47-3話:ちっぽけな仔たち
サフィは優しいですね。
その優しさに至れるまで、あなたはどれほど傷ついてきたのでしょうか。
◆
誰かが泣いている。そんな声が聞こえるの。
今、わたしは眠っていて、夢の温もりに包まれていたの。
――誰かしら。
こんなにも幸せなのに、泣いてしまっている仔は。
わたしは夢の中で、どこまでも続くお花畑の中を歩いていたの。サフィも、エフェリアも見えないけれど、不思議と寂しくなかったの。
だって、ふたりはわたしのことを愛してくれているって知っているから。
わたしの心の中に、ずっと一緒にいてくれるって知っているから。
夢の中のお花畑は、とてもキレイだった。だと云うのに、哀しそうな泣き声は止みそうにない。
どれだけ歩いても、その声は小さくも、大きくもならなかったの。
それで、気が付いたの。
あぁ、泣いているのは夢の中じゃないのね。って。
少し前の、わたしを見ているようだった。
ひとり寂しく神様にお祈りをして、涙を流しているの。その波濤はどんどん、どんどん広がっていってしまって、ひとりじゃどうにもできないくらいに大きくなってしまって――。
その仔はわたしの胸の中で泣いていた。
わたしはその仔を、卵を温める親鳥のように優しく抱きしめてあげたの――。
◆
わたしはゆっくりと重いまぶたを開けて、飛び込んできた太陽の眩しさに手をかざした。
「ん……」
お胸が少し重くて、息苦しいような気がして、胸元を見た。
エフェリアと小さくなったサフィが抱き合って泣いていたの。
「ごめん、起こしちゃった?」
「ううん、そんなことないよ」
このままでは起き上がれないから、わたしは胸元に手を差し出した。小さなサフィはまだうまく息ができないでいるエフェリアを抱っこして、わたしの手に乗った。
わたしも起き上がって、お膝の上にサフィとエフェリアを降ろしたの。
エフェリアはサフィの引っ付き虫みたいになっていて、少しかわいいと思ってしまったの。怒られてしまうかしら。
わたしのお胸はふたりの涙で濡れていた。肌に感じるその冷たさは、ふたりの哀しみの量なのかもしれないと思ったの。
「まぁ……ふたりとも、こんなに泣いちゃって……」
「よしよし、いいこいいこ……」
わたしはどうすればいいのかよくわからなかった。けれど、わたしが哀しんでいたとき、サフィはわたしの頭を撫でてくれたのを覚えている。そのとき、心の中で暴れていた感情が大人しくなって、幸せな気持ちになったことを覚えているの。
だから、わたしもふたりの頭を撫でてみることにした。掌で優しく、優しく撫でた。
「ふたりとも、どうしちゃったの?」
「リラ……恥ずかしいところを見せちゃったね」
「もう、そんなことないわ」
「哀しいこととか、ツラいことがあったら、隠さないでお話しないとダメでしょう?」
「わたしたち、家族なんだから」
「そうだね。そうだよね」
エフェリアは黙りこくってサフィにしがみついている。サフィのお服がシワになってしまうほど強く抱きしめていた。
「わたしにも……なにがあったのか聞かせてくれる?」
「……エフェリア、話せる?」
サフィがそう訊くと、エフェリアは首を振って、また、大粒の涙を溢れさせてしまう。
「わたしが話してもいい……?」
エフェリアは少し考えたように黙って、小さく頷いた。
サフィが口を開くと、エフェリアは少し身を強張らせて、翅を震えさせた。よっぽど怖いことがあったのね――。
◆
――サフィがお話してくれたことは、エフェリアが見てしまった夢のお話だった。
実際にイヤなことがあったわけじゃないんだって、少し安心したの。
でもね。
サフィとわたしが、エフェリアを置いてどこかへ行ってしまう夢を見たんだって。それはただの夢なんかじゃなくって、もしかしたらそうなってしまうかもしれない。って、心のどこかで考えてしまったから見てしまう夢なんだって。
サフィは色々知っているのね。
きっとわたしも、そんな夢を見てしまったら怖くなって泣いてしまうと思う。目を醒ましたらサフィとエフェリアがどこかへ行ってしまわないように、ギュッと抱きしめると思うの。
それでね。
エフェリアはわたしたちと同じになりたかったんだって。同じくらいの背に、同じくらいの髪、翅が生えていなくて、手を繋いで歩きたかったんだって。
わたしは……エフェリアはそのままでいいと思う。確かに、同じ大きさだったら良かったのになって思うこともある。手を繋げたらいいのになって思うこともあるわ。
でも、エフェリアはエフェリアだから。そのままでいいと思うの。背中に生えている翅だってステキだし、お空を飛べていいなって思う。頭に乗ったり、肩に座ったり……楽しそうだなって思うの。
だからかしら。
わたしは、わたしたちはエフェリアのその、寂しいって云う気持ちに気付いてあげられなかったのね。
ごめんなさい。
わたしはひとりでいることのツラさを知っていたはずなのに、エフェリアのその気持ちには気付いてあげられなかった。
許してもらえるかしら。どうしたら、わたしの気持ちを伝えられるのかしら。頭の中で、いろんな気持ちがこんがらがってしまって、うまく言葉にできないの。
でも、でもね。
エフェリアは大切な、大切な家族で、ずっと一緒にいたいっていう気持ちは変わらないの。
◆
――エフェリアは泣きつかれたのか、眠ってしまっている。目元を真っ赤に腫れさせちゃって、そのかわいらしいほっぺたにも跡を付けてしまっている。
エフェリアの安心しているような、穏やかな寝息がすぅすぅと聞こえてくる。お胸が上下する度に透明でキレイな翅が光り、陽の光を砕いては散りばめさせている。サフィはその様子をじっと見つめていて、いつまでもその小さな手を背に添えてあげていた。
「……ねむっちゃったね」
サフィの声にわたしは頷いて、指先でそっとエフェリアの髪を撫でる。
サフィはわたしの膝の上で、少し姿勢を変える。エフェリアを起こさないように、慎重に。わたしにはその仕草がとても優しいものに見えて、サフィもエフェリアのことを大切に想ってくれているんだなって感じたの。
エフェリアは眠りの中で、サフィの服をきゅっと握りしめていた。けれど、その強張った身体もだんだんと力が抜けていって、サフィに体重を預けていく。
わたしはお空を見た。青は澄みきっていて、雲は優雅に、ゆっくりと流れている。
エフェリアの気持ちも、このお空みたいに晴れてくれたかしら。
そうだといいなって思ったの。




