38話:皓き神
第1幕完結まで残り3話です!
なぜ彼女はサフィに執着するのか……
ママだからです(迫真)
◆
「わたくしに、真名を――」
森の母……守護者である美しいヒトは、わたしに命名されることを望んだ。
なぜ?
なぜそこまでして、わたしを愛してくれるのか。
まだであっても間もなく、何も知らない他人だと言うのに。
きっと、彼女は今まで生きてきた中で、様々な名前で呼ばれて来たはずだ。それならば、既に名前と言える名前だってあるはずなんだ。それを名乗らないと言うことは、その存在の仕方を否定してしまうことにはならないのだろうか――。
きっと、考えたって仕方がないことに悩み続ける。まるで出口の存在しない迷路のようだ。目の前にそびえる壁は分厚く、上を向いても見える空は指よりも細く見えるほど高くまで伸びている。
「名前……?」
意味はわかっているんだ。けれど、それを理解することを拒むように、わたしの頭は意味のない思考で埋め尽くされていた。
「――そう、真名」
「どうして、わたしが……」
「あなただからいいの」
「森の守護者であるあなたなら、既に持っているでしょう……?」
「それはただの記号だもの……」
「わたくしの為の真名ではないわ」
美しいヒトは立ち上がって、花畑の中で手を広げた。
……たしかに、今までで呼ばれてきたであろう名前は、その立場を示すようなものなのだろう。
人々がそう呼んだから、そのように呼ばれているだけで、本当の名前だと言うのであれば、彼女のことを見て言うべきだ。
「………………」
「わかり、ました……」
わたしはこの、美しいヒトの名前を考える選択肢しか残されていないらしい。
……名前だなんて、突発的に考えろと言われても良いものは浮かばない。もっと、大切にしたい。
だって、一生背負うことになる最初の贈り物だ。
その名前に相応しい存在になってほしいという願いが込められた、愛の証だ。
その責任を背負うだけの覚悟を、わたしはまだ持てていない。
リラとエフェリアに名前を付けて、その責任の重さにやっと気が付いたんだ。
美しいヒトは、わたしのことをまっすぐ見据えている。
……森賢者。木巨人。樹妖精。木霊。
このヒトを喩えるなら、何が相応しいのだろうか。
彼女は妖精や精霊と言うには、あまりにも神々しかった。
それはまるで、まさに聖母のようで、神に相応しいとさえ思ってしまう。
きっと、女神がいるというのなら、彼女のような姿をしているだろうと考えてしまうほどだった。
――そういえば、わたしがあった神様は……。
いけない。今はそんなことを思い出している場合じゃないんだ。
……美しいヒトは待っている。
足元まで伸びた若葉色の髪が風に揺れて靡いている。
小さな白い花びらが舞い、彼方に飛んでいく。
チリリ、チリン――。と。
何も考えられない。
ただ、ただ美しい。エンパイアラインのキトンのような服を纏っている彼女は、まさに白い女神に見えたんだ。
「白い……神……」
わたしは記憶を頼りにとある神話を思い出す。
森の王の権化にして、母の象徴。
「皓き神――」
わたしの呟きに、美しいヒトは少し驚いたように目を少しだけ開いてから、微笑んだ。
「あなたは……等しく愛を注いできたあなたにこそ、神の銘を冠するに相応しい」
「あなたの名前は、『ドルアンティア』だ――」
わたしは彼女……ドルアンティアの目を真っ直ぐに見つめた。
すると、彼女は光に包まれて、その加護を授かった。
美しさはより洗練され、誰もが溜め息をつくことだろう。
目が縫い付けられてしまったかのように、目を逸らすことさえままならない。見蕩れるという言葉は、まさに彼女の為にある言葉なのだと思ってしまうほどだった。
「ドルアンティア――」
「これがわたくしの真名になったのね」
「ありがとう、愛しい仔……」
ドルアンティアは両手を広げ、ゆっくりとわたしに近づいてくる。その優雅な歩みを進めるごとにその足元から命が芽生えていた。まさに、森の母だ。
わたしはその温かな腕に、されるがまま抱かれた。
――いい匂いがする。
母の匂いだ。ドルアンティアからは変わらず、母の匂いがする。
「これでわたくしも、あなたの家族になれるのかしら……」
「そう……ですね」
畏れ多い。けれど、拒む方がもっと怖い。
でも、どこかで安心している自分がいた。
ドルアンティアが家族になってくれるなら、リラとエフェリアにも本当の『お母さん』ができたことになる。
わたしがいなくても、もう寂しい思いをすることはないんだ――。
そう思うと、嬉しいような、寂しいような。
なんとも言えない気持ちが胸に広がった。
「ねぇ、サフィ……愛しい仔……」
「これからは、わたくしのことをママと呼んでくれるかしら……?」
「それは少し……恥ずかしい、です……」
何かと思って顔を見たら、ママと呼んでほしいと言われてしまった。わたしは合わせた顔を背けて、その紅くなった顔を見られまいとした。
「わたくしはね、あなたのママにもなりたいのよ」
「だからお願い……ゆっくりでいいわ」
「いつか、わたくしのことをママと呼んでちょうだい?」
「……わかりました」
聞こえるか聞こえないかの、小さな声で呟いた。たしかに、家族となった以上はドルアンティアは母と呼べるのかもしれない。
けれど、すぐに甘えるというのは、どうしても恥ずかしかった。
「あと……その言葉遣いも禁止、ね?」
そう言われて、わたしは抗議するために顔を上げた。けれど、彼女はそれを見越していたかのように、わたしの口に人差し指を当てたんだ。
わたしの唇にキスをするように、彼女の温かく柔らかな指が触れる。
彼女は咲って、その指をなぞってわたしの頬を撫でた。
茫然としていたわたしは、そこでようやく意識を取り戻して立ち上がった。
「……えっ」
「いやいやいやいや、さすがに無理です」
「そんな畏れ多い……!」
わたしは後退って、腕を前で振った。すると、彼女はあからさまに哀しい顔をするんだ。
「どうして……?」
「あの仔たちとはそうしているのに……」
どうしても何も、明らかに目上のヒトにそんな砕けた態度は取れない。
そのことをどうにか説明しようとしても、彼女は「あなたのママなのに?」と、全く理解しようとしてくれない。
何度も言い合っているうちに、どうして解ってくれないのかと、沸沸と怒りが湧いてくる。
「家族なら、いいじゃない」
「そうかもしれませんが」
「わたくしが構わないと言っているじゃない」
「礼儀はあるべきでしょう」
「壁を感じてしまうわ……」
「………………」
そして――。
「――あなたはわたしのお母さんなんかじゃない……っ!」
わたしは片手で額を押さえて、髪を少しかきあげるようにしながら、そう叫んでしまったんだ。
言った後に、そのことに気が付いて息を呑んだ。
恐る恐る顔を上げて、ドルアンティアの顔を見た。
――彼女は悲痛な顔をして、涙を流していた。
「……ぁ……ぅ」
わたしは自分の体温が下がっていくのを感じていた。怒りが引いて、血の気が引いて、熱が奪われていく。
だというのに、イヤな汗が頬を伝った。
「サフィ……」
わたしはまた一歩、後退りをした。
「わたくしは……あなたのママにはなれませんか……?」
彼女の泣き顔を見るのが怖くって、わたしは俯いてしまった。
きっと、俯きたいのは彼女の方なのに。
怖いんだ。
どうしようもなく怖い。その理由がわからなくて、余計に身が竦む。わたしは何に怖がっているんだろう。
彼女がわたしの母になることの、何が怖いのか――。
胸を押えている手に、バクバクと波打つ鼓動が伝わってくる。
おかしいんだ。わたしには心臓なんてないはずなのに。
身体の裡から、檻を叩き壊そうとして、叫んでいるかのようだ。喉が張り裂けるくらいに叫んで、助けを求めている。
「ど、どうして……」
「どうしてわたしなんですか」
「あなたはもう、既に森の母なのでしょう?」
「なら、なら――」
「わたしの母になる必要なんてないじゃないですかっ」
「………………」
ドルアンティアはまだ、静かに涙を流している。紅潮した頬を伝って、無垢な服の上から豊満な胸元を濡らしている。
「わたくしは……」
「………………」
「わたくしは、あなたのママになりたいの……」
このヒトはきっと、わたしを赦してしまう。その腕で全てを包み込んで、愛してしまうのだろう。
そう。そうだ。
――わたしは、わたしが赦されるのがどうしようもなく怖いんだ。
その温もりに触れてしまうのが怖い。
その温もりに甘えてしまうのが怖い。
もう二度と感じることができないのだと悟った愛を、受け取るのが怖いんだ。
わたしはこのヒトの愛を赦してしまったら、自分を赦せそうにない。耐えられそうにないんだ。
さっきだって、ほんの少し触れただけで、その温かさに溺れてしまったというのに。
ずっと、ずっとその温もりに、身を委ねてもいいだなんて、赦されない。
だってわたしは……もう、大人なんだから――。
(※以下の描写はR18を含むため削除いたしました。読みたい方は「小説家になろう」の「ムーンライトノベル」からお願いいたします)
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