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恋を知り、花と咲う《前題:精霊に転生するはずが、なぜかスライムでした ─泉の精霊だってオシャレがしたい─》  作者: ぺぺ
第一幕:とある泉でのこと

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37-2話:母の愛に包まれて

第1幕完結まで残り5話です!


精霊に人間の敷いたルールが通用するわけないじゃないですか!

 わたしは()の腕の中で泣いていた。

 トントンと背中を優しく叩かれて、あやされていた。


「――落ち着いた? もう、大丈夫?」


「……うん」


 わたしは鼻をすすって、小さく答えた。()の背はわたしの涙に濡れて、服が少し透けていた。


「……………………」

「あなたはどうして……リラには会ってくれなかったんですか」


 ()はわたしをあやす手を留めて、ゆっくりと離れていった。答えるのを躊躇うように、目は俯いて、長い睫毛に隠されている。

 けれど、()は誠実に応えようと努めるように、わたしの目を見て言ったんだ。

 

「……あの仔が……リラが、わたくしから離れられなくなってしまうでしょう?」


 そんな、単純なことだった。あまりにも残酷で、普遍的な答えだった。

 ただそれだけのことで――。そう、たったそれだけのことで、リラはずっと孤独を強いられていたんだ。そう思うと先程までの哀しみは霧のように心の影に隠れて、収まっていた怒りが顔を見せた。


「たまにくらい……っ! 逢いに行ってあげてもよかったじゃないっ!」


「サフィはリラのために怒ってくれるのね――」

 

 ――ありがとう。そう言われた。

 わかっている。わかっているんだ。彼女に怒りの矛先を向けることが、間違っているということくらい。けれど、このどうしようもない怒りの感情は、飢えた獣のように、その鋭い牙を突き刺す先を探すように彼女の喉元に噛みつこうとしていた。


「どうして――っ!」


 彼女は心を痛めたように、顔に影を深く落としていた。今までの選択を後悔するように、自分の愚かな選択に憤りを滲ませているときの顔をしていたんだ。

 

「――どうして? そんなにリラのことを心配しているなら、リラのことだって抱いてあげるべきなのに。さっきわたしにしたように、リラにだってすればいいだけの話なのにっ」

「どうして、どうしてそんなにも哀しい顔をするのに――っ!」

「――あなたは……っ」


 わたしは彼女の喉を絞めようとした腕を思い留めて、その両手で顔を覆った。

 せっかく退いたスコールも、止みそうになかった。


「……あなたは、リラを救ってくれなかったんですか……」


「――ごめんなさい」


 ――彼女は涙を流していた。

 

 もし、彼女がリラに逢っていたら、きっと、リラの世界には彼女しか映らない。きっと、外に出たいとは思わない。家族をほしいと望むこともなければ、誰かを愛することも知らないままだろう。

 その方が、リラにとっては哀しみが少なく、幸せだったかもしれない。

 けれど、それはもっと、もっとずっと残酷で、惨たらしいことなんだ。

 

 彼女の選択はあまりにも正しかった。

 リラのことを本当に愛しているからこそ、今まで逢っていなかったんだということくらい、怒りに呑まれた、赫々とした思考でも理解できてしまう。

 

 だからこそ、わたしは湧き上がる怒りをぶつけられずに、自分の身体を引き裂くように心の裡で暴れ回っていた。

 痛くて、苦しくて、早く解放されたかった。

 

 動物たちはいつの間にかいなくなっていた。わたしの黒い感情に触れて、逃げ出してしまったのかもしれない。……悪いことをしてしまった。


「サフィ――」


 彼女は地面に膝を付いて、すすり泣いていたわたしをまた、腕に抱いた。今度は母のように慈しむのではなく、同じ目線で慰めるようだった。


「……わたしも……ごめんなさい」


 謝りたくなんてなかった。けれど、わたしは声を振り絞って、彼女に赦しを乞うた。


「いいのよ、愛しい仔……」


 わたしたちはまた、しばらくそうしていた。




 

 ◆



 


「――落ち着いた?」


「……うん」


「あなた……サフィは、わたくしに訊きたいことがあったのでしょう……?」

「もう一度、聞かせてくれるかしら」


 彼女はわたしから離れて、切り株に腰を下ろす。スカートが皺にならないように手を回して、髪を前に持ってくる。足を横に曲げて楽にする。そのなんともないひとつひとつの仕草も、とても優雅だった。


「……」

「……となり、いいですか」


 彼女は、もちろん。と首肯した。わたしは下肢を人間のそれに戻して、彼女の隣に座った。

 そうしたら、彼女はわたしを引き寄せて、その膝の上に寝かせたんだ。

 そんなことをされるなんて思っていなくって、そのまま倒れてしまった……いや、本当は。

 

 ――そんな言い訳をして、甘えたかったのかもしれない。

 

 わたしは顔を見られていると恥ずかしいから。と言う理由で隣に座った。それだというのに、顔を見られるよりも恥ずかしい状況になってしまっていた。

 幸いだったのは、わたしは泣きつかれて正常な判断力を失っていたことだろう。

 そうすることに、なんの疑問も抱いていなかった。

 お母さんに膝枕をされているようで、とても落ち着くんだ。


 わたしは()の腿を軽く撫でた。羽毛のように柔らかくて、温かい。母鳥に包まれた雛鳥の気持ちが、今ならわかる気がする。

 

「……………………」

「あなたは……」

「愛……いえ、恋について、知っていますか――?」


 ◆

 

 ――恋について。単純な問いだった。育ち盛りの乙女であれば、誰彼もが知っている。けれど、それはサフィにとって、言葉に出来ないほど複雑で、苦しいものなのでしょう。

 

「わたしは……愛については知っているつもりです。ですが、恋は……愛とは違うのですか」


 恋と愛は違うのか。言葉が違うのであれば、それはきっと、違うものなのでしょう。けれど、恋も、愛も。誰かを想う心に変わりはないわ。


「サフィ、恋とは愛に似て非なるものなのよ」


 サフィは少し悩むように沈黙して、それがわからないんです。と、答えた。

 

「少し違うかしら。それはあなたが恋をしたことがないからよ」

「サフィは……この世の総べてに愛を持って触れているのでしょう。時にして触れるのならば、深い思いやりの情を持って。常にして触れるのならば、更にね?」

 

 サフィがお花たちを極力傷つけないように避けていたことを見ていたから、なんとなくわかる。ヒトが虫や草の命をなんとも思わないように、愛がなければお花たちだって同じように踏み潰すでしょう。

 

「……どうして、私の(こころ)は揺らいでいるんですか」


 愛しているなら、揺れるはずがない。だって、同じようにすればいいだけなのだから。と。

 だと言うのに、心の天秤はいつまでも止まってくれない。

 

「それは恋と云う感情が、一度に波となって押し寄せているのよ。それをあなたは初めての感情だと思い込んでいるの」

「だから、(こころ)が揺らぐのよ。今までに知る愛とは違うのかしら……と」

 

「違うんですか……?」

 

 そうね……と、わたくしは少し考えるようにして言う。


「友愛や親愛といった愛とは、恋愛は非なる愛よ」

「――いいえ、全ての名に冠する様にどれも等しく、愛であることに変わりは無いわ。そのどれもが誰彼を思いやる気持ちにほかならないわ」

「あなたが今までに親しい方々へ注いだ愛も、あなたが今あの仔を……リラを、愛しいと燃え上がる様に抱いた愛も、どちらも誰かを想うという意味では等しいのよ」


「同じ愛なら……どうしてこんなにも、こんなにも苦しいんですか」

「わたしは、なにかおかしいんですか、間違って、いるんですか……っ」


 サフィの声は涙に溺れて、少しくぐもってしまっていた。

 

「それは……それだけ、リラを想う(こころ)が大きいのよ」

「愛とは与えるだけでなく、己が貰っても、大きくなるものなのよ」

「あなたはリラを愛して、リラはあなたを愛している――」

「だから、もしかしたら……愛を受け止める器から、溢れてしまっているのかもしれないわね」

 

 わたくしはそう言うとサフィの頬に伝っていた涙を拭き取った。


「大丈夫、大丈夫よ」

「あなたのその熱く締め付けるような愛は、なにもおかしくないわ」


 ――。

 

 サフィの涙が、わたくしの無垢な服にたっぷりと想いを伝らせた頃。

 ようやく気持ちも落ち着いて、震えていた細い身体も温かさを取り戻しつつあった。


「……わたしは」

「わたしは、リラにこの想いを……受け取ってもらえないのが怖い……です」

「リラが、わたしを愛してくれているのは知ってるんです。でも――」

「でも、もしも。受け取ってもらえなかったら――」


 サフィはそこまで言って、また嗚咽を漏らしてしまう。

 わたくしはサフィのことを、ただ宥めることしかできない。森の母であることを名乗っておきながら、この仔の母にはなってあげられないのが、なんとも情けなく思えてきてしまう。

 母になれないのならば、ひとりの女として――。

 そんな考えがよぎって、やめた。


「あなたはリラを愛して、リラはあなたを愛しているのでしょう……?」


 サフィは小さく頷いた。

 

「それなら、大丈夫よ」

 

「でも……でも――っ! リラは優しいから――っ!」

「きっと、わたしを否定しない……っ!けど、だけど……っ! 嘘は――っ!」

「嘘はヤだよ……」

 

 サフィは肩を揺らして、服をギュッと掴んでいる。

 

「あなたは――」

「――そう。知らないのね。それなら、大丈夫よ」


 生き物は雄と雌が惹かれ合い、身体を重ね合わせることで仔をなす。これはそれらの生き物に刻まれた絶対的な自然の摂理で、例外は存在しない。

 もちろん、無性生殖をする生き物はいるし、雄が雌になったり、雌が雄になる生き物だっている。

 けれど、それらの生き物には最初からそのような認識を持っていない。


「精霊種に、男女の枠組みはないのよ」


 サフィは少し驚くように身動ぎして、よくわからないといった風に話の続きを待っている。

 

「愛しているヒトと結ばれる、それだけよ」

「もし、あなたが人間の契約に悩んでいるなら――それはもう、気にする必要はないわ」


 この仔が前世を持ち、人間であったことは草木から聞いている。ならば、この仔はその、『人間の常識』に囚われてしまっているのだと、わたくしは思ったの。


「……そっか」


 サフィの声は、暗がりで光を見つけたときのように、少し明るく聞こえた――。



ご読了ありがとうございます!

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