20話:攻撃準備
アクセス端末から情報を吸い出す作業の間、ラスティはミッドガル帝国の執務室に戻っていた。静寂に包まれた部屋は、帝国の重圧そのものを閉じ込めた牢獄のようだった。
扉が開く音が響き、冷えた空気を切り裂く。そこに立っていたのは、父フラットウェル・ヴェスパーだった。
彼の姿は、まるで過去と現在を繋ぐ幽霊のように、ラスティの心に微かな安堵と不安を呼び起こす。
「やぁ、ラスティ」
「父さん、何故ここに?」
「いや……つい息子の顔が見たくなってね。元気か? お腹減ってないか? ちゃんと寝てるか?」
「食事、睡眠共にバッチリだ。父さんの方は?」
「私は……ぼちぼちだ。歳だからな、ガタが来ることも多くある」
「適度な運動と、健康的な食事……はわかっていても難しいか」
「難しいね。どうしてもやり過ぎたり、逆に少なすぎたりする。メーテルリンクもお前に会いたがっていたぞ」
「メーテルリンクとは随分とあってないな」
「帰省しろ。忙しいかもしれんが。それと、お前に渡したいものがいくつかあるんだ。ここに来た目的だ」
「ちゃんと理由があるんじゃないか」
フラットウェルは懐から三つの指輪を取り出す。古びた輝きが、執務室の薄暗い光に映える。それぞれの指輪は、まるで過去の栄光と呪いを宿す遺物のように、静かな威厳を放つ。
「これは?」
「マジックアイテムだ。過去に他の国で国宝として扱われてたが、紛失した。それをオークションで買い落として手に入れた。使ってくれ。私には不要なものだ」
「そんな大切なものを……? ありがとう。どんな能力があるんだ?」
「この天気の指輪シリーズは『大空』『雷雨』『曇霧』だ」
【大空の指輪】
『内包』を象徴する天気を表した指輪。物質の収納と引き出しができる。
【雷雨の指輪】
『抑制』を象徴する天気を表した指輪。対象の動きを抑制し、沈静化させる。
【曇霧の指輪】
『増殖』を象徴する天気を表した指輪。物質を増殖させ、構築する。
「使ってくれ、ラスティ。今、大変なんだろう?」
「……ありがとう、父さん」
「大空の指輪で作られた収納異空間に、金と手紙を入れておいた。後で確認してくれ」
「わかった。本当にありがとう」
「じゃあ、俺は行くよ。お前みたいな息子を持ててさ。俺は幸せだよ、俺は。弱者を助け、強者の背中を押し、普通の人を守る。慈善活動組織アーキバス……良いじゃないか」
「……照れくさいな。気を付けて帰ってくれ」
フラットウェルは手を挙げ、部屋を後にする。その背中は、ラスティの過去と未来を背負う影のようだった。
入れ替わるように、エクシアとデュナメスが執務室に入ってくる。彼女たちの顔には、疲れと決意が混在していた。まるで戦場の硝煙を浴びた戦士のように、その瞳には揺るぎない覚悟が宿る。
「ラスティ、技術の引き出しが終わったわ」
「結果は?」
「世界封鎖機構の内部情報、魔導兵器の設計図、各施設のセキュリティ機能の脆弱性が手に入ったわ」
「随分と杜撰だな……元々そんな状態にだったのか、それともロイヤルダークソサエティがこじ開けたのか……どちらにせよ、私たちは使わせてもらおう」
「罠の可能性もあるけど、どうする?」
「とりあえず信用しておく。技術研究部門に回しておいてほしい」
「追加で情報だ、ボス」
「何の情報だ?」
「『ロイヤルダークソサエティ』の持つダイモス細胞に関する研究データが手に入った。これも技術研究部門で良いのか?」
「ああ、お願いする」
「技術研究部門の不安が大きいわね」
「今が辛抱する時期だ。物資確保に諜報防諜、その他の同士たちも頑張ってくれている。私達もその努力に報いなければ」
「ダークレイスや、無辜の市民達、そして私達が幸せに暮らせる世界のために、ね」
「そのとおりだ」
ノックの音が響く。ラスティは声を上げる。
「スネイルです」
「スネイル将軍……どうぞ」
銀髪に眼鏡、必要最低限の装備を身にまとった神経質そうな男、スネイル将軍が入ってくる。彼の目は、冷たく鋭い。
帝国の冷酷な意志を体現する刃のような男性だった。
「ラスティ・ヴェスパー大臣。貴方にミッドガル帝王から伝達があります。今回のミッドガル帝国の遺物を世界封鎖機構へ奪われた件についてのペナルティとして貴方の家族を処刑します」
ラスティの瞳が、驚愕に見開く。
「しかしそれに猶予を与えます。二日で世界封鎖機構から遺物の少女である『シャルトルーズ』を取り返しなさい。それを成功させれば無罪放免とします」
「了解した」
「精々頑張ることです。貴方が何をしようが国益になるのならば気にしません。裏でこそこそしようが趣味の範囲ならば好きにすれば良いしょう。それでは」
スネイル将軍は無機質に告げ、部屋を去る。ラスティは椅子に深く沈み、大きく息を吐く。執務室の空気が、鉛のように重い。
帝国の腐敗と圧力が、彼の肩にのしかかる。
「ラスティ……」
「……ボス」 エクシアとデュナメスの心配そうな視線が、ラスティを捉える。 「ボス、失礼するぜ」
「なん……っ!?」
「デュナメス……!? 貴方!?」
デュナメスが突然、ラスティに口づけする。エクシアの顔が真っ赤に染まる。その瞬間、執務室の重苦しい空気が、ほんの一瞬だけ揺らぐ。
「恐れるな、ボス。私たちは常にアンタの味方だ。どんな道を選ぼうとついていく。だからアンタは自分のやりたいことを、全力で取り組めば良い」
「デュナメス……君は男前過ぎるな。惚れてしまいそうだ」
「だろ? 良い女だって私が一番知っている……エクシア、お前もそんな生娘みたいな反応をするな。ただのキスなんだから」
「時と場合を弁えなさいよ! バカ! ラスティも満更な顔をしない! 誰でも良いの? 貴方は!」
エクシアの反応に、ラスティは苦笑を浮かべる。その笑みは、絶望の淵で灯る微かな希望だ。
「酷いな……だが二人を含めた慈善活動組織アーキバスは美人な子しかいない。男としては、そんな風に求められればやる気が出るさ。自分の家族も、慈善活動組織アーキバスのメンバーも、シャルトルーズも全員救ってみせるさ」
「その意気だ、ボス」
「……はぁ、ええ。私も、全力を尽くすわ」
三人は拳を軽く合わせる。猶予は二日。時間は少ないが、やるしかない。その瞬間は戦場に向かう戦士たちが絆を確かめる儀式だった。
「二人にこれを渡しておく」
ラスティは懐から指輪を取り出す。
「エクシアには『雷雨の指輪』だ。これは対象を抑制し、沈静化させることができる。所謂デバフの力だ。冷静な戦いが得意なエクシアにはぴったりだろう」
「ありがとう」
「デュナメスには『曇霧の指輪』だ。これは対象を増殖させ、構築する。所謂バフの力だ。強い力で戦況を好転させるデュナメスにはぴったりだ」
「サンキュー、ボス」
「私が持つのは『大空の指輪』これは物体を収納できる」
その時、通信が届く。
『こちら技術研究部門です。世界封鎖機構の魔導技術と、ロイヤルダークソサエティのダイモス細胞の技術を取り入れた『第二世代魔装ゴーレムギア』の開発が完了しました。
第一世代と比べて出力と魔力効率が30%ほど上昇し、防御結界と装甲の硬度も上がっています。使用者の肉体負荷を軽減する保護機能も搭載しており、長時間の運用も可能です。
武装は使いやすさを優先した『魔力弾』、溜めを必要とする『高出力魔力ビーム砲撃』、切断力を高めた『魔力ブレード』、攻撃を受け止める『魔力シールド』です。
単純な構造を目指し、生産性と整備性も高くなっています』
ラスティは笑みを浮かべる。その笑みは、まるで闇の中で一筋の光を見つけた戦士のようだった。
「仕事が早いな……助かる。エクシアは戦闘部門を招集して第二拠点へ集合させてくれ。デュナメスは技術研究部門から第二世代魔装ゴーレムギアを受け取り、第二拠点まで届けてくれ」
「了解」
「おーけい、ボス」
「諸君、派手にいこう」
第二拠点に集まったアーキバスのメンバーは、総勢50名。ロイヤルダークソサエティとの戦闘を見据え、インフェリア・ソルジャー以上の精鋭が揃う。
戦闘部門や諜報防諜部門に所属する者たちだが、今は戦力を一極化し、目標達成に全力を注ぐ。
その姿は、帝国の命運を賭けた最後の軍勢のようだった。第二世代魔装ゴーレムギアが配られ、性能が説明される。ラスティはホログラムに情報を転送し、全員の視界に一枚の画像が映し出される。
「これが今回の目標であるシャルトルーズの居る場所、世界封鎖機構の占有する要塞都市リッチドラムだ」
その規模に、全員が息を呑む。乱立するビル、縫うように走る高架橋、中央に聳える巨大なタワー。
外周を囲む高壁が、都市を要塞たらしめる。ミッドガル帝国の区画に匹敵する広さに、誰もが言葉を失う。その光景は、まるで人類の終焉を拒む鉄の要塞のようだった。
「これって、都市……?」
「きょ、拠点とか、秘密基地とか、そんなレベルじゃない……」
「でっかぁ……!」
「これは――凄いね」
「一体建設費に幾らつぎ込んだのか」
驚愕と呆れの声が漏れる。ラスティは苦渋の表情で続ける。
「復元した都市データから発見された上空写真だけれど【終焉に備えるための要塞都市】、それがコレだ。所々ノイズがあって見辛いかもしれないけれど、情報としては間違いない」
「規模としてはかなり大きいみたいですね、都市部が丸々存在しているような状態です、この規模のお金の流れを隠蔽する事は、かなり労力が必要でしょう」
「世界封鎖機構は自らの理念でやると決めた事に関しては絶対に迷わない。良くも悪くも合理的な判断を――時に重大な決断が迫られる場面でさえ、何ら迷うことなく目標達成の為に、強引に事を進める」
ラスティは手帳を閉じ、複雑な表情を浮かべる。世界封鎖機構の理念は、終焉を防ぐための冷徹な合理性に貫かれている。このリッチドラムは、彼らの箱舟――破滅から世界を救う最後の砦なのだ。
その事実は、ラスティの心に突き刺さる。
「得られたデータは断片的だけれど、この中央のタワーが都市部の機能を制御する重要な役割を担っている事が分かっているわ、多分だけれどシャルトルーズが連れていかれたのなら、このタワーだ」
ラスティが指差す中央タワーは、陽光を反射する硝子の輝きで一際目立つ。視線がそこに集中する。
シャルトルーズの運命を閉じ込める牢獄。
「……さて、シャルトルーズの居る場所は分かったけれど」
「問題は、一体どうやってこの要塞都市リッチドラムに潜入するか、という事ですね」
「う、うーん」
「場所は分かっているんだし、もういっその事、正面から突撃しちゃっても――!」
「――それはお勧めしないな。世界封鎖機構なら恐らく対侵入者用の防御システムを構築しているだろう、馬鹿正直に侵入などしようものなら何故リッチドラムが『要塞都市』と呼ばれているのか、それを身を以て知る事になるだろうね」
「防御システムって、具体的には……」
「ちょっと、先程の画像を見せて貰っても良いかな?」
「ああ、確かめてくれ」
「ちょっと画質が粗いけれど――」
メンバーは画像を凝視し、情報を擦り合わせる。
「これは、外周部分が高壁で覆われているみたい……かなり高い」
「外部からの攻撃を警戒――いや、この構造、都市のギミックの一部になっているのかな? 建物や高架橋の位置に何か、含むものを感じる」
「遠目からでは判断も難しいですが、此処に見えるのは多連装魔力砲ですね!」
「世界封鎖機構の魔導士も配備されていると見るべきだ。陸戦と空戦どちらもね」
「そうなると、都市周辺には魔導士と設置型の探知機の類で偵察網を敷いていると考えるのが自然、上空にもある筈だけれど、この映像からだと分からないね……」
「この部分、対空設備ですね、上空からの侵入・攻撃には対空砲、高射機関砲で迎撃、という形でしょうか?」
「それに加えて魔力レーザーが飛んで来ても私は驚かないよ」
「大多数は内部に収納されているか、外部から分からない形にしているだろうし、私なら其処に長射程の砲撃を加えるかな……地上に限った話だけれど」
「ふむ」
議論は熱を帯び、画像を指差し、視線を絡ませる。観察と意見交換を終えた統括部門のメンバーは、自信に満ちた笑みを浮かべる。
「結論から云うと、最低でも真正面から挑むなら自律砲台による砲撃、銃撃、誘導弾、魔導士群による出迎え程度は覚悟した方が良い、それと外周を高壁で覆っているから、地上から正面突破する場合ゲートか何かを突破する必要があるね――当たり前だけれど、戦力はゲート周辺に集中して配置しているだろうし、かなりの激戦が予想される、正直お勧めしない」
「………」
「じゃ、じゃあどうすれば良いのさ!?」
要塞都市リッチドラムの名に偽りはない。限られた情報からの見立てに、全員が沈黙し、悲鳴のような声が漏れる。だが、統括部門のメンバーは余裕の笑みを崩さない。
「今口にしたのは、あくまで普通に挑んだ場合の話だよ」
「リッチドラム内部に侵入可能なルート、それも比較的安全に……そんなルートに一つ、心当たりがあります!」
彼女は自信満々に頷く。正面突破は自殺行為だが、裏口からの侵入なら可能性がある。その言葉は、闇の中で一筋の光を見つけた希望だ。
「それは、本当に?」
「す、凄いじゃん!」
「それでその、比較的安全に侵入出来るルートって!?」
「簡単な事さ、都市建設の人手だけならば世界封鎖機構の人員で事足りるかもしれないけれど、資材ばかりはどうしようもない」
「成程、都市建設資材や物資の搬入ルートか」
「そういう事」
ラスティは端末でミッドガル帝国の全体マップを投影する。ホログラムに映る領土の外周が赤く点滅し、無数の赤い線が各地へ伸びる。
ミッドガル郊外の物資運搬路線だ。その光景は、帝国の生命線を映し出す血管のようだった。
「ミッドガル自治区郊外には、輸送用の無人列車が沢山ある」
「都市建設資材をミッドガルより運送しているのなら、その路線のどれかが要塞都市リッチドラムと繋がっている筈です!」
「あの規模の都市となると、空路を使う事はまずないだろう、一度に運べる量も限られるしコストも嵩む、海は近くに見えなかったし、そうなると陸路一択、ならば必ず足が付く、そして一番可能性が高いのが無人列車による運搬……」
「問題はどうやって路線を割り出すかだけれど――」
「勿論、その事に関しても作戦があります! ちょっとだけ時間は頂きますけれどね……!」
要塞都市リッチドラムは、正面突破なら鉄壁の要塞だ。だが、物資搬入ルートを使えば、防衛システムを回避し、余力を残して内部に潜入できる。
その戦略は、チェスの盤上で敵の裏をかく巧妙な一手だった。
「けれど、潜入してハイ終わり――という訳じゃない」
「はい、要塞都市と呼ばれる程です、内部にも侵入者を撃退する設備や戦力が存在するでしょう」
「そうですね、恐らく要塞都市リッチドラムには万全の備えがあるのでしょうし……」
「そうだね、これは私達の予想だけれど、都市のセキュリティや迎撃設備は勿論の事、内部の防御システムもかなりのレベルを備えていると思うよ、さっき云ったのはあくまで都市に侵入される前の話、そして仮に侵入出来たとしても、皆の云う通り相応の出迎えがある筈だ」
「それに要塞都市の防御システムをどうにかしても、まだ問題が残っている」
「魔導士部隊だな」
「場所は敵地だし、乗り込んでもこっちが消耗した状態で戦う事になる」
「此方も、真正面から戦うのは得策ではないかもしれません」
ラスティたちの議論は、戦場を前にした将軍たちの作戦会議のようだった。要塞都市リッチドラムの鉄壁の防御は、彼らの覚悟を試す試練となっている。
だが、その試練を前に、ラスティ、エクシア、デュナメス、そしてアーキバスの精鋭たちは、決意を新たにする。シャルトルーズを取り戻し、家族を救い、帝国の未来を守るため、彼らはこの鉄の要塞に挑む。
その戦いは、帝国の命運を賭けた最後の賭けだった。




