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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第一章 冒険のはじまり
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11.眠れない夜

「んー、それにしてもお風呂があるような土地柄で良かったね」

 同室のサーラと部屋へ戻る途中、身体を伸ばしながらカッコは声を掛ける。

「ほんとですね。他の土地もそうだと良いんですけど」

 答えるサーラの声も満足げだ。

 ホカホカに温まった身体で部屋に戻ると、カッコは備え付けの鏡に向き直る。気の利いたサーラが〈光明〉の魔法を使ってくれた。

「ありがと」と短く礼を言い、じっくりとこちらでの自分の顔を観察する。部屋の明かりを担うランプは頼りないが、魔法の明かりのおかげで光量に不足はない。

 浴場ではクララやタリアの肌に軽い嫉妬を覚えたが、自分のそれも十分と言って良い美しさだろう。

 あちらの世界の自分とは真逆な印象を持つ、少々キツめの美貌を撫でる。シミ一つない肌は、その感触も滑らかで、肩口まで伸ばした緑がかった銀髪もパサついた感じがしない。

 ヒクヒクと動く鼻先を寄り目で見ながら感心する。

「うーん、毛穴汚れも全然ないしエルフってすごいなー。全身ピカピカだったし」

 カッコは鏡に映った自分を睨みながら唸る。

「わたしたちの身体、新品みたいなものですし」

「新品?」

「ハイ、新品です。元の世界のわたしたちを「材料」にして作られたわけですから。こっちの世界のわたしたちはまさに生まれたて、新品て感じかなと」

 淡々と語るサーラに「なるほどねぇ」と相槌を打ってベッドに寝転ぶ。

 言われてみれば思い出す。あの呑気だった世界が知覚の彼方へ去り、この世界が傲然と姿を現す刹那の合間。カッコは自分の古いうつわほどかれ、新しい器が作り出されるさまを確かに知覚した。

「――そうだったね」

 大浴場でタリアを肴に散々騒いだ心地良い疲れが急速に引いていく。


 思い出した。今という時間は、楽しい友人たちとの気楽な旅の一コマではない。 


 見上げる天井の、魔法の光に照らし出された飾り模様がにわかに滲む。

 モンスターとの殺すか殺されるかといった極限状態を何とか生き延びた。しかし半ば勢い任せに苦難を乗り越えてみれば、後に残ったのは当たり前のように臆病な自分だけだ。

「――コレがさ、神さまの粋な計らいで、死んじゃったみんなはゲームオーバーなだけであっちの世界に強制送還。冒険を続けるわたしたちを悔しがりながら日常生活に逆戻り、って話だったら最高だったよね」

 ギルドの仲間だったクドーをはじめ、こちらの世界に一緒に飛ばされた時の仲間たちの姿が浮かぶ。

 よくよく思い出してみると、彼らのリアルでの姿なんてほとんど憶えていない。憶えていられるはずもない。思い出されるその姿は、恐怖に歪む凶相か惨たらしい死に様だけだ。

 本来のカッコ――鈴木里佳子(りかこ)はどちらかと言うと泣き虫だ。今も堰を切った様に溢れてくる陰惨で悲しい記憶に怯え、どうしようもなく泣けてくる。

「こんなのってないよ」

 自分の声がひどく湿っているのが惨めで、余計泣けてくる。

「こんなのってない」

 顔を覆う。湯上りで温かいはずの手のひらが、ひどく冷たく感じるほどに目蓋が熱くなっている。

 後回しにしていた諸々の負の思いが、弛緩した心から溢れ返ってくる。

 もっと泣けとばかりに、罪悪感が、喪失感が、絶望感が、悔恨が、恐怖が、怒りが、悲しみが、ぐるぐるとカッコの脳裏で渦巻く。懸命に目を逸らしてきたモノたちが、忘れるなと哄笑を上げながら己を顕示している。


 ――でもわたしは生き延びた。


 自己憐憫に身を任せる心象風景イメージの裏で、泣きじゃくる里佳子(自分)を歴戦の女密偵(スカウト)カッコが醒めた目で見つめている。それは力強いイメージだったが、今の里佳子を救えるほどの安らぎはもたらさなかった。


 

 嗚咽を漏らすカッコを疎ましく思いながら、サーラも床に就くことにした。「明かり消しますね」と一応声を掛けるが返事を待たず、部屋に備え付けのランプを消し〈光明〉の魔法をキャンセルする。

 カッコの泣き声に、自分がそう(、、)だった時のことを思い出し耳を塞ぎたくなる。つくづく自分は幸運だったとサーラは思い知らされる。

 泣けば慰めてくれる優しい手があった。仲間の誰も欠けることなく、自分の不運にのみ感情をぶつけられる。

 ベッドに沈みながら暗闇に目を凝らす。そうすると様々な思考が頭の中を巡り始める。

 かつての安穏とした世界は遠い。家族と再会することは途方もなく難しく、元の自分を取り戻すのは不可能に近いという事実はサーラの頭の中にしっかりと刻み込まれている。

 その理不尽さに怒りと悲しみは尽きないが、この世界で生きていかなければならないという現実が厳然と目の前に横たわっている。

 でも行動の指針は仲間たちが決めてくれる。わたしはそれに従えばいい―― 自然とそう考えて安堵している自分に、サーラは情けなく思いながらぎゅっと目を瞑った。

(だって仕方ないじゃない。わたしはほんとに子供なんだから)

 ゲームをしている時は仲間たちとも対等だと思っていた。仲間たちのリアルの年齢が自分より上だというのは何となく察せられていたが、それは隔意になるような認識ではなかった。ネットゲームでなら色んな年代の人と遊べるんだなと漠然と感じていただけだ。

 時折雑談のネタなどで多少の齟齬を感じないではなかったが、サーラの仲間たちはそれを上手く薄めてくれる優しい人たちばかりだった。

 しかし生身を得て『現実』に放り出されてみれば、その認識が間違いだったと思い知らされた。

 ゲームの中でなら腕利きの中堅魔術士として頼りにされた自分も、その場面から少しでも離れればあたりまえに被保護者となるしかない。

《Decisive War World》は自分の他にも中高生プレイヤーは多かったはずだ。彼らは今どういう心境にいるのだろうか。

 訳もわからず死んでいった子たちも中にはいるだろし、数多あまたのフィクションで見た登場人物たちのように逞しく現実に立ち向かっている子たちもいるだろう。

 そんな自分の想像の中の、見も知らぬプレイヤーたちに対して抱くこの感情は優越感だろうか。そんな子たちと比べれば、自分は随分とマシであると。

 寝返りを打つ。カッコはまだ泣いているようだ。さすがにこのままだと自分もネガティブな気持ちに引っ張られそうで鬱陶しい。

 この部屋割りは元男性だったタリアとそれを気にしそうにないクララ、二人の気遣いだったと分かるがこうなると恨めしい。あの二人のどちらかとならこんな思いに煩わされることもなかったはずだ。

 タリアのことを思い出す。あの時はすっかり騙されていたという驚きやほんのちょっとの恨み、羞恥心から拗ねてみせたが、彼女の元の世界の性別が男性だったことなど、サーラにとっては許せないほどの話ではなかった。

 ゲーム時代のタリアは『性』を感じさせるハラスメントは勿論、冗談でもそういったことを匂わせない、どちらかというと潔癖なサーラにとって接しやすい遊び相手だった。

 リアルの友達とはなかなか合わない趣味の傾向も一致していて、ゲームキャラの外見と違い自分より年上の雰囲気を持っていたタリアの話を参考にするようにもなっていた。

(――十歳違いなら、妹さんは大学一、二年生くらいか)

 自分がタリアに抱いていたイメージと一致する。高校二年生の自分より二つ三つ先輩のしっかりした女性。それがタリアに対する漠然とした人物像だった。

(――そうだ、〈健やかなる心(サニティ)〉の魔法で)

 タリアを思い出したことによりカッコを落ち着かせる方法に思い当たる。

「ちょっと出てきますね」

 カッコに声を掛け、昔使っていた汚れていないローブをインベントリから引き出す。ベッドから降りるとそれを羽織り、サーラは部屋の外に出る。

 タリアとクララの部屋の前には先客が居た。ライトニングとボルトはこちらに気づくとちょっとばかり目を瞠った。

「? こんばんは。お二人ともどうされたんですか?」

「あ、ああ。ちょいと寝付けねぇモンだからよ。タリアたんに酒を強請ねだりに来たって寸法だ」

 ライトニングはバツが悪そうに頬を掻く。

「こっちも同じ。流石に色々考えちゃってさ。ジャックさんは凄いよ。アッサリ眠っちゃって」

 ボルトは眼差しを和ませると顎に手をやって芝居じみた仕草で唸った。

「それにしても髪を下ろしたサーラちゃんも新鮮で可愛いね」

 つくづくといった調子で「いや、ホント可愛いな」と繰り返され、隣のライトニングもしきりに頷く。気の利いた返し方もできず思わず俯いてしまう。こういう場面でアッサリとかわせないリアルな自分がもどかしい。

 その時絶妙なタイミングで部屋の扉が開き、訝しそうな表情のクララが顔を出した。

「おや。話し声がすると思ったらどうしたにゃ?」

「おう、寝てなくて助かったぜ。タリアたんに頼みがあるんだ。ズバリ寝酒が欲しい」

 ライトニングがキリリと表情を引き締める。ボルトが「こっちも」と告げるのを確認して、クララがサーラの方へ小首を傾げる。「そっちの用はなに?」といった仕草にカッコの状況を伝える。

「あー、カッコちゃんやっぱダメだったか」

「え?」

 クララの言葉に思わず問い返すが、彼女は「ちょっと待つにゃ」と言い残し部屋へ戻る。ほどなく今度はタリアが出てきた。

「さっきぶりです」

 お風呂場で散々弄られた名残をおくびにも出さず、隙のない佇まいで出てきた彼女の姿に安心感を覚える。

「ライトニングさんとボルトさんはちょっと待って下さい。先にカッコさんの方をみましょう」

 おうと答えた男性陣二人の心配そうな顔に見送られ、サーラはタリアを連れて自分の部屋へと引き返す。

「サーラさん、すみません。カッコさんもサーラさんが一緒なら見栄でもちょっとは頑張れるかなと思ったんですが」

 小声で言われ、足を止めてしまう。クララも同じようなことを言っていたはずだ。タリアはサーラが立ち止まったのに振り返るとホロ苦い笑みを浮かべた。

「カッコさんがギリギリだったのは分かってたんです。なにか無理にはしゃいでるみたいで」

 タリアは「お風呂場でのカッコさん、ちょっとキャラ違ってませんでした?」と小首を傾げて見せる。

「でもわたしたち相手じゃ素直に弱音も吐いてくれそうになかったし」

 まじまじとタリアを見詰める。いつもと違うこざっぱりした装束は慌てて来たような隙が見当たらず、洗いたての髪にも寝乱れた様子は窺えない。

(このひとはもしもの時のために待っててくれたんだ――)

 サーラは目の前の、小さな少女の姿をした保護者に思わず訊ねていた。食堂に揃う前、クララに担がれてぐったりした様子だった彼女の姿を思い出す。

「どうしてこんなに面倒見てくれるんですか」

 自分の声が硬いのがわかる。タリアだって休みたいはずだ。それなのにすっかり彼女に頼りきっている自分が恥ずかしくて、苦し紛れに吐いた言葉はそんな言いがかりめいた問いかけだった。

 タリアが困った様に眉を寄せる。

「自分でもよくわからないんですけど。できることはしたいかなって」

「できること?」と繰り返す自分にタリアが頷く。

「わたしがしてることなんて面倒臭がらなければ大したことじゃないんですよ」

 反論しようとするサーラにタリアが畳み掛ける。

「それにこれは()の自己満足でもあるから。『タリア』っていうのはそういう女の子(、、、、、、、)なんだよ」

 タリアはサーラの頭を軽く撫でると再び歩き出した。その背を見ながら、サーラはとても大きな手のひらに撫でられたような錯覚に戸惑う。彼女の姿が扉の奥に消えるまで、サーラはボンヤリと立ち尽くした。



「カッコさんの具合、どうだった?」

 一瞬、部屋から出てきた人物が自分だったことに驚いたボルトが心配そうに口を開いた。

「とりあえずタリアさんの〈サニティ〉で落ち着きました。漏れ聞いた感じだと、ここに来て気が緩んだせいで色々思い出したみたいですね」

 サーラはそう答えるとアルコールの入った瓶を取り出してみせる。

「一通り預かってきました。お水ならわたしも作れますし」

「悪ぃね。それじゃ俺とバハムートの部屋で呑むか」

 ライトニングの提案にボルトが頷く。

 歩き出した二人の後を追う。途中クララの部屋をノックして後でお邪魔することを告げる。「おっさんたちにセクハラされる前に戻っといで」と笑うクララに承知しましたと真面目に答えると「俺たちは紳士だ」と抗議の声が上がる。

 悲しそうに顔を歪めているライトニングに、サーラは笑ってみせた。

「もちろん冗談ですから」



   

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