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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第二章 再会のまれびとたち
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2.彼女たちの憂鬱

「リアたん、何してるの?」

 入浴ついでに洗い場の隅で洗濯をしていると声がかかった。振り返ってみればいつの間にかフルオープンなクロネが傍に立っている。

 湯に浸かってない時は適度に隠す挙措があった他の娘さんたちと違い、開けっぴろげな上に日中の明るさの下で晒される彼女の扇情的な肢体がずいぶんと眩しい。

「洗濯ですよ。ついでにやってしまおうかと」

 覗き込んできたクロネの不思議そうな視線が、タリアの手元と顔を行き来する。

「リアたんて〈浄化ピュリファイ〉憶えてなかったっけ? ってそんなワケないか」

 タリアはクロネの指摘に思わず「あっ」と声を上げる。別の洗濯物を手にとって〈浄化〉の魔法を唱えると洗濯物から汗の匂いや汚れが消えた。むぅと思わず眉が寄る。

「ゴーリキはすぐに思いついたんだけど。下手にリアル家事スキルがあったおかげで思いつかなかったんだねぇ」

 苦笑いを浮かべるクロネに「廃屋掃除の時には思いついたんですけど」とタリアも苦笑を返す。

 なんなら風呂にも入らなくて済むんじゃないかと想像するが、それもまた味気ないかと思い直す。だがこれも旅の途中では助かるかもしれないと、タリアはその思い付きを記憶に留めることとした。

「リアたんてあっち(、、、)でも手洗いとかしてたわけ?」

 ボンヤリとした思考を放り投げてクロネの問いに答える。

「はい、独り暮らしの学生時分に。コインランドリー代ケチるのに肌着とか簡単なものから初めて暇な時には」

 感心したようにため息を吐くクロネに答えながら手早く洗濯の続きを終わらせる。

「久々のお風呂はどうですか?」

 洗濯の済んだ衣類をインベントリに仕舞いながら訊ねるとクロネはサッパリした笑顔を浮かべる。

「やー、まさに生き返ったカンジ? お肌もスベスベー♪」

 CMタレントのように頬を撫でるクロネの仕草に思わず噴き出す。

「これでサーラちゃんと一緒だったらもっと良かったんだけどね」

 一転して寂しそうなため息を吐くクロネの姿が流石に憐れっぽく見えるが、最初のアプローチで間違ったのは彼女の自業自得と言える。

「食堂の件がなかったら夜には普通に一緒できたと思いますケド」

「やっぱそうよね? あ~ 失敗したぁ」

 そうぼやいたクロネは「サーラちゃんの余りの可愛さについ理性が飛んじゃって」とストロベリーブロンドの頭をかく。

「ところでクララさんは?」

 クララの姿がないのを見とがめて訊ねる。先ほどまでクロネと胸の形がどうの、大きさがどうのと仲良く言い争っていたはずと周囲を見回す。

「え? クララなら湯船に――っていないわね」

 振り返ったクロネも怪訝そうに首を傾げる。不審そうに湯船へと近づいた彼女がいきなり大声で叫んだ。

「バカネコが沈んでる!」

 クロネが覗いた湯船の底には、不気味な笑顔を浮かべたクララが仰向けに沈んでいた。

「ふっかーつ!」

 飛沫を上げて起き上がり「ビックリしたにゃ? ビックリしたにゃ?」と陽気に繰り返すクララを、タリアは冷めた目つきでとがめる。

「今は他のお客さん居ませんけど。そういう子供じみた迷惑行為はやめましょうね」

「にゃははは! どっちかビビらせようかと思って」

 ちっとも悪びれないクララにタリアはため息を吐いてみせる。

「まぁまぁ。それより三人でガールズトークと洒落込もうにゃ」

「ガールズトークて。クララのその拘らないところ助かるわ」

 苦笑を浮かべるクロネを余所にクララはさっさと半身浴の体で湯に浸かる。どうやら長期戦を目論んでいるようだと察して、クロネとタリアもそれに倣う。三人は何となく胸の大きさ順に並ぶと湯に浸かる。

「どうでもいいけど二人の肌キレイね。やっぱり温泉に浸かり続けてきたせい?」

 真ん中に挟まれたクロネがちょっぴり羨ましそうに眺めてくるのをくすぐったく感じつつ、そんなに気になるものかとタリアは自分の肌をしげしげと見直す。

 昼間の明るさの下で見る上気した肌は確かにきれいだが、元の身体のそれと比べればもうクロネの肌とどっちが上とか下とか、正直タリアにはどうでも良く思える。

「うーん、どうだろね。カコちんとサっちんもうちらの肌がキレイとか羨ましがってたし。キャラメイク時に選んだ肌色の差とか?」

「むぅ、やり直しを要求する!」

 優越者故か興味なさそうなクララの話しぶりにクロネが悔しそうに喚く。

「それよりお二人さん。そろそろ女の子になって十日近くになるんだけど慣れてきたかにゃ?」

 興味津々といった様子のクララがネコ目を皿のようにして輝かせる。

「わたしはちょくちょくボロが出てるけど。慣れたといえば慣れたかな。とゆーかまだ中の人がクロネを操作してる(、、、、、、、、、)感じで女になったからどうだって感覚が薄いかも?」

 思案げに唇を尖らせるクロネの仕草を可愛らしく感じつつ、タリアも頷く。

「わたしもそんな感じですね。性別が換わってないだけでクララさんも同じなんじゃないですか?」

 あっさり答えるタリアの言葉に、クララが不満そうに唇を尖らせる。

「いや、そんなツマンナイこと訊きたいんじゃないし」

 唇の尖らせかた一つとっても女の子の表情って千差万別だなぁと、妙な感心をするタリアを余所にクララが意地の悪い笑顔で半目になる。

「キミタチィ、正直になりたまえよう」

 クララの手のひらが閃き、二人の初心者マーク付き婦女子を神業の如きパイタッチが襲う。思わずといった風情でクロネとタリアの口からあられもない悲鳴が漏れる。

「ちょ、このエロネコ!」

 真っ赤になってその手を抑えようとするクロネを「にゃはははは!」と軽快に笑いつつクララが軽くあしらう。

「良い声で鳴くではないか! こっそり鏡の前で可愛いポ、ォ、ズとかやってるじゃないかにゃ? かにゃ?」

「カッコさんと二人部屋なのに、そんなことできるワケないじゃないですか」

 多少頬を赤らめつつも澄ました顔で否定するタリアと違い、もう一人の方の動揺は劇的だった。

「――クロネさん?」

「スンマセン!」

 まさかというまなざしを向けるタリアの視線に耐えられなかったのか、物凄い勢いでクロネが謝り出す。

「あっちではチョコやアインと一緒に部屋取ってたんだけど、元ヤロー三人で可愛いポーズ合戦とかやって盛り上がってました! スンマセン!」

 彼女の告白にクララが盛大に笑い転げる。一方タリアは仲間の隠しておきたかったであろう話も道連れとばかりにあっさりバラすクロネに軽く戦慄を覚える。

 クララはちょっと見てみたいかもなどと言っているがタリアの方はあまりの居た堪れなさについ(、、)と視線を逸らした。

「あの晩はちょっとテンションおかしかったし。若さ故のアヤマチってヤツだし」

 拗ね出したクロネをクララが涙目で慰める。

「まぁ練習だと思えば。これからは女の子やってくしかにゃいんだしね」

「――とは言ってもねぇ。向こうではネカマやってたけどさ、リアルでオカマだったワケじゃないから」

 クロネはため息をついてまぶたを臥せる。

「モニターの中の自キャラが愛でたかっただけで、正直自分が女に成りたいなんてこれぽっちも思ってなかったよ」

 うんうんと頷くタリアを余所に、ぼやくクロネに何かを感じたのか、クララは幾分か下手したてに相槌を打つ。

「その割りに食堂の初っ端は女の子っぽかったよ?」

「あんなの学芸会レベルでしょ。こちとらただのぬるオタ(ぬるいオタク)だし。ボイトレ(ボイストレーニング)で女声鍛えてボイチャ(ボイスチャット)にまで臨むほど猛者でもなかったし」

 ゲーム時は常に明るかった()の今の落ち込み振りに、クロネとなってからの精神的衰弱ぶりが窺える。そこから醸し出される雰囲気に残る二人も居心地の悪さを覚えて、思わず神妙な面持ちになる。

「可愛いポーズ合戦て言ったじゃない? アインがもうドン底状態でさ。馬鹿やって慰めるというか気分を盛り上げなきゃやってられなかったんだよね――」

 自分の手のひらが湯を掬っては零すさまを眺めるクロネの、その表情はすぐれない。

「ボクもトイレ済ませたあとで女には拭くものが必要だって気づいた時には軽くパニック起こしてさ。後で冷静になって考えてみればインベントリから布製装備の一つも出せば良かったって気づいたけど。その時は思わずそのまま下穿き上げちゃったよ。いやマジで泣けたね」

 クロネは「ホント情けなかったなぁ」と弱々しい自嘲の笑みを零す。

「アインなんて倉庫キャラの《一号ちゃん》はほとんど動かしてなかったでしょ? 『女なんてやれねぇよ!』ってすンごいヒス起こしてなだめるの大変だったんだから」

「うーむ、アイン氏の女キャラプレイか。想像できないにゃ」

 難しい顔を装ってなんとかツッコミを入れてみたクララに「バーカ」とクロネが軽い調子で肩をぶつる。

「それでも観賞用にしっかりキャラメイクしてたのは不幸中の幸いだったけどね。今は辛うじて『俺女』キャラになってるけどそのへんは弄らないでやって」

 了解と答える二人にクロネは安心したような笑みを浮かべる。

「それでもこっちの(、、、、)世界での(、、、、)女の子(、、、)だからまだ面倒が少ないんだじぇ~?」

 気を取り直してうりうりと頬を突ついてくるクララの指先を払いながら「うへぇ」とクロネが眉をしかめる。

「こっちにきて朝の身だしなみ時間から開放されたのだけは良かったにゃ。今のとこ手入れ要らずだし!」

「それは良うござんした」

 自分の頬をツルリと撫でるクララに、クロネが疲れた表情で相槌を打って伸びをする。

「女の子やるのに慣れるのも大変だけど、こっちの暮らしもなかなか大変だよね」

「この辺はあと一月もするとあっと言う間に雪だそうですよ」

 そう伝えるタリアにクロネがまた唇を尖らせる。

「あー、面倒くさい」

 彼女は額に浮いてきた汗をぬぐいながら、ぼんやりと呟く。

「とりあえずこの世界に慣れたとしてさ、その後どうするべきかって話もあるよね」

「その辺アーサー先生はどう思ってるにゃ?」

 知恵の回る遊び仲間の姿を思い出しながらクララが訊ねると、クロネお手上げといった感じに肩を竦める。

「楽観はしてないね。女神がボクらのこと『盾』扱いしたことが引っかかってるみたい」

「――なぜ『剣』ではなく『盾』なのかってことですか?」

「そうそう、アーサーもそこが気に入らないって。つまりはボクたちは決定力として期待されてない――」

「ようは捨て駒ってことかにゃ?」

 タリアとクロネ、二人の会話にクララの口元が不機嫌そうに歪む。

「うん。具体的目標も示されず、ただ『敵』のいる世界に放り出されて情報も支援も断片的。これがわざとなら明らかに捨て駒でしょ」

「うちらが反乱するとは考えてないのかにゃ」

「反乱て言っても誰に? その辺の人間や国相手に、無差別にケンカでも吹っかけるの?」

 クロネの意地の悪い突っ込みにクララがむぅと黙り込む。

「小悪党くらいならなれるかもしれないけどね。文明的な生活にどっぷり浸かってた元小市民なボクらはとしては、反社会的な暮らしをストレスフリーにこなせる自信がないってことで意見の一致を見たよ」

 さぶりと顔にお湯をかけ、クロネはふぅと一息つく。

「なもんでアーサーとしては所謂いわゆる冒険者稼業を軌道に乗せつつこの島を巡って情報を集めたいってことみたい」

 クララはなるほどと頷いったきり首を捻って考え込む。

「それは妙案ですね。具体的な目標がないのがつらいですが」

「うん。何にしたってとりあえずこの世界のことが分からないとね」

 タリアに振り向きつつクロネが眉をひそめる。

「とりあえずエルクーンに住む人にちょっと訊いた限り《アルテミエル》って神さまを知ってる人はいなかった」

「――この町にもアルテミエルを知る人はいないようです。地母神デルファの小さな神殿があるきりですし」

 頷くタリアにクロネがため息を吐く。

「世界神の名を知らない世界の住人たち、か」

「面倒くさい話にゃ」

「面倒くさがってばかりもいられないけどね」

 クロネはだるそうに目を瞑り、何かを思い出すように口を開く。

火竜セルティネカなんてホント天災級のバケモノだったよ。あれを見たらこの世界のデタラメなやばさも実感できると思う」

「《ダークライダー》も凄かったですよ。ジャックさんなんて普通なら死んでたらしいですし。〈雷陣剣らいじんけん〉もありえない超常現象でした」

 しみじみと語るクロネにタリアが頷く。

「それで今度は三ツ首狼(トライダルフ)狩りかぁ。リアル(、、、)経験値が相当増えそうな相手をチョイスしてきたねぇ?」

 苦笑を向けてくるクララにクロネがニヤリと笑い返す。

「リアルダンジョンは初体験なんで。頼りにしてますよ、経験者さんたち」


02/09:本文の表現の追加、修正を致しました。大筋に変化はありません。

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