45話:お出かけの準備
修学旅行とかの準備ってワクワクしますよね。
やりたいことがいっぱいで、ついついトランプなんかを詰めてしまいます。
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目を開けると薄暗い空に、辺りは影に包まれて夜の気配を湛えていた。木々の梢にはまだ霧という名の布団が掛けられていた。
……変わらない朝だ。
今日という日は、きっと。わたしたちにとって、特別な日になる。そんな予感がする。そうだというのに、泉の、森の朝はなんの特別もなかった。
希望を見出すような黎明も、絶望を煽るような夜闇もなかった。
ただ清々しいほどに澄み切った空が、そこにはあったんだ。
いつもと同じように、わたしの横ではリラが眠っている。
安心しきった、かわいらしい寝息を立てている。わたしの体温を全身で感じようとしているかのように、腕に丸くなって抱きついている。手がリラの腿に挟まれていて、動かせそうになかった。
わたしはお腹の上で眠っているエフェリアを落とさないように身動ぎした。
リラの髪に顔を埋めるようにして、その匂いを堪能する。花のような、いい匂いがする。わたしはその匂いに包まれながら、再び目を閉じた。
リラたちが起きるまではゆっくりしていよう。そう思ったんだ。
◆
浅い眠りのまま、しばらく時間が経った。ふとリラが目を覚まして、わたしに覆い被さる。寝心地のいい場所を探すように、わたしの胸に頬擦りをして、また眠った。
……。
わたしはそのかわいらしい頬をつついた。ふにふにしていて、気持ちがいい。人差し指と親指のお腹で挟んでみたり、手の甲で撫でてみたりする。
「ん……」
「サフィのイジワル……」
リラは目を瞑ったまま、眠たそうな声で訴えた。寝言じゃなかろうか。そんなことを思って、わたしはリラの頬を撫で続けた。
だって、これはかわいいリラが悪い。わたしの胸に頭を乗せてきたんだから、リラのかわいい顔はわたしの物なんだ。
そんなわけのわからない言い訳を心の中で吐く。
「ん~……!」
リラはわたしの胸で夢の名残りを拭うようにして、その眠たそうな優しい顔をわたしに向けた。わたしと目が合うと、はにかんでわたしの頬を撫でた。まるで天使のような笑顔だと思った。きっと、誰が見ても惚れてしまうような、魅惑の笑顔だ。
「おはよ、サフィ」
「おはよう、リラ」
わたしが返事をするとリラは嬉しそうに、花のように咲う。そして、身を乗り出して頬にキスをされた。そのまま頬擦りをしたかと思うと、かわいらしい寝息が聞こえてきた。
「リラ、起きて」
「すぅ………………」
リラは起きそうもないから、わたしはお腹の上で眠っているエフェリアを支えながら身を起こした。片手でリラの身体を抱き起こして、もう片方の手でエフェリアを膝の上に乗せる。
「ほら、もう……お寝坊さんだね……起きて」
「もう少し一緒がいいの……」
「もう……」
わたしはリラを両腕で抱いて、背中を優しく叩く。朝の冷え込んだ空気と違って、リラの体温はとても温かくて、心地が良い。ずっと抱きついていたくなる温かさだ。ネグリジェのシルクのような布が擦れる感触も、リラの肌の感触もとても落ち着く。
腰に手を回すと、その細さが少し心配になる。わたしの腕でも回り込めるくらいで、リラの抱き寄せてその柔らかさと温もりを感じられるのは少し嬉しく思ってしまう。
リラは密着するようにワザと腰を反らせて、少しでも温まろうとする。わたしの寝起きで乱れた髪を指で梳いて、整えようとする。その何気ない反応が愛おしかった。
「ふわぁ……」
膝の上で丸まっていたエフェリアが身を起こして、花を咲かせるように背伸びをする。
「おはよう、エフェリア」
「ん~っ!」
「おはよっ♪」
エフェリアはとびっきりの笑顔で挨拶をすると、わたしの顔の前まで飛んできて、頬にキスをした。
それはそうと、わたしは腕に大きな赤ちゃんを抱えているから動けずにいた。
「もう、リラはまだ寝てるのン?」
「まったく、お寝坊さんなンだからっ!」
「起きてるも~ん……」
リラはものすごく眠たそうな声で説得力のない反論した。
「寝てるじゃないのよ」
「起きてるもん……」
「それは寝てるって言うのよ?」
「むぅ……」
「ふふっ――」
リラはたぶん、頬を膨らませているのだろうと想像して、きっとかわいいんだろうなと思ったら、笑い声がでてしまった。
「もう……笑わないでよ……」
リラが顔を離して、想像した通りの顔で頬を膨らませていた。桃のように少し赤らめて、とてもかわいかったんだ。
「ふふっ……ごめんね、リラ」
わたしは幼子をあやすようにリラの頭を抱くように寄せて撫でた。リラは唸りながも、その心地よさに身を委ねてくれていた。
「さて、起きたなら顔を洗わないと。ね」
リラとエフェリアに声を掛けて、朝のルーティンを終わらせる。顔を洗い夢の跡を落として、優しく拭う。
「今日はどんな髪型にしよっか」
わたしはリラの髪をいつものように優しく梳きながら独り言のように呟いた。
「せっかくのお出かけだもんね」
「どうせならかわいいやつがいいかな」
リラの髪は長いから、大抵の髪型にアレンジできる。ポニー、ツイン、サイド……。
女神巻きとか、姫カットとかも似合いそうだなぁと思う。
お出かけで歩き回っても崩れない髪型がいいよね。と思って、ハイポニーテールにすることにした。
女の子のかわいい髪型の定番だからこそ、リラにはとても似合うと思う。
リラは鼻歌を歌いながらエフェリアの髪を梳いている。エフェリアも嬉しそうに足を遊ばせながら同じ鼻歌を歌っていた。毎日のようにその歌を歌っているものだから、わたしもいつの間にか歌えるようになっていた。
「~♪」
前髪と中、後ろ髪に分けて、髪を持ち上げる。リラの髪はサラサラとしていて、ポニーテールにするためにはまとめにくかった。
髪をまとめ上げるとリラの細い首と髪の生え際が露わになる。わたしは特段、そこにフェチズムを覚える性質ではないのだけれど、その魅力というものはなんとなくわかる。見えていなかったものが見えることの神秘は、誰もが抱く憧憬なのだろう。
「リラ、痛くない?」
「うん。大丈夫よ」
リラ髪は長い。つまり、その分重い。少しキツめに縛らないと、髪の重さで弛んでしまう。けれど、キツく縛りすぎれば髪が引っ張られて傷ついてしまうし、痛くなる。そうならないように少し高めの位置でふたつ縛って、下から回してボリュームを着ける。それをリボンでふたつまとめて二重に縛れば完成だ。
「できたよ」
リラは泉を鏡にして、覗いて見ている。白い尻尾の付け根にあしらわれた藍色の大きなリボンが頭を揺らす度にその髪と共に優雅に揺れて、まさに白馬のようだと思った。
「どう? かわいい?」
「なんだかとってもオシャレさんね!」
エフェリアがリラの周りを飛びながら褒める。わたしもそれに同意するように首肯した。髪の間に隙間ができたことで、下げているときよりも髪の流れがよく分かる。
褒められて少し恥ずかしいのか、後ろで手を組んではにかんでいる姿がかわいらしい。
「とってもかわいいよ」
リラは跳ねるようにわたしの後ろまで回って、座った。
「ふふっ、じゃあ今度はサフィの番ね♪」
わたしはエフェリアを膝の上に乗せて、リラに髪を梳いてもらった。リラのハイポニーテールは少しアレンジしたものだから、わたしも結ぶのを手伝った。ポニーテールは簡単そうに見えて、キレイに纏めるのが意外と難しい。
リラを信用していないというわけではないけれど、コツを教えてあげたんだ。ふとしたときにお互いの指が触れて、その熱を感じ合う……誰かに梳いてもらって結んでもらうのもいいけれど、一緒にやるのも悪くないかな。
そう、思ったんだ――。




