30-1話:亜麻色の髪の乙女たち
元ネタはオフィーリアです。
綺麗な絵ですよ。
わたしは印象派が好きです。
リラとエフェリアは天使のように真っ白な服を着て、泉を覗き込んでいる。クルクル回って、そのフリフリが広がるのを楽しんでいた。泉がキラキラと反射する様子も相まって、その姿は泉で水浴びをしている天使のようで……とても美しかった。
肩口に落ちる線は柔らかく、合間から見える鎖骨がヤケに艶めかしく見える。身体を動かす度に、日の光が薄い生地に体のラインを透けさせて、そのスタイルの良さを如実に訴えようとしてくる。
見えそうであるのに見えない。透けそうであるのに透けない。その絶妙な誘惑の塩梅が、誰しもが持っている人間の理性を乾いた地の水のように蒸発させていくのだろうと思う。
一切の穢れを知らない無垢な少女たちはスカートの裾を持って踊っている。
手足のフリルが花咲くように広がって、その白い肌を露わにさせる。今まで蕾のまま閉じていた花が、その鳥籠を開いて咲き誇るように、見えていなかったものが見えるようになったときの美しさは計り知れないものだと思う。
わたしもネグリジェに袖を通す。少しひんやりとした触感に、サラサラとしたシルクのような魔力の布の優しい肌触り。解放的なのに、母の温もりに包まれたように温かくて落ち着く。
膝丈より少し長いくらいのスカートの裾を持って、ひらひらと回してみる。頑張ってあしらったフリルが花開くように咲いてかわいらしい。透けた薄いペチコート風のスカートを何重かにして、ふんわりとした仕上がりになっている。袖もベルスリーブにしてあるから、スカートと同じようにフリルが広がる。
「ねぇ、リラ」
「……? どうしたの、サフィ。サフィも一緒に踊りましょ?」
リラは春の花のように明るく、柔らかい笑顔でわたしを誘う。とても魅力的な提案で、抗いがたい。けれど、その前にどうしても頼みたいことがあった。
「……リラ、お願いだからいくつかポーズを取ってみてくれないかな」
ポーズ? と、エフェリアも一緒になって首を傾げる。真似っこをするように同時に首を傾げるものだから、ついつい、咲ってしまった。
「うん、寝っ転がったり、座ったりしてみてほしいの」
わたしはリラとエフェリアの、その絵画に描かれる女神のように美しい姿を是非とも目に焼き付けたい。焼き付けなければいけない。という衝動に呑まれていた。あわよくば写真や絵に残したいところだけれど、今そのようなことができるものは持ち合わせていない。写真は無理でも、いつか絵の具は手に入れたいと強く思った。
リラとエフェリアはわたしの指示通りに草花の上に寝転がった。
リラはそのまま仰向けに寝てもらって、片方の脚を少しだけ曲げ、手はお腹の上と顔の横に。
エフェリアはいつものように、丸くなって眠っているときのポーズをしてもらった。
――とても、画になる。
ふたりの姿は「美しい」のその言葉以外、なにもいらないほどに完成されていた。どんなにふたりを褒め称える賛辞も意味をなさず、かえって雑音になってしまうだろうと感じさせる。
無垢な少女たちが無垢な服を着ているせいもあってか、彼女たちの紅潮した頬や潤った唇をよりいっそう引き立たせ、妖艶に映し出す。
そのキャンパスには石黄の代わりにトパーズで描いたような金色に、ルビーとラピスラズリの絵の具しか用いなかったような贅沢なこだわりがあって、かえってその高慢が価値を見出しているかのようにも思えた。けれど、実際はその逆で、描かれた女神が美しかったからこそ何の変哲もない絵の具が宝石となり、黄金となったのだろう。と言われても、きっとなんの疑問も抱くことはないだろう。
それだけの説得力が、美しさがリラとエフェリアにはあった。
「――ありがとうっ」
わたしは息を押し殺すような声でお礼を言った。厳重に押さえつけて、拘束していなければ今にも暴れ出してしまいそうなほど凶暴になった本能に轡を着けているのだ。
「それじゃあ次は、泉の上に寝て、身体が半分くらい沈むようにできる……?」
「サフィったら、ヘンテコなお願いをするのね」
「それになんの意味があるのン?」
たぶん、意味はない。これはただの雰囲気だ。心が感じるままに美しいものを表現した結果でしかなく、そこには空っぽの箱しか置いていない。けれど、その箱に水を注ぐためだと言うのであれば、それは意味あるものと言えるのかもしれないと思った。
「エフェリアは水に濡れちゃうから、今回はやめよっか」
エフェリアはたぶん、フラワーフェアリーで、水に属するものではない。水に濡れてしまえば乾かす必要があるし、沈めば溺れてしまう可能性だってある。
わたしの知識は完全なものではないし、少しでも危険があるなら、無理にやってほしくはない。
エフェリアは少し残念そうに口を尖らせながらも言うことを聞いてくれた。その代わりと言わんばかりにわたしの頭の上に乗って、特等席からの眺めを楽しんでいる。
泉にはオフィーリア……リラが眠っている。
哀愁も死の気配もないけれど、今、彼女はたしかにその儚さと美しさを自分のものにしていた。
髪やネグリジェの裾が花のように咲いて、枯れていく。
この姿を記憶に焼き付ける以外の方法がないなんて、なんて残酷なのだろうか。けれど、リラのこの姿はエフェリアとわたし以外の誰のものにもならないのだという優越も感じていた。
「……」
わたしは正しく、言葉を失っていた。この美しさを言葉で飾るなんてことは冒涜だと言わんばかりに、理性が喉を締め付ける。
いつの間にかリラは起き上がっていて、ネグリジェも最初から水になんて触れていなかったかのように風に揺れている。
「サフィ……? あれでよかったの?」
声を掛けられて、わたしはようやく意識を取り戻した。
「あっ……うん。ありがとう」
「すごく、すごくよかった……!」
「サフィってやっぱりヘンテコな仔ね?」
「アレのなにがよかったノ?」
わたしはエフェリアに、世の中には言葉にできない美しさがあるということを力説してみたものの、あまりしっくりきていないようだった。
純粋無垢な妖精には理解できないものなのかもしれない。きっと、そういった美しさは、醜いものを知ってしまっているからこそ感じることのできるエロチックなのだろう。
「じゃあ、今度はサフィの番ね♪」
リラがそんなことを言う。わたしは腑抜けた返事をして、リラに飽きられてしまった。その頬を膨らませて少し怒ったようにする顔がかわいらしかった。
「もう、わたしはサフィのお願いを聞いたのだから、今度はわたしがサフィにお願いをする番でしょう?」
「だから、サフィはこれから、わたしと踊るのよ」
そういって、腕をグイッと引かれる。あまり力は強くなかったはずなのに、わたしは油断していたせいか、いとも簡単に抱き寄せられてしまった。
「あっ――」
リラの柔らかい胸が当たり、優しい温もりが伝わってくる。抱きついた勢いでリラのいい香りがふわっと広がり、わたしたちを包んだ。
わたしが気合を入れて作った特製のネグリジェだ。母の手のように優しい肌触りで、触れていてとても落ち着く。鳥の羽……天使の羽のように軽くて、温かい。
……リラの顔が近い。息がかかってしまうほどに近くて、途端に恥ずかしくなる。なのに、リラの顔から目を背けることができないでいた。透き通った色をして、覗けば吸い込まれてしまいそうな青緑色の目に、ふっくらとした真っ赤な唇。ミルクのように白くまろい肌は頬の赤らみを強調させて、よりいっそう魅力的に見える。
わたしは口を閉じることすら忘れてしまって、リラの顔に見入っていた。
リラはゆっくりと目を閉じて、顔を近づけてくる。わたしは縫い付けられてしまったのようにそれすらも拒むことができずに、ただそのときが来るのをジッと待っていた。
そうなることを望んでいたかのように、それを求めていたかのように――。
リラの柔らかなその唇が、わたしのものと重なった――。
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(※以下の描写はR18を含むため削除いたしました。読みたい方は「小説家になろう」の「ムーンライトノベル」からお願いいたします)
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