53話:金糸雀の乙女
「あら、いらっしゃ……まぁ! 珍しい」
「お外、寒かったでしょ? こっちに来て。温かいよ」
金糸雀のような髪を持った彼女は、花のような笑顔を咲かせると髪を揺らしてわたしたちの手を取った。
わたしたちは顔を見合わせてから、その言葉に甘えることにした。その仔の隣に座ると、温かな毛布をわけてくれた。その毛布はお日さまと花のいい匂いがしてとても温かかった。地面には絨毯が敷かれていて、座ってもお尻が痛くなることはなかった。その不思議な手触りに心を奪われていると、いつの間に淹れたのか、コップに入った温かな飲み物を渡された。
早く飲んでほしいというキラキラした視線を感じながら、恐る恐る口をつける。毒を気にしているというわけではなく、単純に熱くないかが心配だったんだ。口に含むとお茶のいい香りとミルクの甘く優しい舌触りが広がった。彼女が淹れてくれたものはミルクティーだった。
久方ぶりに感じる甘みを充分に堪能してから嚥下すると、その温かな感触がお腹に広がっていくのを感じた。冷えた身体にはとてもありがたい温かさだった。
リラとエフェリアもわたしが飲んでいるのを見て、それを真似するように口をつけ、微笑みを零していた。
「あ、ありがとう」
「ふふっ、いいよ。ねぇ、あなたたちはどこから来たの? 初めて見るお顔……私と同じよね?」
「それにしてもキレイな髪ね……双子なの? そっちのかわいい仔は妖精かしら。アナタも初めましてね」
「あ、お茶はどう? 美味しかった? 寒かったら言ってね。毛布はまだあるから――それに、服は大丈夫? お外、雨だったでしょう? あら、でももう乾いてる? あ、魔力は足りてる――?」
「えっと……」
金糸雀のような髪を持った彼女は、早口に次から次へと色々なことを訊いてきた。きっと、話せるヒトは久しぶりなのだろう。とても距離が近く、彼女の肌の温もりまでも感じる。
リラはそれに危機感を覚えたのか、わたしを抱き寄せて離れないようにした。その姿は大きなぬいぐるみを抱える女の子のそれだった。
「あっ……ごめんなさい、つい熱くなっちゃって……」
「えっと、えっとね。久しぶりで嬉しくって……」
「大丈夫。わたしたちはあなたの歌声を聴いてここまで来られたの。ありがとう」
わたしはリラとエフェリアにもお礼を言うように促した。リラは少し警戒していたみたいだったけれど、その後にはいつもの優しい顔に戻っていた。リラもひとりの寂しさは知っているから、なにか通じるものがあったのかもしれない。
森のお隣さん、動物たちも警戒を解いたのか、安らかに眠っている。
「えっと……あなたたちのこと、訊いてもいい?」
金糸雀のような髪を持った彼女は恐る恐る、上目遣いになって言う。わたしたちは少し離れた泉から来たこと、リラとわたしは双子のような存在ではあること、お茶は美味しかったしもう充分に温まっていることなど、さっき彼女が訊いてきたことを答えていった。
「あなたたちは泉の精霊さんなのね。これからよろしくね、愛しの隣人さん」
わたしたちは順番に彼女の手をとって握手をした。柔らかく、温かい手だった。
エフェリアは花の妖精であることを伝えた後、今度はわたしたちから彼女に質問する番となった。
そうしてわかったのは、彼女は基本的には洞窟の奥に住んでいて、晴れている日は花畑で過ごしているらしい。
なにより驚いたのは、彼女は昔、人間だったらしいということだった。その話を聞く限り、昔に竜と契約して身体が妖精のものへと変質したそうだ。今はもう、その竜は眠っているらしい。
つまり、この洞窟は竜の巣だったというわけだ。
竜との契約が終了しても魂の変質はそのままなのか、今でも彼女は竜が愛したこの山を守っているのだという。
その話を聞いて、リラは哀しそうな顔で彼女に聞き返した。
「あなたは……ひとりで寂しくないの?」
「まぁ、少しだけね」
「でも、愛しい隣人さんたちが一緒にいてくれるから、そうでもないよ。私の家にはひとりだけかもしれないけれど、こうして一緒にいられるからね」
「それに、あの竜には悪いけれど、今では人ともまた、交流してるから」
金糸雀のような髪を持った彼女は膝に乗っている仔を慈しむように撫でる。
リラはそれを聞いて、手元のコップに映る自分の顔を見つめた。湯気が頬を撫でて、温かくなった頬は少し紅みを帯びている。
「ここには人がよく来るの?」
「ここに来る人はいないよ」
「みんないい人たちだから、竜の住処を荒らさないようにって言い伝えを守っているの」
「竜はこの山の守り神で、荒らす人は罰を受けるの。だから、山には不用意に近づくなってことね。昔は本当にあの竜がいたけれど、今では単純に迷子にならないための教訓になっちゃった」
「寂しくなったら私の方から人の住む村まで遊びに行ってるよ」
「ねぇねぇ? それじゃあアタシたちと一緒に遊びに行きましょ?」
「アタシたち、人間の住む街まで遊びに行くところなのっ!」
エフェリアはいいことを思い付いたといわんばかりの笑顔で、彼女の手を取った。彼女はその宝石のようにキレイな碧色の目を見開いて微笑んだ。
「じゃあ今日はゆっくり休んで、明日、いいお天気だったら一緒にいきましょ。洞窟からも通って行けるけれど、危ないから」
「愛しい隣人さんと一緒にお出かけだなんて、本当に久しぶりだわ」
確かに、雨に打たれ焦っていたし慣れない足場で体力を使っていたのかもしれない。もう安心なんだという実感が湧いてきたら、急に疲れがやってきて眠くなってきてしまった。温かい毛布に包まれながら温かいお茶も飲んだことで、身体の芯から温まっている。
リラも、エフェリアも眠たそうな顔になっていた。
「私も隣にいいかしら」
彼女とは既に肩が触れ合っているけれど、眠るときのことを訊いているのだろうと思う。わたしは「いいよ」と答えた。だって、彼女からは厭な色が見えないんだ。知り合ったばかりで距離が近いのは、普通なら好ましく感じないだろうと思う。
けれど、なぜだろう。
わたしたちが精霊だからか、心の善悪に敏感になっているような気がする。彼女からはその悪をまったく感じなかったんだ。言葉では言い表せないけれど、本能的にそう感じている。
わたしたちにとって、初めての精霊の愛しい隣人さんだ。これからも仲良くできたらいいな。と、そんなことを思った。
「そういえば、あなたの名前を聞いていなかったよね。名前はある?」
愛しい隣人……お友だちになるなら、名前くらいは知っておきたい。わたしたちも名乗ってなかったとは思いつつ、聞くことにした。名前を気軽に呼んでしまうのは良くない――そう感じつつも、彼女の名前は知っておきたいと思った。
わたしの失礼だったかもしれない質問を聞いて、彼女は満面の笑みで答えてくれたんだ。
「――私、シャナ!」




