20-1話:12時の鐘は待ってくれない
さて、どうなるっ!
――わたしは弓を思いっきり引いて、矢を放った。
トレントは最期の力を振り絞るように太い根でそれを受け止めようとする。けれど根は一瞬にして結晶化して砕け、矢の勢いは衰えずそのままトレントの本体へと突き刺さる。
トレントの胴に広がる白い凍結。一瞬にして魔氷晶の塊と化したトレントは、突き刺さった矢によって砕け散る。砕け散った魔氷晶が宙に舞い、光を吸って宝石のように輝いた。
「ふぅ――」
「やぁ――――――っと終わったぁ……」
……トレントがどんな思考をしているのかわからないけれど、わたしの囮作戦は成功した。
切り離した下半身をただのスライムに戻して、そちらの身体で魔力を練っていたのだ。
そして、充分に練った後、人型になって矢を放つ。
わたしの人の部分に気を取られていたトレントは反応が遅れて、本体に被弾を許した。
わたしの魔力量は異常だ。それは、泉で噴水の真似事をしていたときに実証済み。
さすがのわたしも魔力の使いすぎで身体が重い。このままだとリラを探し出す前にわたしが消えてしまいそうだった。
わたしはダイヤモンドダストが舞う花畑に寝転がって、白い息を吐き出した。
トレントは魔氷晶になって砕け散った。今ここにはかつてトレントだった切り株しかない。トレントが砕けたことで、森にはぽっかりと穴が空き、そこから太陽の光が射し込んできている。魔氷晶はその光を反射して、辺り一面の銀世界は夢の中のように、光に包まれていた。
よくわからないけれど、霜漬けになっている白い花たちがとても美味しそうに見える。
わたしは朦朧とした思考のまま、よく考えずに白い花を摘んで口に運んだ。
パク。
ひんやりとしていて、甘い。綿菓子のようだった。疲れ切った身体にその冷たさと甘さが染みていく。
「おいしい……」
きっとこれは妖精の花で、魔力を蓄えている花だ。だから、魔力を欲しがっているわたしの身体はこの花をおいしいと感じるのだろう。と、わたしは結論付けた。
わたしは何度も花を摘んで口に運んだ。これではもう、ただの牝鹿だ。わたしは鹿娘になってしまった。
わたしはリラを探さなければいけない。けれど、動けなければ探すことすらできない。だから、この食事は必然的なものであって、決して欲に負けたというわけではないんだ。
というか、さっきの戦闘音でリラが気づいてくれていないだろうか……と、どこか願っている。手がかりがなければ探しようがない。
けれど、この森がいくら広いと言っても、暴れていたらきっと聞こえていることだろう。
……いや、もしかしたら聞こえているせいで危険だと考えて離れてしまっているかもしれない。そしたらもう、わたしはどうやってリラを見つければいいかわからない。
視界が悪いから、魔法を空に向かって放ってもわからない。
リラの魔力を辿ろうにも、今のわたしではただ通っただけのような微弱な魔力を捉えることは難しい。時間も経ってしまっているし、もう痕跡は残っていない可能性だってある。
「どうしよう……」
不安を口に出したところで、何も変わらない。変わらないけれど、それ以外にできることもない。
今わたしができることは一縷の望みにかけてこの森、花畑の中を探し回るか、リラを置いて先に泉へと帰るかだ。
最も効率的で確実なことは後者だ。リラの話を聞く限り、リラは泉を出られない。一定時間、泉から離れていると、身体が消滅して泉に再召喚される――はずだ。
そして、リラは本能的にどこへ向かえば泉に帰れるかわかっている。これは、わたしも同じことだ。どこに泉があるのか、何となくわかる。
つまり、わたしたちはお互いを置いて、もしくは信じて。先に泉へ向かって帰ってくれば逢えるんだ。
わたしは心の中で悪態をついた。
こんなことになるのなら、最初から迷子になったときのことを決めておくべきだった。ひとり置いて、離れるわけがないと決めつけてしまっていた。
それが裏目に出るとは思わなかった。
リラはわたしを置いて、ひとりで泉に帰ろうとなんて考えないだろう。そういう確信があった。リラはあまりにも純粋で、優しすぎる。
わたしはその優しさを裏切るようなことはしたくない。だから、わたしにリラを森に置いて、先に泉へ帰るという選択肢は始めからないんだ。
理性とは。利他性とは。なんて面倒なんだろう。頭の中では最適で簡単な回答がこれみよがしに提示されているのに、ソレがわたしを許してくれない。
――そんなことを考えているうちに、わたしは結晶化したトレントをすべて吸収し終えていた。
「……この身体のどこに収まってるんだろう?」
放っておくのももったいない気がして、無心で花を食べながらトレントを吸収していたら、すべて飲み込むことができてしまった。
もしかしたらわたしの身体の中は無尽蔵の胃袋的なものなのだろうか。だとしたらちょっと便利だ。
わたしは深く考えるのを止めた。疲れているからね。
思考のリソースはリラを探し出す方法に注ぎ込んでいる。
「――なにも思いつかない」
取り敢えず、今はリラが戦闘音に気がついて向かって来てくれていることに賭けて、動いていない。コレがダメなら、次は魔力の糸でも出しながら走り回ってみようか。そうすれば、リラが糸を見つけてくれれば、後を辿っていつか逢えるはずだ。
そろそろ行動に移ろう。早くしないと、いつリラが消えてしまうかわからない。
そう思って、身体を起こす。
「――」
リラの声が聞こえたような気がする。
わたしは耳を澄ます。
「――フィー!」
「――サフィーッ!」
リラだ。リラの声がする。
「リラ――ッ!」
わたしは出せうる一番大きな声でリラの名前を叫んだ。
「サフィーッ!」
リラの声が、喜びに溢れている気がする。わたしも、胸が熱くなって、涙が込み上げてくる。
木々の影の間から、リラが走って来る姿が見えた。確かにリラだ。
プラチナブロンドのキレイな髪をたなびかせて、どんな宝石よりも美しい緑色の目を潤している。
あぁっ! もうっ! あんなにボロボロになって!
リラの足元は土にまみれて、髪も乱れている。
嬉しいのか、悲しいのかわからないくらいに破顔して泣いている。
わたしは居ても立ってもいられないなって、リラの方へと走っていく。人間の姿になって、走っていく。
「リラッ!」
「さふぃ゙ぃ゙ぃ゙……」
「よ゙がっ゙だぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙……」
「ふぇぇぇぇぇぇ……」
わたしたちは飛びつくように抱きついて、何回かその場で回った。白い花が舞って、わたしたちの再会を祝福する。
リラはわたしの胸の中で泣きじゃくって、涙を擦り付けた。身体が小刻みに震えていて、嗚咽を漏らしている。わたしのことを二度と離さないというかのように、強く、強く締め付けられた。
「サフィ……わたし、わたしね……」
リラは感情が溢れて、声がうまく出せないようだった。
「リラ、ごめんね」
「あなたの手を離しちゃって……」
「もう、大丈夫だから……」
リラは安心したのか、泣き声が大きくなって、大粒の涙を流している。その熱い想いがわたしの無垢な服に広がっていく。わたしはリラが落ち着くまで、頭を撫でてあげた。果てしない森の中で、ひとりで寂しかっただろうし、なにより怖かっただろう。
リラが謝る必要はない。リラのトラウマを知っていたのに、森に連れ出して注意を怠ったわたしがいけないんだ。それでこんなに怖い思いをさせてしまうだなんて、最低だ。
「はっくちゅん……」
「なんでこんなに寒いのン?」
かわいらしい声がした――。
戦闘描写、いかがでしたか?
ドキドキハラハラしていただけましたか?
ご読了ありがとうございます!
いいねや感想をいただけると励みになります♡꜀(˶´꒳`˶ │




