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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第二章 再会のまれびとたち
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12.友人たち

 タリアたちはナヴィガトリアの普段着向けの衣類などを露店で買いもとめ、バーテニクスにいくつかの食べ物を買い与えるなどしてそれなりに市場を楽しんだ。

 ここでもそれぞれが特徴的な三人と一匹は奇異の目に晒されたが、これと言ったトラブルにも見舞われることなく時を過ごした。

 基本ナヴィガトリアは無感動にすべての視線をガン無視するし、バーテニクスは適当に愛嬌を振り撒いては無害さをアピールする。

 クロネも自分の美貌に向けられる男性陣のよこしまな目つきに怖気おじけるでもなくやりすごし、タリアは自分に注がれる眼差しに泰然自若と構えていた。二人の美少女はいちいち浮つくほど無自覚ではないし、それぞれ魅惑の容姿を誇るボディを駆動するのは覚悟完了している成人男子のソウルである。

 しばらく露店市場を冷やかした一行は、陽が本格的に傾き出す前に宿屋への帰路についた。きとは異なる経路を選んでエルクーンの街を歩く。


「ナヴィ。今夜のご飯も一緒に食べない? 行動を共にするとなったらこちらの友だちにも紹介しなきゃならないし。明日とか昼間に行き違うと面倒くさい」


 歩きながら半身で振り返りつつ、タリアは後ろのナヴィガトリアに訊ねた。しばし考えたあと、彼は相変わらずの無表情で頷く。


「よし、決まり。みんなには黙っててもらうようにするから、今夜会う人たちにはバッチリ素性も紹介するからね?」


 どこか保護者然とした様子のタリアに対し、ナヴィガトリアは素直に首肯する。

 その見掛けとは真逆な、何とも微笑ましい二人のやり取りにクロネはひとり口元を綻ばせる。

 街路を辿ることしばらくして宿場街も近づいてきた。窮屈そうに建ち並ぶ石造りの建物のうち、いくつかの煙突から煙が立ち上っているのにタリアが気づく。

 夕餉ゆうげの仕度にはまだ早い。一大穀倉地帯を擁する平野に拓かれたエルクーンの街は、いまだ暖炉の必要のない過ごしやすい時節である。

 タリアの視線に気づいたクロネが「ああ」と声を上げる。


「前に話したじゃない。公衆浴場の煙突だよ。そう言えばそろそろ開いてる頃かも。寄ってく?」


 問うクロネに「後学のためにも」などともっともらしく返す。いつかの折りに閃いた〈浄化ピュリファイ〉で身体を清潔に保つという方法が図に当たり、さほど不快な思いをしないで済んでいるタリアたちだったが、それとは別に気分的な問題で洗顔や歯磨きはどうしてもしたくなる。はいれる風呂があるなら浸かりたくなるのが人情というものだった。

 公衆浴場に行くという話の流れにナヴィガトリアがわずかに怯む気配を見せたが、タリアは気づかない振りで言い含める。


「お風呂から上がったら先刻買った服に着替えること。その凄そうな鎧は人目を見計らってしまってね。今着てる鎧下や下着はズタ袋に入れておいて。〈浄化〉で洗濯するから」


 ズタ袋も先ほど露店で買い求めたものだ。タリアが畳み掛けるように押し切ると、ナヴィガトリアはタジタジといった様子ながらも素直に頷いた。


『僕はさすがについていけないよね』


 どうやら公衆浴場がどういったものか理解しているらしいバーテニクス。そんな彼にタリアは紙の包みを渡してやる。口寂しい時のために買っておいた品だが、意外とすぐに役立つことになった。


「さきほど買った飴玉ってお菓子です。噛まないで舐めて楽しむ感じで。暇つぶしになりますよ」


 受け取ったバーテニクスは早速包みを開いた。ごそごそと鼻面を突っ込んで中身を確認すると、彼は龍眼を細めてヤニ下がる。


『ありがとうタリア。ゆっくり入浴を楽しむと良いよ』


 公衆浴場に辿り着くのを待たず、バーテニクスは前肢で掴み出した飴玉を一つ、ご機嫌な調子で口の中へと放り込んだ。



 陽のかげる前の公衆浴場はクロネに聞かされた時のイメージほど居心地は悪くはなかった。多分に営業時間の初め頃に訪れたのが良かったのだろう。湯加減も特にぬるくは感じなかった。


「入りに来るならこの時間帯ってことね」


 クロネはクロネで己が知識を修正する。そうは言うものの、日中なんらかの行動をしていればそれも難しいのではないかとタリアは思うが、それは敢えて口にはしない。

 結局、その当初はどこか入場を渋っていたナヴィガトリアも随分と長湯を楽しんでいるようだった。クロネが先に脱衣場に消えるのを見送ったあと「どうしてもダメだったら着替えだけでもいいから」と小声で言い含めたのは杞憂だったらしい。

 先に上がっていたタリアとクロネ、二人に気づいて寄ってきたバーテニクスが待たされることしばらくして、無表情ながら肌を上気させ、どこか満足げな様子の剣聖が公衆浴場から出てきた。

 街の青年と同じような衣装を身につけたナヴィガトリアはすっかり地味な印象で、折角整っている顔立ちにも華が感じられない。腰に巻かれた剣帯とかれた得物がなければ周囲の景色に埋没してしまいそうな趣きである。


「お待たせ?」


 わずかに小首を傾げる青年に、タリアは気にしないようにと首を振る。


「久しぶりのお風呂だったわけだしね」


 こちらも笑顔で返すクロネに、ナヴィガトリアは短く感謝の言葉を告げる。

 バーテニクスがいつもの定位置に止まるのを何となく待って、三人と一匹は再び宿屋を目指した。



         ◇         ◇         ◇



 タリアとクロネが取った部屋で三人と一匹は時間を潰していた。他愛ない会話で時を過ごす。やがて窓の外が赤く染まる頃、にわかに廊下の方が騒がしくなる。鉄靴が板張りの廊下を噛む音が乱暴に響いたあと、部屋のドアが激しくノックされた。


「開いてるよー」


 クロネが応えると部屋の扉が勢い良く開け放たれる。慌しく部屋へと入ってきたのはタリアと同じ十二、三歳と思しき人間の少女だった。

 パッチリとした青い瞳が印象的な可愛らしい顔に、金髪を頭の両サイドでツーテールに括った髪型が歳相応に似合っているがその身の装いは物々しい。動きやすい短衣をまとったちんまりとした身体を板金製の部分鎧が覆っており、どこかタリアの戦闘用のそれと似た印象を受ける。


「――っはぁぁぁぁ、やっぱり師匠だったーっ!」

 

 どこか必死な表情を浮かべた物騒な格好の少女は、タリアの姿を認めると満面の笑みを湛えて彼女のもとに突進した。

 さほど広くない部屋に二つ並んだベッド。その一方に腰掛けていたタリアの前に少女はあっという間に辿り着くと、まるで抱きつこうかという風に広げた両腕をにわかに強張らせる。どうやら寸でのところで自制心が働いたらしい。


「お久しぶりです、アインさん」


 笑顔を返すタリアに、少女――人間族剣士のアインはピシリと姿勢を正して生真面目な表情で答えた。


「ハイっ、お久しぶりです師匠!」

「わたしも帰ってきてるんだけど無視かよ」


 アインの背後、反対側のベッドに腰掛けたクロネが苦笑いを浮かべる。意外にもクロネの言葉を聞き逃さなかったのか、コロっと態度を豹変させたアインが振り返る。


「おう、クロネ。お帰り。んで三ツ首狼(トライダルフ)退治の具合はどうだったのよ?」


 アインのその態度に「うっは露骨!」とクロネは顔をしかめる。


「その辺も交えていっぱい話さなきゃならないからさ。みんなでご飯でも食べながらじっくりやろうじゃない」

「――なるほど。持ち帰りの事案が出てきたということは出稽古(、、、)にそれなりの意義があったということですね。それは重畳」


 クロネの言葉に応えながら、容貌魁偉ようぼうかいいなローブ姿の龍人が窮屈そうに部屋の入り口を潜った。彼の来室に部屋の狭苦しさが否が応にも増す。


「お久しぶりですアーサーさん。お元気そうで」

「タリアも。ご無事だとは聞かされておりましたが、実際にお顔を拝見してようやくしかと安心できましたよ」


 砂色の龍鱗に覆われた異貌に存外温かみのある笑みを浮かべて軽く会釈すると、龍人ドラコ魔導師ウィザードアーサーは巨体を巧みに捌いて部屋の隅へと身を寄せる。それを見計らったかの様に三人目の人物が姿を現す。

 年の頃なら十五、六といった、ほっそりとした体つきの少女である。どこかオドオドとした表情がスミレ色の瞳に浮かぶのだが、目鼻立ちの美しい造作と滑らかに腰まで伸びた黒髪と相まって、儚げとも言える雰囲気を醸し出している。


「クロネさん、おかえりなさい。お久しぶりです、タリアさん」


 クロネが陽気に「ただいま」と答えると、それに頷いた人間族《隠密(ハイスカウト)》のチョコはタリアに向き直った。その瞳がいきなり潤むと彼女の唇からは震えるような声がこぼれる。


「無事で、本当に良かった……」

「お久しぶりです、チョコさん。ご心配お掛けしました」


 微笑むタリアに黒髪の少女は黙って首を横に振った。タリアの方へ寄ろうとするも先客の存在にさすがに窮屈そうだと察したのか、可笑しそうに笑みこぼれるとクロネの方へ身を寄せる。「アホネコも元気そうだったよ」というクロネの言葉に、クララと付き合いの長いチョコは無言の内に何度も頷き返す。

 チョコの後に続いたのは僧衣のドワーフだった。灰色のヒゲに顔中を覆われているが、覗く目元や眉間にはシワが刻まれておらず彼が意外に若いことを教えてくれる。

 僧衣の下に鎖帷子チェインメイルでも着込んでいるのだろう、ドワーフは金属の擦れ合う音を立てながら部屋に入ると難儀そうに扉を閉ざした。そのことから彼が一行の最後だったと察したタリアは内心眉をひそめる。やはり幾人かの姿が足りない。

 ドワーフは振り返ると部屋を見回し、感極まったようにヒゲに埋もれた口を開く。


「なんともかぐわしい、まさに乙女の園だ!」


 入り口の対面、窓の脇に佇むナヴィガトリアと扉の脇に控えたアーサーを無視するかのような台詞にタリアが噴き出す。器用に片方の眉を上げてみせたドワーフはにわかに転じると、茶褐色の瞳に稚気を浮かべてニッコリ笑う。


「スマッシュヒットってところか。お帰りなさい、タリアちゃん」

「ただいま、ゴーリキさん。お久しぶりです」


 あっさりと再会の挨拶を済ませると、《高僧ハイプリースト》ゴーリキは芝居がっかった仕草で腕を組み、実にわざとらしく唸り声を上げる。


「しっかし乙女の園なんぞと言ってもこの中にリア女(リアル女性)がいないってのが実に恐ろしい」

「然り。ですが実にネトゲらしい話でもあるわけで、逆に安心できると言うものです」


 どこか厳かにも聞こえる声音でアーサーが答えた。


「別にオレらが乙女の園だなんて自称してるわけじゃねーんだが。わーるかったなネカマ祭で!」


 可愛らしい顔に苛立ちをこめてアインが噛みつくと、自分で煽っておきながらゴーリキは涼しい顔でなだめる。


「スマンかったなアイちゃん(、、、、、)。失言だった」

「アイちゃん言うな!」

「《一号ちゃん》はナシでと言ったのはそっちだったと思うが?」

「ちゃん付けはやめろってんだよ!」


 二人のいつものやり取りに他の仲間たちが苦笑を浮かべる中、ナヴィガトリアに視線を向けていたアーサーがタリアの方へ振り向く。その意図を汲んだタリアは一つ頷くとベッドから腰を上げた。


「改めて、皆さんお久しぶりです」


 タリアの声に一同が居住まいを正した。ことの最初から空気を読んで沈黙を守っていたチビドラゴンも小さく身動みじろぎしただけで置物然とした態度を堅持する。


「無事再会できてとても嬉しいです。ホントに、みんな元気そうで良かった――」


 ヤバイ、イイ歳して泣きそうだ、そう心の中で苦笑しながらタリアは次の言葉を探す。


「積もる話はあとにするとして。この部屋に居るもう一人、わたしの友人を紹介します」


 最後に目線で確かめると、ナヴィガトリアはいつもの調子で小さく頷く。タリアもそれに頷き返すと、彼女が信頼する友人たちにもう一人の大切な友人を紹介する。


「彼は私の一番古い友だち――剣聖のナヴィガトリアです。しばらく一緒に行動してもらうことになりました」


 窓際のナヴィガトリアに集まる友人たちの視線。剣聖が殊勝にも会釈をすると、狭い部屋にうるさいほどの驚きの声が響いた。

 喧騒の中、クロネだけが面白そうにニヤニヤ笑いを浮かべている。それに気づいたタリアはそっと肩をすくめてみせた。


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