大晦日のんびりとした空気の中、和んでいたLJKが唐突すぎる異世界召喚
除夜の鐘が街の遠くで鳴り響くのが小さく聞こえる。テレビに映った有名人達が笑顔でカウントダウンを叫び、私は炬燵で蕎麦をすすり、灯油ストーブはボッボッと火を揺らめかせる。さて、そばを食べたら目の前のみかんを食べようかどうしようか、しかし具なしの年越しそばを食べているのだからカロリー的にはセーフのはずだろう。みかんを手に取って机に押し付けるようにして少し転がす。そして準備が完了したらまたそばを啜る。
「あと3秒か…」
よし、年越しと同時に食べきってやろう。そうと決めたら私はバキュームの如くそばを啜る、どのくらい啜ったかと言うと今口の中にそばが半玉入っている。
「2!」
鼻が痛い、やばい、飲み込める気がしない。とにかく、噛め噛め噛め噛め…!
「1!」
味がしないし、顎は過去最速で動いている。しかしまだ口の中には蕎麦が大量にいる…くそっ、間に合え!!!
「ハッピーニューイヤー!」
飲み込めた、間に合ったと喜んだ瞬間には視界が閃光かと思うほどの明るい光に包まれた。そして次にドスッという音と共に鈍い痛みがケツに走る。あまりの痛みに飲み込んだ蕎麦が呼吸とともに半玉飛び出て飛んでいく。暗闇に包まれた協会のような場所、私を囲むローブを着た人達、隙間風が吹く凍えるような寒さ、それがここをさっきまで居た家ではないと素早く認識させる。しかし、それどころではない。ケツがとんでもなく痛すぎて息は止まるわ、目の前に堕ちてくる年越しそばが勿体ないわで涙が出そうになる。そしてしばらくもがいた後、私の呻き声ごしに「召喚に成功したのか…?」「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」「ふんっふんっふんっ」など様々な声が聞こえてようやく私は多分異世界に召喚されたのだと気づいた。というか“ごめんなさい”を連呼してるヤバ男がこちらにじわじわと匍匐前進で近付いてきている。これは逃げた方がいい、そう頭では理解できているのにケツの痛みが引かなくて身体が言うことを聞かない。私は激しく後悔した。高3の冬にもなって受験勉強を頑張らなかったこと、華のJKなのに本気で水切りして遊んだだけの3年間だったこと、何気ない毎日が終わる日を待ち望んでたこと、今から全て懺悔しても間に合うか分からない。でもシスターは天国には裏の門があるから死んでから懺悔しても間に合うって言ってたっけな。じゃあもういいか。私は目を閉じて十字を切る。さようなら、父さん母さん。最後くらいはー
「ごめんなさい…え、し、死んだんですか?だ、大丈夫ですか…?!え、あ、わ、私のせいだ…私が呼んでしまったから…!」
なんだこいつ。咽び泣く声がとんでもなく五月蝿くてチラリと片目で見てみるとめっちゃ土下座していた。とんでもなく土下座していた。どのくらいの土下座かと言うと、なんかもう地面に頭めり込むくらいの土下座をしている。すると土下座の後ろからぬるっと人影が現れて
「いや、生きていると思う」
とこっちを見下ろしながら言い放つ。
その時、ステンドグラスごしに月光が差し込まれて鮮やかな光がその男の端正な顔立ちを照らし出した。切れ長の金の瞳に、くしゃっとした少し伸びた青色の髪がこのイケメンを増長させる。やばい、生きたいです、神様。
「え、あ、本当ですね…よ、良かったぁ…」
そう言われ急いで顔を上げたこの人も照らされて見えた顔はかなり整っていた。先程まで石畳にめり込んでいたせいか髪が乱れているが、ふわっとした金髪にルビーのような赤い瞳がまるで童話に出てくる王子のように美しい。
「来た瞬間臓器?みたいなもの吐き出されてたのでもうダメかと…」
「よく見ろ、これは蕎麦だ」
青髪くんが私の吐き出したそばを指差しながらため息を吐く。そして私もため息を吐く。やっぱ死んだ方が良かったかもしれない。イケメンの前でそば吐き散らす女として認識されたというのか。
「あ、あのこの方またもがき出したのですが!?本当に大丈夫なのですか!?」
「いや…ダメかもしれない」
「えええぇッ!!?」
心配する目と哀れみの目、その視線を一身に身体に浴びた時私は思った。もう気にしたら負けなのだと。
「うわっ!い、いきなり正座しないでくださいよ!」
「そんなことよりここはどこなんですか」
最近の季節くらい感情の切り替え急ですね、なんて言いながら困惑した顔で金髪くんも正座してくる。その横に青髪くんも膝を着いて目線を合わして
「ここはイニシ国、君からしたら異世界と言うやつだ」
と至って冷静にそう言った。多分この青髪くんはマイペースなんだろうな。それに一応質問してみたがこの色彩溢れる髪色や目の色、状況から異世界だろうと言うのは予想通りなので反応も薄くなる。
「えっと…いきなり異世界に連れてきてしまって本当に申し訳ないです…その上呼び方が雑だったせいで怪我までさせてしまい…」
そう言いながらまた金髪くんはボロボロと涙を零し出す。かと思えばまたごめんなさいを連呼してお得意の土下座だ。自分の自己肯定感を体現するのが趣味なのか?
「というかそれはまぁいいとして、あの…それより“あれ”なんです?」
そう、ケツが痛い時からずっと気になっていた。他でもない、天井からぶら下がったシャンデリアで懸垂してる上裸のゴリラがそこにいるのだ。
「…あれはそういう置物だ。なんか、太陽光で首が左右に揺れる置物みたいなものだから気にしなくていい。」
「えぇ…そんな自由意志の無いものに例えられましても納得できませんよ」
そう抗議してみたが青髪くんはこれ以上は答えるつもりはないと示すように遠い目をする。ならばしょうがないので、とりあえずなんでここに呼んだのかを尋ねてみる。すると泣き喚いていた金髪くんがいきなりその涙だらけの汚れた顔を上げる。
「あ、それは私が説明させていただきます…ここに貴女を呼ぶように命令したのは私ですから」
貴女の召喚に関する一切の責任は私にあります、そう言いながら金髪くんは顔をハンカチでわざわざお上品に拭う。青髪くんがすかさず俺も、と言おうとするが金髪くんは首を振って
「私はこの国の第1王子で、ここにいる彼らは私の命に逆らえずに貴女を召喚したのです…」
と言い、申し訳なさそうに目を伏せる。そして金髪くんと青髪くんらの間に忠誠にも似たような生ぬるい空気が流れる。はよ本題言ってくれないかな。
「あ、すみません…少し前置きが長かったですね。それで貴女様を呼んだ理由なのですが…我々に力を貸して欲しいのです」
そう真剣な目で見つめてから深々と頭を下げる金髪くん。これも予想通りのド定番中のド定番な理由、もしも暇を持て余していたなら二つ返事で承諾しても良いが、正直高3の受験生としては今すぐ帰らなければというのも本音である。それに具体的にどういう協力が必要なのか、それにもよるしな。
「…率直に言わせてもらう、俺達の化け物退治を手伝って欲しい。」
勿論戦って欲しい訳ではない、そう青髪くんがすかさず答える。
「というか化け物退治してお嬢さんのレベル上げてかないと結果的にお嬢さんが元の世界に帰れなくなるんだよね」
そういきなり後ろから声がして驚いて振り返るとそこには上裸のゴリラが佇んでいた。




