幕間1-1:真っ赤なお鼻のシカさん
あったかもしれないクリスマスのお話です。
チョコラでできた木々に、粉砂糖をたっぷりとふりかけるようにしんしんと降り積もる灰雪。泉のブリュレを作り上げるように、水面には薄氷が張られていた。
この世界にも、誰もが喜びに花を咲かせる日、聖夜が訪れる。
無論、この世界にかの救世主は降臨していない。かの宗教もなければ、かの信仰も、かの祝盃もない。
しかし、しかしだ。
そんなものがなくても、祝ってはイケない理由なんてないだろう?
そうだとも。
ボクらの愛しい彼女たちが笑顔になってくれる。たったそれだけの理由で、ボクらは名も無き神を祀りあげようじゃないか――。
◆
サフィにリラ、そしてエフェリア。彼女たちは今日も笑顔でこの残酷で美しい世界を生きている。
古森は雪という名のふかふかのベッドの中で眠っている。動物たちも今は暖かな巣の中で幸せな夢を見ていることだろう。
そんな中、ベッドから飛び起きて雀のように歌い踊る少女たちがいる。ボクらの愛しい彼女たちのことだ。
凍った泉の上を滑り、蹴り、花のようにスカートを広げて回る。世界でたったひとつしかない大輪の花だ。一面の銀世界の中で、同じように穢れを一切知らない純白のヴェールだけが皓白としていた。
サフィとエフェリアはリラが舞うように滑る様に見蕩れていた。潤わせた大きな瞳には雪明かりを映して輝かせている。頬は寒さのせいか薄桃色に染まり、小さくてかわいらしい口を開けてその感動は口の端から形を持って溢れ出ていた。
「サフィも、エフェリアも一緒に遊ぼ〜♪」
リラが遠くから手を振って呼びかける。それに対してサフィは産まれたばかりの仔鹿のようになりながら、氷の上を辛うじて立つことしかできなかった。
エフェリアといえばサフィの頭の上で温かそうなモコモコの服を着て暖をとっていた。もちろん、その服はサフィのお手製だ。
寒さに弱いエフェリアのために、丹精を込めて編んだ一級品だとも。
「そうしたいのはやまやまだけど……! む、むり……!」
「スケート靴がないと怖いしそもそも滑ったことなんてないのに……!」
「アラ、珍しいわネ? サフィが弱っちいなんて」
「リラができるンだから、サフィだってできるわよ」
「できないからこうなってるんじゃない……!」
サフィは地べたに座り込んで、大袈裟に腕を振った。けれど、リラはそんなことはお構いなしにサフィの腕を引いたんだ。
「大丈夫、わたしが一緒に滑ってあげるわ」
サフィはリラに両手を掴まれて、頬を真っ赤に染め上げていた。股を内側に曲げて震えつつも、一生懸命、立とうとしていた。
「お願い待って……手を離さないで……」
「もう、サフィったら怖がりさんね」
「大丈夫よ、ほら、わたしを見て?」
それでもサフィは脚を震えさせて、涙目になっていた。エフェリアはそんなサフィが物珍しいのか、少しからかうようにして楽しんでいた。
「ほらほら、サフィ頑張って?」
「アタシも応援してあげるっ♪」
エフェリアはサフィとリラの間を飛んで彼女なりに励まそうとする。
それでも怖気付いたままのサフィを、リラは力強く引っ張って抱き寄せた。情熱的なダンスを踊る時のように身を寄せて、腰に手を回したんだ。
サフィの顔は赤くなっていく一方で、湯気が出てしまうのではないかと思うほどに熱くなっていた。
「ほら、これなら怖くないわ?」
サフィはリラの顔に見蕩れて、いつの間にか脚の震えはなくなっていた。全身に感じるリラの温もりに身を委ねて、鼓動が高鳴っていくのを感じている。
リラは顔を綻ばせて、ゆっくりと滑りながら踊り出した。サフィが転んでしまわないように、腰に回した手を強く抱き寄せながらもう片方の手を肩まで掲げた。
舞踏会で社交ダンスを踊るようにしながらゆったりと氷の上を滑っていたんだ。
目を閉じて、鼻歌を歌いながらお互いの温もりに身を寄せる。寒さが際立つ冬の季節だからこそ、よりいっそうその温もりを感じることができて、幸せに浸っていた。
エフェリアも一緒になって歌い、踊って楽しんでいた。白鳥のように美しく緩やかな舞を披露する。それはまるでオルゴールのバレリーナを思わせた。
◆
愛しい彼女たちは飽きもせず、毎日のように滑り、踊っていた。そうしているうちに、だんだんとサフィも氷の上をうまく滑れるようになった。リラに手を引いて貰わなくても、なんとかひとりで滑ることができるようになり、脚も震えなくなっていた。
愛娘の成長を見守るように、彼女たちの間には前よりも笑顔が増えたように思う。リラはサフィと一緒に滑ることができるようになって、とても嬉しそうだ。
滑って遊んで、やがて太陽が昇り昼になる。
すると、泉に張った氷は溶け始めて、せっかくの舞台はなくなってしまう。サフィやリラがその上を滑っても、割れてしまうなんてことはないけれど、ジャンプをすればひとたまりもない。
だから、彼女たちはお昼になると雪で遊び始めるんだ。
泉の畔にはもう既に幾人もの観客に、家族が作られていた。ずんぐりむっくり、まん丸の雪だるまに小さな雪ウサギたち。
他にも小鳥や少し不格好なオオカミ、キツネやシカなんかも作られていた。
「エフェリア、見て見て、新しいウサギさんよ」
リラは手のひらに収まるくらいの、小さな雪ウサギを作っていた。分厚く硬い深緑の葉を耳にして、真っ赤な木の実をふたつ付けて、クリクリお目目にすれば完成だ。
「もう、リラったら、作りすぎじゃない?」
「でもこれだけいたら寂しくないわね」
「ふふ、そうでしょ」
「でもお外は寒いし、みんなのお家も作ってあげたいね」
もちろん、雪でできているのだから寒くなんてないし、むしろ寒くなければ溶けてしまう。だけれど、温かな家というものがかけがえのないものであることも違いない。
「じゃあカマクラでも作ろっか」
「「カマクラ?」」
一際大きな雪玉を転がしていたサフィが、そんなことを言う。リラとエフェリアのふたりは揃って首を傾げ、顔を見合せたんだ。
「サフィ、カマクラってなぁに?」
「雪と氷でできたお家みたいなものだよ」
「中は風が入って来ないから温かいし、作ったらこれからはわたしたちが中で一緒に寝るのにもちょうどいいかも」
今まで、彼女たちは魔氷晶で作ったテントで一緒に眠っていた。それでも問題はないけれど、カマクラという未知のお家への興味に勝るものはなかった。
「ステキ! 早く作りましょう!」
「ねぇねぇ、どうやって作るの?」
リラも、エフェリアも目を輝かせて食い入るようにサフィに迫った。サフィはふたりの熱意に圧倒されつつも、とても嬉しく思っていた。雪遊びは楽しい。そしてなにより、リラとエフェリアと一緒になって何かを作れるということが、なによりも嬉しいと感じていたんだ。
妖精、そして精霊であるリラとエフェリアは屋根のある家というものを持たない。それは決して不幸なことではないけれど、家があることの幸せを感じて欲しいとも思っていた。
サフィは前世、人間あった通り、かつて自分の家を持っていた。雪の降る季節には今と同じように雪だるまやカマクラを作ったこともあった。
けれど、それはただの遊びだ。カマクラを作ってもそこで寝泊まりすることはないし、家族と過ごすこともない。既に温かな家を持っているのに、カマクラで過ごす理由なんてものがなかったからだ。
けれど、今は違う。
サフィは心のどこかでリラとエフェリアのために最高の家を作ろうと張り切っている自分がいたんだ。
雪で作った家はいつか溶けてなくなってしまう。それなら、いっそのことログハウスを作った方がいいのではないか――。そんなことを考えていた。だけれど、それじゃあロマンに欠ける。
そうだろう?
今を精一杯楽しむならば、カマクラこそが相応しいとも!
ログハウスはまたいつか、作ればいい。そうすれば、一緒に家を作る喜びが二度も味わえるだろう?
サフィはそう考えをあらためて、リラとエフェリアとで、仲良くカマクラを作ることにしたんだ――。




