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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第二章 再会のまれびとたち
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8.既知なる未知

 広間の床に残された三ツ首狼(トライダルフ)の名残りを見下ろしながら、タリアたちは今回の戦いでまざまざと思い知らされた。所謂(いわゆる)『ボスクラス』と呼ばれる敵を相手するには自分たちはまだまだ経験が足りない。

 この戦いにおいて、三ツ首狼が同レベルのモンスターであったなら致命的と言える場面が何度かあった。今回は相手が厳然たる格下だったおかげで切り抜けられたにすぎない。

 つまるところ現状では、彼我の戦力が拮抗した同格相手では戦闘のリスクが大きすぎる。この世界にさらわれた際、ネームドモンスター狩りに臨んだプレイヤーたちが壊滅の憂き目に遭った事情も、今なら実感を持って想像できる。

 タリアたちも薄々感づいていたがゲーム時代ではありえない話だった。しかし戦いというものをリアルに考えた場合、それはごく当然のことと言える。逼迫した状況でもなければ、五分の勝負に命を賭けるなど正気の沙汰とは言えまい。

「――とりあえずお仕事完了、かな」

 クロネの声にささやかな《外念体アウターソウル》の小山を見詰めていた前衛陣がハッとしたように顔を上げる。いつの間にか傍へと遠距離職の三人も集まってきていた。

 クロネは「顔拭いて」とタリアの頬に手ぬぐいを這わす。一時はタリアの全身を染め上げていた三ツ首狼の返り血は、その本体が儚く姿を消すのと時を同じくして嘘のように消え去っていた。

 クロネの手ぬぐいを汚しているのはタリア自身が流した血なのだろう。今更ながらパーティーの癒し手が負った傷にジャックは肝を冷やした。

 礼を言ってされるがままになるタリアにサーラがトレードマークたる帽子を手渡す。その様子に一瞥をくれたあと、ジャックは気を取り直したように口を開いた。

「よし。ドーレムさん(、、)に声を掛けるか」

 広間の入り口の方を見やった彼は、そこで初めてドーレムが見知らぬ青年を連れていることに気がついた。

「なんか増えてるにゃ」

 お気楽そうなクララがドーレムに手を振ってみせる。それに応えるように彼は青年を伴ってパーティーの方へとやってきた。

 ドーレムの後ろに控える人物が気になるが、取り敢えず不穏な様子も窺えない。果たしてそんな作法が要るものかと考えたが、ジャックは彼に仕事の見届けをしてもらおうと改まって報告を口にした。

「ご覧戴けたかと思うが。三ツ首狼の討伐、確かに完了した」

「確かに。今回の助力に感謝する」

 それにドーレムが答えると、二人は真面目腐った表情で一度握手を交わす。そしてどちらからともなく笑み崩れた。

「これでまた仕事ができるぜ。大将、世話になった」

 ぶんぶんと握ったジャックの手を熱っぽく振りながら、ドーレムが人好きのする笑顔を浮かべる。

「お役に立てて何よりだ。タムート氏には大口を叩いたものでね」

 ジャックはそれに苦笑で応えつつ、視線をドーレムの背後にいる人物に移した。

「それよりドーレム殿。後の御仁を紹介いただけるかな?」

 ジャックの背後では「美形だ」、「美形よ」、「いや超絶美形だにゃ」などと姦しいひそひそ話が交わされている。

 ドーレムはジャックの問いに緊張した様子で頷くと脇に退いた。彼は一礼すると畏まった口調で件の青年の身分を明かす。

「――こちらはラエルガス監視団団長を務められるライルネス公国第二公子、カラグ・ライルネス様だ」

 ジャックの背後では小さなどよめきが起こり、さすがの彼も目を瞠った。慌てて膝を折ろうとするも、カラグはそれを制する。

「こんな場所で堅苦しい挨拶もないだろう。それより戦士殿、見事三ツ首狼を退治してのけたお仲間を紹介いただけるかな」

 公子の嫌味のない親しげな物言いにジャックは困惑した。品の良さを感じさせる彼の微笑みを受け、仲間たちに振り返る。みなもジャックと同様に驚きの表情を浮かべていた。



 一行のリーダーらしい戦士が自分の仲間を紹介する言葉に耳を傾けつつ、カラグは注意深くパーティーを観察した。

 先ず以って異様としか言い様のない冒険者たちだった。ジャックと名乗ったリーダー格の戦士はいかにも歴戦のつわものと言った趣きで合点もいく。狩人のエルフ青年もその手にした強弓が使い物になるのか心配になる優男だが、先に彼の見事な腕前は目にしている。ここまではいい。

 七人パーティーの残る五名が少女で構成されている事実にカラグは内心頭を抱えていた。しかしこの五人の少女たちが、己が麾下きかの精鋭たちに勝るとも劣らない腕前の持ち主であることはこの目でしかと見届けている。

(それにしても一行のキーマンが最年長と最年少の二人というのも面白いな)

 三ツ首狼との戦いにおいて前線は戦士が、全体の指揮は僧侶の少女が執っていたよう見えた。少女の口にする聞きなれない言葉が響く度に事態は動いてたと思い出す。

(あるいはこの少女、見た目通りの存在ではないのかもしれぬ)

 そういったモノ(、、、、、、、)に心当たりがないでもないカラグは如才ない笑顔を浮かべながらも心のうちで眉をひそめる。少女が三ツ首狼を討ち果たした際の尋常ならざる手段と返り血に染まった姿を思い出す。

 タリアという名で紹介された僧侶(、、)の少女が戦いで見せたしたたかさは、そんな風にカラグの記憶へ深く印象づけられる事となった。

 冒険者一行の当たり障りのない紹介も終わる。最近公国の一部で取り沙汰される事案も鑑みて、いま少し彼らの素性なども追及したいところだった。しかし徒に藪をつついてもしょうがないと、カラグはその件を棚上げしていま一つの用件を済ませることにした。

「さて。恐ろしい魔物も討ち果たされたことであるし、少々この広間(ホール)を調べたいのだがお付き合いいただけないかな?」

 カラグがおどけた調子で提案すると冒険者たちは互いに顔を見合わせる。ほどなくして戦士のジャックから肯定する返事が返ってきた。カラグと冒険者八人の視線は地下広間の一方に注がれる。そこには三ツ首狼が楽に通れるほどの大穴が空いていた。



「前に来た時はこんな大穴は空いてませんでしたがねぇ」

 広間の壁に空いた大穴の先をドーレムが感心したように覗き込む。

「――これは旧王家の血筋(、、、、、、)に伝わるお伽噺の類になるんだが。東壁山脈にはいにしえの龍人族が築いた隧道トンネル網が無数に走っていると言われている」

 面白がるようなカラグ公子の声にドーレムが眉をしかめる。広間から漏れる明かりでも照らし出せないほど深く、大穴の先は奥へと続いているようだった。

「コレがその隧道だっておっしゃるんですか?」

 興味深く感じたタリアは二人のやり取りに口を挟む。

「ああ。実際、大陸からの侵略者が突如ラエルガスに巨大な要塞を築いた時の状況は解明されていなくてね。この無駄に思える規模の広間も、存在理由が皆目見当ついていなかったんだ」

 カラグは目を細めると、物憂げな眼差しを闇の奥へと向ける。

「隧道からの物資集積所。この広間こそが要塞建設の起点だったのかもしれない」

「それと悟られないよう、後で壁で覆って隠蔽したってところですか」

 タリアの言葉に頷きながら、カラグ公子が大穴の方へ足を踏み入れる。彼が伴う《導く灯り》で照らされた大穴は、タリアにアルタイゼン廃鉱の坑道を思い出させた。地面にはすっかり腐食した軌道の痕跡も見てとれる。

「三ツ首狼はこの隧道を通って餌場に辿り着いたってことなら、調査やら必要になるんですかねぇ?」

 ドーレムが心配そうにカラグ公子の背を見る。この場を資源採集(、、、、)の場とする彼にとってみれば、当然気になるところであろう。

「いや、この規模では当分手をつけられないだろうな。しかしまたぞろ強力な魔物が迷い込んでくるのも問題だ。いずれにしろ、いつかは潜ってみなければなるまい」

 タリアは二人のやり取りを聞きながら内心ため息をこぼす。

(これがゲームだったら『隠しダンジョンキター!』ってところだろうけど、現実じゃ面倒なだけだな)

 仲間たちを見渡せばいずれの表情も冴えない。皆も自分と同様に、未知のダンジョン攻略にワクワクするという浮ついた気分なぞとても湧いて来ないのだろう。

 それほど異世界に来てからは気苦労が絶えないといったところだろうか。自分たちの冒険心とやらは思いのほか摩り減っている。現状にあって『未知』とは即ち、『死の危険』とも同義語と言える。

 それにしてもままならないものだとタリアは思う。《Decisive(ディー) War() World(ォー)》として遊んでいた時と違い、世界は自分たちにお構いなしで変化していく。

 そしてこの世界は、よく知っているように見せかけてその実、未知の世界なのだろうとタリアは思う。

 ゲームとしてデフォルメされた《ディーウォー》の事物と比べてこの世界を計るのは、あるいは相当に危ういことなのかもしれない。

 カラグ公子を含むタリアたち一行は、試しに大穴の奥へとしばらく歩を進めてみた。案の定その大穴は大規模な隧道といった体を成しており、それなりの備えがなければ進むことを躊躇わせる様子を窺わせる。

「殿下、そろそろ《スクリーマー》たちの斥侯が様子見に現れるかもしれません。引き返しましょう」

「ああ、今ムリをしてもしょうがないね」

 ドーレムの不安げな声に、カラグ公子は拘ることもなくあっさりと肯いた。



 帰還の道中。パーティーの隊伍に加わると自分の隣に並び、しきりと話しかけてくる美しき貴公子にタリアは少々の不安を覚えた。このイケメン、涼しげな美丈夫っぷりのわりにロリコンじゃないだろうなと。

 権力者がか弱い美少女を手篭めにするステロ的な想像が脳裏をよぎる。しかし言葉を交わすうち、カラグ公子の品の良い話ぶりに次第と好感を覚えるようになっていた。それと同時に他愛ない言葉の裏に見え隠れする探り(、、)の文句に可愛げも感じられ(青いなぁ)と微笑ましくもなる。

 一行は危なげなく帰路を消化するとラエルガスの防壁へと辿り着いた。門番の兵士が苦笑と共に一行を迎える。

「殿下のそのご様子からして三ツ首狼退治は無事成功したようですね」

「助太刀するつもりで急行したんだが見事に出番は無かったよ」

 門番の言葉にカラグ公子がおどけた調子で肩をすくめる。美男子の見せる変顔に先ずは兵士が噴き出した。次の瞬間、タリアたちも思わず笑い声を漏らす。

 こんな気さくで頭も悪くない美青年が立ち塞がる《ストーンゴーレム》を数合で斬り伏せる剣の腕まで持っているのだから始末に負えない。帰路での彼の活躍を思い浮かべ、さぞやもてることだろうとタリアはやっかみから心の内で定番のネットスラングを吐き捨てる。イケメン爆発しろと。

 早朝にことを始めたために日もまだ高い。防壁の出入り口を行き交う冒険者たちの好奇な視線に晒されながら、一行はひとしきり笑い合う。こうしてタリアたち一行のラエルガス迷宮の探索行は無事終了した。



 タリアたちはカラグ公子と別れるとタムートの商会建屋へ報告に訪れた。冷静沈着な人物と見えたタムートから意外に熱烈な感謝の言葉をもらい一行は面食らう。

 三ツ首狼退治の報酬を受け取り、《スクリーマー》の代金は算出が終わるのが明日になるとの説明を受け商会建屋を辞する頃には仲間たちの胃袋がしきりと空腹を訴えていた。

 一行は一階が食堂兼酒場、二階が客室という少々年季が入ったゲーマーには馴染みの造りをした宿に戻ると昼食をとる。食堂には昼間だというのに酔客も居てそこそこ賑わっていた。陽気な喧騒が心地良い。

「しかし思わぬところで思わぬ人物がでてきたな」

 食後の茶を口にするジャックが切り出すと仲間たちもそれぞれ頷いてみせる。

「ライルネス公国の第二公子様か。迷宮に潜る前のドーレムのおっちゃんの話はフラグだったんだねぇ」

 どこか呆れたようにクララが呟く。

「ドーレムさんが素朴にわたしたちの腕を感心してくれたのと違って、あの人は色々と探りを入れてきてましたね」

 タリアが眉をしかめながらそう評すると、ジャックとクララも物憂げに頷く。

「なんか話が弾んでるなぁと思ったらそんなコトになってたんだ」

 目を丸くするボルトにクロネの冷ややかな眼差しが向けられる。

「わたしの中でボルトんの評価がぎゅんぎゅん下降中なんだけど。これが残念なイケメンてやつかしら」

「中身は残念OLなんだからしょうがないだろ!」

 口を尖らせて言い返す彼を見ながら、ボルトさんはこっちに来たばかりの頃と比べてずいぶん緩んできたなぁとタリアは苦笑を漏らす。ボルトというキャラクターの端々に中の人たるプレイヤーの性質が垣間見えるといったところだろうか。ボルトは順調にその在り方に馴染んできているのかもしれない。

 残念OLだなどと自嘲するが、元は随分と可愛らしい女性ひとだったのかもしれないと微笑ましく思いつつ、タリアは話の軌道を修正する。

「わたしたちのようなちょっと普通じゃない(、、、、、、、、、、)冒険者の話は公国の上層部でも問題になってるようですね」

 カラグ公子とのやりとりでタリアはそんな確信を得ていた。彼にこちらの戦うさまを見られたのは存外小さくない失敗だった。

「他所のことは言えないけど、派手にやらかしてる《偽神プレイヤー》たちがいるってことよね」

「わたしみたいなロリキャラなんか存在自体が非常識ですしね」

 カッコのこぼすため息にタリアは苦笑いを浮かべる。

「それにしてもリアたんの手管は見事だったにゃ。上手いこと煙に巻いて訊きたいことだけ引き出すんだもの。おっかにゃい小悪魔にゃ」

「後ろで聞いてて戦慄を禁じえませんでした」

 クララのからかうような言葉にサーラが真面目に同意する。

「カラグさんだっけ? あの人ちょっと引きつってたよね、笑顔が」

 タリアと公子が言葉を交わす様子を後ろから目にしていたクロネは、会話の折りにふと横顔を見せた彼の表情をそう評した。サーラもコクコクと頷いてみせる。

「――ちょっとやりすぎたみたいですね。もうちょっと歳相応に隙を見せてあげるべきでした」

 タリアは澄まし顔でティーカップに口をつける。そんな自分に、ジャックを除いた仲間たちはなんとも言い難い表情を向けてくる。一人苦笑を浮かべるジャックに口の端だけで小さく笑ってみせる。

「どうせもう目を付けられたようですし。リスク分はこのツテを利用させてもらいましょう」

 見方を変えれば、公国の要人に伝手つてが出来たのはある種得難い幸運だったとも言える。なんとか上手いこと話をつけ、都市間ゲートの利用権を手に出来ないかとタリアは考えた。そこまで持っていくには、いま少し段階を踏む必要もあるだろうが。

 そんな己が考えを披露すると、案の定仲間たちは呆れ半分に感心のため息を漏らす。ジャックだけはその厳つい顔に難しげな表情を浮かべている。

「毒を食らわば皿まで、か」

「こちらの世界に来てそろそろ半月が過ぎました。公子の態度から見るに状況も動いているようですし。下手に警戒されるよりある程度踏み込んでみた方がいいかもしれません」

 タリアの言葉に、仲間たちは神妙な面持ちでしばし考え込んだ。



 明けて翌日。一行は宿屋にドーレムを迎えていた。彼は《スクリーマー》分の報酬をわざわざ届けにきてくれたのだ。その報酬額はタリアたちの予想を上回っており、皆がしばし呆気に取られる。

「おまえさんたちはやたら素早く片付けた上に《スクリーマー》に魔法を使わせなかったろ? おかげで随分と質の良い資源(、、)が回収できたって寸法さ」

 これは秘密なんだがと前置きし、《スクリーマー》狩りはいかにやつらの魔力を使わせずに圧倒するかが肝だとドーレムは語ってくれた。

 この後も様子見がてらに仕事だと言う彼が去った後、一行は今後の予定について話し合う。

 クロネがエルクーンへ戻るのを前提に話し合った結果、タリアたちはしばしラエルガスを拠点とすることに決めた。

 サンミレーの風呂が恋しくもあったが、それなりに人の行き交いの多いこの地でなら情報も得やすいのではないかというのが腰を落ち着かせることになった大きな要因であった。無論、エルクーンからのゲートはこの地にも届いている。

「それじゃ交替要員はこの宿で合流ってことでいいわね?」

「それで構わない。ダンジョンでの戦闘訓練にもここは打って付けだろう」

 確認するクロネにジャックが頷く。

「ところで物は相談なんですが」

 話がまとまっていく中、タリアはそう言って手を挙げる。仲間の訝しむ視線に晒されながら昨夜から考えていたことを告げる。

「わたしもクロネさんに付いてエルクーンへ戻ります(、、、、)。次の交代要員はゴーリキさんにやってもらおうかと」


02/26:誤字を修正致しました。

02/27:本文に描写を追加致しました。大筋に変更はございません。

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