43-2話:母を尋ねて
ママは森の動物たちに囲まれて、子守唄を歌うように歌っている。小鳥も、リスも、ウサギも。シカやオオカミでさえ、気持ちよさそうに眠っていた。
リラとわたしは立ち止まって、その光景に見惚れていた。何度見ても美しい。その温かな空間の邪魔をしてはいけないと思ってしまう。
「あのヒトがママ?」
リラは見惚れていたわけではなく、戸惑っていただけのようだった。けれど、邪魔をしてはいけないと思っていたのはリラも同じのようだった。
「そうよ! ママ、とぉってもキレイでしょ?」
エフェリアは自慢するように胸を張ると、そのまま飛び出していってしまった。
「ママ~ッ! 逢いに来たの~っ!」
「あっ待ってエフェリア――」
手を伸ばしても既に遅く、エフェリアはママの元へと向かっていってしまった。リラとわたしもエフェリアに続くように、歩いて行くことにした。
ママはエフェリアのかわいらしい、鈴のようにキレイな声に気が付いてゆっくりと目を開けた。小さな我が仔の姿が目に入ると、慈愛に満ちた目で咲って、両手を広げてわたしたちを迎えてくれた。
エフェリアは一番にママの胸に飛びついて、母の匂いを求めて頬擦りをする。ママは両手でエフェリアを優しく包みこんで、指で頭を撫でてあげていた。
「ママ、今日はとっても大きいのねっ!」
「ごめんなさいね。今日はあの仔たちもいるから……」
「うん? どうして謝るのン?」
「アタシは大きなママも大好きよ?」
「ふふっ、確かにそうね。わたくしも大好きよ」
「ねぇ、愛しい仔……わたくしもあなたのお名前を呼んでいいかしら?」
「もちろん。だってママはアタシの、みんなのママだもの」
「いっぱい呼んでほしいわ」
「そう、ありがとう――では、あなたのお名前教えてくれるかしら」
妖精、精霊は名前をとても大切にしている。だから、他人が勝手に名前を呼ぶことは禁忌なんだ。
その仔の口から名前を聞いて、初めて名前を口にすることが許される。しかしそれも、他の人に聞こえるような場所では口にしてはいけない。
そんなことを聞いた覚えがある。
「アタシ、エフェリア! サフィが付けてくれたのよ」
「いいお名前ね、エフェリア」
リラとわたしも、ママの元へとやってきた。
動物たちは目を覚まして、新しい友達に挨拶をするように擦り寄ってきた。
「……人懐っこいね」
「あなたたち、久しぶり」
「かわいい仔……よろしくね」
わたしは擦り寄ってきた鹿を撫でてあげた。前に牝鹿を吸収したから、なにか親近感があるのかもしれないと思った。
人間の頃では動物の個性を見分けることなんてできなかったのに、今はなんとなく、前見た仔と同じであることを理解できていた。これも精霊になった恩恵なのだろうか。
リラには小鳥やリスが擦り寄っていた。
手に彼らを乗せて、頬擦りして咲っている。
「サフィ、来てくれたのね。ありがとう――」
「ママ、とっても嬉しいわ」
「ほら、いらっしゃい」
ママは両手を広げて、わたしを腕に抱こうとする。
「い、いいよ……恥ずかしい……」
「それよりもほら、リラ。彼女が……ママだよ」
「あっ……うん……」
「わ、わたし……リラ」
わたしはリラにママを紹介する。ドルアンティアと言うか、お母さんというか、呼び方に迷ったけれど、ママと呼ぶことにした。
「リラ……愛しい仔……」
「今まで会ってあげられなくてごめんなさい」
「どうか赦してちょうだい」
ママは立ち上がって、リラを抱いた。リラの頭を子をあやす様に撫でて言う。
「わたくしはあなたのママなのだから、これからはたっぷりと甘えていいのよ」
「ママ……」
「そう、ママ」
リラはそう呟くと、ママの匂いを確かめるように顔を髪に埋めて、その安らぎに身を委ねた。
「……いい匂い」
「わたくしのことを、ママだと思ってくれるかしら」
「ん……うん……」
「どうしてかしら……わたし、初めて会ったような気がしないわ」
「とっても懐かしい……」
「それは本当に、リラがわたくしの仔だから――」
リラは解らないといったように視線をママの背に向けた。
けれど、本能的にそれを理解し、受け入れたようだった。
「……そっか」
「わたしの……ママなのね」
わたしは無意識に、スカートの裾を強く握っていたんだ。
ママはそれに気がついて、リラを抱きながらわたしを手招きした。
「ふふっ、ほら、サフィもいらっしゃい」
「わ、わたしはいいよ……お母さん」
「あら、大人ぶっちゃって……ママって呼んでいいのよ?」
わたしはそっぽを向いて、顔を赤くした。シニヨンヘアにした髪の、飛び出させた触角をくるくると指で巻く。ママには敵わない。全てを包み込んでしまう優しさが、少し恨めしい。
わたしの感情は嫌がりつつも、身体は正直だったようで、足を引きずりながらお母さんに抱かれに行っていた。
「素直じゃないのね……いいこいいこ……」
左右にリラとわたし、双子のようにそっくりな精霊を抱いて、慈愛に満ちた笑顔で包んでくれる。
わたしは口を尖らせて、むず痒い気持ちに耐えていた。
「お母さん、今日は……その」
「また、訊きたいことがあるの」
「そう、じゃあ座りましょうか」
お母さんはそう言うと、膝を叩いてわたしたちを誘った。
エフェリアはその膝に飛びついて、寝っ転がった。
リラも隣に座って、その肩に体重を預ける。
「ほら、サフィも」
「……うん」
わたしはリラの反対側に座って、寄り添った。
触れ合っている肩が温かい。
親子でピクニックに来ているようだと思った。
「ねぇ、お母さん……」
「ママとは呼んでくれないの?」
「………………」
「リラは永遠不滅の魂を手に入れられたの?」
「もう、消えなくて済むようになったの?」
わたしは人間の住む街の方角を訊こうと思っていた。けれど、その前にリラのことがどうしても気になってしまって、そのことを訊いていたんだ。
ママならなにか知っているかもしれない。
そんな期待を抱いていたんだ。
「そうね」
「リラ、手を見せて。それからお顔も」
お母さんはリラの手を取って、左薬指を見た。それから、リラの両頬を持って、その緑色のキレイな目を覗き込んだ。
「リラの目はキレイね」
「ありがとう、もう大丈夫よ」
「うん……ママ、今のでなにかわかったの?」
「えぇ、リラはもう消えてしまうことはないわ」
「「本当?」」
リラとわたしは、同時に聞いていた。
「ふふっ、もちろん」
「サフィ、指輪を嵌めたとき、加護を授からなかった?」
そう言われてみると、そんな気がする。あの淡い光は、名前の加護を授かったときと似ていた。
「だぶん、授かったと……思う」
「それなら大丈夫。安心していいのよ」
「………………そっか」
胸に広がっていた不安が、スっと消えていくのがわかった。ずっと言葉に表せないような不安が蔓延っていた。
それが嘘のように引いていく。身体の裡から蝕むような闇が、光を浴びて消えていったんだ――。




