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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第二章 再会のまれびとたち
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15.それぞれの夜話―承前―

 ラフォニス島の南西、峻嶮な(しゅんけん)山々に守られた秘密の盆地に氷龍の(ペルセニウム)聖域はある。かつてその地にヒトが紛れ込んだことなどついぞ無かったが、草原で呑気にまどろんでいた彼女の周囲に突如ヒトの群れが現れた。

 ことの当初、ペルセニウムはこの事態に困惑した。完全武装の人間、エルフ、ドワーフ、獣人や龍人(ドラコ)といった種族もまちまちな集団が自分を取り囲んでいる。これはどうしたことかとしばし成り行きを見守っていると、いきなり攻撃魔法を浴びせられる破目に陥った。

 にわかに信じ難いことに、この炎の一撃はペルセニウムの強靭な龍鱗を突破してその身を傷つけた。歳経た龍である自分を傷つけるほどに魔法を修めた者など、エルフや龍人といった長命種の魔術士にもそうはいなかった。そしてそういった域まで長じた者は、強力な龍たる自分に挑戦するような愚はまず犯さない。

 まったくもって彼女の油断であったが、それは常識の埒外らちがいからもたらされた一撃とも言えた。ペルセニウムは思わぬ痛撃に苦鳴を上げる。

 それを合図にしたものか戦士たちは次々に襲い掛かってきた。振りかざされる剣や斧、突き出される槍がまたも彼女を傷つける。古来よりヒトの刃に傷を負うことなどなかった青く輝く鉄壁の鱗が身体のあちこちで破られた。

 魔法に近しいドラゴンのさがが、襲撃者たちの用いる武器や技が自分を十分に殺傷し得ると告げる。ことここに至り、ようやく異常事態と察したペルセニウムは恐慌を来たした。


『見ため的に氷龍ペルセニウムのダメージが回復してるみたいなんだけど?』

『それよりタゲ持ってるの誰だよ。マーカー出てないから判らんぞ』

『転移の影響かよ』

『クソ、なんか味方の魔法でもダメ喰らってンじゃね!? (あち)ぃぞ』


 ヒトの世にそれなりに関わっているペルセニウムをして耳慣れぬ言語が襲撃者の間で交わされる。しかし彼女の《交感テレパシー》能力が襲撃者らの発する言葉の意味を正しく補ってくれた。意味不明な会話の中に、ペルセニウムは聞き捨てならない言葉を認める。彼ら襲撃者は、この自分を『西方の守護者ペルセニウム』と認識した上で攻撃してきている。

 彼女の中で急激に怒りの感情が膨らんだ。護り龍としてさんざん竜の脅威から人々を守ってきた自分を裏切った者たちに相応の報いを与えねばならない。この世に生まれてからずっと守り通してきた龍神の戒めも、この状況においては破らざるを得ない。

 その激情のままに、ペルセニウムは無礼極まりない襲撃者らに猛然と反撃した。

 だがペルセニウムは我が目を疑うこととなる。

 老木の太い幹を思わせる己の前肢の一撃は群がる戦士たちを確かに薙ぎ払った。文字通り巌も砕く破壊力を秘めた攻撃である。ヒトなど華奢なエルフだろうと頑健な龍人だろうと人形のように木っ端微塵に粉砕して然るべきその一手。

 しかし吹き飛ばされた戦士らは手傷こそ負ったものの、ペルセニウムの眼前で等しく立ち上がると武器を構える。

 その混乱を衝くように無数とも言える炎の魔法がペルセニウムの身体を灼く。彼女が炎を弱点としていること知った上での攻撃なのだろう。氷龍はこれまで受けたことのない火勢で全身を炙られる。

 堪らずペルセニウムは空中へと逃げた。そして結果として、それが彼女を救うこととなった。恐るべき襲撃者らはだがしかし、誰一人高空を駆ける者に対する攻撃の手段が持ち得ていなかったのだ。

 そこからは一方的な戦い――いや殺戮となった。襲撃者らは丈夫な肉体を極めて強力な防具で守っていたがペルセニウムの攻撃を完全に封ずるまでには至らなかった。

 高速飛行でもって我が身にまとった衝撃波が襲撃者を吹き飛ばす。無様に転がり無防備になったところへ〈氷槍〉や〈氷爆〉、凍てる息吹を浴びせかけて止めを刺した。

 ヒトの足とは思えぬ速さで逃げおおせようとする者もいたが辺りは隠れる物もない平原、そして所詮相手は地を這う者でしかない。散々に追い立てて片っ端から潰して周った。

 ペルセニウムの長い生の内でも他に類を見ないこの殺戮劇に、彼女自身の精神もまた異常を来たした。興奮のまま襲撃者らに浴びせかけた《交感》は嘲笑の言葉。それに応えがあったと気づいたのは、氷龍が思う様に復讐を果たした後のことだった。



 長々と語り終えたアグリーズは、一転して静まり返った居室の中で杯を傾けた。喉を潤す彼女を呆然と見遣りながら、己が手にある酒盃のことも忘れ、カラグは唾を飲み込む。


「恐ろしい話だね」

「そうね。ペルセニウムのこのヨタ話が真実なら、色んな意味で恐ろしい話だわ」


 アグリーズは軽めな口調とは裏腹に愁眉を曇らせる。


直系(、、)の彼女を傷つけられる人間なんて相当なもの。五十人からなる襲撃者たちのすべてがそうだったなんて話はにわかに信じ難いのだけど」


 空になったアグリーズの杯に蒸留酒を注ぎつつ、カラグは考え込む。


「――そうね。少なくとも《龍姫のかいな(グレア・アグリルム)》を手にしたあなたが五十人揃ってる、と言えばピンとくるかしら」


 アグリーズの言葉にカラグは目を瞠る。己が愛剣を忍ばせた枕元を振り返る公子の様子に、龍神の姫は唇を綻ばせた。彼女の忍び笑いにカラグはバツが悪そうに向き直る。

 アグリーズは笑いを収めると、酒盃をテーブルに置いて改まる。


「そこでカラグ――ライルネス公国第二公子様に頼みたいことが二つ。ペルセニウムが襲われたのはレメネー公国の意志によるものだったかどうか調べて欲しいのが一つ目。そしてその襲撃者の正体をつきとめるのが二つ目」


 アグリーズの言葉にカラグは息を飲む。


「ペルセニウムは人々の親しむお伽話に出てくる悪竜のように短絡的ではないわ。不明のままにレメネーの民を襲うことはないと思うけど、私に愚痴るぐらいだから遺恨を残しているでしょう」


 アグリーズはそう言って肩を(すく)めると、再び酒盃に手を伸ばした。


「プライドが高い子だから変に(こじ)らせられるとやっかいなのよね」


 守護神とも目されるドラゴンをして子供相手に手を焼くような龍姫の言い様にカラグは改めて畏れ入る。自分の目の前で苦笑を浮かべる可憐な少女は、その実強力な超越者であると。


「さて。調べるにあたって注意が一つ。襲撃者には龍の言葉(、、)が通じていた様子。これだけで真っ当な人間ではないと断言できる。十分に気をつけて」


 アグリーズの言葉をしっかりと肝に銘じつつ、カラグはきっぱりと頷いた。



         ◇         ◇         ◇



 こちらの世界に来て以来およそ早寝が習慣付いているジャックだったが、じっくり考えねばならない事案が幾つかあり久方ぶりに夜を更かし、思案の時を過ごしていた。

 己がベッドの脇へと引き寄せた、部屋に一脚だけの粗末なサイドテーブルにはタリアから譲り受けたブランデーの瓶と昼間にこの地で買い求めた小ぶりなグラスが並んでいる。

 ラエルガスで取った宿の明かりはあまり上等とは言えない。しかしささやかなオイルランプの芯に灯る仄かな明かりはどこか暖かさを感じさせ、ほど良い雰囲気を演出している。

 ジャックはその心地良く感じられる空間で、お世辞にも上等とは言えないガラス製の杯を独り傾ける。

 ボルトはにわかに親しくなった宿の女給に引き留められるまま、階下の食堂兼酒場に残っている。傍から察するにまんざらでもない様子だったエルフ青年のことを思い出しジャックは思わず苦笑を零す。

 わずか半月ほど前の夜、元の世界での素をさらけ出したあのお嬢さんの魂に、一体如何なる変化があったものか。順応が早すぎるのか、はたまた節操がないだけなのか、最近下世話な方面への意欲がめっきり減じてきたジャックには少々推し量るのが難しい。

 しかし目に余るようなら多少(いさ)めねばなるまいなとも思う。自らが預かるこのパーティーには少々潔癖な、年頃の娘も含まれている。

 かつての同僚たちから娘に手を焼いているといった愚痴は度々聞かされた。小さい頃は可愛かったのにというお決まりの文句に苦笑するジャックに、これまたお決まりのように愚痴った相手はすまなそうな表情を浮かべるのだ。一体どこの誰に娘の愚痴を聞かせたかを思い出し、そしてまるで腫れ物にでも触るかのようにこう言う――「福山、すまん」と。

 ジャック――福山史郎は気安い男として通っていた。人当たり良く付き合いも悪くない。そんな福山の姿に、周囲の人間は彼を襲った不幸を忘れがちになる。むしろそうであれと福山自身が望んだことなのだが、彼を取り巻く人たちは幸か不幸かおよそ真っ当な性根の持ち主たちだった。

 サーラのあの年恰好の姿を目にするにつけ、不意に想起させられる面影がある。彼女の姿がLCDの(液晶ディスプレイ)内に、ある種記号として納まっている時には思いもよらなかったことだが、生身としての実感を伴われるとうずめたはずの記憶が痛みと共に掘り起こされる。

 ボルトの素行を窘め(たしな)るかどうかといった所から、随分と離れた所まで思考を飛ばしてしまったとジャックはブランデーを呷った。こんならちの明かない話より、考えねばならないことは他にある。

 不意に部屋の扉がそっと開いた。こちらに気を遣って足音を忍ばせていたボルトは同室の相手が起きていたことに気づくと、わずかに驚いた様子を見せる。


「起きてらしたんですね」


 言外に「珍しく」とでも言いたげな彼にジャックは小さく頷いた。取り繕うように、或いはバツの悪そうな笑みを浮かべたボルトはどこか誤魔化すような雰囲気を見せる。これまた部屋に一脚だけの椅子をサイドテーブルの脇まで引っ張ってくるとジャックの差し向かいに着いた。


「俺もご相伴しょうばん(あず)って良いですか?」

「もちろん」


 ジャックは不恰好なグラスをもう一つ取り出すとボルトの前に置いてやる。自分のグラスにブランデーが注がれると、彼は恐縮したように小さく頭を下げた。そんなボルトを見遣りながら、ジャックは仕方ないなといった風に微笑む。


「戻ってきた早々に悪いんだが。酒場のキレイ所とよろしくやる時は羽目を外し過ぎないように頼む。元女性の君になら理解は容易だと思うが、年頃のお嬢さん方に疎まれるようなことにはならないように気をつけてな」

「あ! ハイ、スミマセン」


 ボルトのその驚いた様子に、やはり勘付いていなかったのかとジャックは内心ため息を吐いた。


「男であるのに慣れるのは結構なことだが。自制反省の判断材料には事欠かないわけだし、それは活かすべきだと思うんだがね」


 説教臭すぎるなと思いつつも、ボルトなら然程悪いようには受け止めまいと苦言を続ける。


「はい――そうですね、ちょっと迂闊でした」


 ボルトは顔を赤らめながらも素直に恐縮してみせる。


「あの、サーラちゃんあたりに何か言われちゃいました?」


 恐る恐ると言った様子の彼に、首を横に振って見せる。


「いや。しかしそうなる前に釘を刺しておこうかと思ってね」


 分かりましたと殊勝な態度を見せるボルトの姿に、ジャックは視線を和ませた。


「それにしてもジャックさんが起きてるなんて珍しいですね」


 あからさまなボルトの話題転換だったが、言うべきことを言い終えたジャックはそれに乗ってやる。


「今日は色々あったからね。少々モノを考えていたいたところだ」

「なるほど。確かにびっくりな一日でしたね」


 ランプの明かりに照らされた彫り深く端正な顔に思案げな表情を浮かべながら、グラスに口をつけたボルトが頷く。揺らめくランプの明かりを映じる彼の碧眼や尖り気味の耳を目にしながら、その非日常的な眺めに異世界というものを改めて思い知らされる。慣れたつもりでもこうして不意に訪れる違和感を脳裏から振り払うようにして、ジャックは強めのアルコールを喉に流し込む。


「確かに驚かされたがタリア嬢の行動力は頼もしい。こう言ってはなんだが私も今回のトレードは漠然と考えなかったワケじゃないんだ」


 ブランデーの瓶に手を伸ばそうとするジャックをボルトが遮る。代わりに瓶を掴んだ彼に酌をされつつ、ジャックは話を続けた。


「――と言うより、これからの見通しを考えるに私か()のどちらかがエルクーンに行くべきじゃないかと考えてたワケさ」

「ジャックさんから見たらあっちのみんなは頼りないですか?」


 わずかに驚きの気配を見せたあと苦笑するボルトに、ジャックは眉をしかめる。


「頼りない――というのとはちょっと違うと思うが、足りなくはあるかな」


 クロネがもたらしてくれたあちらでの様子そのもの話や情報には、痒い所に手が届いていない部分が見受けられた。しかし過ぎた日々に漏れ聞いた彼らのリアル年齢や立場を考えれば、それを要求するのは酷な話でもあろうと言葉を濁す。


「おそらく大変だったろう時期にあちらに居なかった分負い目もあるが。おそらくタリア嬢が今回の行動に出たのは、建前はあのままだとしてその辺のことまで慮ってのことだろうと思うよ」


 こちらを発つ前のクロネに何のわだかまった様子も窺え(うかが)なかったあたり、タリアの建前はすんなりと受け入れられているのだろう。ボルトの反応からしてこちらの面子も自分以外にタリアの隠された思惑に気づいた者はいなかったようだ。


「まぁ公国に警戒されているかもしれないという情報の機微を伝えるには、彼に行ってもらうのが最良だった」


 結論付けるようなジャックの言葉にボルトは居心地でも悪いのか恐々(こわごわ)と頷き、大きくため息を零した。


()もイイ大人なのに。ちょっと情けないです……」

「そうやって反省できるなら見所アリ、だ」


 一朝一夕で何とかなるようなことでもないとボルトを慰めつつ、ジャックは話題を変えた。


「あとは、公国の要人にどう応えるかだな」

王子様(、、、)にもびっくりさせられましたね。いきなりこんな宿に訪ねてくるなんて」


 ボルトにとって公子や王子は区別するほどのことでもないのだろう。その辺はあえてこだわらずにジャックは彼の青年の思惑を計るべく言葉を並べる。


「彼にとって我々は身近な情報源といったところか。強権を発揮して拘留してこないのは助かっているが、言質を取られたのは少々厄介だな」

「ラエルガスを離れる時は知らせて欲しいってのには、あの場は頷くしかなかったと思いますよ」


 それこそ強権の発動に繋がるほど心証を悪くしないためには必要なことだったとボルトは言い募る。


「王子様、タリアちゃんが居なかったのには相当がっかりきてましたから」


 苦笑するエルフ青年の言葉に、意気揚々といった調子で訪れたカラグ公子がタリアの不在を知らされた途端に消沈した様子を見せたことを思い出してジャックは眉をしかめる。異能の持ち主といった観点からするとタリアは非常に分かり易い存在ともいえる。まさか公子自らがエルクーンまで出向くとは思えないが、ひょっとしたら手の者を遣わせることくらいあるかもしれない。


「とりあえずこちらでは公子の気を悪くしないように配慮するしかないか。今度冒険の話を聞かせてくれって件、ネタをいくつか口裏合わせしておくべきだろうな」


 宿屋の部屋でどこかくたびれた気配の男が二人、面倒臭そうなため息を吐くとウンザリといった風にほろ苦い笑みを交わし合った。



         ◇         ◇         ◇



 サンミレーやラエルガスと異なり、エルクーンの通りは日が沈んだ後も街灯に照らされておりそのまま出歩くことに支障ない。知り合いのパーティーに情報を供して周ったタリアはアーサーと二人、ロードスター亭への帰路を辿っていた。

 人間の大人と子供のそれより背丈に開きがある二人はもうしばらく無言で足を運んでいる。それぞれに考えることがあったための沈黙だったが、やがてアーサーがタリアへと労いの言葉を掛けた。


「こちらに来た早々に一仕事してもらいありがとうございました。いきなり声を掛けられた時には驚きましたが、確かにだらだらと先延ばしにして良い話じゃありませんでしたね」

「いえいえ。こちらこそ疲れているところに付き合っていただいてありがとうございました」


 自分たちのロールプレイが過ぎるやり取りを誤魔化すように二人はしばし笑いあう。多分に照れを含んだそれだが、お互いありがたみを感じているのは間違いない。


「それにしてもエルクーン組のプレイヤーさんたちは話が早くて助かります」


 タリアがしみじみと口にした言葉にしばし考え込んだそぶりを見せたのち、龍人の偉丈夫は重々しく頷く。


「ええ、それはまぁ。物分かりの悪い人たちは勝手に愛想尽かしては去って行きましたし、あまりに話が通じなければ強制退場して頂きましたから」


 アーサーの答えにタリアはどこか厳かにも聞こえる声音でご苦労様でしたと告げる。彼ら有志の暗闘の事情は、自身が語ってくれるまで触れないで置こうとそう心に決め、タリアは話を元に戻した。


「それにしても、今回の件でエルクーンのみなさんが引っ掛かる話って、掲示板設置のことくらいなんですね」

「エルクーンに留まってる面子ではそんなもんでしょう。下手を打ったと思えるほど派手なことなんて、ここではそうそう起こせません」


 ふむふむと頷くタリアを横目で見下ろしつつ、一人の時よりうんと歩調を緩めたアーサーは話を続ける。


「多少羽振りの良さで目を付けられるかな、といったところでしょうか。掲示板の件にしたって、お上(、、)に殊更怪しまれることもありませんでしたし」

「そんなにスンナリと事が運んだんですか? 掲示板設置」


 アーサーの話にタリアは聞き返すと、彼はきっぱりと頷いて見せる。


「元より胡乱(うろん)な話なんですよね。ライトニングや他の方にも確認したんですが。この世界に連れてこられた際、こちらの人々が大勢いるような場所に出現する羽目になったプレイヤーたちがどんな風に受け止められたと思います?」


 問い返すアーサーの言葉に、タリアは思わずあっと声を上げた。


「答えは――これはライトニングも指摘されるまで気にもしていなかったことなんですが。あの人が転移騒ぎを迎えた広場で、同じく大量に転移したプレイヤーを目にしたはずのこの世界の人たちは、まるで驚いた様子がなかったそうです」


 話し続ける内に鋭さを増すアーサーの声に、タリアは黙って耳を傾ける。


「PK騒ぎで恐慌を来たしたとは言ってましたが、突然姿を現したであろうプレイヤーに対してはなんら人々のリアクションがなかった――と言うのが得られた証言です」


 話すことに熱中してか本来の歩調に戻ったアーサーに早足で従いつつ、タリアはこの新たな情報に考えを巡らせた。その間も彼の話はなおも続く。


「この事態が意味するものは? アルテミエルがこの世の人々の認識に何らかの働きかけを講じたものか、はたまた我々がこの世界に生きていた冒険者らと入れ替わったものか。タリア、あなたはどう考えますか?」


 こちらへと振り向いたアーサーから突然に水を向けられ、タリアは答えを定められないままに曖昧な笑みで首を捻った。


「わたしとしては前者――ですかねぇ」

「ではその根拠は?」


 どこか狂おしいモノを秘めたアーサーの眼差しに耐え切れず、タリアはつと視線を反らすと夜空を仰いだ。エルクーンの街灯は光害を為すほどに勢いは強くない。瞬く無数の星を眺めつつ千々に乱れる頭の中を整理する。

 ボンヤリとした情報の断片から根拠とするべきパーツを集めようとするが、答えを成すにはどうにも物足りないと気づかされるだけだった。


「あの、異世界転移の時。あちらの存在がこちらの存在へと作り変えられたと知覚し得たのを根拠にするには弱い、ですよね」


 自信無く呟くタリアにアーサーは「弱いですね」と相槌を打つ。


「まぁこの質問は余計だったのですが。いずれハッキリさせなければならないことだと思います」


 先ほど垣間見せた狂気じみた様子はどこへやら、一転していつもの調子に戻ったアーサーが「こちらの世界の誰かの人生を乗っ取ったなどという事態は寝覚めが悪いですからね」と口にするのに、タリアは毒気を抜かれて生返事を返す。


「こちらの世界の人々が創世神に騙くらかされてるのか、或いは運の悪いこちらの誰かを我々が乗っ取ったのかはこの際置いておくとして。いずれにしろ今現在の私たちはこの世の人々に憐れな流民として認識されています」

「――初耳なんですが」


 ぽかんとアーサーを見上げるタリアに、彼は頭を掻いてみせた。


「勉強不足なクロネを先陣としたのは間違いでしたね。申し訳ありません」


 再び歩き出したアーサーは話の軌道を元へと修正する。


「そんなワケであの掲示板は流民のための物、用いられる文字は流民の文字として、あとは悪賢い方々であれやこれやと細かい嘘っぱちをもっともらしく捏ね上げて。正々堂々とエルクーン当局へと捩じ込んだワケです」


 実に爽やかな調子で悪辣な詐術を言い放つアーサー。タリアはしばし足を止め、「だからそんなに怪しまれてるとも思えないんですが」と呟く彼の大きすぎる背中を見送った。この世界で驚くべき覚醒(、、)を始めたらしい仲間を頼もしげに見詰め、タリアは可笑しそうに口元を綻ばせると振り返って自分を待つアーサーの元へと小走りに駆け寄った。



         ◇         ◇         ◇



 長きに渡る不毛な舌戦は、双方の精神的疲弊によってその幕を閉じた。

 勝手知ったる互いの性癖をあげつらい合うという甚だ居た堪れない消耗戦は、クロネとアインの双方のメンタルに多大なる損害をもたらした。その結果痛み分けという形で終息し、どこかボロボロに憔悴した様子の二人はクロネのベッドに仲良くくずおれる。

 傍でおろおろするばかりだったチョコもようやく安心したのか、ため息を吐いていまだ空いたままのベッドに腰掛けなおす。


「――ところでさ、あんたたち何しに来たんだっけ?」


 ベッドに拡がった金糸のようなアインの長い髪を掬い上げつつ、クロネはぼんやりと呟やいた。さして高くない宿屋の一室。薄暗いランタンの明かりに金髪を透かし見ていると、不貞腐れた調子のアインの返事が返ってくる。


「――師匠も合流したことだし折角だから記念に『第二回可愛いポーズ大会』でも開催しようかなと」


 クロネは掴んでいた金髪の束をアインの顔面目掛けて勢い良く叩きつけた。


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