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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第二章 再会のまれびとたち
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4.迷宮の領域へ

 タリアは仕事の依頼主に案内役と言って紹介された人間の中年男性密偵(スカウト)をまじまじと見つめる。

(そりゃゲームマップ画面でクエスト目的地までのガイドが表示されるようなワケにはいかないよなぁ)

 これはちょっと面倒な事になりそうだとタリアは胸のうちで唸る。ドーレムの佇まいから何となくその道のプロといった雰囲気は受ける。足手まといにはならないだろうが自分たち《偽神プレイヤーキャラ》の便利機能(異能)が大っぴらに使えなくなる点から見ればある意味では枷とも言える。

(レベル60帯の狩場だし縛りプレイだと思えばいいのかな)

 そう考えたタリアだったが次の瞬間には問題点に気づく。今回、屋外での緒戦に試してみるつもりで用意した長弓はしっかりインベントリの中だ。一応確かめてみればカッコも当然のごとく()の武装はいつもの長剣である。

 参ったなぁと頭の中でボヤきつつドーレムをよくよく観察してみる。彼はすっかり仕度を済ませてあるようで、あとは出発するばかりといった様子だ。

 仕方なくドーレムと握手を交わしたジャックに日本語(、、、)で事情を説明する。パーティーの他の仲間にも聞こえるように話してその注意を促す。依頼主のタムートとドーレムは怪訝そうな表情を浮かべるが、隠したい内容なので多少は変に思われるのも止むを得ない。

 手短に自己紹介をした後、一行はラエルガスの防壁に設けられた迷宮への出入り口へと向かう。幸いタムートの商会建屋と迷宮出入り口までの経路上にタリアたちの泊まる宿がある。タリアはさもたった今気づいた風に声を上げると、ドーレムが短弓を用意していることを指摘する。

「飛び道具が有効ならわたしも持っていきたいのですが」

「ああ、使えるならあった方がいいな」

 ドーレムがさして気にした風もなく肯いたのを受け、タリアとカッコは宿屋の部屋に戻るという小芝居を打つこととなった。

 ほどなく防壁の出入り口へ辿り着いた一行が通過しようとすると、門番の兵士から親しげな声が掛かる。

「ドーレム、やっと助っ人が見つかったのかい」

「ああ。ホントにやっとな」

 ドーレムの陽気な返事に、その兵士はタリアたちを値踏みするように見てくる。一行のほとんどが若い女性、しかも美人揃いと気づいた彼は一瞬目を瞠ったが、すぐに表情を改める。

「――なるほど。腕の立ちそうな御仁らだ。ドーレムを宜しく助けてやってくれ」

 兵士のその言葉に嫌なものを感じなかった一行は軽く会釈で応える。

「そろそろ三ツ首狼(トライダルフ)退治にうち(、、)の大将が乗り出しそうな勢いだったんで正直なハナシ助かったよ」

 ニヤリと笑った兵士にドーレムが苦笑を漏らす。

「そりゃ殿下なら軽くヒネって下さるだろうが流石におそれ多いなぁ」

 ドーレムが兵士に手を振るのを合図に、一行は再び迷宮へと歩き出す。パーティーの隊伍は最前列にいつものジャックとカッコ、二列目にタリアと案内役のドーレム、三列目に魔女の二人が並ぶ。殿しんがりの四列目はボルトとクララが務める。迷宮中枢までの道のりにはドーレムの案内も必要ない。

 防壁と迷宮の間に横たわる緩衝地帯の丘陵を進みながら、タリアは見知らぬ冒険者たちに混じってもさして緊張した様子もないドーレムに話しかける。

「――先ほどの兵士の方とのお話でお訊きしたいことがあるのですが」

「ん、何か気になったかい?」

 ドーレムは気さくな調子で、見上げるタリアの方を微笑ましそうに横目で見てくる。

「監視団の方でも三ツ首狼を退治する話が出ていたのではないですか?」

「いや、アレは監視団が公務として退治に乗り出すって話じゃなくてね――」

 ドーレムはタリアの問いに苦笑してみせる。

「監視団の団長閣下が個人的に(、、、、)退治に乗り出しそうだったってバカ話さ」

 彼は肩を竦めて見せるがその横顔には揶揄する風もなく、むしろどこか誇らしげにさえ見える。

「殿下といった言葉も耳にしたように思うのですが。監視団の団長様は公家こうけの方なのですか?」

 タリアのその問いには、ドーレムも少々呆れたように振り向いた。

「ラエルガスの土地勘があるみたいなのに殿下のことは知らんのか」

「すみません。腕を磨くことばかりに夢中になって、世事にはさほど頓着してこなかったもので」

 この時ドーレムはそう言って恥ずかしそうに微笑んでみせるタリアに親しみ易い魅力を感じていた。自分が世間知らずだとはっきり口にするあたりに大人ぶったさかしさを感じないではなかったが、それも背伸びだと思えば微笑ましい。

 そして親しみ易さとはまた別に、どこか浮世離れした雰囲気も持つタリアの得体の知れなさも手伝って、ドーレムはその返事に納得したのだった。

「第二公子のカラグ・ライルネス様が監視団の現団長だ。話の種にも憶えておくと良い」

 ドーレムにありがとうございますと礼を言い、一方でタリアは思考を巡らす。

(そんな設定があったのか)

 いや設定とか言っちゃダメだろ自分とセルフツッコミを入れつつ、ラエルガス監視団が公国の精鋭ならそういったこともあるかと納得した。それにしても真実三ツ首狼を倒せるというなら、この世界の人々の力も侮りがたいなと肝に銘じる。

 中には常道においてなら(、、、、、、、、)自分たちをも凌ぐ使い手たちがいるのかもしれない。

 丘陵地帯を西に進むことしばらくして、ポツポツとモンスターの姿が見え始める。ゲーム時代では中立的な反応を示していたラエルグと呼ばれる草食獣である。

 ヘラジカに似た姿をしているが生息域による影響か生体的に強化されており、先に戦った灰色熊より手強い相手と言える。普段は温厚な性質をしているが、一旦敵対すれば肩高が大人の身長ほどの高さにもなる巨体が侮れず、逞しい四肢から発揮される機動力も脅威となる。

 しかしそんなラエルグにも天敵が存在した。迷宮地表部の難敵の一つ、《ミラーウルフ》である。

「う、残虐ショーが始まってる」

 背後からのクララの声に辺りを見渡すと、二時の方向にラエルグの茶色い巨体に群がる四つの黒い染み(、、)が見てとれた。今まさに二頭の(、、、)天敵によってラエルグが襲撃を受けている。

 プレイヤー間では影狼かげろうという通り名を持つこの黒い毛皮の狼は、尋常な生物とは異なるまさにモンスターで、己の影を相棒にして挟み撃ちを仕掛けてくる。

 常態ではその力が発揮されていないので、レベルそこそこで辿り着いたビギナーが一対一タイマン勝負のつもりで挑んでは返り討ちに遭うというのがゲーム時代では通過儀礼となっていた。

 そして今のこの身であれば分かる。アレもまた《この世界の敵(アウターズ)》だと。

 視界の遠くから響く喧騒に足を止めたタリアたちに、ドーレムが不思議そうな顔を向けてくる。

「珍しくもないだろう。先を急ごう」

 確かにこの光景自体はゲーム時代でも珍しくなかった。しかし、彼我の距離によって殺戮現場の音声が遅れて届いてくるなどというリアルさが、タリアたちに言い難い感慨をもたらす。そんな中でカッコから警告の声が上がる。

「――ご馳走(ラエルグ)じゃなくてこっちに興味を持った子たちがいるみたいよ。十時の方向」

 彼女の声に視線を巡らすと、400mは離れている彼方から二頭の《ミラーウルフ》がこちらに向かってきているのが見てとれる。やはりモンスターはゲーム時代とは格段に違う知覚範囲を持っているようだ。

 タリアは長剣の柄に手を置いて次々に支援魔法を掛けると長弓を構えた。わざわざ接敵を待つまでもない。クララを除く仲間たちが手筈どおりに並ぶとジャックの号令が掛かる。

「目標右、テェ!」

 次の瞬間、矢と魔法の弾が唸りを上げて飛んでいく。真っ向から近づいてきた二頭のうち、向かって右側の《ミラーウルフ》がこの第一波攻撃で沈黙する。もう一頭は少々の知恵を巡らしてこちらに対し緩曲線を描きつつ迫ってくる。次弾を装填しつつジャックが指示を飛ばす。

「近づけるな」

 ジャックのインチキクロスボウの自動巻上げ機能を見たドーレムが目を瞠るのに気づいたが、これくらいなら『すごいマジックアイテム』で誤魔化せないこともないだろう。目の端で捉えた一幕を無視してタリアは次の矢を番える。

 ジャックの射撃が命中する中、カッコ、サーラの弾が外れる。ボルトが〈弾幕バラージ〉を本来の使い途で放つが敵は投射面から辛くも逃れた。

(――女性陣(、、、)に偏差射撃って概念はちょっと馴染みがないか)

 もう説明する暇はない。タリアはさかしい獣の未来位置めがけて〈弾幕〉を放つ。ボルトが多用する『軸ずらし』は自分も得意とするところだ。

 スキルという事象が弾幕を形成しようとする作用を無理やり捻じ曲げて射線を収斂させてやる。タリアが放った赤熱に輝く矢は、甲高い絶叫を上げて次々と《ミラーウルフ》に襲い掛かる。敵の身体へ吸い込まれる様にして矢が突き立つのを、ボルトが驚きの表情で見つめているとクロネの喜色に溢れた声が響く。

「〈炎爆〉!」

 足が止まった《ミラーウルフ》が火球に包まれるさまにボルトとカッコが射撃を再開する。瀕死の体だったもう一頭の《ミラーウルフ》もその攻撃にほどなく倒された。

「すげぇな。間接攻撃だけで片付けちまった」

 出る幕のなかったドーレムが呟くと、同じく仕事をしなかったクララがその肩を叩く。

「ここら辺の雑魚なら軽いもんだにゃ」

 ドーレムは彼女のお気楽な言葉に「おめぇさんは何もしてないだろう」という言葉を吐きかけて飲み込んだ。思いがけず近くにあったクララの胸の谷間に視線が吸い寄せられるが慌てて目を逸らす。ドーレムは表情を取り繕うと掠れた声で代わりにこう言った。

「そいつは頼もしいな」



 時折り寄って来る《ミラーウルフ》を排除しながらタリアたちはラエルガス迷宮中央への出入り口付近に辿り着いた。この辺りからまた違ったモンスターが姿を見せる。

 ファンタジー物なら各種媒体でお馴染みの定番モンスター《ストーンゴーレム》である。この世界の《ストーンゴーレム》は全高二mあまりと身長こそ龍人族ドラコあたりと比べて大差ないが、その体積と重量では遥かに勝る。

 秋晴れの青空の下、簡単な粘土細工のような外見を持つ石造りの巨人が動き回る姿は、廃鉱内というある種非日常的な景色の中で見た動く骸骨たちより余ほど異質なモノとして目に映る。

「まだこちらに気づいた様子はないな」

「動きを変えたヤツはいないね」

 ジャックの呟きにカッコが答える。彼我の距離は100mほどだが《ストーンゴーレム》たちは相変わらずノソノソといたずらに歩き回っている。

「ドーレム殿。現場への入り口は中央出入り口でよろしかったか?」

 ジャックが改めて確認するとドーレムが頷く。

「ああ、俺らもいつもこの入り口を使ってる」

 一行は邪魔な《ストーンゴーレム》だけを片付けて迷宮の地下構造体へ向かうことにする。タリアは気恥ずかしく思いながら背嚢から《導く灯り》を取り出すという芝居を演じてみせた。クララが小さく噴き出すのを軽く睨みつける。

 準備を整えると入り口のスロープ前に陣取った《ストーンゴーレム》に対して遠距離攻撃手段を持つ者がそれぞれ構える。

「いや、《ストーンゴーレム》に弓は――」

 ドーレムの制止の声を遮って魔法発動句トリガワードと弓鳴りが響く。破壊魔法と矢の雨が降り注ぎ、《ストーンゴーレム》周辺で砂埃の幕が厚く垂れ込める。わずかの静寂のあと、そのとばりを掻き分けて石の巨人が姿を現した。その脚部が異様な速さで前後し、初めて目にした者を驚かせずにはおけない速度で迫ってくる。

「うっはー、リアルだとキモイ」

 大剣を背から下ろしたクララが軽い調子で評する。そんな彼女の言葉を意味不明に感じたドーレムが慌てて制止する。

「わけのわかんねーこと言ってないで退がれ。そんな剣で相手したらもったいねーぞ」

 ドーレムの常識的な《ストーンゴーレム》攻略法は前衛が動きを牽制する間に破壊魔法によるダメージを蓄積させ、のモンスターの活動力――擬似生命力とでも呼ぶべきか――を涸らせるといったものだ。《ストーンゴーレム》はその性質からして刃物や矢弾に極端に強いため、弓や槍剣による攻撃は徒らにコストとリスクを増大させることになる。

 このパーティーが魔術士を二人揃えているのも《ストーンゴーレム》対策だと思っていたドーレムの読み(、、)を裏切り、弓による攻撃は行われるわ剣士が大剣を引きずり出すわと、彼の目にその対応は無茶苦茶に映った。

 最短距離を一直線で、馬鹿正直に迫りくる《ストーンゴーレム》へ再び矢が放たれる。少女たちの弓からは颶風ぐふうを巻いて銀矢が奔り、端正な青年の強弓から放たれる矢は火箭となって石の巨人に襲い掛かる。

 細部まで見てとれる距離になってみれば《ストーンゴーレム》の体表には煤けた跡と共に、鋭く抉られた傷が無数に穿たれているのも見てとれる。信じ難いことに弓による攻撃がえらく効いている――

「〈炎槍〉!」

 魔術士二人の声が重なり、赤々と輝く二本の炎の槍が《ストーンゴーレム》に突き刺さる。その攻撃に石の巨人がもんどり打って倒れる。完全に沈黙し、その姿はピクリとも動かない。

(つーか、魔法はわかるとして嬢ちゃん兄ちゃんらのアレは矢弾と言っていいのか!?)

 ドーレムが冷汗を垂らしながら見守る先、倒れた《ストーンゴーレム》の背後から別の固体が姿を現した。

「クララに〈障壁〉!」

 タリアの声を背中に受け、気合を入れたクララが大剣を引っ提げて迎え撃つ。ジャックも方形盾ヒーターシールド戦鎚ウォーハンマーを手にしてそれに続く。

 彼我の矛が届く距離まで近づくと、《ストーンゴーレム》の上半身が生物には不可能な動きで旋回した。高速な回転運動に加速された腕部が物騒な唸りを上げて振り回される。その破砕槌の如き攻撃をクララは身を沈めてかわし、ジャックは盾で受けきってみせた。

 挙動を抑え込まれた《ストーンゴーレム》が堪らず重心を乱したところに、クララの〈薙ぎ払い〉が放たれる。後方に引き絞るようにして構えていた大剣を渾身の力で以って振り切ると刀身と石造りの脚部がぶつかりあって盛大な火花を散らす。《ストーンゴーレム》の左脚部を断ち切ったところでクララは飛び退く。

 片足を失って倒れ込みながらも《ストーンゴーレム》の上半身は執念深く旋回し、そのハンマーのような腕がクララの頭部を狙っていたが彼女は間一髪で難を逃れた。クララを護る〈障壁〉を掠めて《ストーンゴーレム》の剛腕は空しく地面にめり込む。

 意外な器用さをみせ、片足だけで立ち上がろうとする《ストーンゴーレム》が火柱に包まれる。衝撃をまともに受けた石の巨人がもんどり打って地響きを立てるところに更なる火柱が襲う。

 なお身動みじろぎするその頭頂部に、ジャックの戦鎚が勢いよく振り下ろされる。〈強打〉の威力で以って石の身体を穿つけたたましい音が辺りに響くと、ついに《ストーンゴーレム》の動きも止まった。

「進路クリアだ。さぁ、穴倉ダンジョンに潜ろうか」

 気取ってみせるジャックに「美味しいところ獲りだにゃ」と非難の声が上がるが、それは丁寧に黙殺された。


02/09:脱字及び本文の表現の追加、修正を致しました。大筋に変化はありません。

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