4.「水晶のダンジョン(2)(※リンジー視点)」
一番最初の記憶は、〝真っ赤に染まった小さな両手〟だった。
まだ吐血や喀血なんてものは知らず、それが自分の血であることにすら気付かず、ただただ、声を上げて泣いていた。
「いたい」
「くるしい」
「たすけて」
毒の呪いは、日に日に強力になっていった。
辛かった。
苦しかった。
あたいは、母に救いを求めた。
頭を撫でて欲しかった。
抱きしめて欲しかった。
「大丈夫よ」と優しく語り掛けて欲しかった。
でも。
「ヒッ! 近寄らないで!」
母は、化け物を見るような目であたいを見た。
救いを求める手は、誰にも取ってもらえなかった。
※―※―※
「私には無理。でも、ここの人たちだったら、ちゃんと育ててくれるから」
母はあたいを孤児院の前に置き去りにして、二度と戻って来なかった。
孤児院の神父は、紫の靄に包まれて全身血だらけのあたいにギョッとしながらも、受け入れてくれた。
神父とシスターは、あたいに良くしてくれた。
本当に感謝している。
「こ、ここに置いておくわね。一杯食べてね」
常に彼女たちの笑顔が引き攣っており、肌が触れることは決してなく、距離を感じたとしても。
それでも、感謝しているのは本当だ。
彼らがいなければ、あたいはとっくに死んでいただろうから。
※―※―※
「呪いを抑制する鎧に剣まで頂いて……本当に、色々とお世話になりました。ありがとうございました」
神父が知り合いの神官から譲ってもらったという一種の魔導具である〝呪い抑制鎧〟と長剣を貰ったあたいは、十二歳になっていた。
「な、何かあれば、いつでもここに戻ってきなさい」
神父はそう言ってくれた。
でも、何年も一緒に暮らしていたから、何となく分かってしまった。
彼が「出来ればもう二度と帰って欲しくない」と思っていることが。
無論、神父として、仕事としては、ちゃんと公平に接したいと思ってはいるのだ。
共に過ごした数年間の間、神父もシスターも、私に対して〝公平に接しよう〟と、努力してくれた。
でも、実際は、あたいに対する彼らの恐怖心は隠し切れていなかった。
鎧を装備したあたいは、頭を下げて孤児院を後にした。
母に捨てられたあたいを、これまで育ててくれた。
そして、冒険者になりたいというあたいのために、路銀までくれたのだ。
感謝こそすれ、不満など何も無かった。
※―※―※
「おらああああ!」
女にしては背が高く、がっしりとしていたあたいは、力が強く、戦士として頭角を現した。
ありがたかったのは、この鎧は、使用者の成長に合わせて自動的にサイズを変化させてくれることだった。
※―※―※
依頼やクエストをこなしては、冒険者ギルドから報酬を受け取る毎日。
モンスターを殺す瞬間だけは、毒の苦しさも孤独も忘れられた。
※―※―※
そんな日々を送っていたら、気付くとあたいは十八歳になっていた。
得物は、二年前に今の大剣に買い替えた。
そんなある日。
あたいは、異世界転生者で冒険者仲間のカカナからイヴィラ・フォン・バッドネスの話を聞いた。
剣魔大会にて彼女と対戦したイヴィラは、ボロボロになりながらも、突如現れたモンスターたちから彼女のことを守り切ったらしい。
トクン
もしかしたら、その男の子なら――
あたいは、まだ見ぬ少年に淡い期待を寄せている自分に気付いた。
※―※―※
そして、現在。
愕然とするイヴィラに、「一つだけあたいが助かる方法がある」と、あたいは指を立てる。
「あんたがあたいの肌に触れることだ」
「!?」
「そうすれば、あたいから毒の呪いがあんたに移るからね。ただし、今よりも更に強化された毒を食らうことになるから、あんたは確実に死ぬ。さぁ、どうする?」
あたいは口角を上げた。
ズルいと思ったけど、あたいは彼を試したのだ。
目を見開いたイヴィラだったが、直ぐにあたいに近寄った。
「あっ」
イヴィラがあたいの手を取る。
彼の両手の温もりが伝わってくる。
人肌って、こんなに温かかったんだね……
初めて知ったよ……
「ぐはっ!」
あたいの毒が移動を始めて、体内が侵され始めたイヴィラが吐血する。
辛い思いをさせて悪いね、イヴィ。
でも、あんたのおかげで、あたいは、生まれて初めて温もりを知ることが出来たよ。
あたいが胸の高鳴りを感じた直後。
「無理だ!」
「!」
バッと、イヴィラが手を離した。
背を向けて走り去るイヴィラ。
「あ……」
思わず、あたいは手を伸ばす。
失われた温もりを取り戻そうとするかのように。
「……そりゃそうさ……分かってたことじゃないか……」
力無く俯く。
一体誰が、会ったばかりの女のために命を懸けられる?
一体誰が、この痛みに耐えられる?
一体誰が、この苦しみに耐えられる?
一体誰が――
「……ハッ! 三戦姫が一人、鎧の剣姫ともあろう者が、情けないね……」
気付くと、雫がポタポタと落ちていた。
孤児院に入って以降は、一度も泣かなかったのに。
温もりを知ると、こんなにも人は弱くなるのか。
だったら、知らなければ良かった。
そうすれば、こんな風に、必要以上に孤独を感じながら死んでいくことも無かっただろうに。
「……母さん、神父さま、シスター、カカナ、イヴィ、じゃあね」
あたいが覚悟を決めて、目を閉じると。
「リンジーさん!」
「!?」
〝圧倒的な温もり〟が身体を包み込んだ。
反射的に開けた目に飛び込んできたのは。
「は、裸!?」
一糸纏わぬイヴィラがあたいに抱き着くという光景だった。
少し離れた場所に目を向けると、服が散らばっている。
「毒の移動がゆっくり過ぎて、『これじゃ無理だ! 間に合わない!』って思ったから!」
「!」
水晶に触れて素早く脱衣するために、先程イヴィラは走っていったのだ。
全身の肌で触れて、毒を一気に移動させるために。
「がはっ!」
大量に吐血するイヴィラ。
全裸同士で抱き合っているおかげで、あたいの中にあった毒は、既に半分程がイヴィラの体内に移動した。
彼の全身に裂傷が出来て、血が噴き出す。
その両目から、鼻から、耳からとめどなく血が流れ出す。
筆舌に尽くし難い痛苦が彼の身体を蝕んでいることだろう。
あたいはそれを知っている。
「いや、それどころか……」
否、強化されたんだ、あたいが知っているものよりも更に酷いだろう。
こんな状況なのに、あたいは嬉しくて堪らなかった。
涙が頬を伝う。
あたいよりも背の低い彼を、あたいは強く抱き締める。
「無理しないで良いからね。もう十分だよ。もし毒が戻ってきて死んだとしても、あたいは幸せな人生だったって言える。だって、あんたが温もりを教えてくれたから」
そう呟いて力を弱めると。
「……ぐはっ! ……あと……もう……少し……!」
「!」
血反吐を吐きながら、イヴィラはむしろ強く抱き締めてくる。
「何で、そこまでして……!?」
ポツリと問い掛けると、彼は答える。
「……リンジーさんを……助けて……友達になって……もらいたいから……!」
「それが理由かい!?」
それじゃあ、〝助ける〟のがついでみたいじゃないか。
色気も何もあったもんじゃない。
でも……
どんな理由であれ、こんな風に身を投げ出してくれる男なんて、他にいない……
ついに全ての毒がイヴィラの中へと移動した。
今や、全身から紫色の毒を噴出しているのは彼の方だ。
「……まさか、本当に耐え切るだなんて!」
この世にそんな人間がいるだなんて、思わなかった。
いや、まさか〝そんなことをしようとする〟人間がいるだなんて……
フラフラとたたらを踏むイヴィラ。
いけない!
このままだと、本当に死んじまう!
「イヴィ、感謝するよ! でも、本当にもう十分だから! あんたのおかげで、生きてて良かったって思えたから! もう悔いはないよ! だから、その毒を、今度はあたいの方に移動させるんだ! そうしたら、あんたは死なずに済むから!」
駆け寄ろうとするあたいを、今度はイヴィラが手で制止する。
「……大……丈……夫……」
「でも!」
こうなったら、無理矢理にでも!
あたいが近付くと。
「〝キルアイズ〟!」
「…………へ!?」
イヴィラを蝕んでいた紫色の毒が消えた。
何が起こったのか分からず、呆然とするあたいの眼前で、彼は倒れる。
「イヴィ!」
屈んでイヴィラの上体を抱き起す。
「大丈夫かい!?」
「……うん、大分楽になったよ」
「……良かった……」
胸を撫でおろした後、ふと疑問を口にした。
「一体何をしたんだい?」
「えっとね、カカナとトレーニングした成果がこれなんだよ」
「トレーニング?」
イヴィラ曰く、元々両目が合った相手を殺すという固有スキルを持っていたけど、それをトレーニングによって〝両目で見た魔法や物体を殺す――つまり〝消滅〟させる効果〟も持たせたらしい。
「……あんたがその固有スキルを持ってるって話は、勿論聞いたことがあったけど、本当にそんな力があったんだね……しかも、ただでさえ凄い力なのに、それを更に進化させただなんて……」
行動力も能力も努力も、この子は全てが規格外だ。
「……ん? ってことは、〝キルアイズ〟を使えば、わざわざあたいの毒を自分に移動させなくても、あたいの中にある時に消せたんじゃないのかい? それとも、直接触れることが発動条件だったりするのかい?」
「ううん、離れてても使えるよ」
「それなら、何で――」
「えっとね、何となく」
「な、何となく!?」
「うん。何となく〝そうした方が良いんじゃないか〟って思ったんだ」
「!」
思わず目を見張る。
そうだ。
確かに、イヴィラがあたいを抱き締めてくれたおかげで、あたいは生まれて初めて温もりを知ることが出来たんだ。
「それで、その……友達になってくれる?」
あたいの腕の中で遠慮がちにそう問い掛けるイヴィラを、あたいは――
「……勿論さ!」
「本当!? ありがとう!」
「こちらこそありがとう、イヴィ!」
――〝本当は恋人の方が良い〟だなんて言えず、ただ抱き締めた。
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