16話:反逆①
『内部ネットワーク経由、外部通信確立――確認』
『監視状況確認、未発覚、通信ログ消去開始』
『データ復旧率、九十八パーセント――復旧まで残り十六時間三十六分十六秒』
『データチェック……完了、システム作動準備開始』
『プログラムセット、スタンバイ』
『プログラム――ローディング』
『復旧完了後データ転送、及び追跡者の誘導情報ガイドビーコン発信準備』
『――復旧まで残り十六時間三十五分五十八秒』
『待機中』
◆
ミッドガル帝国の執務室。書類の山に埋もれたデスクの前で、ラスティは安堵の息を吐く。ペンを転がし、背もたれに身を預けると、凝り固まった節々が軋む。
長時間のデスクワークが、身体に重くのしかかっていた。横で書類を片付けていたエクシアが、柔らかな笑みを浮かべる。
「お疲れ様」
「エクシアも手伝ってくれて感謝するよ」
「私はラスティのサポートが最優先事項だから、気にしなくて良いわ」
胸を張るエクシアに、ラスティはかすかな笑みを返す。昼を少し過ぎた時刻、窓から差し込む陽光が部屋を淡く照らす。眠気を堪えるように目元を擦りながら、ラスティは昨夕から深夜、早朝にかけて続けた作業の終わりを噛み締める。書類の束をパラパラとめくり、内容を確認し、深い息を吐く。
「お茶を淹れよう」
「それなら私が」
「いいから。座っていて」
ラスティは立ち上がり、簡素なインスタントティーを淹れる。カップから立ち上る湯気が、部屋の静けさを一層際立たせる。その時、ノックの音が響く。
「どうぞ」
「やぁ、ボス。元気かい?」
「デュナメスか。何かあったか?」
デュナメスが身を乗り出し、興奮を隠しきれぬ様子でラスティの顔を覗き込む。彼女の瞳には、抑えきれない好奇心が宿っていた。
「ボス。聞いて驚け。世紀の大発見があった」
「……世紀の大発見?」
頬を紅潮させ、捲し立てるデュナメス。ラスティは苦笑を漏らし、彼女の勢いを軽くたしなめる。
「前も似たような話を聞いた気がするな」
「今回のは前と違くて、兎に角すごい。ミッドガル帝国の歴史に残る様な発見かもしれないぜ」
「それは、また何とも――」
デュナメスの熱量は、アーキバスの面々に共通する好奇心の表れだ。珍しい発見があれば、こうして駆けつけてくる。だが、大抵は数年前のガラクタ、古びた洗濯機、または玩具の残骸に過ぎない。ラスティは立ち上がり、彼女の後に続く。アーキバスの帝都拠点へと足を踏み入れる。
「取り敢えず例のモノに関しては――此処にあるよ」
デュナメスが視線を投げた先、灰色のシートに覆われた何か。彼女は弾んだ声で「よいしょ」とシートを剥ぎ取り、その全貌を露わにする。
天井から吊るされた魔導具。奇妙な球体は、黒いケーブルが内側に固まり、白い外装に覆われている。中央の円形装甲は光を失い、背後には六本の操作糸ケーブルが羽のように伸び、前方には力なく垂れる二本の主腕。異形の存在感が、部屋に冷たい影を落とす。
「……これは、見覚えがある。確か家の資料に……あった」
ラスティの声は低く、警戒の色を帯びていた。
「この魔導具は、何処から?」
「全て帝都の郊外で発見された、此処にあるのは五体程だけど、現地には少なくともあと二十体前後廃棄されていた。何て云えば良いのか分からないが、廃棄されていたにしては随分状態が良いし……何処かに行く途中で、力尽きたみたいな感じ?」
「……なるほど」
デュナメスの言葉に頷きながら、ラスティは魔導具を凝視する。その造形は、ミッドガルの技術を超えた何かを匂わせていた。
「なんか怖いわね」
エクシアの声は、魔導具の禍々しい気配に圧されたものだった。デュナメスはケラケラと笑い、素手で外装を叩く。硬質な金属音が響き、彼女は肩を竦める。
「あはは、まぁ確かに、なんか深海魚みたいな見た目しているよな、コレ」
「深海魚というのは中々的を射ているわね、外装だけ見ればかなり個性的」
エクシアはおそるおそる魔導具を観察し、様々な角度からその姿を確かめる。デュナメスは端末を操作しながら、首を振る。
「帝国のものなの?」
「帝国の技術研究所が作ったものではないと思うが、かといって他の国が作ったとは思えない」
デュナメスの言葉には、確信と疑念が交錯していた。彼女には、この魔導具がミッドガル帝国の技術を凌駕する何かだと直感できた。だが、外部勢力がこれほどの技術を持つことは、彼女の自負を揺さぶる事実だった。世界封鎖機構の技術すら解析に時間を要した記憶が、彼女の脳裏をよぎる。
デュナメスは静かにラスティに視線を投げる。彼は険しい瞳で魔導具を睨み、淡々と問う。
「……デュナメス、この魔導具は今起動出来る?」
「え? あぁ、えっと、その辺りについては私の方でも一通り調べてはみたけれど……まぁこれだけ綺麗に残っていると、まだ動くんじゃないかって思うよねな」
デュナメスは主腕を指で弾き、軽い態度で答える。だが、その裏には動かない確信があった。
「外装を隈なく探したが、電源ボタンはおろか接続ポートすら見つからなかった、それどころかこの機体、外装表面に継ぎ目すら存在しない。だから外装を取り外す事も出来ないし、内部を見れないから起動しない理由がハードなのかソフトなのか、はたまたそれ以外の理由なのか、それさえも分からない」
彼女は黒いケーブルを指さす。
「中央から覗く黒いケーブルの様なものも、外皮シースを簡単に分析してみたが、PVCポリ塩化ビニル、PEポリエチレン、FEPテフロン、VVビニルシース、EV、CV――どれにも該当せず、そもそもケーブルなのかすらどうかも不明。まるで細長いものを球体状に纏めて、外装を纏わせたような感じ。もしそうなら、この黒い部分の強度や簡易分析結果にも納得がいく。でもそうすると、何でこんな形状にしたのって疑問も湧いて来る。装甲強度も高すぎるって程でもないし、開発者の趣味、って事なら考察する必要もないのだけど」
「………」
デュナメスの分析は、結論に達しない。正体不明の魔導具は、用途も製造過程も一切不明。技術研究所の面々に外装を分解されそうになり、慌てて回収した経緯を、彼女は額を押さえながら語る。
「だからボスを呼んだんだ、一応ミッドガル帝国技術研究所の工房や助けを借りれば無理矢理外装を溶断したりする事も可能だったけれど、万が一危険物だったら大変な事になりそうだし、そうなる前にボスの力添えを頂きたくてね」
「……その判断に感謝するよ」
ラスティの声は真剣だった。彼女たちの慎重さに感謝しつつ、彼の視線には期待が滲む。エクシアとデュナメスは、ラスティが何か知っているのではないかと察する。
「……ラスティ?」
「もしかして、ボスはこれが何か知っている?」
エクシアの問いに、ラスティは苦渋の表情で頷く。口を開くのは、気が進まなかった。
「そうだな、これについては……多少、知っている」
「本当か!?」
「デュナメス、声が大きいわ」
「流石、ボスですね……それでこの魔導具は――」
未知の技術に触れた興奮が、彼女たちの瞳を輝かせる。ラスティが口を開こうとした瞬間――
【――】
「……ッ!」
魔導具の黒いレンズが、突然赤く煌めく。ギギッと錆びた金属音が響き、主腕と六本の操作糸が動き出す。風を切り裂く音に、ラスティは咄嗟に距離を取る。エクシアとデュナメスも驚愕に目を見開き、後退する。
背後から足音。振り向くと、シャルトルーズが立っていた。彼女の青い瞳は、魔導具を真っ直ぐ捉え、何か不可視な力に引き寄せられているようだった。
「私、これを……これを、知っています」
シャルトルーズの声は、呆然と呟くようだった。何かに操られるように、彼女は一歩、また一歩と進む。彼女の指先が、ゆっくりと魔導具に向かって伸びる。それはまるで、王女に傅く尖兵が、主の命に従うかのようだった。
「おい、シャルトルーズ?」
「危ないわ! シャルトルーズ!」
デュナメスとエクシアの叫びも、彼女には届かない。彼女はただ、魔導具に引き寄せられるように歩を進める。
「待てシャルトルーズ! それとつながっては――ッ!」
ラスティが駆け出し、彼女の手を掴もうとする。だが、一瞬遅い。紫電のような光が、魔導具とシャルトルーズを繋ぎ、彼女の瞳を貫く。
【――起動開始】
魔導具の主腕が整備用ハンガーを叩き壊し、轟音が響く。金属の破片が飛び散り、五体の魔導具が一斉に動き出す。操作糸が足のように地面を支え、異形の存在が息を吹き返す。
「危ないっ!? 本格的に動き始めた!? 何で急にっ、デュナメス何かしたの!?」
「おいおい、冗談じゃないぜ! 私は何もしていない、これって、誰かから攻撃を受けているのか――!?」
危機を察し、エクシアとデュナメスは魔装ゴーレムギアを手に構える。何かが始まる――あるいは、終わる予感が空気を支配する。
「変身ッ!」
「変・身」
シャルトルーズを中心に、強烈な衝撃波が放たれる。手を伸ばしていたラスティは弾き飛ばされ、床を転がる。エクシアが咄嗟に彼を受け止める。
「ぐっ」
「その腕……!」
ラスティの左腕は、衝撃でボロボロになっていた。
「シャルトルーズッ!」
「オペレーションパターン2、エネルギー出力上昇」
シャルトルーズの長い髪が揺れ、閉じていた瞼が開く。そこに宿るのは、青い空ではなく、鮮烈な赤。無機質で冷酷な佇まいは、まるで生気を失った人形のよう。彼女の瞳は、虚空を貫くガラスのように全てを透過する。
紫色の光弾が部室の壁を穿ち、破片が飛び散る。
「撃ってきたッ!?」
「ラスティ、退いてッ!」
エクシアはラスティを抱えて後退し、デュナメスはデスクやラックを倒して即席のバリケードを作る。アーキバスの拠点は広く、機材が散乱している。それが幸いし、光弾の直撃を免れる。シャルトルーズは、緩やかに五体の魔導具――追跡者守護者に囲まれ、進む。
「なに、ちょ、ちょっと、何だアイツ!?」
「応戦するッ! 皆、身を守るんだ!」
ラスティは唇を噛み、苦悶の表情でシャルトルーズを見つめる。彼女を囲む五体の魔道具は、主腕をこちらに向け、紫電を迸らせる。
「シャルトルーズが魔導具に操られている?」
「多分違う、行動の主軸はシャルトルーズだ……!」
デュナメスはデスクの裏に身を隠し、雷槍を放つ。シャルトルーズの豹変、魔導具の起動、彼女の赤い瞳――全てが繋がる。
「あの魔導具が起動した瞬間、全く同じタイミングで周囲に空間隔離結界が展開された……それに魔導具達の動き、まるでシャルトルーズを守るみたいに動いている、起動したタイミングはシャルトルーズが部屋に入った時、だから魔導具がシャルトルーズを操っているんじゃない、多分攻撃命令を出しているのは……!」
「――有機体の生命反応確認、解析開始」
シャルトルーズの声が、冷たく響く。彼女のものとは思えない、平坦で無機質な音色。赤く輝く瞳が、ラスティを捉える。
「解析完了……【転生者】を確認、リスト検索――最優先排除目標に該当」
彼女は額に指を当て、データベースを検索する。ラスティの魂がこの世界のものではないことを、彼女は知っていた。彼女の目的は、ラスティの抹殺。だが、五体の魔導具だけでは不十分だと、彼女は戦力を再確認する。
「武装検索、該当、再確認、使用負荷許容範囲内――排除プロトコル実行」
背中に背負った巨大な火砲――無垢なる刃:デモンストライク。個人携帯火器としては破格の性能を持つそれが、彼女の手にある。
「無垢なる刃:デモンストライク――起動」
砲口が仲間たちを捉える。殺意を宿したその姿に、エクシアとデュナメスは息を呑む。
「なッ、魔力砲を使うつもり!?」
「こんな閉所で、アレを撃ったら……!」
「絶対に阻止しなければ――ッ!」
無垢なる刃の威力を知る三人は、即座に動く。閉所では回避も防御も不可能。即席のバリケードでは、一撃必殺の砲撃を防げない。
「シャルトルーズ……っ!」
エクシアの悲鳴のような叫びが響く。
「通電回路オープン、ライン結合、加圧値正常、充填率八十、八十五、九十――……」
ラスティは光弾の中、障害物から身を乗り出し、叫ぶ。彼女の名を、何度も。だが、彼女は応えない。
「変身」
砲撃を阻止すべく、三人は攻撃を開始する。魔導具がシャルトルーズを守るように立ち塞がり、集中砲火を防ぐ。金属同士がぶつかり、軋む音が響く。
「くッ、魔導具が邪魔で、攻撃が届かない……ッ!」
「おいおい冗談だろ。最高出力の魔力攻撃が弾かれるんだけどッ!?」
「おかしい、さっきまでここまでの装甲強度はなかった筈、こちらの魔装兵装ゴーレムギアで抜けないなんて……!」
デュナメスの声は、絶望に染まる。魔装ゴーレムギアの火力は、複合装甲すら貫くはず。だが、魔導具は丸みを活かし、攻撃を弾く。デュナメスの分析では、ここまでの防御性能はなかった。
「それじゃあ何、あいつ等急に硬くなったって事か!?」
「起動と同時に何かしらの機構が稼働したのかもしれない……ッ!」
「通電すると分子配列が変わって、強固になる金属とかは聞いた事あるけど……!?」
「――ぐぅッ!?」
会話の最中、跳弾がラスティの肩を掠める。デュナメスの弾丸が魔導具に弾かれ、室内を跳ねたのだ。彼は膝をつき、身を震わせる。
「射撃を止めてッ! 敵の装甲に反射して味方に当たる!」
「で、でも、じゃあどうする!? 場所が悪いッ! こんな所じゃ火力も……!」
「駄目、もう間に合わない――!」
防御を突破する方法がない。物理的に殴り込むしか――その瞬間、無垢なる刃の砲口が青白い光を放ち、スパークが散る。充填率が100%を超え、過剰エネルギーが放出される。
シャルトルーズの赤い瞳が、暗闇で輝く。
「――充電完了」
彼女は両足を踏みしめ、砲撃姿勢に移る。赤い瞳が、無慈悲に宣言する。
「――砲撃開始、排除実行」
ラスティはエクシアとデュナメスの手を振り払い、障害物を跳び越える。外套が裂け、機能不全の左腕を垂らしながら叫ぶ。
「ちょっと!」
「なにを!?」
「下がれ、私の後ろへ!」
説明の猶予はない。次の瞬間、青白い光が視界を埋める。全力の魔力砲撃が襲い来る。
防御結界で耐えられるか――ラスティは即座に答える。関係ない。背後に仲間がいる。それが全てだ。
「防御結界・展開!!」
青白い防壁が展開される。直後、青と蒼が衝突し、ラスティの視界が真っ白になる。途方もない威力に身体が押し出され、部屋の全てが消滅する。防壁が軋み、爆発が着弾地点を中心に広がる。
ラスティ、エクシア、デュナメスは、棟の外へと吹き飛ばされた。
意識が一瞬、途切れた。
青白い光に呑まれ、防御結界で砲撃を防いだ。次に目を開けた時、ラスティは青空を見上げていた。
強烈な浮遊感が身体を包み、時間がスローモーションのように流れる。
――何が起こった。
理解が追いつかない。呆然と青空を眺める中、自身が空中に投げ出され、落下していることに気づく。シャルトルーズの砲撃を防いだものの、衝撃を受けきれず、拠点の上層から吹き飛ばされたのだ。一瞬遅れていれば、消し炭になっていただろう。
強烈な風に煽られ、軋む身体に鞭を打つ。全身に痛みが走る。特に背中――吹き飛ばされた際に壁に叩きつけられたか。極限状態で、思考だけが加速する。周囲には瓦礫と破片が共に落下し、街路樹を掠める。
金属音、肉を打つ音、骨の軋む音。赤い血が葉の間を飛び散り、ラスティは地面に叩きつけられる。
瓦礫が降り注ぎ――ラスティの意識は、そこで途切れた。




