3話:泉の君
5話までで丁度19日になるので1話ずつ投稿しようと思います。
その後、変わらず毎日更新予定です。
本編です。
まだ展開はゆっくりですが、長編なのでゆっくりしていってください。
――朝の森がまだ目覚めきらない頃、静かな霧が再び降りていた。
それは光の届かない、森の奥の奥。
泉の上にひとりの乙女が佇んでいた。それは名のない泉の精霊。
飾り気のない白い布を纏った、儚げな少女だ。
プラチナブロンドのしなやかで長い髪は、毛先が少し踊っている。目は透き通っていて、ペリドットでもなく、エメラルドでもない。もっと深く、柔らかく、澄んでいる。
鳥たちは真珠のような歌声で歌い、辺りには薄い金の光が差し込み始めている。
けれど、美しい乙女がいるその泉にその温かな手を差し伸べてくれることはなかった。
泉の君は両手を胸の前で組んだ。それは祈りと言うより、温もりを求め探す仕草に近かった。
水面が揺れぬまま、彼女の影だけが深く、暗く、冷たい場所に差し込んでいる。
彼女は水面に映る、黒い影に微笑み掛ける。けれど、その影ですら、朝の風に攫われてほどけてしまった。
泉に映る自分の姿を、泉の君はしばらく見つめていた。
手を差し出せば触れられそうなのに、水鏡の向こうの彼女はまるで別の世界の住人のように遠い。
寂しい。
冷たい感情が心を支配する。
泉を照らし始めた朝明けは、無慈悲にもその触れられない君すらも彼女から奪っていってしまう。
「――神様」
「どうか友達を、家族を……わたしにください……」
ひとつ、またひとつ。凪いだ水面に波紋が広がる。溢れ出した感情はやがて大波となって、彼女の心を飲み込んでいく。
その祈りが。心の叫びが届いたと言わんばかりに、温かな風が彼女の頬を撫でた。
泉の君が顔を上げると、彼女のもとにも薄い金の光が差し込んでいた。
泉の中央で、透明なものがゆっくりと膨らむように光の粒が宙に集まっていく。朝日に照らされ、淡い青の欠片が幾重にも重なり、まるで小さな星が誕生するかのようだと思った。
そして――ぽちゃん、と。
泉全体に波紋が広がっていく。
さっきまで鏡のようだった水面が嬉しそうに、目を醒ましたように揺れ動く。
波紋の中心には小さな、柔らかな何かが浮かんでいた。
水の上に生まれたその存在はまだ自分が誰であるかも知らず、ただ静かに揺蕩っていた。
突然のできごとに、泉の君は泣いていたことも忘れてしまったらしい。好奇心に駆られて、落ちてきたものが何であるかを確かめようとする。
もしかしたら、神様からの贈り物かもしれない。いや、絶対にそうだ。と、疑わなかった。
泉の上を小走りで渡る。
脚をつけるごとに浮きついた波紋が広がっていく。
泉の君の指先が僅かに震える。
それは驚きか、恐怖か。それとも――。
ずっと願っていた、家族の気配を感じたからだろうか。
冷たかった泉の水が、少しだけ温かくなった気がした――。
ヒバリの声を真珠の歌声って言うらしいですよ。パーシーの詩、読んでみてください。
ご読了ありがとうございます。
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