幕間2:エフェリア、誕生日おめでとう
森の雪がまだ溶けきらないような、寒さの残る朝だった。
枝先に残る白は冬に咲く花のようで、雪桜だなんて呼ばれていたことを思い出していた。
凍った大地の奥で、生命が目を覚まし始めていた。冷え切った土の下に眠りを続けていたそれが、僅かに身動ぎをする。雪の間から顔を見せて、春の訪れを感じさせる。
暦の上では、今日が春の始まりだった。人の世界ではそう名付けられ、森の世界では名付けられる前から本能的に知っている日だ。
冬がまだ空に居座りながらも退く準備を始めたことを、森の隣人たちは察していた。
この日、森はひとつの生命の誕生を祝う。
声を高らかに告げることはなく、花もまだ咲かせることはない。ただ、太陽が光をほんの少し長く地上に留め、その生誕を祝福してくれる。風も少しばかり、優しく頬を撫でてくれる。そんな日だ。
——立春。
それは、エフェリアが生まれた日だった。
光の粒子のような、精霊の仔供が「おめでとう」と囁いている。彼女たちは蛍のように光っては消え、宙を漂って風に揺れて咲っていた。
とは言え、彼女は誕生日などという概念を持ち合わせてはいない。なにせ彼女、エフェリアは春の妖精だ。春を告げる小さな彼女たちは地上で冬を越すことはない。大地の布団を被って、来るその時まで眠りについているのだから。
では、エフェリアは?
彼女も冬を越すことはできないのだろうか。
否、その心配はいらない。
これより彼女はその名を授かる。いずれ個として認められる彼女が、枯れて消えてしまうなんてことはもうないんだ――。
◆
「おはよっ♪」
『おはよう』、『おはよう』と愛しい隣人たちがその身体を揺らして挨拶をする。エフェリアはあのヘンテコな精霊に出会ってから、そのかわいらしい顔に花をよく咲かせるようになっていた。
雪で作られた家は未だ顕在で、泉の畔に慎ましく鎮座している。サフィがその気になれば、いつまでもそのまま残しておくことができるだろう。その無垢な家の中を覗けば、ふたりの精霊が気持ちよさそうに眠っている。ベッドのヘッドボードにはキミたちのぬいぐるみが仲良く並べられている。
青く冷ややかだった部屋に窓から射す薄絹の光が温もりを与え、そよ風が眠り姫たちの頬を撫でた。朝の訪れにサフィとリラも目を醒まし、夢から飛び立つために羽を伸ばした。
クリスマスの次は新年、お正月ではないのか? キミたちは疑問に思うことだろう。確かに、それもあるかもしれないね。
きっと彼女たちも雪で作った鏡餅を飾ったり、ブルーベルの除夜の鐘を聴いたりしたことだろう。ブルーベルの開花時期は春だって? まぁ早起きな仔だっているかもしれないじゃないか。
彼女たちにも新年は訪れど、今はまだ年越し蕎麦やお餅、お雑煮なんてものを楽しむことはできない。満足に楽しめないというのに、無理をして楽しむ必要があるだろうか。
ならばいっそのこと、次の年こそ今年の分までめいっぱい楽しめばいい。
そうだろう?
たくさんのヒトたちに囲まれながら、食卓を共にしよう。笑い合い、話に花を咲かせよう。寒さなんて忘れてしまうくらいに温かな夜を過ごそう。
彼女たちには、そういう新年こそが相応しい。
『コホン……』
ボクは口に軽く握った拳を当ててワザとらしい咳払いをする。
少し熱く語りすぎたかな。
ああ! そうだった。
目醒めた彼女たちはいつものようにおはようのキスをしてね。泉の畔で顔を洗うんだ。そうしていつもより上機嫌なエフェリアを見て、彼女たちは訊いたのサ。
「エフェリア、なにかいいことでもあったの?」とね。
サフィとリラが幸せそうな顔をしているエフェリアを見て、釣られて笑顔になる。気持ちよさそうに髪を梳かれながら、エフェリアは愛しい隣人たちのことをふたりに教える。
「みんながね、アタシにおめでとうって言ってくれてるの」
「今日はアタシの誕生日なんだって♪」
「誕生日?」
目を見開いて驚くサフィとは対象的に、リラは首を傾げた。
「誕生日って言うのは、そのヒトが生まれた日のことだよ」
「この世に生まれてくれた特別な日としてお祝いするんだ」
「これからも幸せに生きてほしいとか、元気に育ってほしいとかってね」
「それでケーキっていう食べ物を食べたり、お祝いの気持ちとしてプレゼントを渡したりするの」
「今日がエフェリアの誕生日なら、エフェリアは今日の主役だね」
「ステキ! それじゃあ、わたしたちもエフェリアになにかプレゼントしましょ♪」
そうして、今日という日は泉の畔でプレゼントを作る日にしたんだ。
いつもと変わらないような、なんでもない日かもしれない。だけれど、彼女たちにとっては確かに特別な一日だったんだ。
いつもよりも幸せそうな笑顔で、なんでもない話をした。それがどれほど幸せなことか、彼女たちは知っていたんだね。
誰かのためを――家族のためを想ってプレゼントを作る。心を込めて作ったそれらには魂が宿るものだ。
サフィは魔氷晶で作った花冠をエフェリアにプレゼントした。
リラはその器用な手先で、エフェリアにぴったりな花のようなドレスを新しく編んで、プレゼントした。
受け取ったプレゼントはどこか温かく、身体の裡から幸せな気持ちが溢れてくる。
エフェリアは両手に大好きな家族からのプレゼントを抱えて、笑顔という名の花を咲かせた。
「エフェリア、誕生日おめでとう――」
誕生を2/4かブルーベルの誕生日2/6にするかずっと悩んでいるんですね。もう暦の概念がないなら2/4~2/6の間が誕生日ってことでいいですか。




