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八話:政治改革①


 ミッドガル帝国は、末期疾患に侵された巨人のように、内部から腐り果てていた。

 自らを食い潰す癌が、静かに、しかし確実にその骨格を侵食し、システムそのものを崩壊の淵へと追いやっている。帝都の壮麗な外観――輝く尖塔と絢爛な宮殿――は死にゆく者の化粧のように、虚飾にすぎない。


 内部では、腐敗の膿が脈打ち、権力の濁流が全てを飲み込む。

 帝国は、既にその終焉を予感させていた。ラスティの生まれであるヴェスパー家は、帝国の官僚として機能するエリート層に属し、一般市民から一歩抜きん出た存在だった。平たく言えば、裕福な一族だ。


 金銭も教育も、不足なく与えられたラスティは、幼少から父の後を継ぐべく、政治の荒々しい海へと投じられた。書物のページをめくるたび、議会の議論を聞くたび、彼の心には帝国の仕組みが刻み込まれた。


 だが、それ以上に、彼には転生者としての異質な視点があった。


 前世の記憶――物語や理念の断片――が、彼の視野を常人を超えたものにし、知識をスポンジのように吸収した。


 父の言葉によれば、「最初から知っていたように知識を吸い取っていった」。


 その言葉は、ラスティの異常な学習能力を端的に表している。だが、それは同時に、帝国の病巣を直視する呪いでもあった。彼の目は、子供の頃から、帝国の歪みを捉えていた。


 貧富の格差が広がり、地方は重税に喘ぎ、臣民と異民族の間に横たわる差別、周辺国――いや、異民族との果てしない紛争。そして、帝国内に根を張る腐敗の構造。


 それらは、幼いラスティの目にさえ、あまりにも明らかだった。このままでは、帝国は滅びる。その予感は、彼の心に刻まれた予言のように、消えることなく響き続けた。


 だが、父の影響力は官僚の中でも低く、相談したところで帝国を動かす力はない。更にいえば子供の意見が政策に反映されるはずもない。ラスティは、それを冷徹に理解していた。


 父は「妥協」を選んだ。自分と家族の平穏を優先し、帝国が自分の代で持ちこたえればそれでいいと割り切った。


 余計な問題に首を突っ込まず、リスクを避ける。それが、平穏を求める者の論理だ。だが、その選択は、ラスティの魂を縛る鎖にはなり得なかった。


 彼は父の妥協を拒絶した。


 ノブレス・オブリージュ。高貴さは義務を強いる。この言葉は、彼の存在を定義する呪文のように、彼の胸に刻まれていた。国を導く者には、相応の覚悟と責任が求められる。


 父は、その覚悟を持たなかった。ラスティは、父の轍を踏むことを拒み、決意した。政治の世界に身を投じ、父の地位で満足せず、帝国の大臣の座を掴み、腐りきったこの国を少しでも正しい方向へ導く。



 その道は、奈落の淵を渡る細い縄のように、苛烈で危ういものだと知っていた。腐敗と正面から対峙すれば、腐敗はラスティを排除すべく牙を剥く。



いつか暗殺され、都合の良い駒に取って代わられるだろう。大臣の座に就けたとしても、帝国全体の病巣を根治する試練が待ち受ける。


 その困難さは、星々の彼方にある希望を掴むような、途方もないものだった。だが、ラスティは逃げない。逃げることは、彼の魂が許さなかった。


「これで、最後か」


 帝都の宮殿、その一室。

 帝国大臣の執務室で、ラスティは今日の書類の山を処理し終える。インクの匂いと紙の感触が、彼の手を黒く染める。


 最後の書類を精査し、署名を重ね、紙の束に置く。長時間の座業で凝った体をほぐすべく立ち上がり、軽く体を動かしながら、窓から帝都を見下ろす。


(こうして見る限りでは、とても平和なんだが)


  帝都の風景は、嘘のように穏やかだ。だが、その実態は正反対だ。帝都の裏では、犯罪組織が麻薬と人間を売りさばき、血と欲望にまみれた利益を貪る。


 その金が政治の腐敗を育み、腐敗が帝国を蝕む。悪循環の連鎖は、帝国の心臓を締め上げる毒蛇のように、止まることなく絡みつく。


 先代皇帝と皇妃の崩御後、幼い皇帝が即位した。ラスティは腐敗派の官僚を蹴落とし、次期大臣の座を掴んだ。だが、権力の頂点に立ち、帝国の内情を詳細に知るにつれ、腐敗の根深さを思い知る。


 先代皇帝は腐敗に有効な手を打てなかった。いや、先代大臣が腐敗の一部を隠蔽していたのだ。自分たちに都合の良い腐敗は温存し、都合の悪い腐敗だけを粛清するリスクマネジメント。


 先代皇帝には、腐敗が取り除かれたと錯覚させ、裏で私腹を肥やしていた。 先代大臣が急病で倒れなければ、腐敗派を排除し、この座に就くことはできなかっただろう。


 だが、腐敗派は今なお帝国に深く根を張り、巨大な権力を握る。油断すれば、ラスティでさえ喰われる。


 帝国の闇は、彼を試す深淵のように、底知れぬ広がりを見せる。


(良識派、腐敗派、革命軍、慈善活動組織アーキバス、フロイト将軍、イグアス将軍)


  それでも、ラスティはここまで辿り着いた。帝国を少しでも正しい方向へ導けるか、革命に倒れるか、腐敗に飲み込まれるか。


 一歩間違えれば、誰もが不幸に墜ちる。だが、逃げることは許されない。投げ出すことは許されない。一人でも多くの不幸な運命を変えるため、一人でも多くの命を救うため、ラスティは戦い続ける。


 その闘争は、まるで彼の魂を削り取る刃のように、終わりなき試練だった。


「デイ・アフター・デイ」


毎日、毎日、繰り返される闘争。来る日も来る日も、終わらない。帝国の腐敗は、まるで彼の心を嘲笑うように、執拗にその姿を現す。


「されど、着実な一歩を」


  ラスティの声は自らに言い聞かせる祈りのように、静かに、確実に響く。彼の視線は、帝都の彼方――腐敗と戦い、希望を掴むべき未来――を見つめていた。たとえその道が、血と涙に濡れた茨の道であっても、彼は歩みを止めない。


 ノブレス・オブリージュ。その言葉は彼の魂を縛る鎖であり、同時に彼を導く光だった



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