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7.「ススザ村(1)」

「……ディコセバ……さん……お願い……します……」

「お呼びですか、坊ちゃま」


 突如眼前に現れたディコセバさんに、スプリちゃんが「きゃあ!」と可憐な悲鳴を上げながらも腰を落として握り締めた右拳を後ろに引いて殺意のこもった目で睨み付け、「待って! この人は味方よ!」「ハッ! 驚くのも無理はないさね」と、カカナが止めて、リンジーさんが肩を竦める。


「何と……! 治しますね、坊ちゃま」


 少しだけ大きめの救急箱を手にしたディコセバさんが、いつも通り何かを呟く。


「本当にありがとうございます、ディコセバさん!」

「いえいえ、これくらいしか出来ませんから」


 大きな風穴が開いていた僕の腹部が、元に戻った。


「イヴィ君! 良かった!」

「心配掛けてごめんね、スプリちゃん」


 涙を浮かべて抱き着くスプリちゃんの頭を撫でる。


「では、私はこれにて失礼いたします」


 恭しく頭を下げたディコセバさんが、空間転移魔法で帰っていった。


※―※―※

 

 ダンジョンからアスバドに戻ってきた僕らは、カカナの行きつけの魔導具屋を訪れた。


「これの使い方を教えて欲しいの!」


 スプリちゃんが代償を払って入手した魔導具のネックレスの使用方法を知るためだ。


 というか、まずこれが一体どういう魔導具なのかも、僕らには皆目見当がつかなかった。


「あ~、いらっしゃ~い」


 かなり若いけど、店長だろうか。

 カウンターの中で魔導具らしきものを弄っていた少女が、顔を上げる。


 見ると、すごい毛量の髪をアップにしており、そこに何やらヘンテコなものがいくつも突き刺さってる。


 もしかしたら、あれは全部魔導具なのかもしれない。

 だとしたら、常に魔導具に触れていたいってことかな?


「あのね、シルディ。私の仲間の魔導具が一体何なのかと、その使い方を教えて欲し――」

「こ、これは~! 超レアアイテムじゃないか~! じゅるり~!」


 ゆったりとした喋り方で、しかし瞳孔を開き涎を垂らしてガバッと食いつくシルディ。


 あ、やっぱりそうだった。

 シルディは、魔導具が大好きなんだ。


 まるで今すぐにでも齧りつきたい本能を必死に抑えているかのような表情を浮かべたシルディは、スプリちゃんのネックレスを細心の注意を払いながら繊細な手つきで触り、上から、真横から、下から覗き込んだ。


「……ふぅ」


 ネックレスを調べ尽くし満面の笑みを浮かべたシルディは、流れる涎もそのままに放心する。


「で、どう? 分かった?」

「はっ!」


 正気に戻ったシルディは、「勿論~。……でも~」と、腕を組んで物凄い角度で首を傾げて何やら考えると、「そうだ~!」と、元の姿勢に戻り、口を開いた。


「これが何かと~、使い方を~、無料で教えてあげる代わりに~、うちに〝聖剣〟を見せて欲しい~」

「聖剣? ここに持ってこいってこと?」

「そういうこと~」


 シルディ曰く、普通の剣と違って魔法も斬れる聖剣は、一種の魔導具とも言えるから、一度見て心ゆくまで触ってみたいそうだ。


「そういうことみたいだけど、みんな、どうする?」

「僕は、せっかくスプリちゃんが命懸けで手に入れたアイテムだから、ちゃんと使い方も知って欲しい!」

「いやまぁ、命懸けというか、わざと触って呪われたって感じだったけどね、アレは……。で、リンジーは?」

「ハッ! ここまで来たら、一体それが何の魔導具なのか、ハッキリさせないと気持ち悪いってもんさ」

「決まりね。私もずっと気になってるもの」


 スプリちゃんが「イヴィ君、ありがとうなの! 流石スプリの王子さまなの!」と、僕に抱き着く。


「ということで、交渉成立よ、シルディ」

「おお~、毎度あり~」

「ちなみに、聖剣って、どこにあるか知ってる?」

「うちが聞いた話だと~、ウォムト公爵領の~、中西部にある聖山セイクリッドマウンテンの頂上に~、突き刺さってるみたい~」

「分かったわ。ありがとう」


※―※―※


 翌日の朝。


 僕たちは、このディリフォレーズ王国南部にあるウォムト公爵領に向けて馬車を走らせていた。


「えへへ。スプリだけ特等席なの!」


 相変わらず二人用の御者台の左にカカナ、右側にリンジーさんがいて、それぞれ僕をぎゅうぎゅうに挟んでいるんだけど、僕の膝にはスプリちゃんがちょこんと乗っている。


「スプリ、貴方だけずるいわよ!」

「そうさ、そんな所に座って、あんた何様のつもりだい?」

「悔しかったら二人とも身体を小さくするの! まぁ無理だろうけど! クスクス」

「くっ! こんなに時間を巻き戻したいと思ったのは初めてだわ!」

「チッ! 身体を小さくする呪いがあれば、あたいだって!」


 三人とも和気藹々としていて、微笑ましいなぁ~!

 やっぱり友達って素敵だね!


※―※―※


 ウォムト公爵領の聖山セイクリッドマウンテンまで丸一日掛かるとのことで、その間に、僕は素朴な疑問を投げ掛けた。


「本で読んだんだけど、聖剣って本来勇者さんが持つべきものじゃないの?」


 「ああ、確かに、普通はそうよね」と、カカナが反応する。


「でもね、今の勇者は、どうやらポンコツらしいの」

「ポンコツ?」

「ハッ! どうしようもなく〝弱い〟ってことさ」


 カカナたちが言うには、強大な力を持つ魔王に対抗するために、三十年に一回勇者さんが現れるらしいんだけど、今の勇者さん――十代の少年は、あんまり強くないみたい。


「周りからバカにされてて、勿論聖剣も入手出来ていないみたい」

「ハッ! というか、そもそも、聖山セイクリッドマウンテンの頂上に辿り着くことすら出来ていないんだとさ。だから、勇者以外の誰かが聖剣を抜いて魔王討伐してくれないかと、みんな期待しているのさ。別に実力さえあれば、勇者じゃなくとも聖剣は抜くことが出来るらしいからね」

「………………」


 もしかしたら勇者さんは、自分の無力さに苛まれてるのかもしれない。

 もしそうだとしたら……その気持ち……すごく分かる……


 前世の僕は、常にそんな状態だったから。

 

 犬小屋に鎖で繋がれて、家の敷地の外にすら出ることが出来ず、食べ物も水も与えられず、虐待されて死んだ前世。


 もし勇者さんが、あんな気持ちになっているのだとしたら――


「カカナ、リンジーさん、スプリちゃん! 僕、勇者さんの力になりたい!」

「「「!」」」

「僕も、前世では自分がどれだけ無力かを思い知らされて、そのまま死んじゃったんだ。この異世界に転生した後は、すごい固有スキルもあって、こうやって素敵な仲間にも恵まれて、みんなから愛されてすごく幸せだけど、それはただ運が良かっただけ。良かったら、三人ともすごく強いから、勇者さんにトレーニングをして、強くなる手助けをしてもらえないかな? 僕は固有スキルで戦うことしか出来ないから」


 僕の真剣な表情を見たカカナたちは、初めは驚いていたけど、穏やかな笑みを浮かべた。


「良いわよ。本当、イヴィラは優しいのね」

「ハッ! あたいも了解さ。ただ、もし勇者に会えたら、だけどね」

「スプリも他ならぬイヴィ君のお願いだから、聞いてあげるの!」

「みんな……ありがとう!」


 本当に、素敵な仲間に出会えて良かった!


※―※―※


 数時間経って、あともう少しでウォムト公爵領に到達するというところまでやって来た。


「ブルルルッ」


 一旦小休止することにして、湖の近くで二頭の馬を休ませて、僕たちも干し肉を食べて革袋の水を飲んでいた時。


「……にゃ……あ……」


 街道を挟んだ逆側から猫がよろよろと歩いて来た。


「わぁ! 可愛いの!」


 すぐに反応したスプリちゃんが駆け寄る。


「きゃあ! 何これ!?」


 彼女の悲鳴を聞き、僕たちも駆けつける。


「これは……!?」


 見ると、猫はその後ろ足が石化していた。

 前足の力だけで、後ろ足を引き摺って歩いてきたらしい。


「〝キルアイズ〟!」


 解呪すると、猫は飛び跳ねて喜び、「にゃあ~ん!」と、僕の手をペロペロ舐めて、腕に身体を擦り付けた後、元気よく走り去っていった。


「誰か知らないけど、酷いことする人がいるの!」

「本当ね!」


 怒りを露にするスプリちゃんとカカナとは対照的に、リンジーさんが冷静に分析する。


「ハッ! 問題はそこじゃない。重要なのは、〝石化魔法の使い手〟がこの近くにいるっていう事実さ」

「「「!」」」


 相当レア且つ強力な〝石化魔法〟を使えるとなると、S級の実力者であることはほぼ確実だろう。


「……あの猫、森の方から来たわよね?」


 カカナの視線の先。

 緑豊かな森が、今はどこか不気味に見える。


「嫌な予感がする! みんな、様子を見に行こう!」


 三人とも頷き、僕らは駆け出した。


※―※―※


 鬱蒼とした森の中を暫く進むと、突如、視界が開けた。


 そこには柵で囲まれた村があったが、中に入ると――


「「「「!?」」」」


 ――村人が全員、石化していた。

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