第五話 交代条件
榊は気づくと地上にいた。
地下通路。
昼。
人が歩いている。
いつもの音。
いつもの西新宿だった。
手を見る。
空。
ファイルも紙も持っていない。
ポケット。
封筒だけ入っていた。
白い封筒。
まだここにいます。
書かれた紙。
それだけ。
榊は振り返った。
さっき通ったはずの通路。
ない。
壁。
自動販売機。
終わり。
旧設備区画も記録室も存在しない。
帰宅した。
眠れなかった。
横になる。
目を閉じる。
起きる。
時計。
十五分。
また寝る。
十分。
結局、夕方まで起きていた。
祖父のノートを出す。
黒い表紙。
昭和四十二年。
最後に見た時は二ページしか書かれていなかった。
開く。
増えていた。
ページが埋まっている。
一日ごとの記録。
日付。
巡回。
確認。
異常なし。
ずっと続く。
同じ筆跡。
祖父。
読む。
昭和四十二年七月。
異常なし。
八月。
異常なし。
九月。
異常なし。
十一月。
止まる。
記述。
短い。
初回確認。地下接続。
次。
引継確認。
次。
説明なし。
次。
二十七階を維持。
次。
次を待つ。
榊はページをめくった。
数年飛ぶ。
昭和五十一年。
一行。
父が死んだ。
次。
業務継続。
さらに飛ぶ。
昭和六十三年。
息子が生まれた。
次。
まだ知らせない。
榊は止まった。
自分の誕生日だった。
ページをめくる。
平成。
令和。
ずっと続く。
祖父は死ぬまで書いていた。
最後。
日付。
祖父が亡くなる一週間前。
文章。
長かった。
他と違う。
榊は読む。
⸻
引継は突然起きる。
場所ではない。
建物でもない。
記録の空白に近い人間が呼ばれる。
勤務していると思う。
働いていると思う。
違う。
見ている。
残している。
街は忘れない。
忘れたものを置く場所が必要になる。
そこが二十七階。
署名しなければ終わる。
署名すると始まる。
まだ来るな。
⸻
榊はノートを閉じた。
沈黙。
夕方。
部屋が暗くなる。
その時。
違和感。
玄関。
何かある。
出る。
ドアの前。
封筒。
白い。
持ち上げる。
宛先。
榊悠人。
差出人。
なし。
開く。
中。
一枚。
紙。
印刷。
勤務通知
勤務開始:
本日二十三時
配属:
西新宿二十七階
持参物:
なし
交代対象:
榊 修一
状態:
未完了
榊は読んだ。
もう一枚。
裏。
手書き。
祖父の字だった。
短い。
たった一行。
来るなら、記録室へ先に来い。
その瞬間、スマートフォンが鳴った。
知らない番号。
出る。
男の声。
落ち着いている。
若い。
「夜勤の交代、今日ですよね」
榊は黙る。
男は続ける。
「安心してください」
少し笑った。
「自分も最初はそうでした」
通話終了。
番号。
非通知。
榊はしばらく立っていた。
窓の外。
西新宿。
高層ビルの灯りが一つずつ点き始めていた。
ふと思った。
祖父は終われなかった。
じゃあ。
今まで、誰が交代してきた。




