46話:森を抜けたその先に
誰に見せる訳でもないのに、お出かけ前は張り切ってオシャレをしたくなりますよね。
あの子が褒めてくれることを心のどこかで願いながら、心を躍らせて会いに行くんです。いいですよね。
◆
朝の支度を終えて、わたしたちは人間の住む街に向けてお出かけすることにした。
いつもと変わらない日、いつもと変わらない天気なのに、わたしの心はどこか高揚していた。
太陽もわたしたちを見守るように、森を照らしてくれていた。
「じゃあふたりとも、出発の準備はいい?」
「「はーい♪」」
リラとエフェリアは手を挙げて元気よく返事をする。その笑顔は太陽にも負けないくらい眩しかった。
わたしは身体の裡に大量の魔氷晶を取り込んでいた。
以前、トレントを倒した時のものも取り込んだままだけれど、身体の体積以上のものがしまわれている。
楽器とかは夜に寝るときや移動中に作ればいいかな。と、妥協することにした。
ものづくりに夢中になって、出立する日が遅くなってしまったら、せっかく決断したのに意味がなくなっちゃうからね。
……わたしの身体はどうなってるんだろう?
そう疑問に思って、やっぱりやめた。魔法があるし、きっと亜空間ポケットのようなものがあるのだろうと思考を停止させた。習うより慣れろというし、長いものには巻かれろともいう。
わたしは下肢を牝鹿のそれに変えて、リラとエフェリアにおしりを向けてその場に座り込む。そして、振り返って自分の背中を叩いた。栗毛のもふもふに、白い斑点、ぷりっとした尻尾がチャームポイントだ。
「それじゃあ、ふたりとも乗って」
わたしはふたりとも喜んで乗ってくれると思っていた。けれど、ふたりの反応は思っていたものと全く違ったんだ。
「わたし……一緒に歩くのがいいわ……」
「アタシは別にどっちでもイイケド……やっぱり、一緒の方がいいかしらっ♪」
エフェリアはリラの頭の上でイタズラっぽく咲っていた。
わたしは少し悩むようにして、人間の下肢に戻った。人の姿だと移動が遅くなってしまうけれど、別に急いでいるというわけではない。それに、そもそも急がなければいけない用事があるわけでもない。到着するのが数日早くても、遅くてもどちらでもいいわけなのだから。
わたしは下を向いて不貞腐れているリラの頬にキスをして、指を絡めて手を繋ぐ。リラは桃のように淡く顔を赤らめて、微笑んだ。
「じゃあ、行こっか」
「……うん♪」
「えーっ? ねぇねぇサフィ? アタシにはキスはないのン?」
エフェリアはわたしの胸に飛びついて、物欲しげに見つめてくる。わたしは仕方なくエフェリアを掌に乗せて、頬に寄せた。
エフェリアの小さな顔が頬に触れて、ワザとらしく音を鳴らす。
「は~い、ちゅ~」
「えっへへ~、これでお揃いね♪」
エフェリアの無垢な笑顔はとても眩しい。ずっとこのままでいてほしいと思う。そう考えると、どんなに外の世界を見たいと言っても、人間の住む街へ行くのは間違いなんじゃないかと思ってしまう。
精霊や妖精と違って、人間には純粋な悪意が存在する。それが悪いこととは言わない。けれど、それはどうしようもなく救いようがないものであることには違いない。
リラやエフェリアには、そういうものにはあまり触れてほしくないと思ってしまうんだ。
そうは言っても、それらの悪意に触れて自分以外の存在を考えることだって成長の一部だ。無理になってしまったら、また帰ってくればいい。それでいいんだ。
わたしたちは木漏れ日のカーテンが射す森を咲い合いながら歩いていた。花畑の中に入ったら花たちも風に揺れて鈴のような音を奏でて、一緒になって歌っていた。
「ふんふんふ~ん♪ ふんふんふ~ん♪」
わたしはいつか聞いた、さんぽの歌を歌っていた。腕を振って、少し大股にゆっくりと歩く。草の上をホップスコッチを踏むように、跳ねながら足跡を付けていく。
「ねぇサフィ、それはなんのお歌なの?」
「ん……うーん……さんぽの歌?」
歌詞も、メロディも今となってはうろ覚えだけれど、遠足なんかのお出かけでは定番の歌だったと思う。山道でまんまるのどんぐりを拾って、ポケットに溢れるくらい詰め込むんだ。それをコマにしたり、クッキーにしたりする。もう随分と昔のことで味すらも覚えてはいないけれど、そのときの記憶が映像として、いつまでも頭の中の劇場で繰り返されていた。
特別楽しいと感じていたわけでも、特別嬉しいと感じていたわけでもない。何気ない一日の出来事だったと思う。
そんなことを、いつまでも覚えている。
今日はママがいるであろうあの場所へは向かっていない。会ってしまったら、なんとなく別れたくなくなってしまうだろうし、街がある方向とは少しズレていた。
親不孝だっただろうか。なんて思う。お別れの挨拶はあのときしたけれど、あらためて会いに行ってからでもよかったかな。そんなことを考えていた。
隣では、もうさんぽの歌を覚えたリラとエフェリアが楽しそうに咲っていた。その声を聞いて、その笑顔を見て、わたしも自然と口を綻ばせていたんだ――。
◆
しばらくすると花畑を抜けて、森も抜けた。眼の前には背の低い草花が延々と広がっていた。小さな花を一面に咲かせて、色とりどりのカーペットを作り上げている。
太陽はちょうど昇りきったくらいで、空の上からわたしたちを祝福してくれている。
「わぁ~! キレ~イ!」
「ねぇ! 早く行きましょ!」
リラが目を輝かせて跳ねる。その度にハイポニーの髪が揺れて、かわいく見えた。
「じゃあアタシが一番乗り♪」
エフェリアはそう言うと、わたしの肩から飛び出して行ってしまった。
「あっ! エフェリア! ズルいわ!」
リラもスカートの裾を持ってエフェリアを追いかけて、行ってしまった。わたしもゆっくりと歩いていく。森の中とは違って、視界も晴れているから迷ってしまうことはないと思う。
明るい。
わたしは空に手をかざして、いつもより近くにあるように見える太陽をみた。
「いい天気……」
そんな独り言を口にした。少し先ではリラとエフェリアが追いかけっこをしている。微笑ましい光景だ。真っ白なワンピース(ネグリジェだけど)を着た少女が、花畑の中を駆け回る。とても画になる光景だ。
カメラがないことが悔やまれる。ついでに麦わら帽子。
わたしはまだ、この世界で人間を見たことがない。
ずっと泉に、森にいて、リラとエフェリア、それからママ以外に関わるヒトがいなかった。もしかしたらこの美しい世界には、わたしたちしかいないんじゃないかっていう……そんなくだらない妄想をしていた。
澄み渡る青空に、薄い雲がゆっくりと流れている。花たちが咲って、風と共にフォークダンスを踊っている。
「「サフィ~!」」
遠くでふたりがわたしを呼んでいる。わたしはワザとらしく溜め息を吐いて、色とりどりの花の中を駆けていったんだ。
「今行く~!」
ふたりは黄色い嬌声を上げて、逃げていく。みんなが咲っていた。追いかけて、追いついて、抱きついて、転がった。
花のベッドに身を委ねて、肩を揺らしながら笑っていた。太陽と花の匂いに包まれて、空を眺めていたんだ。
「ふふっ……あー、楽しかった!」
「もう、飛び回りすぎて疲れちゃったわ?」
エフェリアはリラの胸の上で大きなあくびをした。ぽかぽかな春の陽気も相まって、眠くなってしまうのも仕方ないだろう。
「ちょっとお昼寝していく?」
「ん……そうね」
「ふわぁぁ……わたしも少し眠たくなってきちゃったかも」
なんだか、良い夢が見られそう。そんなことを思った。
とても温かくて、ぽかぽかして、気持ちがいい。まぶたも遊び疲れたのか、だんだんと重くなってくる。
わたしたちはそのまま、色とりどりの花に見守られながら、三人で丸くなって抱き合いながら眠りに就いたんだ――。




