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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第二章 再会のまれびとたち
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6.迷宮の戦い その2

 ドーレムの案内に従い、タリアたちはラエルガスの迷宮を踏破していく。数百年前の要塞の遺構は当時の姿を半ば失っているが、堅牢だったであろう様子は十分残していた。この要塞に篭った敵を殲滅するために、時の王国が支払った代償の大きさが偲ばれる。

 時おり遭遇するモンスターは一行の妨げにはならなかった。本来《スクリーマー》は強力な魔法攻撃と対魔法耐性をあわせ持つ難敵なのだが、圧倒的な魔法の強度で優越した魔導師ウィザードクロネを相手にした場合は甚だ分が悪いと言えた。

 まさに自分たちの上位存在とも呼べるクロネに両の長所を完封されては、流石の凶悪モンスターも十全に力を発揮できず、討ち取られてはドーレムの巾着袋へと消えていった。

 一方でタリアたちが懸念した闇亜人オルクゥとの戦闘は発生しなかった。彼らの斥候と思しき一団に《スクリーマー》戦を目撃されたのが原因と考えられる。オルクゥたちにとっても強敵である《スクリーマー》を軽々と撃破する一行を警戒して手を出してこないのだろうと、ほっとした様子でドーレムが語る。

「それはでも、奴らが臆病ってコトにはならない。ただ堅実なだけでこっちが隙を見せれば嫌らしい敵に変わる」

 毎年何人もの冒険者が犠牲になるとの話を聞けば、タリアたちもオルクゥらを侮る気にはなれない。相手はAI制御の操り人形ではなく、現実に生きている人型の知的生命体なのだ。その気になったなら如何ようにも策を巡らし襲い掛かってくるだろうことは想像に難くない。

 それに『ヒト型モンスターを殺せるのか』という命題も一行の胸には確かな存在感で燻っている。唯一ヒト型の敵(、、、、、)と交戦経験のあるクロネは気安い感じに「わたしが頑張るし」と言うが、仲間の誰もが簡単には頷けなかった。



 サーラは隣を歩くクロネの表情を横目で窺う。頭一つ分ほど背の高い彼女を見ようとすれば首が傾ぎ、自然と頭の動きは大きくなる。「なに?」といった風にこちらへチラリと視線をよこすクロネに小声で話しかけた。それは前を行くドーレムを気にして自然と日本語になる。

「クロネさん、さすがですね。もうダンジョンでの戦闘も慣れたって感じで」

 サーラは素直に尊敬の眼差しを向ける。クロネの働きもあってパーティーは一度も《スクリーマー》からの魔法攻撃による被害を受けていない。《スクリーマー》との緒戦では緊張が見て取れたクロネだがその後は普段通りの飄々とした雰囲気に戻っている。

「他のみんなが頼りになるからね」

 クロネは優しげな表情で微笑みながらこちらも小声で答える。

「それにやっぱりあの三人はスゴイわ。キャラレベルとか関係なしに」

「三人?」

 サーラの問いにクロネが頷く。

「ジャックさんとリアたん、あとクララね」

 クロネと三人の付き合いは自分のそれより長いことを思い出し、サーラは興味を惹かれる。

「確かにみなさん頼りになりますよね。クロネさんも三人とはよくパーティーを組んだんですか?」

「うん。ゲームじゃもう真面目な狩り(、、、、、、)で組むのが難しかったけど。わたしやアーサー、アインも随分と世話になったわ」

 タリアとクララは『事前試験枠』から参加の最古参であり、そうでないジャックもテスト稼動初期からの古株プレイヤーだと聞いている。そんなタリアたちなら、今では所謂(いわゆる)『廃プレイヤー』などと呼ばれるクロネたちともレベル帯を同じくした時期があったのだろう。

「三人ともいくら社会人だからって普通にプレイしていれば今頃は間違いなくレベル100越え(オーバード)なんだけど」

「タリアさんたちのプレイって普通じゃないんですか?」

 サーラの問いにクロネは「う~ん」と唇を尖らせる。

「あの三人て効率を気にしないのよね。例えば『Aってモンスターとの戦いが面白い!』となったら経験値稼ぎが効率低下し(まずくなっ)ても飽きるまでそいつらを相手したりとか」

「はぁ」

 なるほどそれではレベル上げは捗らないだろうなぁとサーラも納得する。

「まぁ、あの三人のレベル上げが遅いのはそればっかりが原因じゃないんだけど。とにかく回り道が多いのよ」

「タリアさんなんて料理や生産スキルも上げてたみたいですしね。なんか《喫茶セット》なんてアイテムも持ってましたし」

「三人ともなりきり(、、、、)というかごっこ遊びに凝ってるよね。普段の話し振りや立ち居振る舞いからして筋金入りだし」

「もう」

 ニヤニヤと笑みを浮かべるクロネの、揶揄するような口ぶりにサーラは困って苦笑を返す。

「でもあの三人と遊んでると本当に冒険してるって感じがして楽しかったんです。他の人とのパーティーだと凄くゲームっぽいって言うか。もちろんあっち(、、、)に居たときはゲームだったんですけど」

 微笑みながらのサーラの言葉に、クロネは「わかるよ」と優しい言葉と共に頷いた。



 一行は俗に迷宮の地下一層と呼ばれるエリアから地下二層へと降る。ゲーム時代に通っていた時はなんの感慨も浮かばなかったが、これが要塞としてヒトの手によって作られた構造物だと考えるとジャックは驚きの念を禁じえない。

 重機や掘削機もないであろうこの世界で、これだけの地下構造体を築き上げるのにどれほどの労力が費やされたことだろう。目を配った先々に映る地下壕の壁や床といった人工物に、ヒトが戦いに賭ける妄執じみたモノが思い起こされて何とはなしに息が詰まる。

 ジャックはそんな妄想を振り払うと、気を取り直して二層で相対するモンスターを思い浮かる。

(二層のこのあたりでお目にかかるのは『洞窟掃除屋ケイブ・スカベンジャー』と《スクリーマー》が主だったと思うがさて――)

 おぞましい色彩を持つゲル状の不定形モンスター《ケイブ・スカベンジャー》の姿を思い出すとジャックは眉をしかめる。この世界のスライムは気軽にそう呼べるような可愛げのあるシロモノではない。ポリゴンモデルでも相当に悪趣味だったアレ(、、)を、現実に目の当たりにしたらと思うと怖気おぞけが走る。

「――《スカベンジャー》にはリアルでお目にかかりたくないな」

「賛成。ゲームの時でもアレは苦手だった」

 思わず漏れたジャックの軽口にカッコが心底嫌そうに肯いた。心なしか辺りを警戒する彼女の挙動にも熱が入っている。そこには出来れば戦いたくないという思いがありありと見て取れた。

「ああいう穴からデロデロ~っと出て来るのも憎たらしいのよね、いかにもソレっぽくて」

 カッコは通路天井のすみに空いた破孔を睨みつける。確かに今にも奴らがでてきそうだと頷き、ジャックも心持ち足を早める。

 しかし懸念された《スカベンジャー》との遭遇戦は発生せず、どころか《スクリーマー》の姿も見掛けることなく一行は地下二層も順調に進んだ。

「畜生、めっきり《スクリーマー》の姿が見えねぇなぁ」

 ドーレムの嘆きを背中に聞きつつ、ジャックは胸の内で同情する。生活の糧としている獲物の数が激減しているとなれば死活問題である。彼でなくても泣き言の一つも漏れると言うものだ。

 そんなドーレムの話によると、そろそろ三ツ首狼(トライダルフ)の『スクリーマー狩り場』と化している広間が近いはずだった。その広間には《スクリーマー》たちが用意した彼ら専用の転移設備テレポーターがあるという。

 幸いにもヒトが利用することはできないらしく、これまでドーレムの仲間らが不意にどこかに飛ばされるなどといった事故も起きていないとのことだった。

「差し詰め《スクリーマー》版転移ゲートってところか」

 ジャックの独り言を拾ったカッコが首を捻る。

「ラエルガスのマップにそんなモノあったかな?」

「私の記憶にもないな。まぁそれを言ったらレベル60用ボスとはいえ三ツ首狼がラエルガスに出ること自体イレギュラーなんだが」

 抑えた声の日本語で確認してくる彼女に同じく日本語で答えながら、ジャックは別のことも思い出していた。

「ただちょっと思い出してきた。この近くには確かに広間がある。だがそこは典型的なデッドスペースでボスモンスターなんて配置されていなかったはずだ」

 ゲーム時代のラエルガス迷宮のボスモンスターといえば地下三層の巨大ゴーレム《守護神クロッソス》と最深部たる地下五層の人型モンスター《軍神アタナート》、地表部に特定条件で現れるというレアモンスター《英霊ユミュコス》のみであった。本来(、、)地下二層にボスモンスターは存在しない。

現実(、、)は日々留まることを知らない、って感じなワケね」

 カッコのため息混じりの言葉にジャックは軽く頷く。

「大将、そろそろ三ツ首狼が灯してる明かりでソレと分かるはずだ。用心してくれ」

 背中に掛かるドーレムの声にジャックは気持ちを切り替える。考察は後回しにしてこの世界に来て初めてとなる大型モンスター退治に備えなければならない。

 しばらく連絡路を進むと前方の側壁から明かりが漏れていた。それが目的の広間の入り口に違いないだろう。ジャックのおぼろげな記憶もそう告げている。

「――通路上に気配ナシ。ちょっと偵察してくる」

 カッコは〈隠行〉のスキルを使うと一人先行する。ジャックが見守る中、彼女の姿が不意に認識できなくなる。ゲーム時代はパーティー仲間ならば〈隠行〉中のキャラクターもそれと知ることができたのだがこの世界に在っては不可能になっていた。〈隠行〉中の彼女を見破るにはこちらも相応のスキルを用いなければならない。

 程なくして顔色を変えたカッコがジャックの隣に姿を現した。青ざめた彼女は嫌そうに状況を報告する。

「三ツ首さんはただ今お食事中。三つの頭がそれぞれ《スクリーマー》を踊り食いしてたわ。他にモンスターの姿はナシ」

 仲間たちがゲンナリといったため息を漏らす中、ドーレムはただ一人口汚く呪いの言葉を吐き捨てる。

「おあつらえ向きだな。早速仕事に掛かろう」

 ジャックがそう宣言すれば、一行の表情に厳しさが戻る。決戦の構えでジャックの隣にはカッコに代わってクララが立つ。カッコはドーレムに代わり二列目に控え、ドーレムには広間の外で待機してもらうことになった。

「ドーレム殿。万が一我々が失敗した場合は――」

「分かってる。遠慮なくトンズラさせて貰うさ」

 ジャックに皆まで言わせずドーレムが頷く。

「――悪いな、ホントに道案内にしか役に立てなかった。後はよろしく頼む」

 彼はそう言って改まると、律儀に頭を下げる。クララがお気楽そうに任せろにゃと笑うのに頷いて、ジャックも口角を上げる。

「短期決戦と行こう。セオリー通り私が先鞭をつける」

 仲間たちが頷くのを確認してタリアが支援魔法を掛けていく。

「確か初手は冷気のブレスだったと思うんですよ」

 三ツ首狼対策に〈耐寒〉の防護魔法も施されると、ジャックと仲間たちは自分を包む頼もしい加護の力を感じつつ広間を目指して駆け出した。



「ゴメン。三ツ首狼と言えば確かに大型ボスモンスターだし覚悟はしてたけど、あんなにデッカイとか反則だにゃ」

 魔法の明かりに煌々と照らされた広間にその魔物は居た。寝そべった三ツ首狼の威容を目の当たりにし、思わず漏れたであろうクララの声を聞きながら確かにコレはダメだとタリアも思う。

 黒々とした毛並みは《ミラーウルフ》のそれに酷似しているが問題はその大きさにあった。大型バスほどもある体格は俯瞰視点で見ていたゲームの時とは酷く印象を異にしている。ポリゴンモデル相手には感じられなかったこれは、巨大な質量(、、、、、)がもたらす重圧プレッシャーとでも呼ぶべきだろうか。その存在感に圧倒され、ゾワゾワとした怖気が背中を伝う。

 頑丈(、、)な自分たちならあの巨体に一撫でされても耐えられるかもしれないがドーレムには恐らくムリだろうと直感が告げる。《スクリーマー》を相手取る彼もそれなりの冒険者ではあろうがただの人間(、、、、、)であることに変わりはない。広間の外で留まってもらったのは図らずも正解だった。

 それにしてもこの円形の広間だ。広大な地下空間は三ツ首狼の巨躯を活かすに十分と言える。の魔物はあの図体で恐るべき機動力を誇っていたはずだ。

(というかなんで要塞の地下にこんな馬鹿でかいホールを作る必要があったんだか)

 異世界人の考えることは理解できないと、心の中で毒づきながらタリアは敵を見据える。三ツ首狼は全ての頭部を伏せたまま、中央のそれの片目を薄っすらと開けてタリアたちを窺う。その仕草はどこかしら可愛げを感じさせるが如何せん巨大すぎる。

『――ヒトよ。我にお前たちを害する意思はない。この場よりく立ち去れ』

 地下広間(ホール)に知性を感じさせる声が響き渡る。三ツ首狼が人語を用いることは先に知らされていたが、現実として目の当たりすると驚きに耐えることが難しかった。また一つ異世界の驚異を感じつつ、タリアは挫けそうになる意気を奮い立たせる。

「残念ながらそちらになくてもこちらにはある。立ち去れなどと賢しらには言わない。ここで討たせてもらう」

 負けじと張り上げられるジャックの口上が頼もしい。ジャックさん、サマになってるなぁと精神こころの片隅で可笑しく思いながら、タリアは〈障壁〉の呪文を唱える。

『吼えたなヒトよ。ならば存分に抗ってみせよ。そして己が蛮勇をとっくり(、、、、)と後悔するがいい』

 三ツ首狼の頭部すべてが持ち上がり、巨大な前肢が伸び上がる。その挙動に、タリアは咄嗟に声を上げる。

「クロネ、この場に〈静寂サイレンス〉!」

 タリアの叫びにクロネが迅速な詠唱でもって応える。三ツ首狼の獣頭すべてが残らず天を仰ぐのにわずかばかり先んじて、静寂の停滞場がパーティーを覆いつくす。

 三ツ首狼の〈咆哮〉によってビリビリと空気が振動するのが感じられるが、間一髪に間に合った〈静寂〉の魔法効果によって、麻痺をもたらす音波はその帯びた魔力もろともほどかれていた。

 タリアたちは敵のこうべが垂れるのを待って、静寂の停滞場から一斉に駆け出す。

『小癪な!』

 獰猛な力をはらんだ三ツ首狼の巨大な四肢が身構える。向かって左、右頭部が息を吸い込むのを見て取って、タリアは回復に備えて詠唱を開始する。

「ブレスが来る、散開!」

 ジャックの警告に仲間たちが退避行動をとる。次の瞬間、三ツ首狼の口腔が大きく開かれると〈凍てる息吹(フローズンブレス)〉と呼ばれる特殊攻撃が放たれた。

 身震いするような吹雪を思わせる轟音と共に収斂された冷気の奔流がジャックに襲い掛かる。しかし彼は姿勢を低くした上で方形盾ヒーターシールドをかざし、器用に全身を保護してのけた。ジャック自慢のレア防具は〈障壁〉の助けもあって冷気の衝撃波を見事に防ぎきる。身の凍るような寒さも〈耐寒〉の加護により著しく減衰された。

 ジャックは微塵の不調も感じさせない動きで駆け出すと、お返しとばかりにクロスボウを放つ。何気なく放たれた総金属製の矢は、冷気のブレスを吐いてよこした頭部の片目に突き立つ。身の毛もよだつ様な三ツ首狼の苦鳴が広間に響き渡る。

「――フムン。的がデカイ分、実に当て易い」

 ジャックの挑発を込めた不敵な言葉に、巨大な獣がいきり立つ。戦鎚ウォーハンマーに持ち替えて身構えるジャックに三ツ首狼の恨みにたぎった五つの凶眼(、、、、、)が向けられる。

 ジャックのその様子に、回復は不要と見て取ったタリアは別の魔法に備える。

(それにしてもジャックさんてリアル挑発も堂に入ってるなぁ)

 パーティーの守護神のしたたかさに、タリアはこの状況下にあって毒気を抜かれていた。三ツ首狼のあの様子では、ジャックからそのマークが外れることもそうそうなさそうに見える。仲間の火力陣も各々そう判断したらしく、強力な一撃を見舞う機会を虎視眈々と窺っていた。

(それでも油断は出来ない――)

「ジャックに〈耐火〉」

 賢獣の耳にも届くその言葉を、タリアは日本語で叫んで自身の長弓を構えた。

(コレが仕組まれたことだとしても、とり敢えず姿を現した()とやらを討つまでだ――)

 一行の目の前に立ち塞がる巨大な黒き狼。タリアが狙い定めたこの獣もまた、《この世界の敵(アウターズ)》の気配を色濃く漂わせていた。


02/27:02/06:誤字及び本文の表現を一部修正致しました。大筋に変化はありません。

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