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決戦世界のタリア  作者: 中村十一
第一章 冒険のはじまり
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10.湯煙事情

 浴場は思ったより明るく清潔そうだった。大浴場などと命名されているだけあって広さも申し分ない。

お高い料金をふんだくるだけあるとタリアは満足する。

 覚悟を決めてしまえば入浴は快適と言えた。湯を汲んで身体を流す。そうするとぬぐいきれていなかった流血の名残りが溶け出し、漂う血腥ちなまぐささに思わず顔をしかめる。それを洗い流そうと次々にお湯を被った。

 石鹸が用意されていたのは有難かった。流石に香料まで含んではいなかったがそれなりに泡立つ。その泡を肌に馴染ませるようにして全身に手を這わせるのだが、その触り心地がいちいちタリアを後ろめたい気分にさせる。

(こんな細っこいのにぷにっぷにだなぁ)

 タリアは筋肉などとは無縁に見える自分の細腕を洗いながらそんな感慨に耽った。この丸っきり子供のような腕が武装した怪物を殴り飛ばす力を秘めているのだがら、《偽神》というのはまさしく通常の生物とはかけ離れたシロモノなのだろう。

 そんなことを考えながら全身を隈なく洗う。少々ガタが来はじめたあちらの世界の身体と違い、こちらの身体は高性能だった。しなやかな腕は柔らかさも兼ね備え、背後に回した手のひらは楽々と背中へ届く。

 一通り洗い終わると泡をすすぎ落とす。泡の下から現れた、ほんのり色づく白い肌はやはり格段にきめ細かい。自分がよく知る野郎のそれと比べれば、天と地ほどの差が窺える。

 視線を落とすと視界に飛び込んでくる、柔らかな曲線で構成されるお腹や太ももが我ながら眩しい。とうとう直視する羽目になったそれに頬が熱くなるのを感じる。

 二つの胸は控えめにふくらんでいた。手のひらにすっかり収まるサイズのそれはしかし、カタチとしては悪くないように思える。ふくらみの先は慎ましやかで、うっすらと色づいていた。

 邪念をお湯ですすごうと木桶に伸びかけた指先が目に留まる。手のひらの先、可愛らしい爪は健康的な艶を持ちほんのり桜色をしていた。30年近く酷使された藤崎英臣の無骨な指先とではまるで違うそれに、タリアは改めて衝撃を受ける。


『わたし、ヒデの指って好きだよ――』


『不格好だけど、とても器用で優しい指。まるでヒデ本人みたいね』

 過日。そう言って笑った恋人の言葉は、藤崎にささやかだが確固たる自負をもたらしてくれた。自分の指に絡んだ彼女の指の感触と共に、その時のことは今でもありありと思い出せる。

 お互いが不器用だった為にその恋は終わりを遂げた。それでも彼女の微笑みと言葉は、今もタリアの中で一つの軸となっている。少々の寂しさを覚えながら、タリアは小さな手のひらを握りしめる。

「タリアさん。身体、洗い終わりました?」

 不意に掛けられた声に振り返る。いつの間にか、傍にサーラが寄って来ていた。

「どうせだから髪の洗いっこしませんか。こう長いと自分で洗うのも面倒だし」

 少々困った表情を見せるサーラは、目元にほんのりとアルコールの余韻を残しているが他意は窺えない。これがクララ辺りなら悪戯を警戒するところだが、と悩む。

「あっちの世界じゃこんなに長く伸ばしたことなくって」

 長い赤毛を指で梳かせる彼女の、少々困ったような言葉が今の自分にも当てはまると思い至ったタリアは、その提案を受け入れることにした。

「えっと、サーラさんが気にならないなら」

 おそるそおそる告げるとサーラ笑顔で頷く。

「ではでは、先ずは言い出しっぺなわたしから」

 サーラは石鹸を泡立てながらタリアの後ろに回ると髪を洗い始める。タリアは神妙に構え、思わず背筋を伸ばした。

 最初はおそるおそるといった感じのサーラの指使いも次第にこなれていく。彼女の細くて柔らかい指先が頭皮をマッサージするように這い回るのが気持ちいい。

 その心地よさにタリアは思わず目を細めながら、そう言えばあっちの世界ではそろそろ散髪しなきゃならない時期だったなと思い出す。

「痒いところはございませんか?」

 ちょっと芝居がかった調子で訊ねられ、タリアは「大丈夫です、気持ちいいです」と本心から答える。

「ふふ、ちょっと楽しいです」

 サーラの微妙に舌ったらずな、笑みを含んだ甘い声がうなじの近くに感じられてくすぐったい。それを意識したとたん、時折背中に当たる微かな感触や自分のお尻の両脇に触れる彼女の太ももに気づいた。

 真面目に自分の髪を洗ってくれているサーラはその楽しげな雰囲気からしてどうやらその事実に気づいていない。

 クララの『アウトーっ!』と叫ぶ声が脳裏に蘇り、タリアは念仏を唱えるように『今はアウトじゃない、今はアウトじゃない』と繰り返し自分に言い聞かせる。

 サーラの指先がタリアの伸ばした髪の方へと移っていく。丁寧な揉み洗いに彼女の生真面目さが垣間見える。その随分と時間が掛かる作業を終えると、頭頂部からお湯ですすがれた。

「ありがとうございました。それじゃ次はサーラさんの番ですね」

「はい、お願いします」

 タリアは声を掛けてからサーラの髪をお湯で流した。石鹸を泡立てて指先で頭皮に馴染ませるようにして這わせる。

「痒いところがあったら言って下さいね?」

 サーラのかたちの良い頭を洗いながら声を掛ける。「はーい」とくすぐったそうに答える彼女の声に、タリアの口元も綻ぶ。確かにこれは、ちょっと楽しいかもしれない。

 サーラの赤毛は細く柔らかくて触り心地も良い。その綺麗な髪が艶やかに光を照り返すさまをでながら無心に洗う。

 しばらくその作業を続けているうちに、ふと昔のことを思い出して思わず含み笑いが漏れた。サーラが怪訝そうな声を上げる。

「どうしました?」

「いえ、うちのはこんなに大人しく洗わせてくれなかったなって思い出しちゃって」

 サーラが黙ったのに慌てて付け加える。

「といってもうんと小さい時の話ですよ?」

 しばらくしてサーラが口を開く。

「妹さんとは仲が良かったんですか?」

 その言葉にけんが感じられなかったことに安心して答える。

とお、離れていましたからね。それだけ離れてるとケンカもしませんでしたし可愛いばっかりでした」

 サーラは黙り込んでいたが、それは気まずい沈黙ではなかったので話を続ける。

「両親はわたしが大学を出るまで共働きでしたし、妹がちっちゃい頃はわたしが面倒をみることも多かったんです」

「――シスコンだったりしたんですか?」

 サーラの直球な質問にちょっと笑ってしまう。

「マンガやラノベなんかのシスコン兄貴みたいに、なんてことはなかったと思うけどちょっと甘やかしすぎたかな」

 無意識のうちにサーラの髪に鼻を近づけて、悪い匂いがしないかと確かめていた。思いがけず近づきすぎたと慌てて離れ、サーラの伸びた髪を彼女の真似をしてできるだけ丁寧に洗う。無言のままにその作業が終わる頃、サーラが呟いた。

「優しいお兄さんだったんですね」

「甘い兄貴だったのは確かです」

 サーラの髪をすすぎながら答える。彼女は大きく息をつくと振り返る。

「ありがとうございました」

 礼を言うサーラにどういたしましてと答えると「ところで」と彼女が話題を変えた。

「わたしの背中とかお尻にタリアさんの、身体とか、が触れてたんですけど」

 しまった、自分もうっかり失念してしまっていたかとタリアはつい表情に出してしまう。

「――その顔だと、わたしが洗ってた時もそう(、、)だったみたいですね」

 じとっとした目つきでサーラが拗ねたように呟いた。

「黙ってるなんて、えっちなんですね」



「しっかしホント、バカみたいに盛ったもんだねぇ」

 湯に浮かんだクララの大きな胸にカッコが呆れたような視線を向ける。

「うん、拙者も我ながらここまでとは」

 そう言いつつもクララは自分の豊か過ぎる胸をさかんにもみ倒していた。

「ちょっと、人前でヤメテよ。そういうのは一人でやんな」

 たまらんたまらんと自分の胸をもみ続けるクララをカッコがイヤそうに睨みつける。クララはケロっとした顔を上げた。

「確かに手触りは良いんだけど、自分のだって現実味がにゃくてそーゆー気分は盛り上がってにゃいよ?」

「知るか!」

 カッコが跳ねてよこした湯を顔に浴びてクララが楽しそうに悲鳴を上げた。

「それにしてもあんたの肌キレイよね」

 カッコがクララの頬を突きながらポツリと呟く。

「ぬふふ。獣人の女の子はモフモフを脱ぐとスゴひんれふお(いんですよ)

 顎の下まで湯に浸かり、蕩けるような表情で得意げになるクララの頬をカッコが引っ張る。実によく伸びる。

「それにしたってエルフのわたしやサーラちゃんよりキレイな肌ってありえなくない? この世界のエルフって肌がきめ細かいとかそういう設定ないの?」

 悔しそうに眉をしかめるカッコにサーラが真面目そうに答えた。

「そういう話はないですね。全体的に美しい種族ってありがちな解説は見たことありますが」

 チッと舌打ちしたカッコにサーラは澄まし顔で告げ口する。

「そういえばタリアさんの肌もスッゴイ綺麗なんですよ。この世界だとエルフって負け組っぽいです」

 カッコは湯船の対面でこちらに小さな背を向けている存在に目をやった。次の標的を見定めてニヤリと口角を上げる。

「なるほど。ところでタリアちゃん(、、、)はな~んでそんな隅っこで縮こまってるのかな?」

 タリアのか細い肩がびくりと震えた。入浴の心地よさに緩んでいたクララの表情も、ピュキィーンとでも擬音がしそうな勢いで狩人のそれに取って代わる。

「あの、元紳士としましては、みなさんの裸を目にするのが、タイヘン申し訳ないというか畏れ多いというか」

 先ほどのサーラ相手の失態を思い出しもごもごと答えるタリアをよそに、クララはざばりと音を立てて湯船から離水、怪盗某よろしく綺麗な曲線を描いて獲物の近くに着水した。

 そのまま背後からタリアのちんまりとした身体を抱きすくめる。

「元アラサー男がカマトトぶるにゃー!」

 突然背中に押し付けられた弾力に、気持ち良さ半分驚き半分で混乱するタリアの耳へ「魔法使いさん候補だったかもしれませんし」というサーラの呟きが届いた。

 やはりさっきのことは根に持っていたらしい。それにしても――

(サーラちゃん、君でもそんなスラング知ってるんだ。お兄さんちょっと悲しいな)



 男湯にも「リアたんマジやわらけー、うひょー!」というクララの歓喜の叫びが木霊していた。

「向こうは楽しそうだな」

 湯に浸かりながら寂しそうにライトニングが呟く。

「こういうのはお約束と言うものだ」

 並んで湯に浸かるジャックがリラックスした表情で厳かに答えた。

 先ほどから妙に静かなバハムートは真剣な面差しで微動だにしない。おそらく自身の鋭敏な知覚力に意識をフル動員させているのだろう。

 女湯でのガールズトークはボルトの優れた知覚にもまた届いており、彼の身体に重大シリアスな異変をもたらしていた。

「ふぇぇぇん、ジャックさん、わたしの股間が~」

 気弱げに表情を崩したイケメンが身も世もないといった風情で迫ってくるのは、あっちの気のないジャックにとって迷惑この上ない話だった。

「ボルト。泣きそうなツラで迫ってくるな」

 ジャックはこちらに縋りついてきそうなノリのボルトを、伸ばした手で煩わしげに押しやる。

初心うぶなネンネじゃあるまいし」

 何処かで聞いたようなジャックの台詞に、ボルトが黄色い声で抗議する。

「そういうコトに慣れてたら二十歳はたち半ばの女が夜に一人酒でネトゲなんてしてませんよぉ」

 迫り来るボルトを懸命に阻みながら、ジャックはしらんがなと胸の内で零した。


01/11:本文の表現、意味が真逆だった語句を修正しました。大筋に変更はありません。

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