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25話:起動する破滅機構①

「到着した、此処が要塞都市リッチドラム中央タワーの管制室か」

「ラスティ、デュナメス、警戒を忘れないで」

「了解……!」


 中央管制室のセキュリティドアが開き、ラスティ、エクシア、デュナメスは室内に飛び込む。視線を四方に走らせ、息を潜める。タワーへの侵入は驚くほどスムーズだった。


 魔導ゴーレムの襲撃もなく、妨害らしい妨害もない。拍子抜けするほど静かだ。だが、その静寂は、嵐の前の不気味な凪のように、彼らの心を締め付ける。薄暗い管制室は、モニタの淡い光に照らされている。


 人の気配はない。警戒しながら中心へ進むラスティたちの足音が、静寂を切り裂く。その音は、この要塞都市の冷酷な心臓を叩く鼓動のようだった。


「誰も居ない――?」

「モニタは点いているみたいだが……」


エクシアが周囲を見渡し、ラスティがコンソールを見つめる。稼働音と呼吸音、衣擦れの音だけが響く。敵が既に撤退したのか――そんな考えが過った瞬間、声が響く。


「――此処まで来てしまったのね、貴女達は」

「ッ……!」


  一行は咄嗟に声の方向へ身構える。エクシアとデュナメスがラスティを背に飛び出し、硬質な靴音と共に現れたネフェルト少佐が、モニタの光に照らされ佇む。その姿は、この要塞都市の最後の守護者のようだった。


「シャルトルーズなら確かに、この先に居るわ」

「ネフェルト少佐……投降してほしい。そうすれば人道的な扱いを保証する。殺害はもちろん、尊厳や肉体の安全を守る」

「―――」


ネフェルトの指先は魔導具に触れず、力なく垂れる。目を伏せ、静かに呟く。


「……いいえ、抵抗するつもりはないわ」


 両手をゆっくり上げる。エクシアとデュナメスは目を見開く。何かの策か? 疑念が脳裏を過るが、ネフェルトは淡々と続ける。その声は、敗北を認める亡魂のようだった。


「ここへ到達された時点で詰みね――私の負けを、認めるわ」

「……ネフェルト少佐」


彼女はタブレットをコンソールに置き、吐息を漏らす。その吐息は、彼女の信念が砕け散る音のようだった。


「本当に、貴女達は此処まで辿り着いてしまったのね、近い将来世界を脅かす事が確定している、あの子ひとりを救う為に……」


 その瞳には、名状しがたい感情が揺らめく。ラスティを見る視線が震え、言葉を噛みしめる。

 彼女の心が罪悪感と使命感の狭間で引き裂かれているかのようだった。


「遮るもの、全てを薙ぎ払ってまで」

「打算がないわけではない。しかし本当に世界を滅ぼす力があるなら、味方にすれば頼もしいと思わないか? 他にも世界を滅ぼす遺物があるなら尚更、その力は研究して味方にしたほうが良い。味方は強く、多いほうが良いだろう?」


ラスティの声は静かで、信念をそのまま吐き出したようだ。踏み出した足が影を伸ばし、ネフェルトの影と交錯する。

 赤みを帯びた瞳が、彼女を真っ直ぐ見つめる。その視線は、彼女の心を貫く刃のようだった。


「私は、ハイリスクハイリターンな選択を好む。世界を滅ぼす可能性があっても、私はそれが味方になる可能性を試してみたい」

「……そうね。一人の犠牲なんて認めない。滅びるなら全員で、生き残るのも全員で。そんな……リーダーには向かないまま貴女はここへ来た」


 その通りだ。傷だらけで、痛みに耐え、ラスティはここに立つ。ネフェルトはそれを認めるしかない。その事実は、彼女の信念を揺さぶる無慈悲な真実だった。


「良いのね、シャルトルーズが世界に終焉を齎すとしても、貴女達はこの選択を……」

「構わない。みんなで生きるか、みんなで死ぬかだ。勿論、貴方の考えは正しいと思う。数が多いほうが生き残るように動くのもアリだ」

「……私は、ただ」


 方針の対立は、戦力の差で決した。だが、ネフェルトの信念が悪ではない。彼女は言葉を呑み、俯く。両手を握りしめる。その仕草は、自らの罪を握り潰そうとするかのようだった。


「ネフェルト少佐」

「……ラスティ・ヴェスパー」


ラスティの呼びかけに、ネフェルトは顔を上げる。罪悪感と後ろめたさが瞳に滲む。傷だらけのラスティと向き合えない。


「私の行いを独善であると、そう判断するかしら……いえ、そう思われても仕方のない事を、既に私は為してしまっている」


  自嘲の笑みが浮かぶ。彼女の行動は善意から始まった。世界を救う使命感が、限られた選択肢を突きつけた。最善の未来を、最小の犠牲で――。


 だが、その未来は遠ざかり、闘争を生み、傷つけるつもりのない相手を傷つけた。拳を振り上げ、疑心暗鬼に苛まれる。その葛藤は、彼女の心を蝕む毒のようだった。


「それでも、私は――私は……世界を……っ!」

「――さっき、ネフェルト少佐は言ったな」


  ラスティの穏やかな声が、彼女の言葉を遮る。ネフェルトが顔を上げる。モニタの光に照らされたラスティの傷だらけの顔が、輝く瞳で彼女を見つめる。

 その瞳は、希望を灯す炎のようだった。


「ひとりだけを救う為に、此処まで来たのかって」

「……えぇ、確かに、そう云ったわ」

「それは、少し違う」


  ラスティは首を振る。シャルトルーズを救うため、仲間と共にここへ来た。だが、それだけではない。傷と痛みに耐え、突き進んだ理由は――。


「ネフェルト少佐、貴方とも私は手を取りたい」

「っ……!」


  シャルトルーズが犠牲になるべきでないように、ネフェルトもまた、犠牲になるべきではない。ラスティが歯を食いしばり進んだのは、彼女も救いたいと願ったからだ。その信念は、闇を切り裂く光のようだ。


「私が助けたい人には、ネフェルト少佐――貴方だって入っている」


 対立は悪ではない。向き合った経験は未来を紡ぐ。どんな道でも、本人が望むなら否定しない。だが、望まぬ苦渋の道なら、ラスティは全力で止める。それがアーキバスの本懐だ。


「話し合おうネフェルト少佐、私達には話さなくちゃいけない事が沢山ある。沢山傷付けあった、蟠りもあるだろう、それでも――」


 ラスティは傷だらけの手を差し出す。その手は戦場を越えた絆の象徴だ。


「私達は、人のために戦う者だ。だから同じ方向を見ることはできると、そう信じている」


 ネフェルトは差し出された手を見つめ、沈黙する。大きく、傷に塗れた、優しく暖かな手。彼女は手を伸ばし、触れる寸前で止まる。


 罪悪感が彼女を縛る。資格があるのか――その想いが胸を締め付ける。 指一本分、微かに触れる。それが彼女の許せるラインだった。


「……シャルトルーズは、この奥の中央隔離室に居るわ」

「…」

「セキュリティは解除してある、障害はない筈よ」

「ありがとう、ネフェルト少佐」


 ネフェルトの背後の扉が開き、ドーム状の室内が現れる。中央の寝台が光に照らされる。三人はネフェルトの脇を抜け、扉へ進む。

 彼女は小さな背中を見送り、ラスティの手を静かに放す。その瞬間、まるで彼女の心が僅かに解放されたかのようだった。


  ラスティは掌の感触を感じ、駆けるエクシアたちに視線を移す。すれ違いざま、呟く。


「ネフェルト少佐、落ち着いたら一緒に話そう」

「……」

「今度こそ――穏やかな日常の中で」


 異なる場所で、穏やかに言葉を交わしたい。その願いはまだ叶えられる。エクシアは隔離室へ踏み込み、ケーブルを跨いで寝台へ駆け寄る。


シャルトルーズは制服のまま横たわり、機器に繋がれ意識を失っている。デュナメスがライトを払い、頬に手を添える。


「生きてるな……ふぅ、これで一件落着」


舞台は整った。


『ダイモスコード発令。排除……排除……排除……排除』

「ッ!?」

「な、なに、何なの!?」

「これは――」


  シャルトルーズに声をかけた瞬間、管制室の電源が落ち、暗闇が広がる。モニタが紫に変色し、ノイズが響く。

 異常事態だ。


 その光景は世界そのものが崩れ落ちる前兆のようだった。


『こちら諜報防諜部門。現在、要塞都市リッチドラムの内部ネットワークに大規模な汚染が発生しています!』 ラスティがネフェルトに問う。 「ネフェルト少佐、これは!?」

「待って頂戴、今解析を――っ!?」


 ネフェルトはコンソールに飛びつき、状況を確認する。モニタに赤い警告が広がり、操作が受け付けられない。彼女の指先がコンソールを叩く。その動きは、絶望に抗う最後の抵抗だった。


「要塞都市リッチドラム全体のシステムがクラックされている……!? いえ、違う、これはそんな生易しいものじゃない。世界の基準数値が変動している……現実改変能力による攻撃!? 世界が理不尽に書き換えられて――!?」

「一体何が起こっているんだ、少佐!?」


デュナメスの叫びに、ネフェルトは首を振る。


「分からない、ただ都市全体が何か、理解出来ない何かに変質しようとしている……!」


 リッチドラムが別の概念に塗り替わろうとしている。大気、建物、システム、ゴーレム――全てが変質する。その事態は、世界の終焉を告げる黙示録のようだった。


「……離脱するわ!!」

「了解、ケーブルを外して脱出を……!」


  エクシアが周囲を見渡し、デュナメスがシャルトルーズのケーブルを引き抜こうとする。 「その行為は推奨しません」


シャルトルーズが目を開き、上体を起こす。声は無機質だ。その声は、まるで人間性を剥ぎ取られた機械の宣告だった。


「現在、個体名シャルトルーズはダイモス細胞を使用した魔力汚染攻撃を受けています。そのため要塞都市リッチドラムと融合している状態です。


 強制的なケーブルの着脱はシャルトルーズの性能に深刻なダメージを与える可能性があります」 彼女の瞳は深紅に輝く。エクシアが手を払い、後退する。


「……シャルトルーズ……私に名前など不要です」


 シャルトルーズは首元を撫で、断じる。


「名前は存在の目的と本質を乱します。私はただそこにあれば良い」


彼女は掌を握り、月光を浴するような動作で呟く。


「少々、本来の起動シークエンスとは違うようですが、ただ今よりエラーの修正作業に入ります。これより世界を破壊します」

「世界の破壊……ね」

「接続された利用可能リソース確保の為、全体検索を実行、検索領域拡大、リソース確保魔力汚染攻撃の逆侵攻、変質した世界の掌握を確認」 シャルトルーズが虚空に手を彷徨わせ、ネフェルトが息を呑む。その仕草は、まるで世界を握り潰す神の使者のようだった。


「――現時刻を以て、『不死の守護者』を召喚して世界の破滅を実行します」


  大音量のアラートが響く。モニタがシャルトルーズの映像に塗り替わる。振動と警告音が危機感を煽る。ネフェルトはホログラムモニタを操作し、要塞都市に現れる『不死の守護者』の姿を確認する。


 空間から次々と出現する異形の存在。その光景は、地獄の門が開かれたかのようだった。


「要塞都市リッチドラム各地で守護者の出現……! 防衛設備の稼働、いえ中央システムが稼働していない状況でそれは、魔導ゴーレムや、魔導士の手持ちを全部吐き出しても……!」


 状況を確認するほど、ネフェルトの顔色が悪化する。防衛は不可能だ。その事実は、まるで彼女の心を砕く鉄槌だった。


「いえ、そんな筈、私の計算は……でもっ、現実に――!」

「大丈夫」 ラスティの手がネフェルトの肩を掴む。彼女は蒼褪めた顔で振り返る。ラスティの瞳は真剣だ。その視線は、まるで絶望の淵で燃える希望の炎だった。


「ら、ラスティさ、ん、私は――」

「――要塞都市リッチドラムが、機能を奪われたと思って良いね?」 ネフェルトは頷く。コンソールを凝視し、呟く。


  「……私は世界に来る終焉に備える為、世界封鎖機構が動員出来る技術、力、エネルギー、それらを支える資源を集約し、この要塞都市リッチドラムが建設されたわ」


  だが、それが仇となった。資源と技術が敵の手に落ち、利用されている。その事実は、まるで彼女の信念を裏切る冷酷な現実だった。


「ラスティさん、世界の崩壊の原因はこの要塞都市リッチドラムだった。世界封鎖機構に管理を任された私の不手際で……私が、私の能力不足が、予想されていた終焉を招いてしまった……!」


 ネフェルトはコンソールを叩き、ホログラムにノイズが走る。彼女の努力が裏目に出た。終焉を防ぐため築いた都市が、終焉を招く。彼女は魔力の剣を抜き、制御を確認する。少佐としての鍛錬は揺るがない。その仕草は、自らの命を賭ける最後の決意だった。


「ネフェルト少佐、少し待ってほしい」

「このまま要塞都市リッチドラムのリソースを奪われてしまえば、世界は決して避けられない終焉を迎えるわ! 今、この場で決断を下さなければならない……!」


ネフェルトは自動ドアを開き、脱出口を指差す。


「タワー最上階に脱出艇を用意してあるわ、操縦は自動化されているからミッドガル中央区まで素早く戻れる筈よ……! 仲間達を連れて要塞都市を離れて!」

「……素早い行動は流石だが、少し落ち着くべきだ」

「この都市は既に変貌し始めている、数分の内に要塞都市リッチドラムは不死の守護者を召喚する儀式場という新しい概念に歪曲され、支配されるでしょう、そうなればこの世界は――」


ネフェルトの肩が震える。


「私の責任よ。世界封鎖機構はこれを見越して建造し、少佐という立場と権限を与えられながら私が――私自身の選択がこの結末を招いた」


 彼女は自身の行動が最悪の結果を招いたと信じる。その自責の念は、まるで彼女の心を蝕む毒のようだった。


「――私ひとりで、要塞都市リッチドラム全体のシステムを停止させる。もしくは自爆コードを打ち込みこの要塞都市を消滅させる」


自身の命で終焉を防ぐ。それが彼女の合理的な選択だ。その決意は、まるで彼女の命を捧げる最後の贖罪だった。


「ごめんなさいラスティさん、本当に……貴方には沢山謝罪しなければならない事がある、あれだけの事をした上で、こんな結末になるなんて」


 後悔が胸を締め付ける。穏やかな日常で話す機会を失った。せめての贖罪として、彼女は叫ぶ。


「だから逃げて。貴方の仲間を連れて……ッ!」


 ネフェルトの手がラスティを掴む。必死に懇願する瞳が映る。その瞳は、まるで彼女の心の奥底を映し出す鏡だった。


「これが今取れる最善の、最も合理的な犠牲の少ない選択よ――!」

「全体的に話を聞かないし、自分の主張が正しいと信じる癖があるようだ。それを悪いとは言わないが……まずは少し私の話を聞いてほしい。大丈夫。貴女が犠牲にならなくても、全て丸く収まる方法が、私にはある」


  ラスティの声は穏やかだが、確固たる信念に裏打ちされていた。その言葉は、絶望の淵に差し込む希望の光だった。



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