幕間1-2:真っ赤なお鼻のシカさん
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サフィ、リラ、そしてエフェリアの前には立派なカマクラができあがっていた。
それはもう、城と形容しても過言ではないと思えるほどに、彼女たちの目には輝いて見えていた。
ヒトひとりが立って移動できるくらいの天井を備えた、一階建てのカマクラ。窓や見た目だけの暖炉に煙突、雪のベッドにソファなど、彼女たちにとって憧れの空間がそこには広がっていたんだ。
雪で作られた家族たちも部屋の隅や窓辺で見守ってくれている。
サフィは寒くならないように窓には魔氷晶を加工した窓ガラスやカーテンを付けていた。ソファやベッドにも魔力で編んだ布を敷いて、柔らかく、温かいものに仕上げていた。
これはリラの頑張りのおかげでもある。
真っ白な家に僅かながらも彩りがもたらされ、彼女たちにはさも豪華な宮殿のようにさえ見えていた。居間のカーペットには花柄の絵を描き、テーブルには藍色のクロスを敷いた。他にも作りたいものはたくさんあるけれど、今日はもう眠る時間だ。
「ん〜! 夢中になって作っちゃったね」
サフィは伸びをして凝り固まった身体を解した。リラも、エフェリアも夢中になって自分たちのお家作りに励んでいた。満足のいくお家を作るには、もう何日かは掛かりそうだと思った。
サフィは雪のベッドを整えて、寝る準備をする。オシャレした髪を解いて、ネグリジェに付いた汚れを魔法で落とす。ついでに少し、花のいい香りを付けた。
「アラ、もうこんなに時間が経っちゃってたのね?」
「アタシ、もう少し作っていたいわ」
「ねー、わたしもまだまだ作っていたいわ」
「ほら、そんなこと言ってないでもう寝ないと……楽しみはまた明日に取っておいた方が楽しいよ?」
「リラも、エフェリアもおいで」
サフィはベッドの隣を手で叩いてふたりを誘った。彼女たちは天使のようにはにかむと素直に青い君の隣に座った。
リラはサフィに背を向けると、髪を解いて梳くように催促する。そうして貰えるのが当たり前のように。
サフィも仕方ないといった風に微笑むと、リラの髪を優しく梳いてあげるんだ。
エフェリアはその間、サフィの膝の上で脚を遊ばせていた。だけれど、それでは少し寂しかったようで、リラに髪を解いてもらうことにしたようだ。
「ねぇねぇリラ? アタシの髪を梳いてちょうだいな」
「うん。いいよ」
彼女たちがこうして髪を愛でるときはいつも、サフィがリラの髪を、リラがエフェリアの髪をそうするのが日課になっていた。微笑ましいことだ。
サフィはこの、髪を梳く静かな時間が好きだった。まるで本当の妹のように慈しみ、リラの髪を丁寧に梳いていく。櫛を通す度に優しい香りが鼻に届く。触れれば絹のように柔らかな感触が指の間を流れていく。
「この世界にも……サンタさんっているのかなぁ」
サフィはそんなことを口にしていた。冬といえばクリスマス、クリスマスといえばサンタさんだ。この際どちらが先かなどということは置いておこう。モミの木にオーナメントを飾り付けて、温かなミルクとクッキーを置いておく。そうして夜になれば、煙突から真っ赤な服を着た恰幅のいいおじさんが枕元の靴下にプレゼントを置いていってくれる――子供であれば誰もが憧れる御伽噺だ。
「サンタさんって……だぁれ?」
「いい子の元にやってくる……妖精みたいなものかな? あ、でもそれならトントゥの方が近いかも?」
「クリスマスっていう日にね、プレゼントをくれる優しいヒトのことだよ」
「アタシたちのところにも来てくれるのかしら! 」
「だって、サフィも、リラもとってもいい仔だもの、きっと来てくれるわよね?」
エフェリアは無垢な笑顔をサフィに向けた。そう言われてしまっては、サフィもプレゼントを作らないという選択肢はなくなってしまう。家族の笑顔を見るためだ。なにより、それはサフィが一番見ていたい大切なものなのだから、プレゼント作りにはきっと励むことだろう。
「そうだね、絶対来てくれるよ」
「ちょっと時間がかかるかもしれないけど……それまで楽しみにしてようね」
「「うん♪」」
そうして、愛しい彼女たちは久方振りの暖かな巣の中で眠りについたんだ。おやすみ、我が愛し仔たちよ。
◆
――さて、本来ならばここはサフィが奮闘して、リラとエフェリアにプレゼントをあげるべきなのだろう。きっとそれがいいのだろうし、その方がいい。
しかし、しかしだ諸君。
それでは……いったい誰が、サフィにプレゼントをくれてやるんだい?
そう、そうだとも。誰もいやしない。いないんだよ。
それではいけない。あの世界にはドルアンティアがいるかもしれない。リラやエフェリアがいるかもしれない。サフィが彼女たちにプレゼントを渡して、その見返りにプレゼントを貰えるかもしれない……。
でもそれでは意味がないんだ。
誰かも分からない良き隣人からプレゼントを貰うからこそ救われるんだ。そうあるべきだ。そうでなくてはいけない。
サフィもその喜びを享受するべきだとボクは言おう。
――だから。
ここはボクが。神であるこのボクこそが。
愛しいボクらの彼女たちにプレゼントを贈ろう。
彼女たちの魔力の糸だけでは作るのが難しい、ぬいぐるみにしよう。彼女たちの形をした、新しい家族を授けよう――。
◆
月明かりさえも届かない、雪降る聖夜。煙突から……とはいかなかったけれど、ボクは彼女たちの世界へと降り立ち、魔氷晶で作られた扉を開いた。
「よくできている。素晴らしいできだね。火もないというのに暖かく感じるのは気のせいじゃあなさそうだ」
愛しい彼女たちを起こさないように独り言を呟く。一切の灯りがない世界だと言うのに、この家の中はボクには明るく見えていた。喩えそれが、魔法に因る視覚補正なのだとしても、この錯覚は嘘じゃないと言い切ろう。
愛しい彼女たちはかわいらしい寝息を立てて、幸せそうに眠っていた。ボクはその枕元にひとつずつ丁寧に包みあげたプレゼントの箱を置いた。
申し訳ないけれど、靴下に入れることは叶わない。少しばかり大きいからね。そうだね……エフェリアくらいの大きさをした、かわいらしい小さなキミたちのぬいぐるみだよ。エフェリアにとっては大きいけれど、まぁそれはおいておこう。
サフィにリラ、そしてエフェリア。それぞれを模した小さな家族たちだ。ぜひキミたちと同じように、一緒に過ごさせてあげてほしいものだね。
ボクは暗がりの部屋を見渡した。家と言うには少しばかり拙さの目立つ手作りの温かい家だ。彼女たちが心を込めて作ったのが窺える。
ボクはゆっくりと部屋を廻り、家を撫でていった。どれも冷たく、硬い。雪と氷でできているのだから当たり前なのだろう。
ボクが感じてしまっているこの憐れみはきっと……キミたちにとって不要なもので、無礼だとも受け取れるだろう。今のキミたちはこの世界で、もっとも幸せな家族であることをこのボクが保証しよう。
ボクは灰雪の降る外に一瞥を投げ、玄関へと歩みを進めた。音もなく扉が開かれ、刺すような空気を全身に浴びる。
別れが惜しくなって、ふと振り返る。
このときボクは、どんな顔をしていたのだろう。よく思い出せなかった。きっと、哀しい顔をしていたように思う。
そう思って、ボクはボクの顔を書き換えたんだ。
別れは笑顔であるべきだ。幸せな彼女たちには、笑顔こそが相応しい。
「――おやすみ、愛しいボクらの彼女たち」




