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14話:神の兵器③

 ミッドガル帝国の良識派大臣、ラスティ・ヴェスパーの執務室。そこは、重厚な鉄と石でできた空間に、微かな埃と書類の匂いが漂う場所だった。


 廃墟の探索から戻ったエクシアとデュナメス、そしてラスティ。彼らの視線の先に、異質な存在が佇む。

「────?」


 部屋の中央、クッションを胸に抱き、好奇の瞳で周囲を見渡す少女。廃墟の奥で発見した機械仕掛けの存在──シャルトルーズ。青く透き通った瞳は、空を溶かしたような冷たさを持ち、情緒の欠片も宿さない。


 それでも、ゴーレムの無機質な動きとは一線を画す。滑らかで、まるで人間の息遣いを模したような動作。


 彼女はロストテクノロジーの結晶であり、ミッドガル帝国の科学を遥かに超えた、遠い未来の亡魂だった。


「それで、これからどうするの?」


 エクシアの声が、執務室の静寂を切り裂く。彼女の軽やかな口調とは裏腹に、問題は重い。あの工場で眠っていたシャルトルーズを、衝動的にこの部屋まで連れてきてしまったのだ。


 発見しただけならまだしも、起動させ、連れ帰ったことは取り返しのつかない過ちかもしれない。責任の重さが、エクシアの胸に冷たくのしかかる。


「仕方ない。そもそもあんな恐ろしいゴーレムたちがいる場所に置いていくわけに────」

「それは食べ物じゃないな。口寂しいなら飴でも食べるかい?」

「ああっ! ペッてして! ペッて!」


 ラスティの穏やかな声と、エクシアの焦った叫びが交錯する。シャルトルーズは口に含んだ本を吐き出し、唾液と歯形が付着したそれを無造作に放り投げる。


 濡れたページが床に落ち、かすかな音を立てる。ラスティは少女に飴を差し出すが、彼女は飴玉ごと指を口に含み、舌で軽く舐める。


 ラスティの顔に苦笑が浮かぶ。想定外の行動だが、彼女の興味を引くことには成功した。しばらくはこのままでいい、と彼は静かに判断する。

その隙に、エクシアとデュナメスはひそひそと今後の方針を話し合う。声は低く、しかし切迫感を帯びていた。


「……やっぱり、放っておくわけにはいかない」

「それはそうだけど……今からでも、世界封鎖機構か、帝国の国家安全保障委員会に連絡した方が良くないかしら?」

「……それはまだ。私たちのやるべきことが終わった後だ」

「やるべきこと?」


 デュナメスの視線が、シャルトルーズへ向く。少女はラスティの指から口を離し、青い瞳でデュナメスを見つめる。


 その無垢な眼差しに、彼女は一瞬たじろぐ。穢れを知らぬ純白の視線は、まるで心の奥を射貫くようだった。気を取り直し、デュナメスは口を開く。


「さて、とりあえず名前は必要だよね。『シャルトルーズ』って呼ぼう。あそこに書いてあったし」

「……本機の名称、『シャルトルーズ』。確認をお願いします」

「どう、シャルトルーズ? 気に入った?」


 デュナメスの自信に満ちた笑みが、少女の無表情な顔と対峙する。純白のキャンバスに、最初の色を塗る瞬間。彼女の名は、罪も穢れも知らぬその存在に、初めての輪郭を与える。


「……肯定。本機、シャルトルーズ」

「お、見たか私のネーミングセンス!」

「貴方のネーミングセンスではないでしょう。まぁ、本人が気に入ってるならいいのかしら」


 エクシアは釈然としない思いを胸に抱きつつ、流すことを選ぶ。シャルトルーズが納得しているなら、それでいいのかもしれない。


「さあ、それじゃ次のステップに行ってみよっか」

「デュナメス、いったい何を考えてるの……? 子猫を捨ててきたとか、そういうレベルじゃないのよ!?」

「エクシアの方こそ、よく考えてみろ。そもそも私たちが危険を冒してまで、廃墟まで行った理由は何だったっけ?」

「世界封鎖機構で封印されていた存在を確認するため」

「そう、今一番大事な問題はそれだ」


 あの探索の目的は、廃墟に封じられた存在の確認と確保、そして他勢力による奪取の阻止だった。ラスティの声が、静かに割り込む。


「シャルトルーズはあの廃墟で見つけたもの。彼女こそ世界封鎖機構が私達から隔離しようとしていた存在ということか」

「正解。流石はボス」


執務室に連れ帰ってから30分。方針が固まりつつある中、エクシアは再び呻く。


「やっぱり心配……この子をミッドガル帝国の正式な部下にするなんて……本当に大丈夫?」

「『大丈夫』の意味を確認……『状態が悪くなく問題が発生していない状況』のことと推定、肯定します」

「いやいや、肯定できないって! この口調じゃ絶対疑われるわ! やめておきましょう!? これは無理だって!」


 エクシアの疑念は、10秒足らずで確信に変わる。シャルトルーズの無機質な口調は、出来立ての人形が辞書を読み上げるようだ。誰が見ても不自然。帝国の査察官が彼女を「国民」と認めるとは思えない。少女誘拐の嫌疑がかかれば、良識派の立場は一瞬で崩れるだろう。

 ラスティが口を開く。


「慈善活動組織アーキバスに入れさせた方が都合が良いことはわかる。しかしあれは慈善活動組織という体裁を取った私兵だ。ミッドガル帝国には軍がある。私兵は許されていない。そこでどんな行動をするかわからない彼女が、慈善活動組織アーキバスの庇護下に入るのはリスクが高い」

「確かにそう、ですね……」

「服装もある程度整ったし、あとは武器と……国民登録をして、国民証を手に入れないと」

制服はスペアで間に合った。私服や下着は後で揃えればいい。住む場所も、ひとまず執務室でしのぐとして、ゆくゆくは考えねばならない。だが、今の最優先は、シャルトルーズを帝国の「人間」として登録すること。国籍も戸籍も持たぬ彼女にとって、国民証は生存の証明だ。帝国の自治を謳うこの地で、それがなければ生きる術はない。

「国民証については、私と……」


 デュナメスが部屋の隅で静かに座るラスティに視線を投げる。彼は彼女の意図を察し、ゆっくりと立ち上がる。


「私とラスティ様の方で何とかするから、エクシアはシャルトルーズに話し方を教えてあげて」

「は、話し方?」

「今のままだとシャルトルーズが言った通り、疑われちゃうかもしれないから。唯でさえ良識派は厳しい立場になってるし……もし、何かの拍子に『本当に帝国国民なのか』って聞かれたとして『肯定、あなたの質問に対し、シャルトルーズの回答を提示。私は帝国国民』……なんて言っちゃった暁には、全部台無しになりかねないぜ?」

「いや、それはそうだけど……」


 デュナメスの物真似は、シャルトルーズの平坦な口調を30%ほど再現したものだった。彼女自身、内心で「似てなかった」と苦笑する。それでも、シャルトルーズがこの口調で国家安全保障委員会の前に立ったら、誘拐の嫌疑どころか、良識派全体が危険に晒される。


 腐敗派の非道な行いが連日報じられる今、彼女を連れ帰った時点で後戻りはできない。処刑の影が、すぐ背後に迫る。


「仕方ない。やってみるわ」


 エクシアが渋々了承すると、デュナメスは弾んだ足取りで部屋を飛び出す。引き止める間もなく、彼女は消えた。取り残されたエクシアは、深い溜息をつき、シャルトルーズの青い瞳と向き合う。


「……?」


 ────美しい。改めて見つめると、息を呑むほどの完成度。無駄のない、まるで芸術品のような存在感。同性であるエクシアでさえ、その美に引き込まれそうになる。彼女は、この世界に不似合いな純白の彫刻だ。

 その雰囲気に飲まれぬよう、エクシアは頬を掻き、口を開く。


「え、えっと……シャルトルーズ、ちゃん?」

「肯定。本機の名称、シャルトルーズです」

「うん、じゃあシャルトルーズちゃんって呼ぶわね。それにしても話し方か……よく考えると、どうやって習得するのかしら。普通は動画を見たり、周りの言葉を真似していくうちに自然に、って感じだと思うけど」


 エクシアは呻きながら考える。言語の習得と話し方は通常、不可分だ。だが、シャルトルーズは異なる。彼女の言葉は、辞書をそのまま引用したような無機質さ。


 意思疎通に問題はないが、情緒が欠けている。それを人間らしいものに変える方法が、すぐには思い浮かばない。


「────?」


 シャルトルーズはそんなエクシアをよそに、執務室の探索を始める。全てが新鮮なのだろう。あの廃墟で目覚めるまで、彼女はずっと眠っていた。初めての外界、初めての刺激。知的好奇心が彼女の瞳をきらめかせ、きょろきょろと周囲を見回す。その視線が、ある一点で止まる。


「正体不明の物を発見、確認を行います」

「あっ、そ、それは……っ!?」


 彼女の視線が捉えたのは、ラスティが開発を進めていた魔力で駆動する仮想バトルシミュレーターだった。


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