20-2話:12時の鐘は待ってくれない
あらヤダ。かわいいくしゃみさん。
「――はっくちゅん……」
「なんでこんなに寒いのン?」
かわいらしい声がした――。
リラじゃないし……誰だろう? と辺りを見渡すも、どこにも姿は見えない。リラの髪が動いたと思ったら、その中から翅を生やした小さなヒトが出てきた。
「うわっ、妖精だ」
「うわってなによ、失礼しちゃうわネ!」
やっぱり、この花畑は妖精のものなのだろう。白っぽい花のような服を着ていて、かわいらしい。けれど、よく考えればリラが迷子になったのは妖精のせいなのでは? と、わたしは思った。
……いや、他のヒトを悪く言うのは良くない。
わたしは前世の知識でそういうものがあることを知っていたにも関わらず、彼女の住処へと土足で入ってしまったのだ。わたしの無礼が呼んだことだろうと考え直す。
「ごめんなさい……」
「えっと、あなたは?」
その質問に答えたのはリラだった。鼻をすすって、涙の跡がくっきりとついてしまった顔で、少し上目遣いになって言う。
「そのコ、お名前がないの」
「だからサフィ、お名前、考えてあげてほしい……」
「アタシ、リラのお友達になってあげたノ!」
「だから、アタシにもお名前をちょうだいな♪」
少し言い方は気になるけれど、妖精はそんなものだろうと流す。リラの友達になってくれるなら、わたしとしても拒む理由はない。もともと、妖精は精霊のお友達みたいなものだろうから、仲が悪いということもないだろう。
わたしは考えを整理するように言葉に出しながら名前を考える。
「えっとぉ……」
「うーん……」
「春……花……白い……妖精……」
「春の、妖精……」
「儚い……」
「……あっ、エフェメラル……?」
「あんまりかわいくない……」
「エフェ……エフィ……オフィ……リア……」
「……エフェリア!」
なんとかイイ感じの名前を思いつく。スプリング・エフェメラル。春を知らせる小さい花たちの名前。春の妖精だ。
「あなたの名前は、エフェリアでどうかな?」
「エフェリア……? エフェリア!」
「アタシ、エフェリア!」
小さな妖精、エフェリアは全身で喜びを表現するように、飛びながら回転する。すると、エフェリアは光に包まれて、淡く光った。
しばらくするとそれは収まり、いつものように戻る。名前の加護だ。リラとわたしが、名前を付けあったときにも起きた現象。詳しいことはよくわからないけれど、能力が増すのは間違いないと思う。
「なーんか不思議な感じ?」
「これでアタシも、アナタの家族になれるのかしら!」
少し考えが跳躍している気がする。他の妖精のことはわからないけれど、友達や家族というものは、彼女たちにとってとても大きな意味を持つものなのだろうか。
「ふふっ……いいお名前ね」
「よかったね、エフェリア」
リラもようやく気持ちが落ち着いてきて、笑顔が戻ってきた。まだ涙目で、跡もついたままだけれど、それは時間が解決してくれることだろう。
「……取り敢えず休憩する?」
「リラも歩き回って疲れたでしょう」
「落ち着くまでこうしてよっか」
「……うん」
わたしは下半身を牝鹿にしてから地べたに座って、手招きする。リラは甘えるように、わたしに抱きつき直した。やっぱり、悲しいときはふわふわで温かいものを抱きしめるのが一番だと思う。
エフェリアもどさくさに紛れてわたしの鹿の部分に埋もれていた。
「ねぇサフィ」
「なぁに?」
わたしは子供をあやす母のような手つきでリラの頭を撫でる。
「どうしてサフィはそんなにボロボロになっているの……?」
とても答えづらい質問だった。
どうしようか。
トレントと戦っていて、しかも結構強かったなんて今のリラに言えるわけがない。余計な心配も、呵責も与えたくない。
「えぇ――――――っと……」
「……」
いや、もういいや。
ここはエフェリアに訊いてみよう。
「ねぇ、エフェリア」
「なんでわたしのこと襲ったの?」
妖精たちは確かに、わたしたちを侵入者として排除しようと動いていたはずだ。それなのに、エフェリアは友達になったとか、家族になりたいと言う。ちょっと経緯がわからない。
「? なんのこと?」
エフェリアはつぶらなひとみをこちらに向けて、首を傾げる。
「わたし、トレントに捕まって大変だったんだよ」
「あの切り株がトレントね」
後ろにある切り株を指差すと、エフェリアとリラもそちらを向く。
「アラ……どうしちゃったのン? ただの切り株じゃない?」
「でも、トレントなんてアタシ知らないわ?」
「だって、アタシが守っていたのはお花たちだけだもの」
「それにそういうことができるのは、ママだけじゃなぁい?」
「ママ……?」
「アナタ、ママも知らないノ? この森のママ、みんなのママよ?」
……知らない。妖精の上位種とかそういうのかな。よくわからないけど、敵対してないことを願うしかない。
「怒ってないかなぁ……怒ってないといいなぁ……」
「大丈夫じゃなぁい? アナタ、ヘンテコだけれど、精霊なんでしょ?」
「精霊と妖精はみんな気のいいお隣さんで、お友達で、家族だもの」
「もしママが怒ってたら、アタシが怒らないでって言ってあげるわネ♪」
果たしてわたしは精霊なのか、エフェリアの言い分にも色々と気になるところはあるけれど、今考えても答えはでなさそうなので諦めることにした。
きっと、トレントに襲われたのはたまたまか、共生していたところにお邪魔しちゃったせいだと思っておこう。エフェリアは無関係で、迷子になってしまったリラと一緒にいてくれたイイコなんだろう。
「ここの花畑ってエフェリアのものなの?」
「アタシのものというか、アタシのお友達? 家族?」
「ここにはアタシしかいないケド、みんながいるわ?」
「そっか、あらためて言うけど、勝手に入っちゃってごめんね」
「お友達も踏んづけちゃったし……」
「もう、ホントよね! ……でも、許してあげるっ」
「アナタたち、始めはちゃんと避けてくれてたし、もうアタシも家族でしょ?」
家族と言われると違和感しかないのだけれど、なんかもうそれでいい気がしてきた。わたしは相槌を打って、無難に過ごすことにした。
わたしは、妖精は群れているというか、たくさんいるものだと思っていた。けれど、この花畑にはエフェリアひとりしか妖精はいないらしい。自然そのものの概念であろう妖精や精霊なのに、どうしてひとりなのだろう。エフェリアがフラワーフェアリーであると仮定すれば、ますますわからなくなる。だって、フラワーフェアリーなら、花ひとつひとつにその花の妖精がいて、この花畑にはこの花の数だけ妖精が生まれていてもおかしくはない。
それなのにだ。このとても広い花畑には、エフェリアしかいない? エフェリアは花畑そのものの妖精ということになるのかな。
わたしはこの世界について、あまりにも知らないことが多すぎる。前世の知識からある程度予想できることはあるけれど、概念が同じであることは少ないと思う。なにせ、前世での「そういうもの」は、あくまでも信仰や妄想の賜物でしかないから。
「――よーし、それじゃあちょっと踊ろうよ」
わたしは伸びをして、リラに提案した。
「踊るの?」
「うん、キレイな花畑で踊るの。憧れない?」
「ちょうどいい切り株もあるし、わたしと踊ってくれない?」
「……うん、サフィとなら、いいよ」
わたしはリラの手を優しく握って、木漏れ日の射す花畑の舞台にあがった。
切り株の上は円舞曲を踊れるくらい平らだった。
周りでは風が揺らした花々も踊るようにしている。緩やかに左右に揺れて、微かに鈴のような音を鳴らしている。
わたしは目を瞑って、鼻歌を歌う。題名も、作曲者も覚えていないけれど、頭に残っていた緩やかなクラシックの曲。
本場の踊り方なんて知らないので、ただ、らしい体勢をとる。
片方の腕をリラの腰に回して、もう片方の腕はリラの手をとって肩の上くらいまであげる。
左右に揺れて、ゆっくりと回る。その度にリラの長い髪が靡いて、優しい匂いが鼻をくすぐる。
「~♪」
少し目を開けてリラの顔を見てみれば、落ち着いた表情をして、咲ってくれていた。涙の跡も薄くなって、もうほとんど見えない。
いつの間にかエフェリアはリラの肩に座って、一緒になって楽しんでいた。
リラと目が合う。リラは恥ずかしそうに目を伏せたけれど、それがまたかわいく思える。わたしのリードに身を委ねて、スカートを揺らしている。
リラの温もりが、鼓動が……近くに感じられる――。
リラとの初めてのダンスは、わたしが覚えている旋律を数回繰り返してから終わりを迎えた。いつまでも踊ってしまえそうだったけれど、あげている腕が疲れてくるから仕方がない。
「……リラ、どうだったかな? わたし、うまく踊れてた?」
けれど、リラから返ってきた返答はわたしが思っていたものと違った。
「ん……サフィ……なんだか、眠いの……」
疲れたのかな。と、思ったけれどそれも違うようだった。
リラは膝から力が抜けるように崩れて、わたしは慌てて支える。
「サフィ……わたし、消えちゃう……」
リラはへたり込んで涙を頬に伝らせていた。
わたしはまた、リラを泣かせてしまった。
「サフィ……怖い……怖いわ……」
「わたしのことを離さないで……」
消え入るような、震えた声でリラはわたしに抱きつく。その手は力強く、震えていた。
エフェリアは戸惑うように周りを飛んでいるけれど、今は構ってあげられる暇はない。
リラの身体は段々と薄くなって、解けていく。
「大丈夫、大丈夫だよ」
「わたしはどこにも行かないから」
「リラも消えないよ」
「先に泉へ帰るだけ。だから大丈夫」
「本当……?」
「わた、し……大丈夫……?」
「……っ……っ」
リラは段々と過呼吸になって、鼓動が跳ねるように脈打っているのが伝わってくる。
――最低だ。
わたしはこうなってしまうことをわかっていながら、外へ連れ出したんだ。それがリラのトラウマになっているだろうことも考えずに、リラの心を粗末に扱った。
許されるべきじゃない。
リラの目からは留めなく涙が溢れて、わたしの服を濡らしていく。小刻みに身体を震わせて、力強くわたしの身体を離すまいとしている。
「ごめんね、大丈夫、大丈夫だよ」
わたしからリラに言えることはない。何を言っても、言い訳になってしまう。慰めるなんて行為すらおこがましい。
けれど、わたしにはそれしかできないんだ。
「先に帰っていて。すぐに、すぐに迎えに行くから」
「ひとりにさせないから、大丈夫――」
リラは自分自身に言い聞かせるように、うん。うん。と嗚咽を漏らしながら頷いた。
そして――。
わたしの腕の中には元々なにもなかったかのように、その温もりはなくなってしまった。
太陽が罪を認めろと言うように、木々の間からわたしを睨んでいた。
木漏れ日が射す花畑で、ひとりの精霊が姿を消したんだ――。
リラーーーーーッ!!!
わたしがいちばん悲しんでます……
ご読了ありがとうございます!
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