31話:なんでもない日
4,300字あります。少し長めですが、どうか彼女たちの日常を見守ってあげてくださいm(_ _)m
リラ、エフェリア、わたしの三人は、なんでもない日を過ごしていた。
これといった娯楽がないから、子供のように泉で追いかけっこをしたり、かくれんぼをしたりした。
泉から離れてしまうわけにはいかないから、泉のすぐ側でのかくれんぼだ。
泉の中に隠れるのはもちろんなし。エフェリアが探せないからね。それで、わたしは隠れる場所なんてないんじゃないかと思っていたのだけれど、泉の広さを甘く見ていた。
泉自体には隠れる場所がなくても、外周がとんでもなく長い。一周するだけでもとても時間がかかるのに、隠れているふたりを探し出すなんて、簡単なわけがなかった。
わたしは心が折れそうになっていた。
「わたしが迷子になった気分だ……」
「こんなことになるなら、もう少しルールを決めておくべきだった……」
わたしは音のない世界に、愚痴を零した。
リラとエフェリアの声が聞こえない泉は、こんなにも寂しいものだっただろうか。太陽の光を反射して、キラキラと輝く泉はキレイだし、その泉に映る空も、森も心を癒やしてくれる。数日くらいなら、ゆっくりと休めるかもしれない。
けれど、どうしようもなく寂しくて、胸が締め付けられる。
いつもは温かく感じるそよ風も、どこか冷たく感じてしまう。森の囁きも、虫の合唱も、鳥の歌でさえわたしに寄り添ってくれないようだった。
リラは今までこのような気持ちで、ずっとひとりでいたのだろうか。それもきっと、わたしには考えられないくらいずっと、ずっと長い間。
――わたしはリラの元に来ることができてよかったと思う。少しでもリラの寂しさがなくなるのなら、わたしはリラの側にいたい。
前世で死んでしまって、神様に、転生させてあげるだなんて言われたときには困惑したし、意識を取り戻したときにはスライムであったことにも驚かされた。
まぁ、そこは擬態することで人間っぽくなれたからいいとしよう。形を持たないっていう願望がこのような形で叶うとは思わなかったのだけれど……。
取り敢えず、わたしは泉の畔をぐるりと周るようにしながら、のんびりと探していくことにした。
時間はいくらでもある。焦る必要はないけれど、なるべく早く見つけたいとは思う。広すぎて迷子になってしまいそうで、逆に心配にもなる。
木の裏を覗いて、茂みを掻き分けてみる。魔力の痕跡なんかがないか目を凝らしながら探してみるものの、中々見つからない。
わたしはリラとエフェリアを探しつつも、全く別の、呑気なことを考えていた。
――結婚に必要な物ってなんだろう?
まずはウェディングドレス。
背中は開けたデザインがいいかな。肩甲骨が見えるのはフェチな気がする。オフショルダーで、露出が多めのもの。大人っぽいかもしれないけれど、少し寒そうに感じる。レースで透けるようなデザインにすれば、大人っぽい雰囲気を崩さずに、肌を隠せるかもしれない。
体のラインを出すようなデザインは魅惑的だけれど、やっぱりフリルであしらいたい。スカートもマーメイドラインよりは、プリンセスラインやエンパイヤラインがリラには似合うと思っている。
次にレースのウェディンググローブ。
手元だけのものや、腕全体を覆うものまで、グローブといっても様々なデザインがある。ドレスの袖の長さに合わせて、なるべく肌が隠れるデザインにしたい。肌を見せるよりしっかり隠して、純白のドレスに身を包んでほしいという願望がある。
靴はやっぱり、魔氷晶で作ったガラスの靴かな? ヴェールも作りたいし、ブーケはどうしよう。
それに、西洋風のデザインだけじゃなくって、白無垢を纏ったリラも見てみたいなぁ……。
――そんなことを考えていて、ふと、我に返る。
(待って、その前に付き合ってくださいって告白が先なのでは?)
結婚とか、結婚指輪とか、婚約指輪とか。
そういうものの前に、しっかり本人の意思を確認して、デートやプロポーズが先なのでは――?
サプライズだとかそういうものの前に、こういったものは両者の合意があってこそなのだから、わたしが今やろうとしていることは最低最悪なのではなかろうか。
そんな考えが頭に巡る。
いや――。いやいや、言い訳をさせてほしい。だって、リラを外に連れて行くためには婚姻が必要なはずだ。
「……」
……まだ一言しか考えていないけれど、自分で言っておいて、やはり倫理が欠けているのでは? という結論に至ってしまった。
別に婚姻が必要だというのは、前世の知識に依る仮説でしかない。それも、婚姻に限らず何かしらの契約を結べば成り立つはずだと思う。
けれど、わたしがリラと簡単な契約で済まそうとしないのは、婚姻以外では永遠不滅の魂とやらを得られなかった場合、リラはまた消えてしまうことになる。
つまり、また消えてなくなるというトラウマを植え付けることになってしまう。
それは絶対にダメ。
この世界に制度だとかがあるのか知らないけれど、そもそもそんなものは人間が勝手に決めたことでしかないじゃない。
今のわたしは精霊だもん。たぶん。
……精霊だよね?
スライムが精霊種なのか、そもそも自分が本当にスライムであるのかさえもわからないけれど……とにかく。
精霊種に人間の制度、枠組みで常識を測るのは良くないと思う!
わたしは開き直った。
泉の畔をなんともなしに歩きながら、頬を叩いて両手を握りしめる。まずはリラに告白をする勇気を持つことから。恥ずかしがって縮こまっていては何も始まらない。リラと一緒に外を歩くためなら、わたしの羞恥心なんて些事なのだ。
そんなことを考えていたら不意に後ろから声を掛けられ、わたしは少し飛び跳ねた。
「もう! サフィったら、ちゃんと探してるのン?」
「アタシのことを無視するなんてヒドイじゃない!」
声の主はエフェリアだった。わたしは目を逸らして生返事をする。
完全に忘れていた。考え事に夢中で、ふたりを探さなければいけないという役割を忘れていた。エフェリアが視界に入っていたことすらも気が付かなかった。
「その……ごめんね?」
わたしは少し上目遣いになって謝ったのだけれど、かえってエフェリアを怒らせることになってしまった。頬を膨らませながら頭をポカポカと叩いてくる。痛くはないけれど、心が痛くなる。
「それじゃあアタシを肩に乗せてちょうだい?」
いつも頭や肩に、勝手に乗っている気がするのだけれど……それで許してもらえるならまぁいいかな。と、思いつつ、首肯する。
後はリラを見つけ出すだけだ。
「ねぇエフェリア。リラがどこに隠れているか知ってる?」
「教えちゃったら意味ないじゃない?」
「エフェリアはもう見つかったんだから、わたしの仲間だよ」
「今からはリラを一緒に見つけに行くの」
「アラ、そう? リラはあっちよ」
エフェリアはわたしのことをすっかり信じて、リラのいる先を教えてくれた。
……少しの罪悪感が芽生えた。
「……わかるの?」
隠れる場所を見ていたのかな。とも思ったけれど、結構離れている場所を指したし、魔力を視る方法があるのかもしれない。
「わかるもなにも、リラの魔力が続いているじゃない?」
「サフィには見えないのン?」
残念なことに見えない。というよりかは、見分けがつかない。泉の魔力とリラの魔力はほとんど同じで、今のわたしにはどうやって判断すればいいのかわからなかった。例えるならば、混ざりあったふたつの雲の違いを見分けろと言われているようなものだ。
「サフィったら、やっぱりヘンテコなのネ」
「精霊なのにそんなこともわからないのン?」
「それはまぁ、生まれたての赤ちゃんだし……」
わたしは転生してから冬を越したばかりだし、一歳にもなっていないはずだから間違いではない。生きるための術を身につける前に大人になってしまったようなものだと思う。
「もう、仕方ないわね。ほら、アタシを見て?」
エフェリアはわたしの前に飛んできて、止まる。すると、姿が見えなくなった。
「消えた……」
「ほぉら、魔力で見ないとダメじゃない」
そう言われて魔力で視ようとすると、エフェリアの動いた跡のようなものが見える。蜃気楼のように揺れて、滲んでいる。するとそれは動き出して飛んでいこうとしたから、わたしはそれを追いかけていった。きっと、エフェリアが移動しているのだと思うのだけれど、これになんの意味があるのはわからなかった。
「ねぇ、エフェリア。どこへ行くの?」
そう尋ねてみても、エフェリアのソレは答えてくれず、振り返ったかのように見えただけだった。泉の上をしばらく歩いていたら、エフェリアのソレに混ざって、別のものが見えた。
「あっ……これってリラの?」
「そうよ」
当たっていた。エフェリアはわたしのことを案内してくれていたらしい。エフェリアの魔力の痕跡は、わたしにはキラキラした花粉が風に乗っているように見える。そして、リラの魔力の痕跡はなんというか、太陽の光を反射している澄んだ水が流れているように見える。
本質としてはどちらもキラキラと光っているように見えるし、同じ魔力なのだから、違いはないのだろう。けれど、わたしにはそんなイメージが湧いてくる。
もしもリラが泉の精霊じゃなくって、風の精霊だったら、キラキラした風に見えたのかもしれない。
そして、リラの魔力を見分けられるようになったせいか、リラがどこに隠れているのかなんとなくわかる。魔力の痕跡は少し背の高い草原へと続いて行っていたからだ。
わたしたちはリラの魔力の痕跡を追って、その方へと歩いていく。泉を出て、膝くらいの背丈の草を掻き分けていたら、そこで気持ちよさそうに丸くなって眠っているリラがいた。
「呑気なコ……」
「アラ、待ちくたびれちゃったのかしら?」
「じゃあ、アタシたちも一緒に寝る?」
起こすのもなんだか悪いし、さっきまで追いかけっこをしていたから、遊び疲れて眠ってしまったのかもしれない。
「そうだね。そうしよっか」
わたしは布を布団代わりにして、風邪を引かないようにリラにもかけてあげる。こうして暖かな春の日差しに包まれながら眠りにつくのも悪くない。今や土の匂いや草の匂いも落ち着くものになっていた。
まだ地面の硬さには慣れそうもないけれど、凝るという概念を失ったわたしにはあまり関係のないものになっていた。
それはそれとして柔らかなベッドは恋しいものだ。最近はエフェリアもいるから、泉の中で眠ることはなくなっている。それなら寝袋やハンモックなんかを作ってみてもいいかもしれない。
うまく作れるかは別として、挑戦してみることはしてみたい。
泉の近くにログハウスを建ててみるのもいいかもしれない。建てる技術はないけれど。
そんなことを考えながら、わたしはウトウトと船を漕ぎ始めた。リラとエフェリアの温もりを感じながら、やがて意識を手放すのだった――。
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