30-2話:亜麻色の髪の乙女たち
『亜麻色の乙女』という絵画もあるので調べてみてください。
◆
――ちゅっ。
リラがわたしの下唇を軽く挟むようにして、食んだ。
「……?」
「どうしたの、サフィ? 真っ赤になっちゃって……ふふっ」
わたしは熟れた果実のように頬を真っ赤に染め上げていた。
熱い。
身体が裡側から沸騰しているようだった。心臓が音を立てて湯を蒸すボイラーになったかのように激しく高鳴っている。
わたしは両手の甲をリラに掴まれたまま、リラの唇から目を離せないでいた。リラの唇がほしい。その温もりが恋しい。
僅かに唇を震わせて、言葉を失っているわたしを見て、リラはかわいらしく首を傾げる。けれど、今のわたしにはその大きくて潤った瞳も、淡く光を透かせた髪も目に入ってこなかった。
「……はっ」
わたしは遠のいていく意識を辛うじて連れ戻し、現実へと帰ってきた。
リラはズルいんだ。
現実離れした美貌を持っているのにどこか子供っぽくて、美しいという言葉よりも、かわいいという言葉の方が似合っている。整いすぎているその身体は彫刻のように冷ややかで、触れてしまえば崩れてしまいそうなほど脆く見えるのに、本当は花のように温かくて咲ってくれる。
わたしの心はリラに振り回されてばかりだ。それがどうしようもなく幸せで、悔しかった。
「もう、サフィったら。そんなにボケっとしてるなら、アタシがリラと踊っちゃうわよ?」
エフェリアはわたしの頭の上に乗って、そんなことを言う。
「ふふっ、それじゃあエフェリアも、サフィも。みんなで踊りましょ?」
リラはわたしの返事を聞く前に手を引いて、身体を密着させて来た。わたしは腰に手を回されて、少し力が入ってしまう。恋人繋ぎされた手を肩くらいの高さまで挙げて、歩くような速さで踊り出す。
この前はわたしがリードしていたのに、今度はわたしがリラにリードされる番になっていた。
「ラ〜、ルラ〜、ルゥルゥララ〜♪」
リラの透き通るように美しい歌声。母が子をあやすときのように優しい声で、その声を聞くだけでどれだけ荒ぶっている獣も眠りにつくのではないかと思ってしまうほどだった。
目を瞑って、ゆっくりと回る。脚を出して、引いて、また回る。その度にスカートが花開いて、優しい香りが鼻をくすぐる。
エフェリアはわたしたちの周りでバレエのような優雅でしなやかな踊りを一緒になって披露していた。
決められた型はなく、始まりも終わりもない。ただわたしたちは共にいるということを楽しんでいた。お互いの存在を確かめるようにその温もりを求めて重なり合っている。
きっと、踊ること自体に意味はないのだと思う。一緒になれるなら、なんでもいい。泉の畔を散歩してもいいし、草花の上でお昼寝してもいいんだろう。
リラも、エフェリアも咲っている。わたしも釣られて笑顔になってしまう。わたしはこの上ない幸せを感じていた。胸が温かくなって、溶けてしまいそうになる。
「――ラ、ラ、ラ」
わたしはリラの優しい歌声に合わせるように、小さな声で音程を口ずさむ。脚を出す度に泉に波紋が広がって、わたしたちの影を揺らす。リラの長くてキレイな髪が風を受けて流れる。その髪は光を受けて淡く透けて、ヴェールのようにも見えた。
リラは腰に回した手を離して、スカートの裾を持ちながら一回転する。
わたしは手が邪魔にならないように、恋人繋ぎをしてギュッと握りしめていた手を緩めて、エスコートをするように掲げた。
リラのスカートは花開いて、閉じて、ゆらゆらと揺れていて、水族館で自由気ままに揺蕩う優雅なクラゲたちを思わせた。
「あはは、うふふ――」
始めはゆっくりだった踊りも、慣れてくると段々と得意気になって激しくなってくる。回る速さが増して、スカートの花も大きく開いていく。ただ揺れるようだった踊りも、いつの間にかステップを踏むように跳ねてスカートを振り回していた。
わたしはリラに振り回されるように、一緒になって跳ねていた。エフェリアはいつの間にかわたしの頭にしがみついて、その揺れを楽しんでいた。
楽しい――。
リラが、エフェリアが笑っているから、わたしも釣られて笑ってしまう。
三人の少女の笑い声が、空に溶けていく。
そうして回って、跳ねて、笑っていれば、次第に息も上がってくる。いっぱい跳ね回るものだから、跳ねた水がスカートを濡らしていた。それすらも気にならないほど楽しめたのなら、一緒に踊れて良かったと思う。
両手を持って、振り回すように乱暴に回る。辺りの景色がぼやけて、一緒に回っているリラだけがわたしの視界に鮮明に映る。それはまるで時間が止まってしまったかのようで、美術館の中で大きなリラの絵画に見入っているのではないかと錯覚しそうだった。
リラはいつもとは違った、太陽のように眩しい笑顔をしていた。その少女のように無邪気な姿がとても魅力的で、わたしは見蕩れてしまっていた。エフェリアもわたしの頭の上で、少女のような黄色い声を出している。
「えーい!」
「えっ――あっ!」
そして何を思ったか、リラは乱暴に回りながらわたしの手を引いて、泉に倒れ込んだ。わたしはバランスを崩して、そのままリラの上に覆い被さる。
倒れた衝撃で水飛沫が飛んで、ぴしゃんと拍手のような音を立てた。わたしはリラと並ぶようにして寝転がって、空を仰ぐ。薄い雲の間から、太陽がわたしたちを照らしている。けれど、わたしが目を細めていたのは眩しいからではなく、楽しくて、幸せだったからだと思う。
「あはは――はぁ――ふぅ――」
「……ふふっ」
「ふふっ……あー、もう。リラったら……」
「楽しかったぁ……ふぅ――」
「サフィも楽しかった?」
「うん、楽しかったよ」
目を瞑ったまま、息を吐きながら答えた。こんなに笑ったのは久しぶりに感じる。こんなに楽しいなら、また一緒に踊りたいな。そんな風に思う。
「もう、振り飛ばされるかと思っちゃったわ!」
「アタシのことも忘れないでよネ?」
水飛沫から逃げるために飛んでいたエフェリアが帰って来て、わたしのお腹の上に立つ。
両手を腰に当てて、ワザとらしく頬を膨らませている。
「ふふっ、ごめんね、エフェリア」
「エフェリアも楽しかった?」
「マァね? でも、それなら今度はアタシと一緒に踊ってよ」
「サフィなら、アタシと同じ大きさになれるでしょ?」
「さっきみたいに激しいのはもう無理かも……疲れちゃったよ」
「アラ、アタシのことをなんだと思ってるのよ」
「アタシ、リラみたいにそんなオテンバじゃないの」
わたしは仕方がないと言った風に首を振って、小さくなる。途端に世界が大きくなって、ただの泉でさえ海のように広く見える。
「えへへ……そんなにアタシと踊りたいのン?」
エフェリアははにかんでわたしの前に降りてきた。後ろに手を回して、少し前屈みにわたしの顔を覗く。その仕草がかわいらしくて、わたしは咲った。
「うん、そうだよ」
「エフェリアはわたしをリードしてくれる?」
手の甲を見せるようにしてエフェリアに差し出す。
エフェリアはわたしの素直な返事が意外だったのか、少し顔が赤くなっていたように見えた。もしかしたら、さっきの熱がまだ残っていただけなのかもしれないけれど。
「も、もう……しかたないわネ」
「それじゃあサフィ、しっかりついてきてネ?」
「えっと……こうするのよねン?」
エフェリアはぎこちなく手を取って、腰に手を回してきた。身体を密着させて、手を繋ぐ。うーん、と少し悩んで、その手の指を絡める。そうして、得意気な顔でゆっくりと動きだした。
「ふふっ……」
わたしは自然と笑顔になっていた。慣れていないはずなのに、一生懸命手を取ってくれているのが嬉しかった。
そしてやっぱり、エフェリアからは花のいい匂いがする。さっき踊って汗をかいたせいか、少し花の香りが強くなっている気がした。回る度にエアリーカールの髪がふわりと広がって、その花のいい匂いがわたしたちを包んだ。
わたしはエフェリアが水に沈んでしまわないか少し心配になって、腰を強く抱き寄せていた。そのせいか、エフェリアの体温が布越しにも伝わってくる。トットットッ。と、小さな心臓の音までも聞こえて来るようだった。
横ではリラが女の子座りをしてわたしたちの踊りを見守っている。リズムを取るようにゆっくりと頭を揺らして、その真珠のようにキレイな歌声で歌ってくれている。
「ね、ねぇ? アタシ、ちゃんと踊れてる?」
エフェリアが心配そうに聞いてくる。耳を赤くして、目が泳いでいるのがかわいらしい。
「うん、踊れてるよ」
「そう……? よかった……」
踊って、咲って、泉に唯一無二の花が咲く。
わたしは花に例えられるなら、いったいどんな花になるのだろう。
そんなことを考えながら、わたしはふたりの眩しい笑顔を胸の奥に大切な思い出としてしまっておくのだった――。
これがわたしの考える百合です。
初々しくて愛らしいでしょう……?
ご読了ありがとうございます!
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