37-3話:母の愛に包まれて
第1幕完結まで残り4話です!
ママや母やお母さんと表記が揺れるのはサフィの感情に左右されているからです。
よく読むとサフィが彼女に対して抱いている感情の変化がわかりますよ(ネタバレ)
この仔……サフィは、その可憐な声で歌うことさえ赦されず、身動ぎさえできない鉄の鳥籠から解放された小鳥のように、酷く澱んでいた魂の色が澄んでいく。
――よかった。
サフィがリラの元に来てから、あの仔の魂の色も、段々と澄んでいった。ここのお花畑の仔も、サフィの元に行ってからよく咲うようになってくれた。
ひとりの母として、愛しい我が仔たちの笑顔ほど大切なものはないもの。
そうだというのに、わたくしはみんなのママであるというのに。あの仔たちのことさえ元気づけることのできなかった不甲斐ないママだったわ……。
けれど、そんなわたくしでも、サフィのことを少しでも慰めることができたのなら。それ以上に幸せなことはないわね。
この仔には、感謝してもしきれない。ならばせめて、わたくしがこの仔のママとして、少しでも心の拠り所になれれば良いと思うの――。
「わたくしは……あなたの力になれたかしら」
「……うん、ありがとう……ございます」
「その……」
わたくしはなんとなく、サフィがわたくしの呼び方に困っているような気がした。
「あなたの――ママよ」
「………………」
「それは――」
「……それは違います」
「あなたは、わたしの母じゃない……」
膝枕をしているサフィの顔は、わたくしからは見ることができない。けれど、その横顔からでも、彼女が哀しんでいる顔がありありと想像できてしまう。
長い睫毛が下を向いて、目を伏せている。わたくしはその様を見て、なぜかとても哀しい気持ちを抱いてしまったの。
「……そう、ね」
「わたくしは……あなたの母ではないわ」
「けれど、あなたの母の代わりにも――わたくしはなれないのかしら……」
わたくしはサフィの頬を撫でる。愛しい仔。精霊であるなら、妖精であるなら。それはわたくしの仔であると言ってもいい。
それならば、わたくしはこの仔のこともみんなの森の母として愛してあげたい。
サフィは口を噤んだまま……答えてはくれなかった。
「あなたの母にはなれないかもしれない……けれど、母の代わりとして、どうかあなたを愛することを赦してちょうだい」
「サフィ、わたくしは……あなたのことも、等しく愛しているわ」
「愛しい仔……いつでも、甘えていいのよ」
「だってわたくしは――」
「森の母で、あなたはまだ、仔共なのだから――」
サフィは唇を震えさせて、大粒の涙を湛えていた。
少しでも、ほんの少しだけでも。この仔の拠り所になってあげられたのならば、それ以上に幸せなことはない。
人間であったこの仔にとって、森はあまりにも広く、孤独である。他の仔たちはそれを当たり前として受け入れ、愛しい隣人たちと手を取り合って生きていけるかもしれない。
けれど。
力を手にして、人の形を手にし……更には心を芽生えさせた精霊や妖精にとって、それはあまりにも残酷なこと――。
「………………」
わたくしはひとつ、イケないことを思いついた。
「……ねぇ、サフィ」
サフィは私の言葉を待つように、耳を澄ますかのように、ジッとしている。
「わたくしにも、お名前を付けてくれないかしら」
そう言うとサフィは飛び退くように目を見開いて、わたくしの顔を覗き込んだ。顔に書かれている思惑を読み取ろうとするように、その瞳が揺れている。
「なぜ……?」
なぜ? 当然の疑問だった。けれど、その答えは至って単純なこと。
あなたがあの仔にしたように、あの仔があなたに望んだように――。
「お名前を付けてくれたら、わたくしもあなたの家族になれるでしょう……?」
「そうしたら、わたくしはあなたのママになれるわ」
サフィは怯えたように首を振る。
「でも……あなたは森の母でしょう――?」
「あなたはわたしに、個人に愛を注ぐべきではないでしょう? みなの母であるべきでしょう?」
サフィの言うことは尤もであったわ。
そう。わたくしは森の母、自然の守護者であるべき存在。
けれど、それはひとりの愛娘に愛を注いだとして、放棄される役割ではない。
わたしはゆっくりと首を振り、諭すようにサフィに言い聞かせる。
「そうね、わたくしは森の母。自然の守護者よ」
「愛しい仔たちに等しく愛を注いで、見守っているつもりよ」
「けれど、それは誰かひとりの母になったとしてもできることよ」
「でも、あなたの母になることは、それではできないわ」
自然の守護者だと名乗るなら、誰かを寵愛することは赦されない。
けれど、誰かの母であるならば。その愛娘を寵愛することは赦される。
だってそうでしょう……? 我が仔を愛さない母なんて、いるはずがないのだから――。
誰かは言うのでしょう。喩え母であったとしても、守護者であるならばそれを優先すべきだと。
わたくしは神聖樹。わたくしは森を識る者。ただひとりの森の守護者。
生きてきた長い、永い時の中で、いくつもの銘で呼ばれ、畏れられてきた。
けれど、けれど。
わたくしは其の意志を否定しましょう。喩えわたくしが罰される刻が来ようとも、わたくしは愛娘を愛することを止めないでしょう。
あぁ、其よ。
わたくしの背信をどうか、どうかお赦しください。
「サフィ……わたくしの、愛しい仔――」
「わたくしに、真名を――」
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