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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第一章 冒険のはじまり
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12.ささやかな決意

 MMORPG《Decisive War World》に似たこの世界に来て一週間の時間が経過した。この一週間は秋晴れの日が続き、今日の空も透徹としていて青く高い。

 街道ばたにポツンと立った落葉樹の葉は紅く、晴れ渡る蒼穹と見事なコントラストをなしている。鞍上に揺られるタリアは葉脈に沿って朽ち始めた紅葉を何となしに眺め、にわかに覚えた既視感に眉をひそめた。

 やがて、ほんの一週間前の記憶に該当するイメージを思い出して独りごちる。


 ああ、これは紛うことなく現実だ――



 三日目の朝にこれからの身の振り方を検討した一行の内、ライトニングとバハムートの両名が別行動を取ることになった。

 ライトニングがタリアたちの無事を他の仲間にも知らせるためエルクーンへ戻ると切り出し、同室だった彼と事前に話しをつけていたバハムートがギルド仲間の消息を得るためそれに同行することを皆に告げた。

 カッコもバハムートについて行きたがったが彼はそれをやんわりと断った。前日夜にカッコがみせた情緒不安定さを鑑みて、最悪な情報が得られた際に彼女がもたないのではと危惧したためだ。

 典型的な核家族の次男として育ち、30歳になった今も独り暮らしで自分の家庭など持ったことのないバハムートは被保護者の扱いに慣れていないという冷静な自覚があった。安全な日本の日常で甥っ子姪っ子の面倒をみるのとはワケが違う。

 バハムートが理由を説明すると、自覚があったのかカッコもしぶしぶではあったがそれに従った。

 不測の事態が起こらない限り一週間を目処としてあちらに留まると言い残し、二人は転移魔法のスクロールを使用してエルクーンへと向かった。あとに残されたタリアたちは当面の拠点と見定めたサンミレーのリアル(、、、)な状況を調べて周ることとなった。

 サンミレーはライルネス公国が計画的に開発した林業の町だった。公国内において消費される木材の供給基地としてその一端を担っている。

 鉱山町アルタイゼンが健在だった時代に敷設された煉瓦造りの街道が再利用され、サンミレーは計画的街区を持つ近代的な町として築かれていた。

 伐採された木材は町の南西を流れるリネル川を利用する水上輸送にて搬送される。リネル川は蛇行しながら公国領を南北に縦断して南部に広がる湾へと注ぐ。そのリネル川河口の両岸には港町が拓かれ、水上輸送の終点であると共に海上輸送への中継基地としても機能していた。

「――港町ってどんなだったっけ? 憶えてる?」

「リネラブールの街ですね。適正レベル的に東廃鉱近辺で狩りに夢中になっているとスルーしちゃうかも」

「河口付近の大きな石造りの橋が実に見ものでね。夜になると燈る街灯が情緒溢れてて良い眺めだったな。まぁ悪徳はびこる街って感じで美味しいクエ(クエスト)はなかったがなかなか面白い(、、、)クエが揃ってたよ」

 話を訊いて周る中、ボルトの問いに優等生然としたサーラが答えるとジャックが思い出したように補足するといったやり取りもあった。

 サンミレーのその他の産業としては地産地消を主眼とした農業、湯治場とうじばから発達した温泉関連が上げられる。

 一行が泊まる旅館のサービス水準が高かったりするのも、サンミレー特有のこういった背景にその理由が窺えた。

 他には細々と狩猟を行う村落が点在しているという話もあったが、それが産業全体に占める割合はごく小さい数字と言えた。

 訪ねてみた冒険者ギルドで提示される仕事も山間部や街道での害獣駆除といった地味めなものが多い。そんな現状もあってこの世界でもサンミレーに滞在する冒険者の多くは、より実入りの良い廃鉱を稼ぎ場所としているという。

「それもそろそろシーズンオフだねぇ」

 ヒマそうなギルド職員はジャックが渡した酒瓶に気を良くしながら世間話(、、、)といった体でそれらの話を聞かせてくれた。

 こちらの世界は秋の初旬といった時節である。そろそろ晩秋も過ぎ冬へと向かっていたあちらの世界とは少々ズレている。そもそもゲームでは時間の流れがまったく異なっていたのでそれ自体は何ら問題はなかったのだが、しかし一行は頭を悩ませる。

「――冬はどこで越すかだな」

 町中で人々に訊ねたところ、山も近く比較的高地にあるサンミレーは晩秋には雪が降りだし、真冬にもなれば白銀の中に閉じこめられることになるという。

 ゲーム時代は見向きもしなかった事物にも、実際にその中で生きていかなければならないとなれば無関心ではいられない。

 ゲームにあっては冷気による直接的なダメージでもなければ寒さなど感じようもなかった。冷気による微量なダメージなどものともせず、吹雪の山中だろうが凍結した湖上だろうが際どい格好で駆け巡ってきたクララなどは、実際的な寒さを伴う冬景色を想像して身震いを禁じえない。

「季節変わるんだーとか気候も変わるんだーとか『明日はホワイトクリスマスね♪』とかバカみたいに喜んでた昔のわたし爆発しろ!」



 この世界に来て一週間目のこの日、タリアたちは冒険者ギルドにて街道沿い出現する害獣の駆除という仕事を請け負い、目的地までを道なりに進んでいた。駆除対象は灰色熊に猪といった野生動物になる。

 灰色熊が脅威であるのは勿論だが、この世界にあっては(ワイルドボア)もその危険度は高い。生体的にはかつての世界の同種と同じようなものだが、あちらの猪が警戒心に勝るのとは真逆で非常に好戦的な性格を持っている。

 当初一行は街道沿いにそれら猛獣が出るのかと驚いたが「日本でもたまに猪に襲われる人がいるし熊注意の道路標識だってあるよね」というボルトの話にそれもそうかと納得した。

 だが今回の件は街道の方にこそ問題の大半がある。過去に一度放棄されたこの街道は時の流れと共に森林に侵され、野生の動植物の生活圏と接するような箇所をいくつか生じさせていたのだ。

 およそ50年前のサンミレー開拓時に一応は整備し直されたという。しかし森林全部を掘り返す手間も掛けられなかったために、時おり街道上で害獣の被害に遭う旅人が出るといった状況が続いていた。

 サンミレー郊外から馬上に揺られること三時間余り。一行は街道にまたがる森林地帯へと踏み込んだ。周囲には独特な森の匂いが当たり前のように立ちこめており、鬱蒼とした木々に秋の日差しが遮られて日中でも薄暗い。

「うわ、獣の痕跡とか見分けられるよ。()ってホントに狩人なんだなぁ」

 ボルトは慣れた様子で馬から下りると、言われなければ気づけないような下生えや潅木の乱れを仲間たちに示してみせる。彼は「これもパッシヴスキルの〈狩猟追跡〉のおかげかな」と唸りつつ観察を続ける。

「この跡からして度々街道に出てきてる様子だね。灰色熊の毛も残ってる」

「ボルトん、スゴイにゃ」

 クララが素直な尊敬の眼差しで感嘆の声を上げる。

「よし。馬を繋いでここらで一仕事といこう」

 ジャックの声に他のメンバーも従う。《Decisive War World》ではレベル20に達したキャラクターの誰もが長距離移動の手段として〈騎乗〉スキルを自動的に与えられるため、騎馬の扱いにもたつく者は一人もいない。全員が道端の木に馬を繋ぎ終えるのを確認したジャックがボルトに声を掛ける。

「――どうする? 森の奥まで追跡できそうかな」

 そのジャックの問いには別の仲間から答えが返った。カッコが鋭く応じる。

「その必要はないみたい」

 カッコに遅れることしばらくして馬たちが一様に怯えはじめ、辺りに猛獣の雄叫びが木霊した。

「街道の東の森から、何かが凄い速度で近づいてきてる」

「西側の木に馬を繋いだのはラッキーだったな。借り物を傷つけるワケにもいかない。前で食い止めよう、全員戦闘準備」

 下生えを盛大に掻き分ける音や潅木の枝を折る音を引き連れて、ソレは確実に近づいてきている。

 タリアが次々と支援魔法を唱え、ジャックに対して〈障壁〉を掛けた次の瞬間、木陰を飛び出して大質量の生物が猛然と襲い掛かってきた。

「いきなりアタリ(、、、)だ!」

 体長二mに達する灰色熊が先頭のジャックを押し潰す勢いで飛び掛かる。しかし一撃必殺の意志を秘めていたであろうその攻撃も、タリアの〈障壁〉によりいとも容易く阻まれた。

 甲高く口笛を吹いたクララにタリアが憮然と応える。

「さすがにレベル2、30のモンスターにあっさり粉砕されたら泣きます」

 初めて見るリアル灰色熊の迫力に気圧けおされていたサーラも、じたばたと〈障壁〉目掛けてベアナックルを繰り出し続ける、ある種ユーモラスな熊の姿に平常心を取り戻す。

 サーラはジャックを守る〈障壁〉に邪魔されない位置まで移動しながら詠唱を済ませると、ポツリと魔法発動句トリガワードを呟く。


「――〈炎槍〉」


 わきからどてっ腹に大穴を空けられた灰色熊は、悲鳴も残さず絶命した。



 傲慢な話ではあるが今回タリアたちが害獣駆除の仕事を請け負ったのは『殺生をいとわない心構えを持つため』であった。『これは世のため人のため』と自らに言いきかせて『害獣駆除』の名のもとに殺戮を繰り返す。

 ボルトとサーラ、遠距離攻撃組の心理的ハードルは幾分か低かった。間接攻撃且つ対象の損壊が比較的クリーン(、、、、、、、)であったために随分と抵抗感が緩和されたと当の本人たちは分析する。

 一方、直接的に獲物の身体に損傷を与えなければならない近接攻撃組の方は難儀すること甚だしかった。何といっても得物を伝って感じる、対象を破壊する際の手応えが生々しい。肉を斬り骨を砕く感触に眉をしかめ、その返り血の匂いにむせ返る。

(ニャンコを抱く時のぐんにゃりした感触にもびびってたのにこれはキツイにゃ)

 正真正銘大の男でもあるジャックすら顔を青ざめさせる荒事に、クララとカッコは涙目になりながら『これは必要なこと』と自分に言い聞かせて耐え忍んだ。

 そんな近接職の悪戦苦闘の中にあって、新たに手にした長剣の具合を確かめるという目的意識があったタリアは黙々と剣を振るうことができた。

 最後に戦った《ダークライダー》が残したこの長剣はその当初、人間にとっては大剣サイズの大きさを誇っていたためにクララが預かっていた。しかし四日前のあの日、インベントリからクララが取り出してみるとこの青白い鋼で打たれた長剣は彼女に相応しいサイズへと姿を変えていた。

 検証の結果、インベントリにしまわれた装備はその持ち主に相応しいサイズに変更されるという実にファジィな効能が発見されるに至る。

 かくしてタリアは新たな武器を手に入れた。以前のものと比べ攻撃性能、魔法性能ともに優れたこの長剣は、この世の尋常な品よりも振れば軽くその一撃は重いという、まさに魔剣と呼ぶに相応しい逸品だった。

 藪を飛び出した一頭の猪が低い位置からタリアを襲う。立派な牙を持ったそのオスは危険な速度で突進してきたがタリアは機敏にこれをかわす。突撃を避けられた猪は凄まじい脚力で制動してのけると、俊敏に回頭をこなしてタリアを執拗に狙ってくる。

(なにこの戦闘マシーン)

《偽神》の優れた反射神経と運動能力でもって再び回避しつつ、タリアは逆手に持ち替えた長剣を振り向きざまに投擲した。回頭するために位置的静止状態だった猪の額に、蒼白い銀光を曳いた長剣が吸い込まれるかの如く突き刺さる。

 見事に飛行姿勢を保ちつつ、獲物をあやまたず捉えたバランス性能に惚れぼれしながらタリアは長剣を引き抜いた。

 ふと顔を上げると何とも言えない表情のジャックと目が合う。無意識のうちにか、彼が自分の額を撫でる仕草に悪いことしたなと反省しつつ、タリアはこっそりと首をすくめた。



 この一週間の日の傾き具合を観察して得た時間感覚が日の入りまで三時間あまりであることを告げる頃、一行は七頭の灰色熊に13頭もの猪を仕留めていた。街道が森を南に抜けた辺りまで捜索した結果、そうそう街道近くに獲物も発見できずそれなりに森の奥へも踏み込んだ成果である。

 及び腰なボルトをなだめすかし、倒した獣は有効活用するためにその都度処理する。ボルトの指導の下に、パーティーは全員でその作業をこなした。

「ゲーム時代は10分も掛からなかった戦闘にゃのに。疲れた――」

 傍らのクララが精根尽き果てたといったため息をきながら零す。

 この、生き物を殺めるという感覚にいつかは慣れるのだろうかという思いと、果たしてそれに慣れてしまって良いものかという思いがカッコの胸中でも交互して同じようなため息となり吐き出される。

 四日前のあの朝。自分たちは安穏とこの世界の市井に埋もれて暮らすという選択を放り投げた。あの女神が単なる移民欲しさにここまでのことをしでかしたとは仲間の誰もが考えず、それ故の決断である。

 降りかかる火の粉を跳ね除けるには相応の()が必要だろう。そのためにはこの世界で戦い続けることは必須条件で、その中で生き残るためにはこの感情とも何とか折り合いをつけなければなるまい。

「――『盾になれ』って何なのよもう。全然ヒントになってないし。この糞ゲー」

 カッコは慣れた動作で鞍に上ると南の方へ続く街道の先を何気なく眺める。赤い煉瓦造りの街道が草原の緑の中を貫いて延びる眺めは、旅行好きなカッコにとっては心打たれるものもある。

 この世界は綺麗だ。確かにそれは認めるところだが、命を賭けてまで見たかったかと問われればカッコは即座に「ノー」と答えただろう。ボンヤリそんなことを考えていると、ジャックから出発の声が掛かる。


(わたしは何が何でも生き延びてやる。みっともなく泣き喚いたって、最後には冒険者カッコとして生き抜いてみせる――)


 カッコはそのささやかな決意と共に一刻、街道の景色を睨みつける。やがて馬首をめぐらせると仲間たちの後に続き、彼女は二度と振り返ることなく帰路を辿った。


02/28:脱字を修正し、本文の表現の一部を変更致しました。大筋に変更はございません。

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