表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/36

7話:妹奪還③


 錆びた鉄骨が月光を反射し、血と硝煙の匂いが立ち込める。ラスティは剣を振るうたびに敵の首を刎ね、血飛沫を浴びながら次の標的に滑り込む。


 ヒットアンドアウェイ。無駄なプライドは捨てた。勝てばいい。それだけだ。


「何者かな」

「偽善者」


 視線の先に立つのは、白髪を長く伸ばしたポニーテールの少年。黒の学生服の肩に「呪」の文字が浮かび、異色瞳(左灰・右青)が楽しそうに細まる。


 肌は病的に白く、笑顔は無邪気すぎて、逆に背筋が凍る。


トリスタン――円卓最悪の愉快犯。


「ねぇ~、そこのゴミ虫を助けに来たのぉー?」  


 舌なめずりしながら、メーテルリンクの檻を指差す。その指先が触れただけで、檻の鉄格子がぐにゃりと歪み、少女の頬に赤い痣が浮かぶ。


「でもざんねーん。お前、ここで死ぬよ? 女を助けることもできなくて、魂ごとぐちゃぐちゃにされちゃう♪」


 ラスティは静かに息を吐く。テンションが上がる。血が熱くなる。強くなる。


「随分と自信家のようだ。自分の実力を正確に把握できないのは実に不幸だ」

「へぇ? 俺より強いと思ってるの? お前が? マジで?」


 トリスタンがくすくす笑う。その笑い声だけで、周囲の空気がねじれ、地面に落ちていた死体がぴくりと痙攣した。

 

「殺すぜ」

「身の程を知れ」


 瞬間、トリスタンの姿が消えた。次の瞬間、ラスティの背後で「ぽん」と可愛らしい音がして、指が肩に触れる。「ねぇ、触ってもいい?」――魂に直接触られる。

ラスティは反射的に魔力を爆発させ、距離を取る。肩口の皮膚がざわざわと蠢き、まるで別の生き物が這い回っているような感覚。


「魔力変形・聖剣抜刀」


 白い片手剣が具現化。

 トリスタンは首を傾げて、にこにこと笑うだけ。


「わぁ、剣なんだ。カッコイイ~! でもさ――」


 次の瞬間、トリスタンの右腕が異様に膨張し、黒い学生服を破って無数の触手のような筋繊維が飛び出す。それらが絡み合い、巨大な黒紫の刃へと変形する。


「――俺のほうが面白くできるよ?」


 地面が割れ、触手の刃が横薙ぎに振られる。ラスティは跳躍し、空中で体を捻って回避。着地の瞬間、聖剣を振り下ろす。斬撃はトリスタンの胴を真っ二つ――するはずだった。だが、切断面から内臓ではなく、無数の目が瞬き、笑いながら再生する。


「うわっ、痛い痛い!  でもゾクゾクする~!」再生と同時に、トリスタンの左手がラスティの顔面に向かって伸びる。


 指先が五本の蛇のように分裂し、魂を掴もうとする。


(距離を取る!)


 ラスティは後方へ跳び、聖剣を砕く。


「魔力変形・聖剣破砕弾丸」  


 無数の白い破片が豪雨となって降り注ぐ。

 トリスタンは両手を広げ、嬉々として浴びる。


「わぁ~! 綺麗! でもさ――」


 破片が触れた瞬間、すべてが黒紫に染まり、逆にトリスタンの体へ吸収されていく。体が一回り大きくなり、学生服が破れて筋肉が異様に膨張する。


「もっと面白いことしようよ♪」


 トリスタンが一歩踏み出す。その一歩だけで、地面が腐り、鉄骨が錆びて崩れ落ちる。ラスティは舌打ちし、魔力を最大限に高める。


 トリスタン――弱者属性(堕落)の極致。

 救われないと知った魂が、救いを拒絶し、破壊を愉しみに変えた存在。対するラスティは、静かに聖剣を構える。

 藍色の瞳に、決して揺らがない光が宿る。

 ラスティは無限に上昇し続ける闘志と光翼属性と、人類の可能性をどこまでも構築属性を有している。


「ねぇ、偽善者くん♪」


トリスタンがぱっと両手を広げて、にこにこと笑った。その笑顔だけで、周囲の温度が三度下がった気がした。


「俺、弱者属性なんだよね~」


 指を一本立てて、くるくる回しながら言う。


「救われないって最初からわかってるからさ、だったら全部壊して、みんなで一緒に絶望したほうが楽しいじゃん? 希望とか救いとか、最初からいらないもん」


 ラスティは静かに息を吐いた。


 「私は光翼属性と構築属性だ」


 無限に上昇し続ける闘志と光翼属性。

 人類の可能性を信じて至る構築属性。

 低く、しかし確実に響く声。


「決めたことは無限に往く。人類の可能性を、どこまでだって構築してみせる」


 トリスタンは目を丸くして、ぱちぱちと拍手した。


「わぁ~、かっこいい~! でもさ、それってただの傲慢じゃない? 『俺が正しい』『俺が世界を救う』って思い込んで、結局、自分の色に全部塗り替えるんでしょ? それって、未来にやってくる第六特異点『自己狂愛』の予兆じゃん? お前が呼び込んだ自分以外全て殺す世界法則の先触れ」

「かもしれないが」


 ラスティは一歩踏み出す。靴底が血溜まりを踏み、鈍い音を立てる。


「お前こそ堕落そのものだ」


 冷たく、鋭く。


「他人の魂を理解した上で、永遠に玩具にしてる。痛みも恐怖も絶望も、全部味わわせて、笑ってる。救いも希望も、最初から否定してる。それが弱者属性の最終形か? なんとも情けない姿だ」


 トリスタンは首を傾げて、にやりと笑った。


「だって救われないもん」


 肩をすくめる仕草が、妙に子供っぽい。


「俺みたいな弱者は、最初から終わってるんだよ? だったら、せめて楽しく壊すしかないじゃん。みんなで一緒に地獄に落ちたほうが、平等でいいよね?」

「私は終わらせない」


ラスティの声に、熱がこもる。「矛盾を抱えたままでも、前に進む。

 偽善者でも、泥臭くても、後悔したくないから進む。


「それが光翼属性だ」

「矛盾を抱えたまま進むって、ただの自己満足じゃん」


 トリスタンがくすくす笑う。


「お前、最後は絶対に自分だけ救おうとするよ。大切な人たちだけ守って、世界なんてどうでもよくなる。見ててあげる。どんな顔で堕ちるか、楽しみにしてる♪」

「私は私の最善を尽くす」


 ラスティがさらに一歩踏み出す。


「理解してるくせに、救いを拒絶する。絶望をばら撒いて、愉しんでる。お前がどれだけ堕ちるか、俺が見届けてやる」


 二人の視線が、静かに交差する。一人は無邪気に、もう一人は静かに。


「さぁ、どっちが正しいかな?」


 トリスタンが舌なめずりしながら言う。


「試してみるか」


 ラスティが聖剣を構え直す。風が止んだ。

 月が雲に隠れた。次の瞬間――白い閃光と黒紫の触手が、夜の闇を真っ二つに裂いた。互いの信念を、剣と魂でぶつけ合う。

 どちらも譲らない。

 どちらも、相手を否定するために戦う。


 弱者属性の光の否定。安全圏から一方的に素晴らしいものを無力化したり、減衰させることができる特性。

 無限に強くなる光翼属性と、人類ができることは全てできる構築属性。


 救いを拒む者と、矛盾を抱えてなお進む者。


「引き時か」

「え~? まだ遊んでる途中なのに?」


 トリスタンが笑う。その笑顔の奥に、純粋な悪意だけが無限に広がっている。瞬間、背後で爆発音。エクシア、デュナメス、キュリオスが檻ごとメーテルリンクを確保し、撤退を開始する。


『目標を確保。撤退してください』   


 ヴァーチェの通信。ラスティは一瞬だけメーテルリンクの方を見る。少女は怯えながらも、小さく頷いた。

 トリスタンはそれを見て、にこりと笑った。


「ねぇ、逃がさないよ? せっかく面白いおもちゃ見つけたのにさ」


 黒紫の触手が無数に伸び、撤退路を塞ごうとする。ラスティは聖剣を構え直し、トリスタンの正面に立つ。


「申し訳ないが、今日はここまでだ」

「え~? つまんないなぁ……」


 トリスタンが肩をすくめる。

 その瞬間、彼の体がぐにゃりと歪み、地面に吸い込まれるように消えた。残ったのは、腐食した地面と、血と硝煙の匂いだけ。

 ラスティはメーテルリンクを抱き上げ、即座にその場を離脱する。 



夜。アーキバスの隠れ家。

「お兄様……」

「どうした? 寝れないのか」

「はい。まだあの時のことが怖くて……」

「そうか。わかった。一緒ベッドに入ろう。そうすれば寝れるだろう」

「はい、お願いします……」

 

メーテルリンクは小さな体を震わせながら、ラスティの胸に顔を埋める。


「お兄様……私だけの、お兄様……」 


 その呟きは、呪いのように、静かに部屋に響いた。ラスティは少女の銀髪を優しく撫でながら、窓の外を見た。月は血のように赤く、どこかでまた誰かが泣いている。


(トリスタン……か)


 愉悦に満ちた笑顔が脳裏に焼き付く。あいつは本気じゃなかった。ただ遊んでいただけだ。次に会うときは――きっと、今夜以上に「面白いこと」をするのだろつ。ラスティは静かに目を閉じた。

 偽善者でもいい。泥臭くてもいい。それでも、守りたいものは守る。憧れを、現実に変えるために。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ