壁〉!」


 張りのある澄んだ声が、草いきれに澱む木陰を貫く。鬱蒼と生い茂った木々の狭間にタリアとアインの姿があった。対峙するのは禿頭の戦士。否、その戦士の面には、生物にあって然るべき器官が見当たらない。

《フレッシュゴーレム》。かつて生物であったそれを魔法で捏ねくり回し、異形の怪物へと再構築した魔法創造物マジックコンストラクト

 その無貌の戦士が短槍を繰り出した。総毛だったアインの鼻先で、しかしその尖端は見えざる防壁によって跳ね返される。まるで、弾き飛ばされた穂先に引かれたかのように、禿頭の戦士の上体が後方へと泳ぐ。

 眼前で飛び散った火花に、不覚にも閉じた目蓋をじ開け、アインは右肩に背負うようにした長剣を勢い良く振り下ろす。右上から左下への、渾身の袈裟斬り。

 体勢を大きく崩した敵にアインの刃が到達。と同時にタリアの指示がアインの耳朶を打つ。敵の、肌が剥き出しとなった胸部からわき腹へ、深々と刀傷が(かたなきず )刻まれ往くさまを視界の端に捉えながら、アインは長剣を振り切った勢いを利して急旋回。独楽コマのようにその身を転ずる。

 無貌の戦士は先の一撃による動揺から、いまだ体勢を取り戻していない。その隙を衝いて、バックハンドから繰り出されたシールドが敵戦士目掛けて追撃。遠心力と全身のバネによって加速され、凶器と化した防御装備シールドが必殺の打撃武器へと変ずる。

 聞くに堪えない音を爆ぜさせ、アインの〈盾強打〉(シールドバッシュ)が敵戦士を打ちのめす。数メートルの距離を転がって地に伏した異形の戦士は、それっきりピクリとも動かなくなった。


「今のはヒヤッとした……」


 アインは乱れた息を整える。肉体の疲労と言うより、精神的衝撃によってもたらされたそれはじきに治まった。


「最後は不用意に飛び込みすぎましたね。不発とはいえ敵ながら絶妙なカウンターでした。基本的に、武装したモンスターは戦術眼があるとみた方がいいでしょう」


 そう真面目な顔で評するタリアに、アインは頷く。あと少しで倒せる相手が守勢になったとみて、安易に大振りを見せた彼女に、この世(、、、)の敵は、あの世(、、、)のプログラミング制御のそれとは違う対応をしてみせた。思い出して、また背中に冷汗が伝う。


「アーサーたちは、もっとやっかいなのと戦って勝利したんだよなぁ」


 力を持ち得ず、その時の戦いに参じることが適わなかった金髪の少女は深々とため息を吐いた。


「それはとりあえず置いておいて。どうです、50レベル帯のモンスター相手は? こなせそうですか」

「大丈夫。俺の想定通り、50レベル相手にもいけます」


 わずかに表情を緩めて確認するタリアに、アインは決然と頷き返した。


「――なら明日以降もここまで遠出ですね」


 その言葉と共に、木々の合間からアーサーの巨躯が姿を現した。そのタイミングの良さから言って、ペアだった敵戦士の片方を引き受けた彼は、早々に自分の相手を無力化していたのかもしれない。


「それにしてもゴーレム系は《この世界の敵(アウターズ)》ではないようですね。この世界由来の、魔法生物と言ったところですか」


 アーサーは、アインが斃した禿頭無貌の戦士――《フレッシュゴーレム》を見下ろしつつそう断じた。いまだ《|外念体》《アウターソウル》へと変じないことも、彼の見立てを裏付けている。


「《ストーンゴーレム》もそうだったんですよね?」


 確認してくるアーサーにタリアが頷く。


「それに、《アウターズ》のモンスターは遭遇すると覿面てきめんにわかりますから」


 タリアの、多分に含んだところのある物言いに、龍人の魔法使いはフムンと小さく鼻息を漏らす。そこへ、微妙な空気を吹き飛ばすかのようにクロネの叫びが届いた。


「おかわり釣ってきたよぉ――――っ!」


 騒々しい音と共に木陰から葉屑はくずを撒き散らし、黒い影が勢い良く躍り出た。トンガリ帽子にウサミミの魔法使いが、漆黒のローブを翻してターンと共に急制動、自分が走ってきた方向へ向き直る。


「アイン、迎撃準備!」


 そのクロネの言葉を耳にするまでもなく、一行はすでに身構えていた。何かが近づいてくる気配を、最早常人に在らざる《偽神プレイヤー》らは的確に捉えている。


「ちょっと多すぎないですか?」


 気配の数にタリアが可愛らしく眉を寄せる。クロネが「ごめーん」と謝ると同時に、潅木の向こうから五、六体からなる《フレッシュゴーレム》の集団がその姿を現した。


「ばっか、多すぎだろ!」

「ぶっちゃけ釣り損なった、スマヌ!」


 流石に怯むアイン。その背後でクロネの〈足くくり(グラススネア)〉の詠唱が完成し、戦士の集団を釘づけにする。


「とりあえず一体殴って一対一タイマンに持ち込むべし!」

「アホ!」


 一仕事終えたかのように満足げなクロネに罵声を浴びせ、それでも金髪の少女剣士はツインテールを翻して敵へと向かった。



         ◇         ◇         ◇



 一日の修練を終えて、夕暮れ迫るエルクーンの外郭部をタリアたち一行は進む。遠出のために借り出した乗用馬を業者の元へ返却するためだ。

 この世界の冒険者となるにあたり、馬を乗りこなす術を身につけていた《偽神》たちであったが、実際に騎乗用の動物を世話しなければならないとなると、その敷居は決して低くないことも自然と窺い知れた。

 よって飼料の手配やスペースの確保、実際に飼育する手間を考えたら、レンタルの手段があるならそっちの方が楽、となるのは当然の帰結と言える。

 夕暮れ時。大通りを市街へと向かう流れから逸れて、タリアたちは街外れの貸し出し業者を訪れた。

 返却時にこの先一週間ほど、続けて借り受ける旨を伝えて了承を得る。今回アーサーが借り受けた騎龍などは数が少ないため、転ばぬ先の杖的に用心に越したことはない。

 一行が一連の手続きを終えて市街地に辿り着く頃には、すっかり夕陽も傾いていた。



 昨夜と比べてゴーリキが抜けただけの変わらぬ面子は、これまた変わらないロードスター亭の一階食堂にて今日一日の首尾を話し合う。と言っても、日中はナヴィガトリアが一人別行動だっただけなので、話題は早々に尽きるものと思われた。


「食材の当ては大体ついた。今の私はエルクーン歩きの達人と言っても過言ではない」


 無表情に告げるナヴィガトリアは、タリアに言いつけられた通り、ロードスター亭の従業員について回って日中を過ごした。食材などの仕入先に目処をつけるためである。


「ナヴィさん力持ちだから助かっちゃった」


 そんな陽気な声と共に、アインらが馴染みのいつもの女給がエールをテーブルに並べる。タリアの不躾とも言える願いを聞き入れてくれたのは、ロードスター亭の娘にして女給の一人を務める彼女だった。


「今日はナヴィがお世話になりました」

「良いのよ、ホント助かったし」


 礼を言うタリアとしきりに頷くナヴィガトリア。二人の様子を見比べた女給は、そこに妙な年齢の逆転現象を見てとって可笑しそうに笑う。


「それに、案内料もたっぷり貰ったことだし。何かあったらまた頼ってちょうだい」


 他のテーブルから掛かった声に、威勢よく応えて踵を返した女給を何となく見送ったあと、タリアたちはジョッキに手を伸ばした。

 アーサーから一日を労う乾杯の音頭が上がる。一行は今日の疲れを癒すかのように、エールを流し込んで喉の渇きを潤おす。


「今回はずいぶんと腕が上がった気がするぜ」


 エールでとたんに滑らかになったアインの口から、本日の『特訓』の手応えが語られる。


「頭の中でずっとモヤっとしたイメージだった〈盾強打〉もモノになった感じがする。そうそうこんなんだった、って感じで」


 木のジョッキをじっと眺めて反駁するアイン。彼女の言葉に、タリアへ振り向きつつチョコが苦笑をこぼす。


「やっぱりお手本(、、、)があると違うみたいですね」

「ゴーリキは早々に盾スキル切ってたからなぁ、あンの脳筋坊主」


 槍、棍といった長物を好んで用いる仲間のドワーフを思い出してクロネが毒づく。それをまぁまぁと嗜めつつ、アーサーが面白そうに目を細める。


「それにしても興味深い話ではありますね。アインの話を聞く限り、それがあやふやと言えどもキャラクターが未修得だったスキルすら成長(、、)すれば頭の中に思い浮かぶと言うのですから」


 その彼の言葉に、一同が唸った。誰に師事するでもなく、またはハウ・ツーの書物を開かずとも未知の技術が閃くという事実は、この世界に放り出された彼ら《偽神》たちにとって有難い話ではあった。

 ゲーム時代において、ほとんどの『スキル』は条件が揃えば自動的にキャラクターに付与されるものだったのだ。

 転職時、あるいはレベルアップ時と、そのタイミングは様々だが、新たに得られたスキルはキャラクターのステータスに書き加えられるシステムとなっていた。

 ただしそれらスキルを実際に用いて、『使い物になる』レベルまで昇華するには相応の手間暇を要したものだったが。


「どういう理屈か知りませんが、この辺の仕組みがゲーム時代を踏襲しているのは助かります」


 アーサーの言葉に頷く一同。そんな仲間たちを眺め回し、しかし彼はこうポツリと呟いた。


「さてこの場合、『レアスキル』なんかはどうなってるんでしょうか」


 悪戯っぽく付け加えられた言葉に、うがぁとアインが頭を掻きむしる。


「それを言うなよっ! ああ、俺の〈閃空剣せんくうけん〉……」


 喪われた己が本命キャラ――剣匠アインが修めたレアスキルを惜しんで、剣士アインたる金髪の少女は卓上に突っ伏す。

 MMOの《Decisive(ディー) War() World(ォー)》には俗にレアスキルと呼ばれる特殊スキルが存在した。

 モンスターからドロップする秘伝書アイテム、あるいはごく稀に出現するトレーナーNPCより伝授されるそれらスキルは、いずれにしろ習得に並々ならぬ幸運を必要とした。故に希少レアスキル。

 アインが得意技とした〈閃空剣〉は、フィクションではありがちな遠距離斬撃スキルであった。しかし「近接武器は大人しく近接戦闘してろ」とでも言いたげな《ディーウォー》の戦闘システムに在っては、その特性は十分に異彩を放っていた。

〈閃空剣〉の遠距離斬撃性能は非常に使い勝手も良く、まさにレアスキル中のレアスキルといっても過言ではなかった。この『ウッカリ』手に入れた力のため、往時のアインはトッププレイヤー連中にも散々に妬まれることとなった。

 それほど貴重な秘技を喪って嘆く妹弟子の頭に、しかし兄弟子は優しく手のひらを差し延べる。


「〈閃空剣〉なら教えてあげる。めっちゃ常用してるし、多分習得を手伝えると思う。コツとか、角度とか」

「え、マジで!?」


 現金にも瞬時に復活した少女に、無表情な青年はこくりと頷く。


「《隠者》先生はなんでもアリね」


 その表情に温度差を持ちながらも、妙な空気で仲良さそうに盛り上がる二人の剣士に醒めた視線を送りつつ、クロネはやれやれとジョッキを呷った。


06/18:本文の一部を修正致しました。大筋に変更はございません。

06/20:ルビ指定の不備、誤字を修正致しました。

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