9.「ロックドラゴン」
「〝キル――〟」
レッモを喰ったロックドラゴンを倒そうとしたが。
「ペッ!」
「!?」
突如ロックドラゴンがレッモを地上に吐き出して地中に潜り、僕は予想外の行動に驚いて〝キルアイズ〟の発動を止めてしまった。
「レッモ!」
勢い良く飛ばされてきたレッモをルファリーがキャッチする。
「レッモ! レッモ!」
ルファリーが必死に呼び掛けると。
「……大丈夫だ……ちょっとばかしドラゴンの粘液でドロドロだけどな……」
レッモがゆっくりと目を開けた。
「もう! バカ! 頼んでもいないのに勝手に私を庇って食べられて! 死んじゃったかと思いましたわ! もう誤解させるようなことはしないって言ったのに! 離婚ですわ!」
「何度もごめんな」
「許しませんわ! うわああああああん!」
抱き着いて号泣するルファリーの背中を、レッモは穏やかな表情で擦っていた。
「ロックドラゴンだけど、村の東に移動して、そこで止まってるわ!」
ロックドラゴンの固有スキルなのだろうか、穴が完全に塞がり、硬く元通りになった地面に手を触れて、感知魔法で魔力を辿って居場所を突き止めてくれたカカナの言葉に、僕とリンジーさん、スプリちゃんは頷いた。
※―※―※
村の東にある荒野へと向かった後。
「出てこい! そこにいるのは分かってるぞ!」
「………………」
地中に向けて叫ぶけど、何の反応も無い。
仕方がない。
こうなったら、やるしかないよね。
「〝キルアイズ〟!」
眼前の地面の土を〝キルアイズ〟で消滅させて、巨大な穴を作る。
「〝キルアイズ〟! 〝キルアイズ〟! 〝キルアイズ〟!」
更にもう三回ほど固有スキルを発動して、穴を深くしていくと。
「ガアアアアアア!」
ロックドラゴンが出現、穴の中から勢いよく外に飛び出してきた。
「〝キル――〟」
目が合ったので、息の根を止めようとすると。
「待って欲しいドラあああああああ!」
「!?」
ロックドラゴンが土下座した。
「モ、モンスターが喋った……!?」
え!?
どういうこと!?
モンスターって、喋れないんじゃないの?
「私もそんなモンスターがいるだなんて、聞いたことないわ」
「ハッ! だが、あたいらが今目にしてる光景が全てさ」
「問題ないの! 喋ろうが何だろうが、倒しちゃえば良いの!」
右腕をグルングルンと振り回しやる気満々のスプリちゃんを、「待って!」と、僕は制止する。
「……どうするかを決めるのは、話を聞いた後にしよう」
「え~!?」
正直、殺すのが躊躇われる……
ただ人語を喋るというだけで、こんなにもやりにくくなるもんなんだね……
「王子さまにそう言われたらしょうがないの! 分かったの!」と、ちょっぴり不服そうだったけど、スプリちゃんは一旦殺気を引っ込めてくれた。
「おお! 御慈悲に感謝するドラ!」
「いや、まだ見逃すと決まった訳じゃないよ? この後殺すかも」
「そうなんドラ!? 死にたくないドラ! さっきは、名前を呼ばれたから慌てて登場して、そしたら丁度人がいて口の中に含んじゃっただけドラ! 食べるつもりなんて毛頭なかったドラ! だから、どうか、どうか御慈悲をドラあああああああ ……ううっ……」
涙を浮かべるロックドラゴン。
あ、ドラゴンも泣くんだね。
「えっと、僕はイヴィラって言うんだけど」
「知ってるドラ! 有名人ドラ!」
あ、そうなんだ。
う~ん、みんなから愛されるのは嬉しいけど、モンスターたちからもっていうのは、どうなんだろう? 喜んで良いのかな?
「君は――ロックドラゴンは……って、長くて呼びにくいね。じゃあ、ロクドラって呼ばせてもらうね」
「ロクドラ! 素敵な響きドラ!」
両前足の指を交差させて嬉しそうに口元を緩めるロクドラ
なんか調子が狂うな……
「聞きたいんだけど、ロクドラは何でルファリーに石化魔法の能力を貸してあげたの?」
「そんなの決まってるドラ!」と、胸を張ったロクドラが言葉を継いだ。
「おいらは、戦うのが嫌いだからドラ!」
「!?」
驚愕にあんぐりと口を開けてしまう。
モンスターが……戦うのが嫌い!?
※―※―※
ロクドラによると、戦闘行為が嫌いな彼だったが、モンスターであるため、そんなことは魔王の前では口が裂けても言えなかった。
何故なら、魔王は常に双眸から殺気が滲み出ていて、「人類に対して今すぐ全面戦争を仕掛けてやる」が口癖だったからだ。
歯向かえば即座に殺される。
生き延びるために、ロクドラは地中を移動しながら、ああでもないこうでもないと必死に考えた。
丁度この荒野の地面の下を通り掛かった時に、地上で殺人の計画を練っている最中のルファリーの声を聞いた。
「あ! そうドラ!」
そうして思い付いたのが、今回の行動だった。
「名付けて、〝おいらの代わりに人間同士で戦ってもらおう作戦〟ドラ!」
「!?」
ルファリーは人を殺したい。
ロクドラは人を殺したくない。
そんなロクドラがもしルファリーに石化魔法の能力を貸し与えれば、彼女が代理として人間を殺してくれる。
上手くいけば、複数人を。
更に、そこから人間同士の小競り合いが始まり、戦争に発展する可能性すらある。
ルファリーは恨みがある相手を殺せるし、ロクドラは〝魔王さまに忠誠を誓っています、ちゃんと戦争が大好きです〟というアピールになって、粛清される恐れが無くなる。
彼らの利害は一致していた。
※―※―※
「ということドラ! だから、おいらはただ力を貸しただけドラ! おいら自身は本当は戦闘も戦争も嫌いドラ! あんたらと戦う気なんてないドラ! どうか見逃して欲しいドラ!」
土下座して地面に頭を擦り付けるロクドラ。
擦り過ぎて頭部が地面の下にまで埋まっている。
もはや頭だけ地中に潜っていると言っても過言ではない。
「僕としては、見逃してあげたいと思うんだけど、どうかな?」
恐る恐る振り返り、仲間たちの顔を見る。
特に〝全ての悪を倒すこと〟を行動原理にしているカカナの反応が怖い。
「……良いわよ、別に」
だが、意外にもカカナは了承してくれた。
「え!? 本当に?」
「確かに相手はどこからどう見ても紛うことなきモンスターだけど、中身が全然悪っぽくないのよね。情けないというか何というか……」
リンジーさんとスプリちゃんも同意してくれた。
「ハッ! 情けなさ過ぎて殺す気さえ失せるってことさね。その気持ちは分かるよ」
「スプリは全然気にせずに倒して良いと思うんだけど……でも、イヴィ君のために我慢してあげるの! 王子さまのために引くべき場面はちゃんと引いてあげるだなんて、今のスプリ、すごくお姫さまなの!」
「みんな、ありがとう!」
「ということで、見逃してあげるよ」と僕が告げると。
「感謝するドラ! このご恩は一生忘れないドラあああああああ!」
ロクドラは何度も土下座し、頭を地面にぶつけて、そのまま穴を開ける。
「ありがとうドラあああああああ! ドラあああああああ! ドラあああああああああああああああ……」
そのまま彼は、地中へと逃げ去った。
「それにしても」と、僕は一つ気になっていたことをポツリと口にしてみる。
「『人類に対して今すぐ全面戦争を仕掛けてやる』が魔王さんの口癖なんだよね? でも、本で読んだんだけどさ、この百年間、魔王国と人間国の勢力争いはずっと続いているものの、基本的にあっても小競り合い程度で、しかも全部人間側から仕掛けたものばかりで、全面戦争なんて一回も起こってないよね?」
「「「!」」」
カカナたちが目を見開く。
「もしかして、本当は、魔王さん自身もロクドラと同じように、〝戦争なんてしたくない〟って思ってるんじゃないかな?」
「「「………………」」」
僕の言葉に、三人の少女は考え込んでしまう。
「もし本当にそうだったら、どうするの?」
カカナの問いに、僕は胸を張って答えた。
「魔王さんを助けたい!」
「「「!」」」
再度目を丸くしたカカナたちだったが。
「ぷっ!」
「「あはははは!」」
数瞬の後、吹き出した。
みんなが何で笑ってるのか分かんないけど、楽しそうだから、僕も一緒になって笑う。
「魔王を助ける、か。イヴィラ、貴方本当にすごいわね!」
「え? 僕、すごい? ありがとう!」
「ハッ! そうだね、これは正真正銘褒め言葉だよ」
「普通は倒すとか、せいぜい頑張って考えても力で圧倒して従わせて部下にするとか、それくらいしか思い付けないの! 助けるだなんて、器が大き過ぎなの! さすがスプリの王子さまなの!」
なんかよく分からないけど、褒められた!
嬉しい!
「みんな、ありがとう! じゃあ、魔王さんを助けに行こう!」
「「「おー!」」」
こうして、僕たちの旅の目標は、〝魔王討伐〟ではなく、〝魔王さんを助けること〟に決まった。
※―※―※
「儂らの村を救ってくださり、お礼申し上げるのじゃ」
村に戻ると、長い白髪に長い白髭という仙人のような見た目の村長さんが頭を下げた。
「お主らがいなければ、儂らは今でも石化したままだったに違いないのじゃ」
「いえいえ! お力になれたなら良かったです!」
「今夜はささやかながら宴を用意させてもらうのじゃ。どうか、ごゆるりとお寛ぎ下され」
「ありがとうございます!」
宴ってパーティだよね?
前世ではそんなことしたことなかったから、僕はるんるんだったんだけど。
「あ」
ふと、村の隅で小さくなっているルファリーとそんな彼女に寄り添うレッモの姿が目に入った。
「村長さん!」
居ても立っても居られなくなって、僕は心の中で「ごめんね」と、予めとある顔を思い浮かべて謝罪しながら、村長さんに訴えた。
「皆さんを石化した犯人は、ロクドラ――じゃなくて、あのロックドラゴンです! 悪いのは全て彼です! だから、この村の中には、良い人しかいません! 村人の中に犯人なんていませんから!」
「いや、演技下手くそ過ぎよ、イヴィラ!?」
カカナが突っ込む中、村長さんは、「そうじゃったか。では、あのドラゴンはお主らが倒してくれたので、もう脅威は去ったということで、良かったのじゃ。これで一件落着じゃな」と、分かってくれたみたいだった。
でも、話はそこで終わらなかった。
「犯人は私ですわ!」
「!」
大声で名乗りを上げたのは、ルファリーだ。
村人たちの視線が彼女に突き刺さる。
「たとえ相手がモンスターであろうが、罪を擦り付けることなど許されませんわ! 私は確かに没落しましたが、今でもこの胸にはお父様から受け継いだ貴族としての気高き精神が宿っていますわ! この度は、皆さまに攻撃を仕掛けてしまい、剰え命すら危うい状態に陥れてしまい、本当に申し訳ございませんでした」
深く、深く頭を下げるルファリー。
「謝って許されるようなものではないことは重々承知ですわ。如何なる罰でもお受けいたしますわ!」
覚悟を決めた表情の彼女の横に、レッモがやってくる。
「違うんだ! 悪いのは全て俺なんだ! 俺が浮気を疑われるような行動を取ってしまったから、彼女を深く傷付けてしまい、こんなことになり、みんなを巻き込んでしまったんだ! 罰するなら俺を!」
「何言ってますの!? どう考えても悪いのは私ですわ! 私めに罰を!」
黙って聞いていた村長は、髭を一撫でした後に、「それでは、望む通り、二人に刑罰を科すのじゃ」と、ルファリーたちの顔を交互に見て、告げた。
「この村の隅から隅まで、ピカピカに掃除すること。それが二人に与える罰じゃ」
「え……?」
ルファリーが、「で、でも、そんなの全然罰になっていませんわ……! ちゃんとした罰を!」と、戸惑いを露にすると、あちこちから村人たちが声を上げた。
「〝そんなの〟? もしかして分かってないのか? この刑罰の恐ろしさが?」
「そうそう。〝村の隅から隅まで〟〝ピカピカに〟なのよ?」
「あたしんちの汚さ、舐めるんじゃないよ! そんな簡単に綺麗に出来ると思ったら大間違いだよ!」
「皆さま……」
ニカッと笑みを浮かべる村人たち。
「寛大な御心に心から感謝致しますわ……。本当にありがとうございます……」
深く頭を下げるルファリーの瞳から、一粒の雫が落ちた。
※―※―※
夜が更け、宴が始まった。
「美味しい!」
「本当、どの料理も絶品ね!」
「ハッ! 小さな村だからと甘く見てたよ。ここまで美味だとはね!」
「スプリも大満足なの!」
舌鼓を打つ僕たちに、村長さんが「それは良かったですじゃ。まだまだありますからのう、どんどん召し上がって下され」と目を細める。
※―※―※
「あ~、お腹いっぱい! ご馳走様でした!」
「お口にあったようで良かったですじゃ」
食事の後、僕は、ふと「村長さんって、いくつなんですか?」と聞いてみた。
「八十二歳ですじゃ」
「八十二!?」
以前本を読んで知ったんだけど、この異世界ではこれ程長生きしている人はほとんどいないから、ビックリだ。
「そうだ! 勇者さんって、三十年ごとに現れるんですよね? 村長さんって、もしかしたら先代の勇者さんや先々代の勇者さんとかも知ってたりするんですか?」
「残念ながら、直接会ったことは無いですのう。ですが、噂話程度であれば、現勇者を含め三人とも聞いたことはありますじゃ」
「十分すごいですよ!」
正に生き証人だ!
「ハッ! ってことは、今の勇者に幻滅しちゃってるんじゃないかい?」
「違いないの! 現勇者はポンコツらしいの!」
悪戯っぽくリンジーさんとスプリちゃんが訊ねると、村長さんは小首を傾げた。
「何を言っていますのじゃ? 先々代も先代も現勇者も、〝全員〟ポンコツだったですじゃ。彼らの攻撃は、〝絶対に〟相手に当たらなかったらしいですからのう」
「「「!?」」」
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