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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第一章 冒険のはじまり
3/57

3.廃鉱の死闘 その1

 五人の人間が歩くたびにその装具がたてる音は当たり前の様にうるさかった。隠密行動など望むべくもない。先頭をジャックが、次にタリアが続きボルトとサーラが左右に並んでその後につく。クララは後方からの襲撃に備えて最後尾についた。

 各自が武器を構えた上で周囲を警戒する。このためゲームで見慣れた地形であってもその移動は思ったよりはかどらない。そしてついに先頭のジャックが後続へ右手を掲げてみせた。「敵と遭遇」のハンドサイン。皆が息を飲む。

 《導く灯り》が通路の先の骸骨戦士(スケルトンウォリアー)を照らし出した。その数二体。巡回任務に就いている骸骨戦士の標準的な構成だ。骸骨戦士は乾いた音をたてて得物の短槍を構えた。『現実』として目の当たりにしたその姿は想像以上に威圧的でサーラとボルトが短い悲鳴を漏らす。

 ジャックは片方の骸骨戦士に狙いをつけるとクロスボウを放った。髑髏ドクロのぽっかり空いた眼窩がんかに鋼鉄の矢が潜り込むとその衝撃で骸骨戦士がのけ反る。

「射撃頼む!」

 ジャックは叫ぶと共に〈威圧〉を放った。敵の注意マークを自分に引きつける、MMOでは普遍的に挑発スキルと呼ばれる類の特殊スキルだ。ジャックは不可視の『殺意』めいたモノが自分から放たれるのを感じる。

 それとほとんど同時に背後からの援護射撃がジャックの頭上を追い越し骸骨戦士たちに降り注いだ。その隙に方形盾ヒーターシールド戦鎚ウォーハンマーに持ち替え、こちらからは討って出ずに迎撃に備える。

「ジャックに〈障壁〉と〈耐火〉!」

 先の話し合いにのっとり、タリアが魔法の対象と種類を叫ぶ声が耳に届く。火弾と矢の雨をかいくぐってきた二体の骸骨戦士を、ジャックは目を凝らして迎え討つ。

 サーラが放った最後の援護射撃は思いのほか近かったようだ。ジャックは頬に熱風を感じたが〈耐火〉に守られているおかげかダメージになるほどの熱量ではない。タリアの抜け目無さに舌を巻きつつ、繰り出される槍の穂先を懸命に盾で防ぐ。

 しかしいつのまにかその盾が死角を作っていた。ジャックの大ぶりな盾(ヒーターシールド)を遮蔽物にして一体の骸骨戦士が回りこんでくる。

 完全に意識の外から受けた奇襲にジャックが総毛立った瞬間、視界の端で白い影が踊った。唐突にけたたましい擦過音が鳴り響き、こちらの死角を衝こうとした敵の姿が出し抜けに消える。

 肩口に盾を構えショルダータックルの要領で骸骨戦士を跳ねのけたタリアは先ほど死角となったジャックの左隣へカバーに入りつつ叫んだ。

「撃って!」

 敵が後方に押しやられた今が射撃のチャンスだったが目前での暴力の応酬に二人の後衛はすっかり萎縮して反応できなかった。金属と金属がぶつかり合って荒々しい音色を奏でる中、振りかざされる凶器がギラギラと光を反射して閃く様は恐怖を煽り立てる。タリアの奮闘を目にしながらも認識と理解、判断が追いついていかない。

「二人とも、しっかり!」

 起き上がってきた骸骨戦士の鋭い刺突を阻みつつタリアは振り向かずに叱咤した。もう一体を相手取るジャックと段違いの肩を並べて敵の攻撃をき止め続ける。

「怖いのはわかるッ! だけどしっかり見て、自分たちにできることを信じて!」

 タリアの叫びにサーラとボルトは震える身体を抑えつけ勇気を振り絞った。しかしその意気もたちまち挫かれる。二人の目の前で体格差を利用した骸骨戦士がタリアに叩きつけるようにして短槍を振り下ろした。サーラは思わず悲鳴を上げる。

 だがタリアは頭上に掲げた盾でそれを受け止めてみせるとガラ空きになった骸骨戦士の胴体へ蹴りを放った。十分加速された鉄靴がハンマーと化し、ウエイト差をものともせずに骸骨戦士を蹴り飛ばす。小柄なタリアに秘められたこの非常識な膂力りょりょくも《偽神》の異能の成せる業だった。

 骸骨戦士は身体をくの字にして後方へとよろめく。半ば呆然としながらも今度こそボルトとサーラが反応した。魔法と弓による集中攻撃で骸骨戦士のあちこちが吹き飛んでいく。その様は少なくないダメージを窺わせ二人の心に闘志という獰猛な火を点した。

「ボルトん、後方警戒任せたにゃ!」

 クララは叫ぶと再び骸骨戦士が起き上がってくるまでのその隙に前線へと上がった。実戦での思わぬ混乱で出遅れたが、あらかじめ示し合わせた手はずどおりタリアに代わって壁役となる。乱戦に向かない大剣は仕舞い、その手にはゲームで最後に手に入れた長剣が握られている。

「ナニコレ、コワイッ!」

 言葉とは裏腹にほとんど嬌声といった叫びを上げクララは骸骨戦士に立ち向かう。

「クララに〈障壁〉、ジャックに〈再生〉!」

 タリアの援護を受け前衛二人が果敢に応戦した。ジャックが盾で刺突を受けてみせればクララは敵の突きを剣で逸らして回避してみせる。逸らしきれなかった槍の先が剣を握ったクララの右腕を掠めようとするが〈障壁〉の守りがそれ阻む。

 クララはそこから体勢を低くすると逸らした槍をくぐるようにして敵の足元へ潜り込んだ。返す刀で骸骨戦士のすねを横薙ぎに払う。骸骨戦士はクララが繰り出した強力な斬撃に両の足を払われ堪らず転倒した。

 クララは上体を起こすと倒れ伏した敵の頭蓋骨に勢いよく長剣を振り下ろす。乾いた音を立てて骸骨戦士の頭部が粉砕されるがその動きは止まらない。人型をしていてもこの世の道理では動いていない不死系の怪物はその頭部を急所としていなかった。クララは壁際に退しりぞきつつ後衛のために射線を空けた。

「サっちん!」

 クララが叫んだ直後、骸骨戦士に炎の槍が突き刺さる。骨片と金属片を撒き散らしてついに一体の骸骨戦士が動きを止めた。

「ぐっじょぉぉぉぶ!」

 クララは高まったテンションのままジャックが応戦する骸骨戦士へ駆け寄る。縦斬りから次々とコンビネーションを叩き込む。

 クララの横槍にその身を打たれてもなお、骸骨戦士の猛攻は休みなくジャックを襲う。ジャックはそれを盾で受け止め、あるいは受け流しつつ機を見てその穂先を払いのけた。短槍を振るう両の腕が泳ぎ骸骨戦士の胴体が無防備となる。絶好の機会にジャックが大声で叫ぶ。

大技(デカイの)頼む!」

 クララが「らじゃった!」と応えるのも待たずジャックは方形盾を半身に構えると渾身の力を込めて骸骨戦士へ身体ごと叩きつけた。骸骨戦士は大きく動揺して後退する。ぶつかり合った瞬間に引き戻される途中だった骸骨戦士の槍の先がわずかにジャックの頬を掠めたが〈再生〉により瞬く間にその傷も消える。

 クララは怯んだ骸骨戦士に猛然と肉迫し隙だらけの跳躍で宙を舞うと頭上に構えた長剣を勢い良く振り下ろした。〈兜割り〉と呼ばれる強力な打撃攻撃スキルが骸骨戦士の髑髏をカチ割る。クララは上方からの衝撃に身を屈した骸骨戦士の目前に着地するとその上半身を蹴り上げた。よろめく敵へ続け様に〈強打〉を放つ。さらに追撃しようとしたクララをサーラの声が制止した。

「〈炎爆〉カウント(ニィー)!」

 クララは我に返ると慌てて退避する。サーラのカウントダウンに恐々としながら、バク宙を織り交ぜての緊急回避で距離を稼ぐ。サーラのゼロカウントと共に目の前で眩い火球が炸裂した。

 火球に呑み込まれた人影が崩れ落ちる。それを眺めながらクララは全身から力が抜けるのを感じてへたり込んだ。たった今まで息つく暇もなく動き回っていた両足はガクガクと震え、自分を駆り立てていた熱狂も霧散している。背筋を冷たいものが流れた。近づく仲間たちの足音に振り返るとクララはため息をつく。

「コレ、思ったより大変じゃにゃい?」

「ああ、肉体の方の地力には余裕があるみたいだが平和ボケしてる我々のメンタルには荷が重すぎるな」

 左右に首を傾げながらジャックも疲れた表情で肯いた。他の三人も一様に硬い表情で倒したモンスターの残骸を眺めている。

「それにしても構えた盾が死角を作るとはなぁ。タリア嬢、さっきは助かった。ありがとう」

「いえ、ちょっと引いた位置だと気づくのは簡単でしたし」

 ジャックの礼に気を取り直したタリアは頬を緩めた。

「それにしてもクララさん凄かったですね。アクション映画みたいでした」

 タリアが明るい声を上げるとクララは立ち上がりながら力ない笑みを浮かべる。

「やー、まぐれですにゃ。槍の下くぐるのなんてもっかいやれって言われても怖くてムリだね!」

 おどけてみせるパーティーのムードメーカーに仲間たちも笑みを交わした。


 一行は骸骨戦士の残骸を調べることにした。ゲーム時代は手軽に戦利品を獲得できたが『現実』ではそれも困難に見える。しかしボルトはエルフの鋭敏な知覚で以って『ソレ』を捉えた。うっすらと紫色に輝く1センチ大の八面体が幾つか、骸骨戦士たちの残骸に紛れて地面に転がっている。

 宝石の類だろうかと手を伸ばしかけたボルトの脳裏にソレが何なのかという知識が浮かび上がった。あたかも新しいゲームを始めた時に見せられるチュートリアルにも似ていて、ボルトはあの押し付けがましい女神の鉄面皮を思い出し苛立ちを募らせた。

「みんな。こっちの世界でもモンスターを倒せば収入はあるようだよ」

 仲間たちの方へ振り返ると手のひらに載せた八面体を示す。

「はい、こちらでも見つけました」

 屈みこんでいたサーラが起き上がると同じように手のひらを広げて見せた。そこにはやはり紫に光る八面体が載っていて、彼女もまた苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。おそらく同じ『チュートリアル』を見せられたのだろう。

「ソレは?」

 器用に片方の眉を上げてみせるジャックに知ったばかりの知識を披露する。

「アルテミエル様(いわ)く《この世界の敵(アウターズ)》の動力源。名づけて《外念体(アウターソウル)》」

「ナニその厨二ネーミング」

 クララが呆れたように唇を尖らせた。

「触れようとすれば例によって女神様のありがた~い解説が脳内再生されるんだけどね。この世界では汎用性の高い便利な素材として然るべきところに然るべき対価で引き取ってもらえるらしい」

 ボルトの手のひらを覗き込みタリアが可愛らしい眉をハの字に曲げる。

「なるほど。ゲームで不死系モンスターを倒した際に現金がドロップしてたのはその過程を端折ってたワケですね」

「最悪不死系モンスターを狩ってれば食うに困らずに済むかな。どのくらいの価値になるのかわからんが」

 ジャックの消極的ともとれる発言にクララが呑気な調子で混ぜっ返す。

「アンデッド狩りで生計立てるとか地味だにゃー」

 ふむと芝居じみた声を上げ、おどけた表情のジャックがクララを見据えた。

「そう言うクララ殿はいきなり生き物とかに斬りかかれるワケか。私にはずいぶんとハードルが高そうに思えるんだがね」

 ジャックはからかうような口ぶりだったが、その言葉に想像力を働らかせたクララの顔からはサッと血の気が引く。ジャックはやれやれとため息をつき、すっかりその身を縮こまらせたクララの肩を励ますようにドヤしつけた。

「最初に殺し合った相手が血も流さなければ悲鳴も上げない骸骨どもで不幸中の幸いだったってワケだ。あの手のを相手するだけでコトが済むなら万々歳だって思わないか?」

 クララは青ざめた顔でコクコクと頷いた。


 バハムートは龍人族ドラコが誇る勇壮な巨体を縮こまらせ物陰に隠れる。追手が発するひづめの音は離れる気配がない。恐怖に手が震え回復アイテムを上手く扱えない。ゲームであればたった(ワン)クリックで効果を発揮する回復ポーション。それが今は陶製の試験管といった形をとってバハムートを手こずらせていた。

 徒手格闘では威力を発揮するが細かな作業を得手としない龍人族の手指が回復ポーションを取り落とす。バハムートは思わず漏れそうになる唸りを必死で堪えた。だが回復ポーションは岩肌の地面に飲まれることもなく、脇から伸びた革製手袋レザーグラブによって確保される。

「ちょっとは落ち着きなよ。いつものあんたらしくない」

 ただ一人残った仲間、女密偵(スカウト)カッコの湿った声にたしなめられる。栓を抜いて渡してくれた彼女に礼を言い、回復ポーションをあおった。値の張った高級回復ポーションの効果は抜群で自分の生命力がみるみる回復するのが感じられる。バハムートはようやく人心地ついた思いだった。

「しかし《馬野郎ダークライダー》がしつこすぎるね。今までだったら振り切れてるハズなんだけど」

 カッコが忌々しそうに呟くと泣き腫らした目元をぬぐう。彼女の頬に残る流血と涙の痕がこすれ、その少々キツ目な美貌を汚す。バハムートも小さくため息をついた。現状はゲームの時とは勝手が違い過ぎる。

「っもう! ダメだ、やっぱり追尾してきてる」

 密偵の優れた感覚でモンスターの接近を捉えたカッコが慌てて腰を上げる。バハムートも急いでそれに倣った。

「テラスからどんどん離れる方向に逃げちゃってる。どこかでやり過ごして引き返さないと」

「だね。他にもまだ生きてる仲間がいるかもしれない」

 そう口にしながらもバハムートは自分自身が発した言葉をほとんど信じていなかった。


 バハムートが週末夜というネトゲ(ネットゲーム)フィーバータイムに参加していた二個パーティーから成るボスモンスター討伐アライアンス(共成集団)はあの異常事態で壊滅の憂き目を見た。アルタイゼン廃鉱第七層のボスモンスターを倒し、強力なレアアイテムを幾つも手に入れた幸運なアライアンスは突然の悲劇に見舞われ不幸なアライアンスへと転落した。

 ボスモンスター討伐が大成功と言っても良い成果を挙げたのち、アライアンスの面々は興奮冷めやらぬままボス部屋に出現する他のモンスターにも手を出した。

 ボスの親衛隊の如く配置されている《ダークライダー》三騎が再出現するのを待ち、お祭り気分でその三騎に対して同時に戦いを挑んだのである。

 〈冥王雷陣剣めいおうらいじんけん〉をはじめとした強力な攻撃を複数方向から浴びるのは危険であるが、このアライアンスなら三騎まとめて相手するのもそう難しいことではないと仲間たちの誰もが思った。あるいは戦いの途中で倒れる者が出ないとも限らなかったがボス戦で得た成果の大きさは多少のデスペナルティなど意に介さない気分にさせていた。

 しかしそんな博打紛いの気分を余所にアライアンスの実力は三騎の強敵ダークライダー相手に優越していた。そしてまた強力なアイテムを入手することになりアライアンスの面々の興奮は最高潮に達した。

 こうして楽しいプレイ時間を過ごし、一行は幾度目かの戦いにおいても三騎の《ダークライダー》を相手取って優勢に戦いを進めていた。あの危険なメッセージが表示されるまでは――

 アライアンスの面々がこの世界で我に返った時、相対する三騎の《ダークライダー》は一様に長剣を頭上へと掲げていた。

 それぞれ《ダークライダー》のマークを引きつけていた三人の戦士たちはその経験からほとんど反射的に防御姿勢を取った。しかし《ダークライダー》の背面に陣取って近接火力を担っていた剣士二人と密偵のカッコは退避が遅れた。彼らが逃げる途中で〈冥王雷陣剣〉が発動した。

 優秀な移動スキルを持つ密偵のカッコ以外、《ダークライダー》の近くに在った二人の剣士たちは巨剣が描く陣内から生きて逃げおおせることができなかった。

 ある剣士は頭上から襲いかかる巨剣の直撃を受けて『縦に裂けた』。開きにされた人体は紫電にかれ瞬時に黒々と炭化する。ある剣士は手足を寸断されてもなお生きていた。恐怖と絶望で彩られた顔を後方に布陣した仲間たちへ晒しつつその頭部も巨剣に砕かれる。

 カッコは高速移動スキルである〈瞬動〉によって危険極まりない巨剣の直撃からは逃げ延びたが、それが地面を穿つ際に跳ね上げた飛礫つぶてと電撃を浴びて少なくないダメージを負った。飛礫に額を割られ、流血が顔を伝う。彼女はかつて経験したことのない暴力と、それによってもたらされた痛みに錯乱した。カッコは力なく倒れ伏したまま嗚咽を漏らし続けた。

 酸鼻極まりない光景を目の当たりにした二人の魔術師は恐慌を来たした。彼らは防衛本能に衝き動かされるまま高威力攻撃魔法を行使してのけた。

 その魔法は確かに《ダークライダー》たちに少なくないダメージを与えたが、同時にその強敵たちの注意を引きつけ、なんとか〈冥王雷陣剣〉にも耐え忍んだ味方の戦士をも巻き込んでいた。

 〈冥王雷陣剣〉の大きな隙を衝いての反撃を企図していた二人の戦士は防御姿勢を解いたところを味方の強力な攻撃魔法に曝され憤死した。バハムートは自分より腕の立つ戦士仲間がその判断力の高さ故に斃れたことに戦慄する。自分が生き残ったのはただノロマだったからに過ぎない。

 三騎の《ダークライダー》は突然浴びせられた痛撃に目標を切り替える。眼前のバハムートを捨て置くと自分たちに痛打を浴びせた二人の魔術士へと向き直り猛然と駆け出す。

 ほんのわずかな時間でアライアンスはほとんど半壊していた。残された面々は誰もが事態の推移を理解できずに混乱している。そして、ボス部屋での惨劇はなおも続いた。

 魔術士たちの前に布陣していた僧侶二人は突進する三騎の《ダークライダー》から逃げ遅れ、彼らが駆る巨獣に弾き飛ばされた。二人の身体が岩肌がむき出しの地面を転がる。バハムートは半狂乱で叫びながら血達磨になった僧侶たちの元へ走り寄った。二人の僧侶たちはまだ息があるようで地に伏した身体は微かに身動みじろぎしている。

 バハムートは血で汚れるのも構わずエルフの女性僧侶ミントを抱き起こしつつもう一人の僧侶カーティスに呼びかけた。彼が苦しそうに返事を返したのに安堵しつつ、気を失っているミントの頬を張ろうとして自分の物騒な手のひらに愕然とする。

 不意に響いた女性たちの悲鳴にバハムートは振り仰いだ。その方向にはもはや防御能力に劣る後衛陣しかいない。視線の先では三騎の獰猛な騎士たちが盛んに剣を振るっていた。骸骨の巨獣が興奮でいななき、誰かの絶叫が鼓膜に飛び込んでくる。


 笑顔が可愛い魔女レモネードの首が宙を舞っていた。


 次の瞬間、その惨劇の渦中で火柱が上がった。それは残る魔術士のセイメイが自分の身をも焦がす距離で〈劫火〉を解き放った光景だった。一騎の《ダークライダー》が斃れるもセイメイもまた斃れる。その身体は巨獣に踏みにじられ、ボロボロの残滓と化した。

 いつのまにか《ダークライダー》の背後に立っていたカッコが呪いの言葉を発しながら飛び掛るのが見えた。思わず静止の声を上げるがそれは徒労に終わる。蹴り上げられた巨獣の後ろ足がカッコを捉え、その身体を跳ね飛ばし大きく退しりぞけた。

 次に狙われたのは弓兵の二人だった。彼らは必死に逃走しながら振り向き様に矢を放つがゲームでは有効だったそのテクニックも上手くいっていない。俯瞰的な視点で狙いがつけられない状況がゲームでは移動射撃の名手でもあった二人の手元を狂わせる。放たれる矢はことごとく狙いを逸らし空しく地に落ちた。

 その隙にカーティスが回復魔法で傷ついた仲間たちを癒した。彼はバハムートに鬼気迫る眼差しを向けると早口で《ダークライダー》の分断を提案した。自分が弓兵二人と共に一体をひきつける間に、バハムートにはミントとカッコを連れてもう一体を受け持つように指示する。バハムートは頷くしかなかった。

 こうして生き残った面々は分散した。カーティスの判断が間違っていたとは思えない。強敵ダークライダー二体による範囲攻撃に曝されるのは今の自分たちには荷が重かったとバハムートも思う。

 バハムートは倒されたもう一体の再出現を恐れボス部屋を出ると坑道の方へと自分の相手を誘導した。ダンジョン内を彷徨さまよう内、《ダークライダー》の〈咆哮〉を食らって足を止めたミントともはぐれてしまった。

 灯りの担い手であったミントとはぐれたためバハムートとカッコは光を失ったが幸運にもそれぞれ龍人とエルフである二人は種族的特性で多少の夜目が利いた。しかし現実では慣れない悪路での逃走のため度々敵に追いつかれ交戦を余儀なくされた。その度にバハムートは浅くない傷を負い心身ともに疲弊していった。


 さきほど口にした回復ポーションでダメージはそこそこ回復したものの、バハムートの肉体からだは疲労に音を上げる寸前だった。自分たちを追い立てる蹄の音に恐怖するが故に、辛うじて両足は機械的に動いているが打開のあてのない状況が精神を蝕む。

「まって。前からもなにか近づいてくる!」

 ちょっとキツ目な美貌を涙と血の痕で台無しにしたカッコがなおその表情を歪ませて呻く。バハムートは第七層の坑道を徘徊する骸骨戦士スケルトンウォリアー二人組の存在を思い出し総毛つ。その時、背後からもまた彼らを追い詰めんと近づく敵の嘶きが聞こえた。

 バハムートは骸骨戦士の方がまだ与し易いと覚悟を決め坑道の先へと駆ける。ねじれた坑道の曲がり角を過ぎると視界が明るさを取り戻した。一瞬眩んだ目蓋を開くとバハムートは驚愕する。

 彼の目の前には頼もしい友の姿があった。

「ジャック!」

 ジャックは物陰から飛び出したバハムートが何者かと気づくと、構えたクロスボウを下ろしてゲーム時代の姿そのままに厳めしい面構えを綻ばせた。

「バハムートか!」

 この世界にきて初めて見る余裕を窺わせる他人の表情に、バハムートの胸に熱いモノがこみ上げる。しかしジャックは表情を改めるとバハムートをかした。

「話は後だ。そちらのお嬢さんも早く」

 ジャックに庇われたバハムートたちと入れ替わるようにネコミミ獣人の剣士が前へ出る。彼女はバハムートに可愛らしくウインクすると彼の肩を励ますように叩いていった。ネコミミ剣士もジャックとはまた『別のツテ』でバハムートの同志だった。

 ジャックとクララ。二人の登場にバハムートは期待に胸が高鳴るのを感じた。

 あの二人が組んでいるのなら、回復役は高確率で『彼女』であるハズ――


 カッコの傷を治し、彼女の顔を優しく拭う僧侶の少女がバハムートの方へ振り向いた。


 果たしてバハムートの期待は叶えられる。


(タリアたんキタ――――――――――――――――!!)


12/26:誤字脱字を修正致しました。

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