4-2話:流れる時、目醒めの季節【スライム視点】
始めの話は幾度か書き直しているのでおかしな点があるかもしれません。
感想や報告などをいただけるとありがたいです。
――わたしがいわゆる異世界転生をしてから、冬を越し、春になった。らしい。
らしい。というのは、今このときのわたしには意識がなく、朧気な記憶しかない。ずっと、夢を見ていたような感覚だったからだ。
そして、わたしはひとりで泉の外へと散歩をしていた。
魔力を感じる方向へと這いずって、見境なく吸収していた。そして、幸か不幸か、わたしは牝鹿の死体と思しきものにたどり着いた。
きっと、冬の間に森で迷い力尽きたのだろう。まだ春になったばかりで、森には木々で日を遮られた場所ではまだ雪が残っていた。それ故か、死体の保存状態はよく、未だに腐っていなかった。
このときのわたしは、躊躇することなくその牝鹿を吸収した。
そして――。
わたしはその牝鹿になっていた。
わたしは満足したのか、泉へと帰ることにした。あの泉のことは、帰るべき場所だと認識していたらしい。数分、若しくは数時間。歩みを進めれば、あの泉へと帰ってきていた。
わたしはいつものように泉の魔力を吸収しようとする。泉の畔からではなく、泉の上を歩いて、中まで歩みを進めていた。けれど、鹿の姿になっていたわたしは、いつものように体表から吸収することはできなくなっていた。仕方なく経口摂取をする。チビチビと水を飲んでいると、泉の中から彼女が現れる。水飛沫を飛ばして、驚かせるように飛び出した泉の君。飾り気のない白い布を纏った、儚げな少女だ。
その服は先程まで水中にいたのに、濡れている様子はなく、ひらひらと風に揺れていた。
プラチナブロンドのしなやかで長い髪は、毛先が少し踊っている。目は透き通っていて、ペリドットでもなく、エメラルドでもない。もっと深く、柔らかく、澄んでいる。
わたしは驚いて少し距離をとった。
「あら、おかえりなさ、い……?」
「……?」
彼女は首を傾げ、辺りを見渡した。そして、またわたしを見る。
「あなた、あの仔よね? あのスライム、よね?」
そんな気がする。わたしは肯定するような鳴き声をあげて、気にすることなくまた、水を飲み始めた。
妙に喉が渇いているような感覚だった。わたしの意識は未だに朦朧としていて、夢を見ているような状態だった。自分がスライムであったことも、今は牝鹿の姿になっていることも、なんの疑問も持ち得ていなかった。
そういう夢を見ているのだ。と、納得していた。
やけに長い、長い夢を見ていた気がする。思い出せることは特にないが、ここはわたしの帰る場所で、彼女はわたしの家族のような存在であるのだと、その無意識な記憶だけが残っている。
泉の君は、わたしが素っ気なく対応したことに怒っているのか、泉の冷たい水を掛けてきた。
そして――。
わたしは文字通り、目を醒ますこととなった。
(冷たっ!?)
(なにっ!? なにごと!?)
(ぶわっ!?)
顔に目掛けて刺すような冷たさの水を掛けられる。本来であれば、スライムであるわたしは水の冷たさを感じることはなかったのだろう。けれど、朦朧とした状態ではあれど、人間であった頃の意識を取り戻したわたしには。牝鹿になっていたわたしには冷たく感じられた。
その衝撃で朦朧としていた意識はようやく鮮明になり、今までのことを思い出す。
事故に遭い死んでしまったこと。
天国と思しき場所で転生することになったこと。
そして宝石に触れたら、吸い込まれてスライムになっていたこと。
残念ながら、スライムとして生きていた頃の記憶は曖昧なままだった。
それにしてもどうしてスライムなの? 精霊に転生するのではなかったの? という疑問が湧いてきた。他にもたくさんの疑問が湧いてくる。けれど、今はそれよりも先に対処しなければいけない問題がある。
泉の君に冷たい水を掛けることを止めさせることだ。
(いやーっ! やめてーっ!)
わたしは心の叫びをあげた。そして、それが通じたのか、彼女の攻撃は止んでいた。
わたしは身震いをして水を振り払う。
泉の君をあらためて見ると、とても美しかった。泉の乙女。泉の精霊。その言葉が相応しい、少女が立っていた。
わたしは泉の君の美しさに言葉を失っていたけれど、彼女もまた、何かに言葉を失っているようだった。
「あなた、喋れるようになったのね!」
彼女は嬉しそうに小さく跳ねる。
どうやら、さきほどのわたしの心の叫びは、外に漏れていたようだ。どうやって心の叫びが聞こえたのかはわからない。
でも、彼女が嬉しそうにしている理由はなんとなくだけれど、理解できる。
わたしは今まで意識がなく、本能に従って動いていただけだった。彼女はそんなわたしに毎日話しかけ、共に過ごしてくれていたのだ。彼女はわたしを守ろうとしていたわけではないだろうけれど、結果的にわたしは彼女の庇護下にあって、今の今まで生きることができたのだということはわかる。
そして、そんなスライムが初めて言語を介したのだ。気分も上がるだろう。
とりあえずわたしは、喋ろうとしてみる。
「ぴぃぴぃ」
出てきたのは牝鹿の鳴き声だった。今のわたしは牝鹿なのだから、当たり前と言えば当たり前なのかもしれない。
「あら……?」
「今度はなんて言ったのかわからなかったわ」
「もしかして、魔力の込め方を知らないの?」
伝えるにもどうすればいいかわからないので、首を縦に振る。
「伝えたいって思うだけでいいのよ」
「そしたら段々、魔力の流れもわかるようになるわ」
「さっきもできたんだから、きっとできるはずよ」
さっきは口に出そうとしただけだったのがいけなかったかもしれない。それなら、心の中で声を出そうとすれば伝わるのだろう。
「もしもし聞こえていますか……」
「……! えぇ! 聞こえるわ!」
泉の彼女はパッと咲い、わたしと同じように声に魔力を乗せることで思いを伝えてきた。
心の声は、脳内に直接語りかけられているような感覚だった。つまり、念話というわけだ。
「お話ができるようになって嬉しいわ」
「ねぇ、あなたは特異なの?」
特異? 前世の知識から考えれば特殊個体などと言うやつだろうか。わたしはもしかしなくても、その類に入るのだろうと思う。だって、前世は人間でその記憶もあるわけだし。
どう説明すればよいのかわからないけれど、彼女に隠し事をする必要はないだろうと感じていた。
「特異かどうかはわかりませんが……」
「転生者ではあると思いますよ」
「前世の知識もありますし、その前世では人間でした」
泉の彼女は驚きの声をあげて、目を輝かせている。次の話を待っている顔だ。わたしはしどろもどろになりながら、前世で死んでしまったことと、天界のような場所で転生させてもらったことを話した――。
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