43-1話:母を尋ねて
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春。それは命が芽吹く季節。蝶々がわたしたちの頭上をゆっくりと過ぎていって、小さな花たちと挨拶代わりのキスをしている。
リラ、エフェリア、そしてわたしの三人は泉の畔でのんびりと過ごしていた。
わたしは空に手を掲げて、左手の薬指に嵌められた指輪をみた。あの月明かりに祝福されていた日の夜、リラに渡したものと同じデザインの指輪だ。
「ねぇ、リラ、エフェリア」
「ん……なぁに?」
ふたりは同じような返事をして、わたしを見た。
「……今からママに会いに行って見ない?」
そんなことを提案する。ドルアンティアとは落ち着いて話したいことが色々とある。
それに、リラとエフェリアのこともちゃんと紹介したい。
なんだか変な気分だけれど、名前を付けて家族になったことには違いはない。だから、挨拶だとか、報告だとか、そういうことは早めにしておきたい。
「ママ!? 行く行く!」
「早く会いに行きたいわ!」
「ん……わたしも会ってみたい、かな」
エフェリアはもう既にママと会ったことがあるし、乗り気だった。
けれど、リラはまだ気持ちが決まっていないようだった。それもそうだと思う。いきなりママだと言われても、今まで会ったこともないのだからしっくりこないだろう。それに、会いに行くということは泉を出るということに他ならない。
思い出したくもない、あの日の出来事を想像してしまうのは仕方がないことなのかもしれない。
この前エフェリアは、ママに会いたいならそう思えば遇える。と、言っていたはずだ。なら、ここで名前を叫んだら会いに来てくれないだろうか。なんてことを思った。
それに、ドルアンティアは近いうちに逢いに行くとも言っていた。それなら、無理をしないでも逢いに来てくれるのを待っていればいいのではないだろうか。
でも、永い時を生きる精霊が、人間の感覚と同じとは思えない。
近いうち。が、一年以内に。なんて意味だったらさすがに待っていられない。
だから、ドルアンティアが来てくれることを期待するよりも、わたしたちから逢いに行ってしまった方がいいだろう。それに、彼女の性格からすると、きっとその方が喜んでくれるような気もする。
「じゃあ、逢いに行こっか」
わたしは身体を起こして、ふたりに微笑みかけた。
◆
お昼前の森はやや明るくて、夜の残滓もすっかりなくなっていた。木々の間から射す木漏れ日が温かい。土は湿ってひんやりとしているけれど、水を司るリラやわたしにはあまり関係のないことだった。
エフェリアは上機嫌に鼻歌を歌いながらわたしたちの周りを飛び回っている。
けれど、リラはあまり浮かない顔をしていた。
わたしは指を絡めて繋いだ手を引き寄せて、リラの心を少しでも温めようとした。
「リラ、大丈夫だよ」
「……うん」
「んもうっ、リラったら、まだ弱っちいままなのね?」
「そんな弱気になったって、なンにも変わりはしないわ?」
「サフィも、アタシもいるンだから、もっと咲って? ね?」
エフェリアがリラを元気づけてくれる。リラもエフェリアの言葉を聞いて、いくらか明るくなったような気もする。エフェリアの底なしに見える無邪気な笑顔は、見ているだけで元気を貰える。
エフェリアもそれをわかってか、リラのことを励ましてくれているような気がする。
わたしはゆっくりとふたりから視線を外して、森の緑に目を向けた。古森の地面は苔生しっていて、裸足で歩いていても痛くない。小枝なんかも落ちているけれど、柔らかな落ち葉のほうが多いし、気をつけて歩けば大丈夫だとは思う。
「……まだいるのかな」
わたしはそんなことを口にしていた。ママ……ドルアンティアは、この森の精霊だ。なら、ひとつの場所に留まっているなんてことは、ないのではないかと感じていた。
「どうしたのン?」
「ママはまだいるのかなって思っただけだよ」
「いるに決まってるじゃない」
「エフェリアにはどうして分かるの?」
「どうしてって……ママはアタシたちを見守ってくれてるンだから、当たり前じゃない」
「サフィはママがいないと思うのン?」
「……どうだろ」
わからない。でも、なんとなくいるような気がする。エフェリアのその感覚はわからないけれど、どこかでママは見守ってくれているという漠然とした安心感があった。
「リラはどう? 緊張する……?」
「ん……どうかしら……」
「わたしもちょっと……よくわからないわ」
「ふたりとも心配性なのね?」
「なら、お歌でも歌いましょうよ」
「そしたらきっと、楽しくなって不安なことなんてみーんな忘れちゃうわ?」
エフェリアが鼻歌を歌って、リラとわたしもそれに続いて歌ってみる。始めはぎこちないリズムだったけれど、段々と楽しくなってきて、腕を大きく振ったり、ステップを踏んだりする。
「~♪」
暗かったリラの顔は、段々と明るくなっていった。俯き気味だった顔も、いつの間にか前を向いて咲ってくれている。
袖を振って、スカートをひらひらと花開かせる。リラとエフェリアのふたりが楽しそうにしているのをみていたら、ついつい、わたしも口を綻ばせていたんだ。
いつの間にかあの花畑に着いていて、その中を花たちを傷つけてしまわないように進んでいった。
チリリ、チリン――。と。
花たちも鈴のようなキレイな音を鳴らして、わたしたちと一緒に歌っている。
身体を揺らして、楽しそうに咲っている。
そうしていたら、気が付いたときには切り株のあるあの場所はもうすぐそこで、優しい夢想曲が聞こえてくる。楽しい時間はあっという間に過ぎていってしまったように感じる。
少し名残惜しい。
その優しい音を頼りに進んでいくと、視界が開けて舞台が見えた。
その舞台の縁に座って、ママは以前訪れたときと同じようにライアーを弾いていた――。




