41話:これからのお話
始まりました第二幕、彼女たちは泉の外へと歩いて行くでしょう。
どうかその勇気を見守っていてあげてください。
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――あの、月明かりに祝福された日の夜。
わたしたちが永遠不滅の愛を誓いあった日から、数日が経っていた。
もう、なにも心配することなんてなくって、ただ、ただ幸せな時間を過ごしていたんだ――。
◆
若葉の緑が目に鮮やかになって、そよ風が薫る季節。森もすっかりその陽気に当てられて、木陰にひっそりと残っていた雪もすっかり解けて土が顔を見せていた。
小さな小鳥が真珠のような歌声で森の愛しい隣人たちに朝を告げる。
気持ちのいい朝だ。
わたしの隣では、リラとエフェリアが気持ちよさそうに眠っている。すぅすぅと、耳を澄まさなければ聞こえない、かわいらしい寝息に微笑んで髪を撫でる。
わたしはこの上ない幸せを感じていた。何もかもが満たされている。好きなコと結ばれて、好きなコが隣にいて、好きなコがわたしの腕の中で安心して眠ってくれている。
これ以上の幸せなんてあるのだろうかと考えてしまうほどだった。
――ずっと、この時間が続いてしまえばいいのに。
そう思ったんだ。
リラの頬に掛かった髪を耳に掛けてあげて、そっと、その柔らかい頬を手の甲で触れた。温かくて、すべすべしていて気持ちがいい。
この幸せな時間は永遠に続いていてほしい。けれど、それではいけないのだと、わたしは感じていた。
わたしの次の目標は、『人間の暮らす街に出て、そこで暮らしていけるようにすること』だ。
これはわたしの願いであって、同時にリラの願いでもある。
リラの願いは漠然としていて、『外の世界を見たい』ということだけだったけれど、それを叶わせるには、泉から離れなければいけない。
泉から通い詰める……ということもできるかもしれない。けれど、それでは意味がない。
それだとこの泉から遠く離れている場所へは行けないし、外の世界と本当の意味で関わりを持つことができない。リラは泉に囚われたままで、ひとりぼっちのままだ。
それじゃダメだ。
リラにはたくさんの友達ができてほしい。それでたくさんの気持ちを知ってほしい。
きっと、その中には黒いものもあるかもしれない。けれど、それも含めて世界であることを知ってほしい。
これはエフェリアも一緒だ。
エフェリアだって、今までひとりぼっちだった。だから、リラと、わたしと一緒に広い世界を。楽しい世界を。見せてあげたいと思うんだ。
――わたしはリラと誓いを立てた。結ばれた。
前世と同じ伝承が通用するなら、リラはわたしと結婚して、永遠不滅の魂を得たはずだ。
指輪を嵌めたとき、わたしたちは確かに『加護』を授かった。
もしそうだとするならば、リラを泉に縛り付けるものはもうなにもない。
自由になったんだ。
だから、もう一度お出かけをして、本当にそうなっているか、調べなくちゃいけない。
もし、そうだったら、今度こそ、本当に自由だ。
そうじゃなかったら……それはそのときに考えようと思う。
今は悪いように考えたって意味がない。前向きに考えて、希望を見出すべきだと思う。
古来より人々が星を追い続け、その先に楽園を夢見たように、わたしたちも希望を胸に抱いて前へ、前へと進むべきなんだ。
――人の街へ行くには、どこに向かえばいいんだろう。
ふと、そんなことを思った。
リラも、エフェリアも、わたしも。どこから人がやってきて、どこに街があるのかなんて知らない。
誰かそんなことを知っていそうな知り合いだっていない。
リラがいつか言っていたように、人間がこの泉にやってくるのを待つしかないのかもしれない。
……それでもいいかな。
なんてことを思った。だって、別に焦る必要はない。リラと、エフェリアと幸せな時間を過ごすのは悪くない。
けれど。
人間がやってこないことを言い訳にして、ずっと泉で過ごしてしまいそうで怖い。否、きっとわたしはそうしてしまう。この幸せがなくなってしまうのが怖いから。
この幸せを手放してしまうのが怖いから――。
だから、だからこそ。
わたしは……。
………………。
自問自答を繰り返していた末、なにかが引っかかった。
誰かそんなことを知っていそうな知り合い?
わたしはリラの髪の、いい匂いを嗅ぎながらうつらうつらとしていた。
それだというのに、そのナニカが引っかかってわたしの安眠を邪魔するんだ。
なんだっけかな。知り合いなんて誰かいただろうか。
わたしが知っているヒトといえば、会えないことを除けば神様でしょ。リラ、エフェリア――。
……ママがいた。
そうだ。ママだ。
ママなら、きっと知っているはず。だって、エフェリアが言うにはこの森のママなのだから。だったら、この森の終わりまで把握しているだろうし、もしかしたら自然があるところであればどこでも存在できるような高位の精霊かもしれない。
ママに逢いに行こう。
それで、リラと結婚したことを伝えよう。ママは近いうちに逢いに来てくれるって言っていたけれど、わたしたちから逢いに行ってしまおう。
まだちゃんと自己紹介もできていないだろうし、ちょうどいいと思う。
リラだって、ママと逢いたいだろうから――。
――このときのわたしは、ドルアンティアのことを心の中で、自然と『ママ』と呼んでいたことに気が付いていなかった。




