2.「剣魔大会(裏)(※カカナ視点)」
「パパ! ママ! ぎゅーして!」
「ハハハ。カナは本当にハグが好きだな」
「うふふ。カナったら。はい、ぎゅー」
「ぎゅー! パパ、ママ、大好き!」
一人っ子だった私は、両親の愛情を一身に受けて育った。
人一倍甘えん坊だったと思う。
優しくて温かい、まるで太陽のような父と母が、私は大好きだった。
だけど、あの日。
「がはっ! ……二人とも……逃げ……ろ……!」
「あなた!」
「パパ!」
深夜、家に強盗が侵入。
私を庇った父が刺殺された。
父を刺して逃げた男は、すぐに捕まった。
でも、前科が無くまだ若いからという意味不明な理由で、驚くほど軽い刑罰しか科せられなかった。
「……カナ……大丈夫よ……ママがついてるからね……大丈夫……大丈夫……大丈夫……」
泣き腫らした目で母はそう呟き、私を抱き締めた。
月々のローン返済が重く圧し掛かり、思い出の詰まった家は手放した。
アパートに引っ越し、二人での生活が始まった。
母は必死に働いてくれたが、子育て・家事と仕事の両立は難しく、二人で暮らすための十分な収入も得られず、母は日に日に疲弊していった。
「……大丈夫よ……大丈夫……大丈夫……大丈夫……」
自己暗示を掛けるかのようにそう呟き続ける母は、痩せこけ、目に隈が出来ていた。
まだ幼かった私にも分かった。
限界が近付いているということが。
そして、ついに。
「ごめんね、カナ。もうこれ以上は無理みたい」
「……ぁ……ぐっ……マ……マ……!?」
「ごめんね、ママもすぐにそっちに行くから。ごめんね……ごめんね……ごめんね……ごめんね……」
無理心中を図った母に首を絞められて、私は死んだ。
※―※―※
その後、私は異世界転生した。
転生直前、女神さまは、私に何か希望は無いかと聞いた。
私は、願った。
「〝悪を倒す力〟が欲しいです」と。
実際に私が授かったのは、氷魔法の才能だった。
てっきり剣の才能とかかと思ったけど、よく考えたら、あのクズと同じ刃物を扱うのは同類みたいで嫌だし、カスどもの返り血がつくのも耐え難いから、遠くから殺せる氷魔法は最適だなと思った。万が一街中で使っても、炎魔法と違って火事になることもないし。
まだ幼い少女として転生した私は、孤児院で暮らしながら、数年間、技を磨いた。
きちんと悪を倒しきる力を手にするために。
「とうとうこの時がやって来たわね」
十二歳の誕生日を迎えると、私は冒険者ギルドに行き、冒険者として登録した。
それから、二年間。
私は、モンスターを殺して、殺して、殺しまくった。
モンスターは分かりやすい〝悪〟だった。
殺している最中だけは、空虚な心が満たされた。
「魔王の前にまずはモンスター討伐、っていうのは良いんだけど、でも……」
確かに経験値は得られて、レベルも上がり、強くなれる。
だが、それだけでは物足りないことに気付いた。
モンスターも良いが、本来私が抹殺したいのは、犯罪者だ。
そこで、モンスターと並行して、盗賊・山賊の類も狩ることにした。
モンスターと違って、仲間と連係して戦う奴らは一般的に厄介で戦いにくいと言われるが、さほど問題にはならなかった。
「だって、今の私はA級だもの」
F級から始まった冒険者ランクは、その頃にはA級になっており、一対一は勿論、一対多でも、私に倒せない相手などほとんどいなくなっていたからだ。
「断罪の氷姫ねぇ。もっと他になかったのかしら?」
更に一年が経過した頃には、S級になった私は二つ名を得ていた。
氷柱で貫くのは胴体が多く、あまり斬首することはないのでギロチンと言われても反応に困るのだが、まぁ、それは別に良い。
なお、私以外にもS級で二つ名を持つ少女があと二人おり、三人まとめて〝三戦姫〟などと呼ばれている。
ある時。
「断罪を行動原理とする貴方に、耳寄りの情報があります」
街外れで占い師を営みつつ情報屋の顔も持つ、どうやら異世界転生者らしいということ以外は何も分からない、フードで顔を隠した妙齢の女性が、声を潜めた。
異世界で生き抜くために、情報は命だと思って、時折金貨一枚を払って利用しているのだ。
「実は、イヴィラ・フォン・バッドネスなのですが――」
彼は、ディリフォレーズ王国の中で、私が住む街アスバドを含む西部地域の領主の令息だ。
ここは〝ムンド・ディベルティード〟という有名ゲームの世界ということだけは転生時に女神さまから聞いていたけど、情報屋曰く、中盤で出てくるイヴィラは世界一嫌われている悪役貴族らしい。
〝ただ両目で見るだけで相手を殺してしまう〟という常時発動型スキルは、初見殺しも甚だしく、事前情報無しで原作ゲームをプレイした全ての者から忌み嫌われていたようだ。
また、実際にこのゲーム世界に生きる市民たちも、これから大勢がイヴィラによって殺される。その結果、魔王とはまた違った悪の象徴となるらしい。
「そんな奴、野放しにしておけないわ! 教えてくれてありがとう!」
私は、イヴィラを討伐することにした。
情報屋によると、〝目の固有スキル〟対策として、王都に売っているサングラスが有効らしい。
早速王都に行きサングラスを購入。
あとは、イヴィラの動向を探り、襲撃するのに丁度いいタイミングを見計らえば、完璧だ。
そう思った、その時。
「……誰、貴方? 私に何か用?」
街中で、私は、ローブを身に纏いフードで顔を隠した〝とある人物〟から話し掛けられた。
この怪しげな感じ、情報屋の親戚か何かかしら?
「え? 来週イヴィラが剣魔大会に出場するの? しかも奴は〝友達作り大会〟と勘違いしてるから、そこに付け入る隙があるですって? 更に、魔導具の指輪まで無料でくれるの?」
至れり尽くせりだ。
「こんなことをして、何が狙いなの?」
怪訝な表情で私が問うと、その人物は、「ただ、世界の安寧を願っているだけだ」と答えて、「では」と立ち去った。
「………………」
正直、めちゃくちゃ怪しい!
でも、その後、知り合いの魔導具屋に鑑定してもらったら、魔導具の指輪は本物だったし、情報屋に聞いたら、来週イヴィラが剣魔大会に出るというのも嘘じゃなかった。
「……どうしよう……」
私は、自分の力のみで戦うつもりだった。
サングラスで初見殺し対策さえすれば、勝てる。
その自負もあった。
だけど。
「……相手は有名な悪役貴族。条件さえ揃えば最強の固有スキル持ち。万が一、何か予想外の出来事があったら、という最悪の事態も考えなきゃいけないのは、確かよね」
私が為すべきは、悪に対する完全勝利。
万が一にも、敗北は許されない。
「それに」
イヴィラには、金貨千枚という莫大な懸賞金が懸けられているのだ。
この異世界では、銅貨・大銅貨・銀貨・大銀貨・金貨がそれぞれ十円・百円・千円・一万円・十万円なので、なんと、一億円相当だ。
「そうよ、私から全てを奪った〝悪〟から、今度は私が奪えば良いのよ! その命を奪い、懸賞金だって貰っちゃえば良いのよ!」
そのために、使える物は全て使えば良いんだわ!
私は、覚悟を決めた。
※―※―※
そして、剣魔大会当日。
「私はカカナよ」
サングラスをして、右手の人差し指には魔導具の指輪を嵌めた私は、コロシアムの舞台上でイヴィラと対峙した。
「イヴィラ。貴方の噂は聞いてるわよ。だから、こうして対抗手段のサングラスまで掛けて、会いに来てあげたの」
「! そうだったんだね! わざわざ会いに来てくれてありがとう!」
白い歯を見せて無邪気に笑う少年。
……思ってたのと、大分印象が違うんだけど。
何か喜んでない、この子?
ああ、〝友達作り大会〟だと思ってるから、そのせいね。
いやいやいや、よく考えたら、〝友達作り大会〟って、何よ!?
そんなのある訳ないでしょ!
でもまぁ、良いわ。
コイツは、ここで殺しておかないと。
原作ゲームと同じような悲劇は、この私が起こさせないわ!
「礼には及ばないわ。だって、直ぐに〝終わる〟もの。『アイシクル』!」
「うわっ!」
イヴィラは、無様に転がって回避した。
「よく回避したわね」
……調子狂うから、もっと悪役らしくしてくれないかしら?
って、いけないいけない!
ちゃんと殺さなきゃ!
「これは避けられるかしら? 『アイシクルレイン』!」
「ひゃあっ!」
必死に逃げ回るイヴィラ。
「その〝目〟の固有スキルだけに頼った戦闘スタイルかと思ったら、案外動けるのね。でも、いつまで持つかしら? 『アイシクルレイン』!」
「くっ! カカナ! 僕はただ君に友達になって欲しいだけなんだ!」
「……は? 何言ってるの?」
本当にそう思ってるのね……
〝あの人〟に事前に教えられていたとはいえ、実際に本人の口から聞くと、これはもう、頭の中が完全にお花畑ね。
「そろそろ諦めなさい! 『アイシクルレイン』!」
「嫌だ!」
往生際が悪いわね。
確かにこれじゃあ、いつまで経っても埒が明かないかも。
……使うしかないようね。
私は、教えられた通り、〝脳内〟で〝指輪に命令〟を下した。
「「「「「ガアアアアアア!」」」」」
「きゃああああああ!」
「モ、モンスターだああああ! 逃げろおおおおお!」
「「!」」
すると、空に数多の魔法陣が出現、そこから幾多のワイバーンが現れた。
……〝悪〟であるモンスターを、この私が召喚する日が来るだなんて……
いや、これで良いのよ!
これは、巨悪を倒すための小悪――必要悪って奴よ!
「ガアアアアアア!」
「ヒィッ!」
「『アイシクル』!」
「ガアッ!?」
急降下して客に襲い掛かろうとする一匹のワイバーンを、私は氷柱で仕留める。
「「「「「ガアアアアアア!」」」」」
予定通りね。
ワイバーンたちは、標的を私に変えた。
「『アイシクルレイン』!」
「「「「「ガアッ!?」」」」」
一斉に舞台に舞い降りてくる奴らを、私は氷柱で撃ち落とす。
「ガアアアアアア!」
「! しまっ――」
私は、逆方向から接近してきたワイバーンに気付くのが遅れた――〝振り〟をした。
〝あの人〟が言うには、これが有効とのことだったけど。
「〝キルアイズ〟!」
「ガアッ!?」
私に向かって走ってきたイヴィラが、間に入って両目でワイバーンと目を合わせて倒した。
……本当に、私を助けに来るだなんて……
「何で助けたの? 私たちは敵同士なのに……」
元々、演技としてそう発言するつもりだった。
けど……その問いは、本心から出たものだった。
「ライバルだけど、敵じゃないよ! 僕は、カカナと友達になりたいんだ!」
「……また訳の分からないことを」
世界一嫌われている悪役貴族なんでしょ?
もっとそれらしくしなさいよ!
「まずはモンスターを倒さなきゃ! 力を合わせよう!」
「……不本意だけど、そうするしかなさそうね」
互いに背中を預けながら、私たちは共闘した。
「『アイシクルレイン』!」
「〝キルアイズ〟!」
「「「「「ガアッ!?」」」」」
モンスターの数が少しずつ減っていく。
「くっ! 魔力が……!」
私は、魔力切れになったように見せ掛けて、膝をついた。
実際、かなり魔力は消費してるけど、ここまで酷くはない。
「イヴィラ、貴方は逃げなさい!」
これは、本当に逃げちゃうかもしれないわね。
だって、これから大勢をその固有スキルで殺すような悪党なんだから。
でも。
イヴィラは、私の前に立ち、両手を広げた。
「……貴方、一体何を――」
「モンスターたちよ! 来い! 全員僕が倒してやる! カカナには指一本触れさせない!」
「!」
悪党……なのよね、この子?
世界一嫌われている悪役貴族なのよね?
ワイバーンが、イヴィラに向かって飛んでいく。
「ガアアアアアア!」
「〝キルアイズ〟!」
「ガアッ!?」
続々と飛翔してくるモンスターたちを、彼は討伐していくが。
「ガアアアアアア!」
「ぐぁっ!」
多勢に無勢、一体ずつしか倒せない〝キルアイズ〟が追い付かず、一匹のワイバーンにイヴィラは左腕を食われる。
「僕が守るんだ! そして、カカナに友達になってもらうんだ! 〝キルアイズ〟!」
「ガアッ!?」
何で、そこまでして戦うの……!?
その後も必死に戦い続けると、一匹、また一匹と敵は数を減らしていき。
「やった……!」
全て倒したと〝思い込んだ〟目の前の少年が、そう呟いた。
……仕上げよ。
やらなくちゃ。
「「「ガアアアアアア!」」」
「!」
私は、止めとばかりにドラゴンを三匹出現させた。
と同時に、限界が来たらしく、指輪が小さな音と共に砕け散る。
「がぁっ!」
右腕・右脚・左脚をそれぞれ食われるイヴィラ。
「〝キルアイズ〟! 〝キルアイズ〟! 〝キルアイズ〟!」
「「「ガアッ!?」」」
最後の力を振り絞った彼は、何とか三匹とも倒す。
「あっ!」
倒れたドラゴンの尻尾が掠って、私のサングラスが遠くへ吹っ飛んだ。
いけない!
もし今、彼に見られたら――
四肢を失い地面に転がるイヴィラは、出血多量で朦朧としながらも、私に目を向けた。
「ヒッ!」
目が合い、身構えたけど。
「……あれ? 死なない。何で……?」
何も起こらなかった。
何で……?
常時発動型じゃなかったの?
それとも……
私を殺さないように、必死に能力を抑えてくれたの?
生気を失いつつある中、困惑する私に向かって、イヴィラが必死に言葉を紡ぐ。
「……カカナ……大丈夫……?」
「……私は大丈夫よ」
「……良かっ……た……」
「!」
思わず目を見開く。
「……来世は……僕と……友達に……なっ……て……」
「!」
全身を衝撃が駆け抜ける。
イヴィラは、力を失い、目を閉じた。
……やったわ……
あとは、このまま放置するだけで、彼は死ぬ。
これで、大勢の人々の命が救われるのよ。
悪を一つ、この世から倒したのよ。
……そう、悪を……
……悪?
……誰が?
……目の前の少年が?
……この、誰よりも純粋な少年が?
……私なんかよりもずっと心が綺麗な少年が?
パーン
「起きなさい!」
「!?」
気付くと、私は屈んで、イヴィラの頬を思いきり叩いていた。
「……なってあげるわよ」
「……え?」
「友達になってあげるって言ってんのよ!」
「……本……当……!?」
「ええ。だから、死ぬのは許さないわ! 四肢が欠損してようが知ったこっちゃない。根性で生きなさい!」
「……うん……!」
イヴィラの瞳に、再び光が宿った。
「……カカナ……友達に……なって……くれて……ありが……とう……!」
「……ふん」
異世界に来て、数えきれないほどの悪を討伐してきた。
悪を倒せなかったのは、初めてだ。
でも、どうしてだろう。
不思議と、晴れやかな気持ちだった。
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