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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第二章 再会のまれびとたち
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16.それぞれの夜話―延長戦その1―

 タリアがアーサーに就寝の挨拶を済ませて自室へ戻ってみると、そこにはエルクーン滞在組の女性陣が全員揃っていた。扉を開いたタリアに三人が振り返る。


「あら、お揃いで」


 タリアのベッドに腰掛けたチョコが恐縮したようにちょこんと頭を下げ、すっかりリラックスした感じにクロネの横で寝転んでいたアインも慌てた様子で起き上がると、迎えの言葉を掛けてくる。


「師匠お帰りなさい!」


 それに目線で応えつつ、タリアは壁に作りつけられたハンガーにトレードマークたる帽子を引っ掛ける。


「リアたんお帰り。話は無事に済んだ?」


 他の二人がどこか居住まいを正したのを余所に、仰向けに寝転んだままのクロネが緩い笑みを浮かべる。


「はい。およそ理解してもらえたと思います」


 就寝用とでもいった装いの三人を眺めつつ、タリアは自身も着替えるべく、寝間着代わりにしている簡素な短衣を(チュニック)インベントリ内に求める。もうインベントリから物を取り出すことにも慣れたもので、タリアは生成りのそれをベッドの上にそっと置いた。

 タリアが金属製の部分鎧を外す騒々しい音が室内に響く。既に一連の動作となったそれをこなしつつ、頭の中ではボンヤリと下らないことを考える。どうにかしてインベントリから直接防具を装着できないものかとは、何度かクララと交わした馬鹿話だ。

 ゲーム時代に入手した防具はそれがマジックアイテムである故か、着脱に然程面倒がない。それらを手際よく外した端から、無造作にインベントリへと放り込む。

 いつのまにか鼻歌を口ずさみながら、タリアはゆったりとした僧衣を頭から脱ぎに掛かった。貫頭衣状の襟元から頭をくぐらせてプハーっと一息つく。


「え? ナニソレ演出?」


 意味不明なクロネの声に振り向くと、室内の美少女三人が自分をガン見していた。


「演出って、何の話です?」


 訳が分からず訊ね返すと、アインがバネ仕掛けの人形のように勢い良くベッドの上に立ち上がっておもむろに叫んだ。


「第二回可愛いポーズ大会、緊・急・開・催ッ!」


 特撮ヒーローの変身ポーズめいた振り付けと共に放たれた彼女の言葉で、タリアは己が失態に気がついた。自分が今、いわゆる生着替えを皆の前で披露していることに。

 あるいは彼女らと一緒に着替えたなら、ことはサラッと済まされたのかもしれない。というかクロネに着替えを見られるのは、別にこれが初めてというわけでもない。

 しかしアインやチョコ、クロネがまったりと弛緩した空気のもとで見守る中、自分は一人堂々と服を脱ぎ始めてしまった。

 そして中途半端に脱衣の途中で固まったタリアは、己が所業を振り返って内心頭を抱えた。もごもごと頭から服を脱ぎ、止めていた息を吐き出すとかどこの園児かと。

 客観的に見て三十路男のやることじゃなかったなと気恥ずかしさを覚えると共に、そのサマが彼女らの琴線に触れたことは想像に難くない。

 それにしても『可愛いポーズ大会』というのには面食らう。ひょっとしてアインやチョコまでこの部屋に揃っていたのは、ソレがやりたかったが為かと見当をつける。


「でも生着替えとか反則臭くない?」

「ざけんな有効だ有効。師匠の生着替えとか伝説級だ(レジェンドクラス)ろ」

「アインさんの着替えシーンもイケナイ感じですけど。これはちょっと――いえとっても犯罪臭い気が」

「――オマエ、人の着替えをそんな邪な(ヨコシマ)目で見てたのか……」


 姦しい三人のやりとりにバカバカしさを覚えつつも、その修学旅行中の男子生徒といったノリにタリアも口元を綻ばせた。見かけがいくら美少女になっていても、やっぱり自分たちは未だにバカな男なのかもしれない。

 それはそれとして。いつまでも固まっているわけにもいかず、タリアは着替えを再開する。しかしこの異様な状況に気づいてしまうと、妙なやりづらさも覚えていた。

 僧衣を脱いでワンピース姿になったタリアは、何だかんだでこちらに熱心な視線を投げてくる三人にため息をついてみせる。


「中も外も同性だから別にいいんですが」

『ご馳走様です!』


 真剣な面持ちでそう唱和するアインらに生温かい一瞥をくれたあと、タリアは鎧下として機能しているワンピースを脱ぎに掛かる。衣擦れの音がやけに響くと思えば、三人はいつのまにか固唾を飲んでタリアの挙措に注目していた。


(何だこれ)


 心の中で苦笑していると、不意に目についた自分のほっそりとした肩先がタリアを意識させる。

 三十年近く慣れ親しんで、最近では二の腕あたりが気になりだしていた無骨なそれとは違う、白く丸みを帯びていながらほっそりとした肩。ツルリとした肌は艶やかで、続く二の腕も余計な贅肉とは無縁、実にしなやかに見える。

 初めての入浴時に覚えた気恥ずかしさが脳裏をよぎる。自分も他の三人も、中身は半月ほど前まで男だったという事実が妙に気になりだした。

 濃紺のワンピースを脱ぐ手が滞る。藤崎はタリアの(、、、、)柔肌を晒すことが急に惜しいような心持ちになった。

 そうはいっても、ここまできたならもう後には引けない。ちゃっちゃと着替えを済ませるべく、男らしくワンピースを脱ぎ去ると上は薄手の肌着、下は厚手のレギンスという格好になる。

 いよいよレギンスに手を掛けると、誰かがゴクリと唾を呑み下す音がやけに大きく響いた。


『さすがにソレはあんまりだろ!』

「……スミマセン」


 綺麗に揃ったアインとクロネのツッコミにチョコが赤くなって下を向く。清楚可憐といった風の黒髪の乙女が、頬を染めて恥らう原因が女の子の着替え観賞という馬鹿ばかしい状況にタリアは思わず噴き出してしまう。


「あ、そうだ」


 ふと気づいたタリアは、ベッドに置いたチュニックを手に取った。太ももまで覆うそれをさっさと身に着けて、それから華麗にレギンスを脱ぎ去る。


「以上。お粗末さまでした」


 そしてペコリと頭を下げてみせると、アインとクロネから猛然とブーイングが湧き上がった。


「今までそんな小学生女子みたいなテクニック使わなかったじゃん! 男らしく上下脱いでから着替えてたじゃん! ぱんつ見せてたじゃん!」


 タリアが採った奇策に、ストロベリーブロンドを逆立てるが如き勢いでクロネが喚き立てる。


「さすがに一人だけ人前で着替えるのは恥ずかしいですよ」


 タリアが笑ってごまかすと、可愛らしく唇を尖らせていたアインが悪い顔をチョコへと向ける。


「チョコ、この失態はあとの『演技』で挽回してもらうぞ?」

「恥ずかしがってる今のチョコさんが十分『ご馳走様』って感じなんですけど」


 着替えを済ませて余裕を取り戻したタリアが笑うと、チョコはますます可愛らしくその肩をすぼませた。



「さて、ここからが本番ね」


 部屋に魔法の明かりを灯したクロネが見渡すと、仲間たちはこくりと頷いた。どうやら全員が乗り気らしい。ネトゲで女性キャラクターを操っていた好き者たちだけあって、この辺のノリは実に良い。若干一名初心者(、、、)が混じっているが。


「ちょっと質問が。『可愛いポーズ大会』ってどういう風に進めるんです?」


 タリアの問いにクロネが小首を傾げながら答える。


「えーと。前の時は思いつくまま可愛いポーズを披露し合っただけなんだよねぇ。誰かさんの為の緊急避難的レクリエーションだったし?」


 チロリとアインに視線をくれる。クロネのその意味ありげな仕草に、タリアは彼女が話してくれた前大会の開催理由を思い出す。

 ようはほんのわずかばかりの慣れ(、、)も覚悟も無く、突如女の子にされてしまったアインの精神を落ち着かせる為、クロネとチョコが侠気(おとこぎ)を見せて恥を晒し合ったのが先の『可愛いポーズ大会』である。


「はいはい、クロネさんとチョコさんには感謝感激雨アラレですよー」


 投げやりに合掌して、アインがぶんぶんと頭を下げまくる。


「――まぁ、前回と同じに思いつくままネタを披露すればいいんじゃない?」

「みんな素材が良いですからね! なんだって目の保養になりますよっ」


 どこか適当な様子のクロネの言葉に、凄く良い笑顔でチョコが食いつく。


「いい加減眠くなったらお開きってことでいいよね? いいよな?」


 ホームグラウンドに戻ったせいか、ラエルガスでは見られなかった男らしさを見せてクロネが仕切る。


「どうせアインもチョコも、正直なところリアたんの痴態が拝めればイイんだろうし」


 わたしらは散々見せ合ったしなーと笑うクロネに、タリアは苦笑を返すことしか出来ない。


「それにしても師匠は(、、、)ちゃんと胸あるなぁ」

「まぁ歳相応に」


 自分の胸元に真剣な眼差しを向けてくる、下ろしたストレートの金髪も可愛らしいアインに答える。


「くっそー、こんなことになるなら俺も盛っておけば良かった。別にツルペタが好きってワケでもなかったんだよ……」


 自身の平らな胸元をさすりながらトホホとうな垂れるアインに、クロネが意地の悪い笑みを向ける。


「初心者はキャラメイクで極端に振りすぎるからねぇ。でぇもぉ――」


 クロネは隣りに座る貧乳少女にがばりと背後から抱きついた。


「ゲームキャラじゃなくなったワケだし、アイちゃんもこれから大きくなるかもよ!」

「バカ、やめろエロウサギ!」

「ワハハ、ウサギがエロいのはこの業界では常識ぴょん!」


 逃れようと身を捩るアインと、その胸へ大胆に手を這わすクロネ。じゃれ合う二人の美少女を眺めながら、タリアはほうとため息をつく。


「……これは――デュオは前大会には無かったですね」


 タリアと同じ感銘を受けたものか、チョコが陶然とした様子で呟く。


「――可愛いポーズ大会。正直舐めてました」


 傍らで振り向いたチョコとタリアの視線が絡まる。確かな共感を(シンパシー)分かち合った二人は、どちらからともなく笑みを交し合う。それはある種凄絶な笑みだった。


「タリアさん」

「チョコさん」


 見詰め合う瞳。互いのそれに灯る探究心の煌きが、彼女たちを奮い立たせる。


「長い夜に、なりそうですね」

「はい――戦いは始まったばかりです」


 栗色の髪の乙女の言葉に、黒髪の乙女はきっぱりと頷いた。


06/07:一部でキャラクター名が間違っていた箇所を修正しました。

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