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27話:起動する破滅機構③

「―――」


  痛みが全身を貫く。焼け焦げた皮膚、爛れた傷、炭化した指先。神経が痺れ、目が乾き、血肉が渇く。だが、死んでいない。一度死を経験したラスティにとって、この痛みは耐えられる。虚無に比べれば、どんな苦しみも軽い。その覚悟は、まるで彼女の魂を燃やし尽くす焔だった。


「マスター・ラスティ……!」


シャルトルーズの悲鳴のような声が耳に届く。片目で彼女を見やり、軽くウィンクを送る。腕の中の少女は無事だ。


 その瞬間、彼女の存在がラスティの痛みを凌駕する希望だった。


「すこ、し、眠っちゃったみたいだ……だが、大丈夫」


 喉が干上がり、言葉を紡ぐたびに不快感が走る。シャルトルーズを解放し、ゆっくり立ち上がる。エクシアが制止する。


「っ! 立っちゃ駄目よ! その体をそれ以上酷使したらいけない!」

「貴方のそれは明らかに動いて良い状態じゃない。今すぐ治療を受けるべきね」


焼け爛れた手を眺める。服の下から血と焦げた肉の匂い。重症だ。だが、ラスティは笑みを浮かべる。その笑みは、まるで痛みを嘲笑う戦士の不屈の意志だった。


「ん? どうかしたかい?」

「心配する必要があるかどうか、ちょっと疑問に思えてきたわ……ってそうじゃないの! 火傷が!」

「あぁ、大丈夫大丈夫。ほら」


  手を動かし、軽く跳ぶ。痛みをごまかすやせ我慢だ。父親から学んだ術。呼吸ごとに激痛が走るが、表情には出さない。

 その仕草は、彼女が痛みを超越した存在であるかのようだった。


「大丈夫だろう?」

「見た目はどうあがいてもぼろぼろな筈なのに……」


 エクシアの魔法が傷を癒す。焼けた皮膚がゆっくり再生する。シャルトルーズに笑いかける。


「大丈夫かい? シャルトルーズ。封印のためとはいえ、かなり激しくしてしまったが」

「……状態を確認。世界の破壊衝動の霧散を確認。大丈夫です」


心ここにあらずのシャルトルーズに、デュナメスが声をかける。


「本当に大丈夫か? シャルトルーズ。我らがボスの鉄人具合と違って、辛かったら辛い、痛かったら痛いって言って良いんだぜ?」

「私に対する遠慮捨てたな、デュナメス」

「信頼。これは信頼だよボス。シャルトルーズ?」


 シャルトルーズの怯えた瞳。悪いことをした子供のようだ。ラスティは見覚えがある。家庭環境か、何かショックを受けた後か。その瞳は、まるで過去の傷を映す鏡だった。


「どうしたんだい? 浮かない顔を浮かべて」

「え……」

「あ、いえ、あ」

「シャルトルーズ?」


 デュナメスが心配そうに呼ぶ。シャルトルーズは怯え、言葉を探す。


「ご、ごめんなさい……」


 震える声。ラスティは肩を軽く叩く。


「大丈夫」

「否定」

「気にするな」

「否定」

「私は生きている。だから何も問題はない」

「否定……でも、私は、その」

「いいんだよ」


難しい言葉や行動は伝わらない。大人として、子供の失敗を許す。それが責任だ。シャルトルーズが落ち着くことが大事だ。その優しさは、まるで戦場の傷を癒す光だった。


「私は、笑顔にするために戦っている。今回の件で、君が笑顔になってくれれば一番嬉しい」


 内臓が焼ける痛み。魔力が体を支える。死ぬときは虚無だ。今はまだ、生きる。シャルトルーズが少しずつ落ち着くのが見える。

 その光景は希望の芽が闇の中で芽吹く瞬間だった。


「平気かい?」

「了承。お手数かけました……」

「さて、帰りましょうか――」


ミッドガル中央区画、第一病棟、特別面会室。数日後。清潔な部屋で、傷だらけの三人が対峙する。


 ラスティは車椅子、患者衣に包帯。エクシアが車椅子を押す。ネフェルトも患者衣、腫れた頬と傷。シャルトルーズも青痣だらけ。沈黙の中、ラスティがネフェルトに頭を下げる。その仕草は、まるで戦場を越えた絆の証だった。


「ありがとうございます。ネフェルト少佐」

「どういうこと?」

「世界を守る世界封鎖機構として、ミッドガル帝国付近の遺物を回収して封印する任務を頑張ってくれた事です」

「それは……結果的には失敗だった。ロイヤルダークソサエティに情報は漏れ、魔導技術や遺物も多く奪われていた」

「感謝したいのは心の方ですよ。人のために自分を危険に晒して守るのは、善行です。人は醜い獣、だからこそ善であろうとする振る舞いこそ尊いものです。だから、ありがとうございます」

「貴方の慈善活動組織アーキバスというのも危険でしょう。特にミッドガル帝国は腐敗している。賄賂に奴隷に汚職……ロイヤルダークソサエティの暗躍。そんな状態でダークレイスの子供たちを保護して治療するなんて……命は惜しくないの?」

「善行をして死ぬなら本望ですよ。もちろん、死ぬつもりはないので全力で抵抗します。そしてシャルトルーズ」

「はい。マスター・ラスティ」

「君には世界の破壊をやめてもらう。そして私に服従する。それが君を永久封印しない代わりに交わした世界封鎖機構のネフェルト少佐との約束だ」

「……承認。不服ですが、受け入れます」

「ありがとう。そして我々は、ミッドガル帝国の大臣として世界封鎖機構と協力関係を結ぶ。世界封鎖機構の要請があれば戦力を派遣する」


【慈善活動組織アーキバス】

・メリット:シャルトルーズを保有し、命令可能

・デメリット:世界封鎖機構へ戦力提供、シャルトルーズの反逆警戒 【世界封鎖機構】

・メリット:アーキバスの戦力要請可能

・デメリット:シャルトルーズの完全封印断念


【シャルトルーズ】

・メリット:完全封印回避、将来の破壊可能性

・デメリット:ラスティへの絶対服従


「みんな不幸で、みんな利益がある。個人的には最高の未来だ。何せ、終わりではないからね。これからがある、というのは良いものだ」


 エクシアが苦笑する。


「出会って間もないシャルトルーズや、対話をしないで抑圧する世界封鎖機構のネフェルト少佐の顔も立てるなんて、お人好しね」

「人がやり直す機会チャンスは私が作る――それが、高貴なる者の努めだからね」

「ノブリス・オブリージュね」

「それに、今回の事件にはそれぞれの勢力に良い部分と悪い部分がある。世界を守るためとはいえ、話し合わず力で支配した世界封鎖機構、恵まれた土地と戦力と技術力があれど腐敗したミッドガル帝国、活動方針こそ立派だが立場が弱い慈善活動組織アーキバス」


 エクシアが続ける。


「それに純粋に悪意を持って人を攻撃するロイヤルダークソサエティ」

「そう。最期を除けば、善意や誰かのためからくる諍いだ。だから、そういう人達に話し合い、お互いに落とし所を作れるのであれば協力できる可能性がある」


  ラスティの信念だ。どんな誤解や困難でも、善を望むなら協力する。その言葉は、まるで新たな未来を切り開く鍵だった。エクシアは口を噤む。 ネフェルトが咳払いし、話題を変える。


「要塞都市リッチドラムについてだけれど、あの都市は閉鎖する事にしたわ、システムを取り戻したとは云え一度乗っ取られた以上どんな状態になっているか詳しく調査しなければならない、何らかの形で再利用するとしても時間が必要よ、ロイヤルダークソサエティにバックドア何て仕掛けられていたら目も当てられないもの」

「確かに。それが無難だろうね。こちらの技術研究部門のメンバーは必要かい?」

「お願いするわ。私一人だけでは少し時間がかかってしまうかもしれないから」

「了解した。それとシャルトルーズ」

「はい」

「君には対ロイヤルダークソサエティとの決戦戦力として、そして私の秘書として慈善活動組織アーキバスで働いてもらう」

「了承。完全封印をしないという契約が果たされる限り、貴方に従いますマスター・ラスティ」

「ありがとう。業務についてはエクシアに教わってほしい。エクシア、仕事が増えるが、大丈夫?」

「ええ、総合部門には優秀な子が多いから、私も手が空いているわ」

「よし、シャルトルーズはエクシアからの教えに従い、慈善活動組織アーキバスに貢献してほしい。期待している」

「その旨を了解します」


話し合いが終わり、エクシアは車椅子を押し、ネフェルトとシャルトルーズを見送る。キャスターの音が病棟の静寂に響く。その音は、戦場を越えた新たな始まりの鼓動だった。


「私は、貴方の自己犠牲的な精神、嫌いだわ」 エクシアの声には懇願の色。ラスティの傷だらけの四肢を見つめる。その視線は、まるで彼女の心の奥底を映す鏡だった。


「でも、それに救われた私が言うのもお門違いというか、棚に上げている自覚はあるの。でも、私は……今が幸せで……これ以上は要らない……だからこれ以上、失いたくない」

「わかった。気をつけよう」

「お願いね……ラスティ。貴方が死んだら、私は貴方を蘇らせるわ。それがどんな形になるとしても」

「君が幸せなら、それでも構わないさ」


  ラスティは不敵に笑う。やりたいことを見つけ、精一杯やる。それだけだ。その笑みは、まるで戦場の傷を背負いながらも未来を切り開く戦士の象徴だった。



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